<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『オウガストの絵本*―こんな竹取物語−』


< 1 >

「今、お茶を入れますね」
 魔女ダヌの屋敷に隣接するアパートの住人・詩人のオウガウトは、ソファに腰掛ける二人に微笑みかけ、茶器を取り出した。
 愛らしく初々しい二人連れに、つい笑みが洩れたのだ。
「茶じゃ無く、酒はねーのかよっ」
 紫の髪をツンツンに立たせ両腕をタトゥまみれにした少年は、遠慮が無い。
「ゼン、ダメなの〜〜。シキョウたちは、あまやどり させてもらってるの」
 緑の髪の少女は、幼女が父か兄にするように腕に抱きついてゼンを諫めた。シキョウの外見はティーンエイジャーだが、精神年齢は3歳程度なのだ。
 オウガストは、もとより、16、7歳と思えるゼンに酒を出すつもりは無かったが。ミルクティーは、シキョウの分には砂糖を多めにしてやろうと思う。
 不在のダヌの屋敷前で二人は雨に打たれていた。招き入れてタオルを貸し、「ダヌに何か用だったのですか?」と尋ねたら、ゼンから針のようなトゲトゲ吹き出しで「てめぇには関係ねーだろ!」と言い返された。本気で知りたいわけでもなく、ただの会話の糸口だったのだが。まあ、ゼンは噂通りのボーイだなと可笑しかった。
 
「きゃ〜〜、かわいいの〜!ステキなえほんだぁ〜〜」
 顔から溢れ落ちるかと心配になるほど大きな瞳を見開いて、シキョウがテーブルの上に手を伸ばした。そこには、包装を解かれたばかりの数冊の絵本が乱雑に置かれていたのだ。どれも手描き手作りの一点ものだ。
「さる富豪が、お嬢様の贈り物用に私に依頼したものですよ。同居人の画家と一緒に作りました。きれいな絵本でしょう?
 絵本の中に入れるようにというご所望で、その条件は満たしているのですが。不良品だと言うんで返品されて来たんです」
「ふりょうひん?ふりょうって、ゼンみたいなの?」
「ちげーよっ!」とゼンはまたかみつく。それに、ゼンは柄は悪いが不良ではない。
 オウガストはくすりと笑った後に、説明を加えた。
「ダヌから貰ったインクで書いたら、それがどうもマジック・アイテムだったようです。読む人によって、ストーリーが変わってしまうのですよ。
 気に入った本があったら、どうぞ暇潰しにお読みくださいな」

 二人が手を伸ばしたのは同じ本だった。『竹取物語』。
「読めないスペルや意味がわかんねー言葉があったら、遠慮せずに言えよ?」
 乱暴な口に似合わず、ゼンは優しい瞳でシキョウに問いかける。
 ニコニコと頷いて、シキョウは表紙をめくった。


< 2 >

 白山羊シティから馬で数日かかる辺鄙な村。その村の、さらに外れの小さな小屋で、ゼンとシキョウは寄り添うようにつましく暮らしていた。背後には深い竹林が林立する敷地、庭にあるのは狭い僅かな畑。だが飢えるほど貧しいわけではなかった。
 シティの孤児院を出てから、そろそろ二年になる。

「ゼン〜〜、どこへいくの〜? このじかんは、もう おそとへでては ダメなんだよ?」
 孤児院でも年長グループのゼンとは、特別親しいわけではない。だが、彼がこの施設を脱走したがっていることは、噂で聞いていた。厨房の裏口の扉を開こうとする影、その髪のシルエットはゼンのものだ。
 決まった年齢になったら、シスター達があてがう仕事に付く、それがここのルールだった。なぜ、それまで待てないのか、なぜ、平気で皆とさよならできるのか。シキョウはうまく言葉にならず、ゼンのベストの背を掴んで涙を零すことしかできなかった。
「一緒に来れば、脱走しねえよ」
 シキョウはその言葉を信じた。ゼンはシキョウを連れたまま孤児院を出て、シティも後にした。
「これは脱走じゃねえよ、独立だ」
「ドクリツ?あ、シキョウ、しってる。それ、イイコトなんだよね?」
「あったりめーよ!」

 街並が終わる頃、ゼンはシキョウを巻くつもりだった。だが、夜更けの繁華街で置き去りにするのは危険だと気付いたのだろう。次の街まで同行させたが、シキョウはそこから一人で帰ることができない。
 ゼンは口調は怖いが本当は優しい。シキョウはそのことをよく知っている。シキョウを突き放せずに、結局この村で仕事を見つけて落ち着いた。ゼンは剣の腕を見込まれ、農作物を荒らすイノシシなどの退治をすることになった。竹林の近くに安い家を借りて暮らし始めた。
 作物を荒らす動物が常に出没するわけではない。ゼンは暇な時間は竹林に入って鳥や兎を獲った。シキョウは庭に畑を作り、自分たちの野菜を育てた。
 動物も冬ごもりし、庭の畑に雪が積もる冬。二人は長い夜を竹細工の小物作りに費やした。裏の竹を切り、一輪挿し・水筒・籠などを作って売るのだ。竹は、冬に伐採した物が良質だと言われる。害虫の心配も無いし、材が締まっているからだ。
 ゼンは「あー、めんどくせー」「指がいてぇ」などと悪態つきながら、それでも器用に次々と商品を仕上げていく。シキョウは、ゆっくり、ゆっくりと竹に小刀を入れる。
 雪は、降り積もる音さえしない。雨の方がマシだ。孤児院のたくさんのきょうだいを思い出す。こんなに雪が積もったら、きっとみんなで大きな雪だるまを作るだろう。シキョウは、ゼンに聞こえないように小さな溜息をついた。
 刃先からピシリと亀裂が入り、竹が割れた。「あぁ〜」とシキョウは思わず悲鳴を挙げた。
「手でも切ったか?」と、ゼンは小刀を放り出してシキョウの手元を診る。
「ううん、シキョウはケガしてないよ〜。シンパイしてくれて ありがとう〜。でも、また、とちゅうでタケをわっちゃった〜。せっかくゼンがとってきたのに。ごめんねぇ〜」
「ンなもん、たいしたことじゃねーよ。明日、雪が止んでたら、また採って来るゼ」
 ゴシゴシと音がしそうなほど強く、ゼンはシキョウの頭を撫でた。ゼンの掌は、意外に大きい。

 翌日は雪も止み、ゼンは林へと竹を伐採に入った。シキョウも村の市場へ乾物を買いに出かけた。

 ざくざくと積もりたての雪に膝まで埋まりながら。ゼンは両手に握った二本のシミターで次々に竹を斬っていく。緑というより灰色に似た幹と浅黒い節は、斬られたことに気付かぬかのように、水平に落ちて雪にそのまま刺さった。
 ロープで括って纏め、背追って帰宅しようと立ち上がったその時。無彩色の景色の中で、金、いやオレンジ色に近い発色で輝く竹があった。
『な、なんだ?』
 ゼンはイヤな予感がして、見なかったコトにして歩き出した。
「ちょっとー!知らん顔しないで、ここから出してよっ!」
 竹が、喋った。おそるおそる振り向く。棹の中からドンドコ叩いているような音がする。『出して』ってことは、閉じ込められてるわけだ。自分もよく悪さをして、シスターに反省室に閉じ込められたが。
 フタを開いたら世界中に悪意が飛び散ったパンドラの箱。開けてはならぬと土産に持たされた浦島の玉手箱。
何かが封印されているとしたら、ロクなものではない。関わらないに限る。ゼンはスタスタと林の出口へ向かった。
「無視したわねーっ!許さなぁいっ!」
 ピキキと竹が縦に割れ、中から、掌に乗るほどのミニミニ少女が現れた。オレンジに燃える豊かな髪は赤いヘアバンドでまとめられ、左右の肩に降ろした三つ編みも同色のリボンで飾られていた。前世での名残か、手にはトレイが握られている。それを使って内側から竹を叩き割ったようだ。
 彼女はルディア・カグーヤ。月の世界から来たプリンセスだと言う。プリンセスが何故、ウェイトレスの制服を着てトレイを手にしていたかは永遠の謎だ。


< 3 >

 シキョウが帰宅すると、ゼンは先に戻っていた。テーブルの上に竹の虫籠が置かれて、掌に乗りそうな、小さな金髪の少女が閉じ込められているのが見えた。少女は時々金色に発光しながら、ゼンに向かって何か抗議している。
「あれ〜〜〜!かわいぃぃぃ!ゼン、どうしたの、コレ〜!」
 買って来た荷物も放り出して、シキョウは竹籠に飛びついた。
 可愛いと言われ、カグーヤは少し気をよくする。ゼンに閉じ込められた経緯を、嘘泣きを交えて語る。
「ゼン!おひめさまを ムシカゴにいれるなんて、しつれいだよぅ〜!」
「ぁんだよ!てめぇが喜ぶと思ったのに!冬の夜長、ペットの一匹でもいりゃあ、慰めになんだろ」
「・・・シキョウのため?」
 シキョウが寂しがっていることに、気付いていたのだ。
「おこってごめんね〜・・・」
 もちろん同時進行でカグーヤは『ペットとは何っ?!』と怒声を上げていた。発光は体力がいるらしく、暫くするとぐったりして腰を下ろした。
「おひめさま、おなかすいたの〜?はい、あげるよぅ〜」
 シキョウは籠の隙間から、さっき買った胡桃のかけらを差し入れた。『ハムスターじゃないわよっ!』と更に怒りながらも、カグーヤは受け取ってポリポリ食べた。
「おひめさまぁ。シキョウ、おんなのこのおともだちが ほしかったんだよ〜〜。うれしいよ〜〜」
 二人はすぐに仲良くなった。

 姫が来てから、不思議なことが起こる。裏の竹林から、大勢の話し声が聞こえるようになった。ゼンが林を覗きに行った。なんと、棹に人間の顔が付いた人面竹が何本もいた。一本の竹でも、節ごとに、マッチョ親父やパンクねーちゃんや仏像パーマおばちゃんなど、全部違う顔である。まるでトーテンポールだった。
「うるせーから、ぺちゃくちゃ喋んなっ!」
 この竹は室内装飾として高く売れ、シキョウ達の生活は豊かになった。

 やがて、この家には喋る虫が居ると評判になり、噂は近くの街へも広がった。地主や豪商や政治家などが、カグーヤを欲しいと懇願した。彼らは、袋一杯の金貨や高価なアクセサリーを差し出す。
 シキョウは、粗末なフローリングに投げ出された金貨の袋と、ゼンの表情とを、代わる代わるに見つめた。命を張って凶暴なケモノを倒し、生活の糧を得ているのはゼンだ。シキョウの畑は趣味程度。施設では『ぜいきん』と『きふ』というもので養って貰っていた。だからシスターの言うことは絶対に守った。今は、ゼンに養って貰っている。・・・でも、そう思うと瞳が潤んだ。カグーヤとのお喋りは本当に楽しかった。
「金額じゃねーんだよっ、ボケッ。物々交換でいこーぜ?」
 ゼンが彼らにした提案はこうだ。地主にはクーガ湿地帯に住む大蜘蛛の糸を要求した。豪商にはウィンショー双塔の伝説の宝、政治家には聖都エルザード・黒山羊亭の踊り子の黒髪で作った鬘。
「ソレを持って来れば、喋る虫と交換してやるよ」
 確かにそれを持って来るのは大変だが、彼らはお金持ちだ。優秀な冒険者を雇うことだろう。
「ねえ、ゼン。あのひとたち、きっと、いつかはもってくるよ?どうするの?おひめさまを わたしちゃうの?」
 シキョウは、ゼンの腕を掴んだ。
 ゼンは『へへん』と笑って、指で鼻の下を擦ってみせた。まるで悪戯っ子のように。
「あいつらがここへ戻って来やがる前に、村を出るゼ。早く荷物まとめろってんだ。身の周りのモンだけ詰めろよ、身軽なほどいい。片手は空けとけよ、虫籠を持つんだから」
「ゼ〜〜ン〜〜!」
 感激で抱きついたシキョウに、ゼンは手を払いのけ、「バ、バッキャロー、赤んぼじゃねーんだから!」と怒った。
 怒っても恐くない。本当は優しいって知っているから。

* * *
 背後に深い竹林を背負う小さな家。その空き家の扉に貼られた紙には『月へ行く。もう帰らない』とあった。本気にして、飛行竜を雇った富豪もいたらしい。
 カグーヤがその家から去ると、林の人面竹達はありふれた普通の竹へと戻った。静寂の風情を取り戻した林は、風が吹いた時だけ、カサカサと葉を鳴らした。
 三人の行方は知れない。


< END >


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 外見年齢 / 職業】
2081/ゼン/男性/17/ヴァンサーソサエティ所属ヴァンサー
2082/シキョウ/女性/14/ヴァンサー候補生(正式に非ず)

NPC 
オウガスト
ルディア

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■         ライター通信          ■
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発注ありがとうございました。
そういえば、人面竹を使って案山子を作ったら効果的でしょうね。