<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


異世界観光ツアー〜剣の誓い 

堅く閉ざされた扉の上で札が無常にも揺れていた。
「ふむ……レム殿は、残念ながら留守のようだな。」
わざわざ口に出す必要もなかった。が、怒りとも呆れとも取れるため息をこぼす少年にアレスディアは少しばかり同情の念を寄せる。
はるばる訪ねてきたというのに、相手が留守では哀れに思えた。
が、それはほんの一瞬のこと。
意外にも少年は笑みを浮かべて、観光案内をしてくれないか、と頼んできた。
(人は見かけによらないな。)
苦笑をこぼし、横を歩く少年の顔をアレスディアはそっと窺う。
ややあどけなさを残しているが、鮮やかな金の長い髪と深い蒼の瞳が人目を惹きつける。
背はアレスディアよりも頭一つ分低く、一見するとごく普通の少年だ。
が、その容貌とは裏腹に恐るべき腕を有している。
最初に出会った森での件が良い例だ。
自分よりも遥かに大柄な盗賊たちを本気を出すこともなく、一瞬にして倒した。
まるでうるさい蝿を叩き落すかのように、だ。
そのあまりに見事な剣舞にアレスディアは割って入ることも忘れ、呆然と立ち尽くしていた。
尻餅をついていた老商人を助け起こした少年の瞳がアレスディアを捉えたかと思うと、人懐っこい笑顔を称えて問うた。
警戒心のなさに驚かされたが、それ以上に少年の眼力に驚嘆した。
レムの館へ案内する道すがら、自分を敵だと思わないか、と尋ねたアレスディアに対し、少年はきょとんとした無防備な表情で問いかけた。
「殺気なんてなかったよ。剣を向ける気なんてなかったんじゃないの?」
明朗簡潔だが的を射た言葉。
思い出すたびに苦笑を隠しきれない。
瞬時にして物事を正確に捉えられるのは実に得がたい才能だ。
―もっとこの少年と話してみたい。
興味を覚えたアレスディアはレムの不在を知った少年の申し出を快く引き受けた。
ただし、それなりの理由を添えて。
「せっかくここまできたのに、待ちぼうけというのも確かにつまらぬ。ここに住み、まだ日は浅い故、どの程度案内できるかわからぬが、私でよければ案内しよう。」
「……お願いします。」
ほんの少しばかり違和感を覚えたのか、わずかに間を空けて少年は頭を下げた。

昼過ぎともあって、街中は活気に満ちていた。
物珍しい工芸品や瑞々しい果実を売り買う声に自然と心が弾む。
日が浅いとはいえ、それなりの観光知識はアレスディアにもあった。
人ごみを避けながら、町の要所要所を説明し歩いて回る。
案内される少年も慣れたもので、興味のない場所は気分を害さないようにそれとなく聞き流し、逆にどういったところが知られているかなどを聞いてくる。
いつの間に購入したのか、大きな肉の角煮を挟んだパンをほおばって歩いている。しかもアレスディアの分もきっちり買ってあるのだから抜け目がない。
要領のよさに内心舌を巻くが、長い経験があったればこそと感心してしまう。
「賑やかだね、ここは。」
「そうだな。ここはエルザードでも一、二を争う繁華街だ。賑やかなだけに人ごみもご覧の通りだ。」
「ホント。よくこれだけの人が集まるなって思うよ……その分、巻きやすいかな。」
楽しげなその言葉にアレスディアは思わず歩みを止めそうになるが、軽やかな足取りで追いついてくる少年に目で制させる。
賑わう人々の間を選び、わずかに歩調を速めながらアレスディアは周囲に気を配る。
自分達の後ろを4〜5歩遅れて付けてくる気配に気付き、眉をしかめた。
上手とは言えないが、押し殺した殺気を隣を歩く少年に向けてくるところから先ほど追い払われた盗賊だろう、と推測がつく。
(往生際の悪い連中だ。)
完膚なきまでの実力の差を見せ付けられ、なおも少年を狙ってくるとは一体どういう了見だ、と疑わずにいられない。
その気になれば官憲に引き渡すこともできたが、襲われていた商人の安全を第一に考え、少年はあえて奴らを見逃した。
もう襲っては来ないだろう、と思ってのことだったろうが、裏目に出た。
こうなれば、官憲に引き渡すまでだ、とアレスディアは愛剣に手を伸ばし―止められる。
「さっきのお勧めの店って、この近く?できたら、そこにいきたい。」
「……ああ、白山羊亭か。そこの角を曲がってすぐのところだ。」
ごく自然なやり取りで意思をかわすと、アレスディアは少年をさらに人でごった返す路地へと歩みを進めた。
その様子に気付いた男達は慌てて後を追うが、すでに時遅く…二人の姿はあっという間に人の波間に飲まれた。

「見事な判断だ。感心したぞ。」
「?……ああ、さっきの。」
昼の賑わいが過ぎ、穏やかな時間の流れる白山羊亭。
一息ついたアレスディアが手放しに賞賛すると、よく冷えた赤い小さな果実を口にしていた少年は思考を巡らし―納得する。
別に大したことじゃない、と思う。
あんな人ごみで何かやらかそうものなら、ただではすまない。
自分はともかく無関係の人を巻き込む真似だけは絶対にできなかっただけだった。
そんな少年の考えを察したのか、アレスディアは小さく肩を竦める。
全く大したものだ、と感心するのを通り越して、一種の呆れも覚えた。
避けたのは人目だけではない。あの通りには定期的に見回りに出ている。
ちょっとした騒ぎなら日常茶飯事で官憲が口を出すことはないが、極稀に刃傷沙汰になることがある。
人でごった返す通りでそういった事態に対処するため、警備にかなりの人数が見回っている。
ほんの少し歩いた程度だけで配置された警備に気付き、わざとその目に触れる店を選んだのだ。
ここで少年に絡めば、否が応でも官憲の尋問が待っている。
連中とて馬鹿ではない。
そんな危険を犯してまで何かを仕掛けられる訳がなかった。
「奴らもこれで引き下がればよいのだがな……」
期待はしていないが、つい楽観的な言葉がアレスディアの口をついて出る。
苦虫を噛み潰したような笑みを浮かべ、少年も同意するが多分無駄だろう。
引き際があっさりしていれば、こちらとて苦労はしない。
店の外から執拗に様子を窺う視線に二人はとっくに気付いていた。
お互いの顔を見つめると、アレスディアと少年は無言で席を立つ。
注文を取りに走り回っていた店員はそんな二人の姿に首をひねった。
テーブルにはまだ果実が残っているし、入店してからまだそんなに時間は経っていない。
果実が口に合わなかったのか?とも思うが、注文されたものは常連になりつつあるアレスディアの好物に挙げられる果実であるから、そんんなはずはない。
では、どうして?と怪訝に思う店員だったが、他の客からのお呼びが掛かり、営業スマイルを張り付かせていそいそとそちらへ向かう。
昼の盛況を乗り切ったとはいえ、忙しいことに変わりはない。
芽生えた疑問を押しやって駆け回る店員は気付くはずがなかった。
先ほどまでアレスディア達が座っていた席に注がれた視線が失せたことに。

アルマ通りを離れ、人気の少ない通りを歩くアレスディアと少年を歓喜に近い眼差しで彼らはその後を追いかけた。
白山羊亭に入られた時はどうするかと頭を抱えたが、程なくして連中は連れ立って店から姿を見せ、人目どころか官憲の目すら届かない通りを選んでくれたのだ。
自分達の餌食にしてくれと言わんばかりの行動を喜ばずにいられるだろうか。
身の安全を図るためにしたのだろうが、大きな間違いだ。
まだ世間の厳しさを知らない舐めたガキにはちょうどいい薬になる。
二人の姿が行き止まりの角へと消えた時、男―盗賊たちは退路を絶ち、下卑た笑みを浮かべて声を張り上げた。
「よう、小僧。俺達のためにご苦労なこったな!」
「何がだよ。」
追い詰めた獣のように怯える姿を想像していたが、うんざりした色をにじませ、歯牙にもかけない不敵な少年に顔を歪めた。
立場的には圧倒的に優位なはずなのに、なぜか追い詰められた気になる。
怯む盗賊たちに少年のみならずアレスディアも苦笑を隠しきれなかった。
「あれだけ見え透いた罠に引っかかるなんて、やっぱ馬鹿だよな。お前ら。」
「なっ!?」
「当然だろう?相手の実力も分からずに仕掛けてくるなど無謀の極みだ。」
誘い込んだと思っていたのが、実は誘い込まれていたと指摘され、盗賊たちの顔が怒りで赤く染まる。
冷静なアレスディアの言葉もさらに追い討ちをかけた。
もはや策も何もない。
怒声を上げ、盗賊たちは一斉に切りかかってくる。
圧倒的な実力差からあっさりと攻撃をかわし、少年は軽く足を引っ掛けて何人かを転ばせてしまう。
それがさらに怒りを煽り、切りつけてくるから始末に置けなかった。
こうなるともう仕方がない。
無用の怪我人を出したくなかったが、少年は腰に下げた剣の柄に手を伸ばし―アレスディアに制される。
「ここは私に任せてもらおう。あなたは客人。客人にこのような輩の相手をさせるわけにはいかぬ。」
静かな口調に少年は何かを呟こうと―小さく肩を竦めて引き下がる。
ここはおとなしく任せてしまった方が上手くいく、と判断したからだ。
アレスディアは口元に微笑を浮かべ、盗賊たちと向き合うとすっと表情を引き締めた。
「何より……私はこの街の生まれではない。が、今はここに居を置く者。この街の者として、その平和を乱す輩を許しては、おけぬ。殺しはせぬ。」
ほんの一瞬、風が凪いだ。
アレスディアの手にした槍が黒い軌跡を描き、盗賊たちを打ちのめす。
ばたばたと崩れ落ちる盗賊たちを見て、少年は小さく口笛を吹いて嘆息した。
見事に全員気絶している。
かなりの達人でなければ、こうはいかないことも十二分に分かっていた。
が、何よりも無用に命を奪わなかったのがすごい、と少年は心から感嘆する。
「どうします?ホントに叩きのめすこともできるけど……」
「裁きは私が下すものではない故……官憲に引き渡そう。」
うめき声を上げる盗賊を一瞥して、問う少年にアレスディアは至極当然とばかりに断じてくれた。
無論、少年もそのつもりであったから、喜んで承諾したのは言うまでもなかった。

「やれやれ、とんだ案内になってしまったな。」
「気にしてないよ。ああいう連中はしつこいし、被害者を出さなくて済んで良かったって思うからね。」
駆けつけた警備兵たちに盗賊を引き渡すと、アレスディアと少年は再びアルマ通りの散策を楽しんでいた。
確かにとんだ騒ぎになったが、結果的には被害はなかったのだしいいのだろう、とアレスディアは思う。
何より少年自身が納得してるのだから良しとした。
「けど、私が剣を抜くのはどうして止めた?」
二人がかりならもっと手際よく片付いただろう、と問われてアレスディアは微苦笑を浮かべる。
客人だということもあったが、何よりも無用に剣を抜きたくないという少年の意思を感じ取り、一人で片を付けた。
無理をしたわけではない。
剣を取った少年の意思があるよう、アレスディアにも剣を取った意思がある。
それゆえに行動しただけだ。
だが、アレスディアはあえて口にしなかった。
何かを成すために取った剣の誓いを。

END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】

【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
毎回遅くなって本当に申し訳ありません。
完成しました異世界観光ツアーいかがでしたでしょうか?
かなりとんでもない少年でしたが、思ったよりも振り回さなくて一安心。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは機会がありましたら、よろしくお願いします。