<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


異世界観光ツアー〜似たもの同士の少年たち

「父親。しばらく会ってないけど、基本は父から叩き込まれた。」
薄紅色に染まった甘いアイスを口にしながら、質問に応じる少年を興味津々に湖泉遼介は見つめる。
盗賊に襲われていた商人を助けたところを目撃した遼介はそのあまりに見事な腕前に魅入った。
無駄な動きは一切なく、あっさりと盗賊たちを追い払う少年の実力は半端ではない。
自分よりも2〜3歳上にしか見えない彼のどこにあんな力が隠されているのだろう、と遼介はそっと少年の顔を窺った。
当の少年はやや呆れ顔でアイス片手に悠然と歩む。
魔道彫金師で名高いレディ・レムに呼ばれて来たのだが、その本人が留守とあって少々機嫌が悪い。
あのまま待ちぼうけを食らわせるのはあまりにも癪だ。
館まで案内してくれた遼介に頼み、観光を決め込んだわけだが、予想外の質問攻めにたじろいでばかりいる。
遼介お気に入りのアイスクリーム屋に寄り、あてもなくアルマ通りを散策している間中そうなのだから、苦笑を隠せない。
冒頭の台詞はその解答である。
―誰から剣を習ったのか?
この質問は結構あるので、答えるのは簡単だった。
言葉どおり、最初に剣を教えてくれたのは実の父。周囲の者は少年が剣を学ぶのを快く思っていなかったようだが、父が全く取り合わなかった。
教え方もあったのだろうが、普通よりも早く腕は上達していった……らしい。
疑問系になるのはそれなりの理由があるのだが、この際それは関係ない。
父は基本だけは教えたが、実戦的なことは一切教えなかった。
―それだけは自分で学ばなくては意味がない。
幼い頃に問うた少年に父はそう答えた。
大して疑問も感じず、それを実践し―周囲どころか、父まで頭を抱えさせるようになってしまったのだから笑えない。
気付いたら、元の世界でもかなり名が知れ渡るほどの実力者になっていた。
もっとも未だに勝てない者が数人いるから慢心だけはしなくて済んだ。それだけは救いみたいなものかな、と少年は頭の隅で思った。
「基本……ってことはまだいるのか?そういう……」
「師匠?」
「そうそう!!いるのか?」
もどかしそうに言葉を捜す遼介に水を向けると、顔を輝かせて問うてくるから笑いを禁じえない。
しばし考えを巡らせ、少年はそうだなと口を開いた。
「剣に関して言うなら、三人。魔法に関するなら一人いる。」
「!!魔法も使えるのか?!」
勢い込んで詰め寄る遼介を制して、少年はその言葉を肯定する。
魔法に関して言うなら、基礎ではなく、初めから実践的なことを学んだ…というよりも、額面どおり叩き込まれた。
はっきり言って剣の修行のほうが何千倍もマシだった。
木刀や刃を潰した真剣を使うので生傷が絶えなかったが、相手の動きや力量によって無駄な怪我は負わなくて済む。
それに対し、魔法の修行は問答無用に高位クラスの魔法を打ち込まれ、何度吹っ飛ばされたか分からない。
物理的攻撃の上に炎などの付加的攻撃が加わるので、並大抵じゃない傷を負わされる。
一応手加減はしてくれたらしいが、あの憎ったらしいまでの嫣然とした笑顔を思い出すたびに怒りがこみ上げてくる。
憤然と抗議すれば、あの程度の魔法を防ぎきれないそっちが悪い、とのたまわってくれた事が昨日のように思い出され、手にしたアイスに思わず力がこもる。
―いつか絶対仕返ししてやる!!
胸の内で小さく握りこぶしを作る少年に構わず、遼介の好奇心はさらに増した。
「なあなあ、その魔法の師匠って誰?教えてよ!!」
「……レディ・レム。」
「…………えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
一拍置いた後、少年はいかにもめんどくさそうに言い放つ。
数瞬の沈黙が流れ、遼介は大声を上げて驚きを露にした。
レディ・レム。
先に挙げた通り、魔法彫金師で少年が訪ねに来た人物。
武器や防具、果てはアクセサリーに至るまで特殊な彫金を施し、魔力を付加する特殊な職業を生業しているがそれ以外の事は知られていない謎多き人でもある。
その彼女が師匠とはにわかに信じがたいが、嘘をついているようにも見えない。と言うよりも、嘘をつく必要などどこにもないわけだから本当なのだろう。
にしても、驚愕は隠せなかった。
「言っておくけど、あいつは修行の名目で遊んでただけだ。手加減したのだって疑わしい。」
「けど、そのすごく鍛えられたんだんだろう?すごいよな、だからあんなに強いのか……」
「納得してくれたのはありがたいけど、レムから何か習おうと思わない方がいいぞ。師匠だってこと振りかざして、人をこき使うからな。」
思い出すのも嫌そうに言う少年に遼介はうなずいた。
剣の話とは違い、魔法の話は本当に心底嫌そうな顔を浮かべている。
これ以上は聞かない方が良いな、と心得ると、遼介はすぐに違うことを尋ねた。
「じゃあさ、今まで旅したとこ教えてくれる?面白かったとことかあるのか?」
「そうだな……エルザードから動いてないからこっちのことは分からないな。」
予想とは違う回答に一瞬、遼介はがっくりとうなだれるが、ソーン以外でいいなら話すよ、と言われて、すぐに機嫌を良くする。

少年の話は多岐に渡った。
レムとの修行。一緒に旅をした二人の仲間。
砂漠の中にある都市で起こった事件。険しい山脈に囲まれた王国で行われた武術大会や巻き込まれた陰謀。
まだ10代でしかない少年が体験してきた旅の話は遼介にはうらやましい限りの冒険譚であり、貴重な情報だ。
さほど年の変わらない人物から語られる話だけに疑うことなく素直に聞き入れることもできる。
近い将来、自分も少年と同じように心躍らせる冒険にめぐり合うかも知れないかと思うとわくわくしてきた。
「いいな〜いつかそんな冒険したいな。」
「いろいろあるけどな。まぁ、後悔したことはないのは確かだけどね。」
「次の行き先とか決まってる?」
「いや、気の向くままだけど……」
そこで一旦少年は言葉を切り、瞳だけで周囲を見渡し、歩みを止める。
続いて遼介も何かに気付き、足を止めた。
「レムの用事とこいつらを片付けないとな。」
「そうだな。」
剣呑な光を宿して少年と遼介は申し合わせたように背後を振り返った。
「出てこいよ。」
静かだが迫力に満ちた声音に空気が震える。
小さな舌打ちがし、物陰から三日月刀や槍を手にした薄汚れた衣服を纏った男達がぞろぞろと姿を現す。
その顔に遼介は見覚えがあった。
レムの館に行く途中で少年に追い払われた盗賊一派。
考える必要も何もない。あれだけ見事にやられたにも関わらず、逆恨みして後を付けてきたのだろう。
幸い、人気の少ない町外れだから多少騒ぎを起こしても問題はない。
それは連中にとっても同じことだろうが、実力差ははっきりしている。
本気で掛かる必要もない。軽くあしらってやれば充分だった。
「懲りない連中だな。もう一回吹っ飛ばしてやるよ。」
やれやれと一歩踏み出そうとした少年を遼介が片手で制し、間に立つ。
きょとんとした表情を浮かべる少年に、にやっと遼介は笑みをこぼす。
「さっき戦ったんだから、今度は俺の戦いを見ててくれよ。」
「おい!!」
少年の制止も聞かず、遼介は盗賊たちに掛かっていく。
実力差ははっきりしているから心配はしていないが、度を越さない程度に収めてくれればそれでいい。
実際、遼介の動きは連中よりも優れている。
軽い身のこなしで剣を使い、盗賊たちの間を駆け抜けてく遼介の動きは賞賛に値した。
彼が駆け抜けた盗賊の間では頭の一部が楕円形の禿になったり、ズボンの紐を切られて情けない姿をさらす。
時折遼介の手から放たれる魔力の塊に食らった瞬間、恐怖の叫びを挙げて逃げ出していく。
何が起こったのか、分からなかったがそれた魔力の波動を受けて納得する。
牙を剥いた巨大な虎や炎を撒き散らす黒い竜が襲い掛かってくる姿が見えた。
実体のない幻。だが、実力のない盗賊には恐るべき脅威に見えたのだろう。
尻尾を巻いて逃げて当たり前だ。
全くもって笑える事態に少年は苦笑を通り越した笑みを浮かべ、事態が片付くのを見守った。
幻に屈しなかった盗賊たちの攻撃をかわすと的確に急所に叩き込み、倒していく。
時間は大して掛からなかった。
歴然とした差に残った盗賊たちは気絶した仲間を引きずるようにして逃げ出す。
その後姿を見送ると、遼介は少年に勝気そうな笑みを向け、少年はその見事なあしらいに大きな笑い声を響かせた。

END


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1856:湖泉・遼介:男性:15歳:ヴィジョン使い・武道家】

【NPC:レディ・レム】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、緒方智です。
この度は受注ありがとうございます。
遅くなりまして大変申し訳ありませんが、異世界観光ツアーをお届けいたします。
案内というよりも少年とのやりとりがメインになっていますが、いかがでしょうか?
遼介様と年が近いこともあって話が弾んだようです。
お楽しみいただければ幸いです。
それでは機会がありましたら、よろしくお願いします。