<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


+ らぶりー、らぶらぶばれんたいん大作戦★ +



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「ねー、ルディア」
「なんですか?」
「チョコレートの作り方って知ってる?」


 少女、ケイは白山羊亭のカウンターに腰掛けながら問いかける。
 床に届かない幼い足をふら付かせながらジュースをずずーっと飲めば、コップの下の方で氷がからんっと解けた。


「チョコレート、ですか?」
「うん、『ばれんたいん』って言って、どっかの国の行事らしくってね。明後日がその行事の日なの。その日にチョコレートをあげるとらぶらぶになれるってこの間キョウにぃさまのところに来たお客さんから聞いたから、飛び切り美味しいの作ってキョウにぃさまにあげたいの! でもあたしチョコレートの作り方って知らないのよね〜……」
「あらあら。教えて差し上げたいのですけどあいにく予定が詰まってて……あ、じゃあ私の代わりに此処にいる冒険者さん達に教えていただいては如何です?」
「なるほど、ルディアあったまいー!」


 きゃぁあっと喜びながら手を叩き合わせる。


「というわけでこのお嬢さんに誰かチョコレートの作り方を教えて頂けませんか?」


 ルディアの声に冒険者たちは反応する。
 だが内容が内容だ。特に興味のないものたちはそのまま自分達のやりたいことに戻ってしまった。
 だが、だだだだだっ!! と勢い良く駆け寄ってきた者が居る。
 それは……。


「うぉおおおおおお!! お嬢さんのそのナウ乙女筋悶えきゅんきゅんハート★に俺感激ぃいい!!」
「あ、ありがと……?」
「大丈夫だっ! この俺が美味しいチョコレートの作り方を伝授してやろう!! そしてその想いを遂げさせて未来のカリスマカカア天下伝説の幕開けを大胸筋祝福しようじゃないか!!」
「だ、だいきょうきん??」


 少女の手を握って感激の涙と共にびしぃー! っと外の方を指差す中年男。
 その組み合わせに違和感を感じつつ、眺め見ているのは銀髪の若い青年。彼は手に持っていたグラスをからからと動かした。


「バレンタインか……ああ、もうすぐそんな季節っつーか、時期になるんだったな」


 ふと外を見遣れば寒空が見える。
 彼はイスから立ち上がると未だに号泣している親父と、手を繋がれたままの少女のところに歩み寄った。そんな彼に気が付いた彼女はきょとんっと相手を見上げる。対して彼はにっこりと笑いかけた。


「初めまして。俺はランディム=ロウファ。ディムって呼んで」
「あ、どうも。あたしはケイ」
「チョコレート作って誰かに渡そうって考えは無いけど、副業が副業なんだ。少しは料理や物作りに自信がある方だから、チョコ作成に付き合ってやるよ」
「副業? 貴方何してる人?」
「ああ、喫茶店の店長なんてもんをやってる」
「じゃあ、料理はおてのものなのね!」


 きらきらきら〜っ! と少女、ケイはディムを見つめる。
 期待に満ちたその瞳に乙女らしさを感じながら彼は頷いた。


「よし、じゃあ俺達でこの乙女にカカア天下への道を授けてやろうじゃないか!」
「か、カカア天下はちょっと……。あたしはケイにぃさまが幸せならそれで……」
「くぅううう!! そこまで乙女ハートかっ! そんなにもきゅんきゅんしてると大胸筋が鍛えられていいことだぞ!」
「あたし筋肉いらないもーん! あぁーん!!」


 親父がディムとケイの肩に片手ずつまわして抱き締める。
 ケイは身長差のために地面から身体が浮き上がってしまい、苦しそうにじたばたと抵抗する。ディムも出来るなら抱きつかれるならこんな筋肉マッチョ親父じゃなくて可愛い女の子がいーなーと思いつつ、そっと腕を払うことにした。


「取りあえず此処じゃ作れねーんだからどこかに移動しようぜ?」
「あ、じゃああたしの屋敷に行こう? 今ならケィにぃさまいないから大丈夫!」
「よっしゃぁー!! 行くぜー!」
「あ、そうそう。叔父様のお名前なぁに?」
「俺はオーマ・シュヴァルツ! 気軽にオーマちゃんとか呼んでくれて結構だからなっ」
「……お、オーマ叔父様にしとくわ」


 ケイが笑いながら先頭を歩く。
 そうして出て行った三人。一気に騒がしい声が消え、後に残されたのはまた別の冒険者たち。
 最後にルディアが彼らを見送りながら小さく『頑張って下さいねー』と言った。



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「っと、言うわけでー!」
「言うわけでー!」
「らぶりー、らぶらぶばれんたいん大作戦★の開始だー!」


 おー! と三人で腕を持ち上げる。
 息が合ったところでオーマはじゃっじゃーんっと何かを取り出す。ケイとディムは何だ? と其れを覗き込む。
 オーマは其れを素早く自身に着用する。
 其れが終わるとばばばっと二人にも同じものを強制的に着せた。
 だが若干ケイの方は身体が小さいため布が余っているようで、だぼついた感じが否めない。


「こ、これって……」
「まさか……」


 ディムとケイがひくっと頬を引き攣らせる。
 桃色の生地。
 取り付けられているのはふりふりレース。
 頭には三角形の布。
 そう、今現在二人が着せられたのは……。


「何事も形からラブゴートゥダイビングすべし!」


 オーマがえっへんと胸を張る。
 その姿はいわゆる乙女のするエプロンルック。それを少女は兎も角、筋肉親父と若い青年が着ているのだから違和感があることこの上ない。それでも気にせずオーマはうっふりと嬉しそうにくるくる回ってはしゃいでいた。

 
 自分の現在の姿にばりばり違和感を感じているのだが、それでもディムは親父の勢いを考えると脱ぐことが出来ない。はぁあっと半ば諦めの息を吐くと、隣に居たケイを見下ろした。


「じゃ、あれはちょっと放置しておいて俺達は始めようか」
「放置するの!?」
「大丈夫大丈夫、あの様子だったら作り始めた瞬間にずばばっとやってくるから」


 くすくす笑う声。
 それからぱちっと一度ウィンクをするディムにケイは目をぱちくりっと丸くさせる。だが次には彼女もまたふふっと表情を綻ばせた。


「さて、チョコレートは知ってるよな?」
「大丈夫よ! それくらいは分かるもの」
「じゃあ、まず種類決めからだな。バレンタインチョコったって、色々あるからな。まあ、大まかに纏めれば『一枚サイズで大きめのヤツ』か『十数個もので一口サイズ』っていうのが妥当かな?」
「そ……そうなの?」
「そうだぞ、ケイ! ちなみのこの親父オススメはチョコとチーズのハーモニーが絶品チョコレートチーズケーキだ!!」


 チョコレートの話が始まると素早く自分の世界から戻ってくるオーマ。
 二人の間にひょっこりと顔を出してびっしぃ!! っとどこかに指を立てる。その発言にふむっとディムは顎に指をあてた。


「じゃあ、お兄さんがチーズ系苦手じゃなかったらそれにする? 結構美味しいケーキだよ」
「あ、その点は大丈夫! キョウにぃさま苦手なものないのっ。いつも好き嫌いはいけませんってあたしを叱り付けて来る位なんだもの」
「じゃあ、親父オススメチョコレートチーズケーキに決定だっ! それでは材料の調達に……」
「あ、必要な材料ってこの中ので足りる?」


 ケイがぽてぽてと何やら壁の方に歩み寄る。
 そしてすぅーっと手を横に滑らせたかと思うと、取っ手らしき部分を引っ張った。ぎぎぎぎぃいい……と重々しい音を立てながら開かれたその場所から溢れ出てきたのは冷気。その空気が一気に体温を奪うかのように三人に襲い掛かってきた。


 中を見遣れば沢山の食物が詰っている。
 どうやら壁だと思っていたのは大型冷蔵庫だったらしい。オーマは目をきらきら輝かせながらばばばっ! と素早く駆け寄る。それからてきぱきと中身を拝見し、必要なものを取り出していく。
 その機敏な動きにディムは出遅れたと少々心の中で苦笑した。


「よし、これでOKだ! この材料でケイのらぶだーりんの心をがっちり掴むきゅーとであまあまケーキを作ってやろうじゃないか!」
「あ、あんまり甘いのはちょっとー……」
「んー、甘さを控える、か。そうだな、喫茶店の店長だから知っているような小技としてはだな、チョコの隠し味に紅茶を使うっていう手もアリだ」
「紅茶を使うの!?」
「ダージリンで仕上げたチョコレートなんかが、いい例だし。知らない?」
「ほえー……知らなかった。流石ね、ディムお兄様」
「おーい、始めるぞ二人ともー!」


 うっふうっふとオーマは材料を並べながら二人を呼ぶ。そしてぐっと泡だて器を手にして其れを前に突き出す。
 準備は万全。
 気持ちもおっけー。


「じゃあ、チョコレート作成開始ーッ!」



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 さら……。
 つつー、つ。
 くぅー、ちょん。


「よっしゃぁあっ!! 完成!!」
「んーんーんー……」
「んむぅー」
「何だ何だ二人とも、まだ文章に悩んでいるのか? 見ろ! この俺のらぶかーどを!」


 親父が差し出したのは手製のメッセージカード。
 其処には桃色墨で『果たし愛マッチョ★』と書かれている。見せられた二人は文章は兎も角、その超漢な字体に感心した。
 ケイは自分のカードを見遣る。其処にはまだ何も書かれていない。それはディムも同じなのだが、彼は元々あげる相手がいないため何を書いて良いのか分からないらしい。
 うんうん悩んでいると誰かがケイの肩をぽんっと叩く。見ればそれはオーマだった。


「ケイ。上手く出来ずとも案ずる事はない。大切は彼への想い篭め作る事だからな」
「オーマ叔父様……」
「そうそう。こんな風に手作りしようって思ってくれるだけでそのお兄さん幸せもんだと俺は思うぜ?」
「ディムお兄様……」


 二人の優しい言葉にきゅんっと胸がときめく。
 それからぐっと筆に桃色墨を付け、さらさらっと文字を書いた。それは彼女のありったけの想い。見守っていた二人は顔を見合わせ、うんうんっと頷きあった。


「ぅおおおおお!! そのらぶ乙女きゅんきゅんハートで書かれたそのメッセージに親父は再度心を打たれー!!」
「そーそー、上手に出来たじゃん。これならお兄さんのきっと気に入ってくれるって」
「え、えへへ……そうかな?」
「そんなケイに親父からこの花をプレゼントー! これはだな、ルベリアの花といって人の想いを映し見て贈った者と永久にかたぁーい絆で結ばれると言うとぉーってもらぶきゅーっな代物だ。親父も昔妻から逆プロポーズで贈られた花でな。効果は保証済みだ!」


 目の前に置かれた完成済のケーキの真ん中にちょちょいっと花を飾りつける。
 僅かに偏光を放ったその花。きゃぁああっと両手を組み合わせてはしゃぐケイにひゅぅーっと口笛を吹くディム。それがあるのとないのとでは可愛らしさが格段に違う。
 オーマもまた満足げに微笑んだ。


 しゅるっとエプロンを外す。
 それから皆で自分の分のケーキを丁寧に包装すると、二人は其れを持って帰ることにした。ケイもまた見送るために外に出て行く。


「さて、これで俺達のお仕事は御終いだな。頑張ってお兄さんに渡すんだぞ?」
「渡す時はらぶらぶ光線を放っておせおせごーごー! だぞ、ケイ」
「あ、ちょっと待ってっ!」


 ケイはちょいちょいっと手招きをし、屈むように指示をする。
 何だ? と疑問に思いながら腰を屈めると、彼女はまずオーマの頬を掴み、ちゅっと軽くキスをした。それからディムの方にも同じ様に頬っぺたに口付ける。


「手伝ってくれたお礼! 今日は本当にありがとうね!」
「うっわー……ちょい俺照れる」
「何だ何だまだまだ若いな! でも親父もちょぉーっぴり胸きゅんで大胸筋がぴくぴくんだったぞぅ?」


 ばんばんっとディムの背中を叩くオーマ。
 その様子を見てくすくす笑うケイ。
 そして叩かれた衝撃でげほげほっと咽るディム。


「そんなわけで、らぶりー、らぶらぶばれんたいん大作戦★は終了!」


 おーっ! と最後に三人揃って手をあげれば、其処には誰からともなく笑い合う。そんな一時にほっこりと胸が温まった。




…Fin






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】
【2767/ランディム=ロウファ/男性/20歳/異界職】


【NPC/ケイ/女性/??/案内人】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、初めまして蒼木裕です。
 今回はバレンタインネタにお付き合い頂きまして真に有難う御座いました!
 格好いいプレイングでしたので何処にどう噛み合せようかと考えた結果こうなりましたが如何でしょうか?
 少しでも気に入って頂けますようこっそりいのらせていただきます(笑)