<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


捕らわれた兄を

 アンディ・ノーナとフェル・ノーナは二人きりの兄弟だった。
 両親は早くに亡くなり、二人だけで生活をなんとか立たせなくてはいけなくなった。
 しかし、まだ十代半ばにも満たなかった二人にできることはなかなかなく――
 やがて兄のアンディは、裏の仕事にも手を染めるようになった。

 道行く人をターゲットにしたスリから、やがて、
 盗賊団への参加。

 弟のフェルは、兄の行動に不審を感じてはいても、自分の仕事が忙しすぎて問い詰めている暇もなかった。
 しかしある日――
 フェルは兄が、裏道で誰かとこそこそ話しているのを聞いてしまった。
 フェルは兄に問い詰めた。あれは盗みの相談だったのではないかと。
 街を騒がせている盗賊団は数あれど、そのうちのひとつにまさか参加しているのではないかと。
 アンディは――弟には、嘘をつきとおせなかった。
 フェルが十八歳になったその日。
 兄は家に帰ってくるなり、弟に宣言した。
「もう、盗みはやらない」
 フェルは抱きついて喜んだ。二人はなけなしのお金でお酒を買って、ちびちびと、それでも楽しく飲んだ。
 しかし――
 夜になって。
 アンディがふいに、長年の鍛えられた感覚でフェルに「逃げろ!」と叫び――
 フェルが固まっている間に、覆面の男たちがずかずかとぼろ屋に入り込んできて、あっという間に兄は連れ去られた。
「――! 兄さん……!」
 フェルは外へ飛び出した。覆面の男たちが兄を引きずりながら、南へ向かっているのが見えた。
 あれは――盗賊団か?
 兄を、連れ去りに?
 すぐにでも追いかけたかった。しかし自分が行ったのでは足手まといになることは、分かっていた。
「くそう……!」
 フェルは走り出した。ベルファ通り、冒険者たちの集まる酒場・黒山羊亭へ――

     **********

「つまり、その兄貴を助けてほしいってわけだな?」
 黒山羊亭常連、オーマ・シュヴァルツがフェルに確認する。
 フェルは肩で息をしながら深くうなずいた。
「こ、声を大にして言えない……けど、兄貴は……盗賊団だったし」
 せっかく、せっかく抜けた祝いの夜だったというのに……!
「ふむふむ、捕らわれのクイーンと来ればナイト様のお出まし……ってトコかな?」
 腕を組み、うんうんとうなずいたのは柚皓鈴蘭(ゆきしろ・すずらん)だった。
 長い豊かな黒髪に、赤い瞳がきらきら輝いている。
「ちょっと状況とかが違う気がするけど、大まかな意味合いでは同じようなもの……でしょ? だよね!?」
 誰に同意を求めているのか、鈴蘭は声を大にする。
「ていうか、あんたが行くんじゃそもそも立場が逆だと思う……」
 口を挟んできたのは青い髪の十五歳ほどの少年だった。
 湖泉遼介(こいずみ・りょうすけ)。普段はヴィジョン使い養成学園にいて、黒山羊亭にもたまに現れる。
「何言ってんだ遼介……!」
 横から、水色に近い青い髪の少年が、遼介にすがるような目を向けた。
「俺だったら遼介が捕まったら……ナイトになってやるぜ! んで遼介を見つけたら、そっこうでドレス着せて捕らわれのプリンセスのできあがりだ!」
 遼介は無言で怒りの拳をその少年に放つ。
 少年は――クラウディスはへらっとした笑みとともに軽くかわした。
「甘い。甘いね遼介」
「お前存在が邪魔」
「ひどいわ……っ! 我が愛しの大切なマスターのために、こうしてついてきたというのに……!」
 よよよとクラウディスはしなをつくって泣き真似をした。
 年の頃、遼介よりさらに若い。十歳を少しすぎたくらいに見える。
 だが彼は、あいにく人間ではなく自動人形――ドールと呼ばれる存在のため、実年齢と言われるとはるかかなたまで歳が飛んでいってしまうだろう。
 クラウディスは自分が認められるマスターを探し中である。今のところ遼介がその候補なのだが、どうも遼介をマスターとして大切にしているというよりは、からかっているようにしか見えないのが難点だった。
「人の話の邪魔をするんじゃない!」
 べしっ! 鈴蘭の裏拳がなぜか遼介の顔面にヒットする。
「声を大にして言えない依頼っていう時点で、何だかいわくありげっていうのは大体想像ついてたよ。盗賊団連中とくれば、抜けたヤツの口から組織の全容が明らかになるのを恐れるから必死になるわけだ――」
「急がなきゃならねえじゃねえか!」
 鈴蘭の言葉でようやく危機感が襲ってきたのか、遼介が鼻を押さえながら言った。そしてフェルにつかみかかり、
「こらっ。おにーさんの連れてかれてそーな場所に心当たりあるんですか!」
「丁寧なのか乱暴なのか分かんねーぞ、遼介」
「んなこと言ってる場合か! 心当たりは!」
「ご、ごめん……南の方向に連れていかれたとしか」
 がくがく遼介に揺さぶられながら、フェルは泣きそうな顔をした。
「おいおい落ち着け若人。とにかく、お前は救出を手伝う気なんだな?」
 オーマがどうどうと遼介をなだめようとする。遼介は即答した。
「言うまでもないっ」
「鈴蘭もか?」
「言うまでもなくー」
「おーい、他に誰か手の空いてるヤツいねえか?」
 オーマは黒山羊亭内に声をかける。
 まっさきに立ち上がったのは少し伸びた黒髪を首の後ろで束ね、金色の瞳を輝かせた女性だった。
「俺も行きますよ」
「おんや、ユーアじゃねえか――って、お前何そんなに殺気だって」
「ふふふ……最近お金がなくてろくなものを食べていないのですよ」
 ユーアの瞳は凶暴な光を帯びていた。オーマたちは、ぎょぎょっとひいた。
 盗賊団=珍しいお宝&食い物=少しくらいガメても問題なし。
 盗賊団=成敗しても苦情はこない=ストレス発散。
 結果=ストレス発散&懐+腹が満たされる。
 そんな方程式がユーアの中で成立し、
 =よしついていこう!
「そんなわけなんです」
「いやお前自己完結すんな」
「どうでもいいですよ。さあ退治に行こうじゃないですか、世の悪たる盗賊を!」
「ほ、本来の目的分かってるか?」
「俺のストレス発散ですか?」
「………………誰か他に手の空いてるヤツ……」
 オーマはすがるような目をして黒山羊亭を見渡す。
 すっくと立ち上がったのは、長い銀髪に、その青い目を今は鋭く光らせた女性だった。
「……話は、聞かせていただいた」
 アレスディア・ヴォルフリートは沈痛な声でつぶやいた。
「……最近抜けたということは、少なくとも最近までは、盗みを働いていた、ということだな」
 フェルがびくりと震えて、アレスディアをすがるような目で見る。
「……分かっている。それについて問うには、まず本人を助けねばならない」
 千獣(せんじゅ)殿はどうする? とアレスディアは同じテーブルにいた少女に声をかけた。
 長い黒髪に、赤い瞳。体中に呪符を織り込んだ包帯を巻いている、一種異様な雰囲気を持つ少女だ。
 千獣はちょこんと小首をかしげて、
「お兄さんって……兄弟、だよね……?」
「なに言ってるのー。当然だよ」
 鈴蘭がつっこんでくる。
「兄弟って……家族、の、こと、だよね……?」
「だから、当然だって」
「………」
 千獣はしばらく何かを考えてから、こくんとうなずいた。
「私も……手伝う……」
「よっしゃ」
 オーマが手を打ち鳴らした。
「そろそろいっぺん聖筋界一斉ワル筋盗賊大胸筋一網打尽ゲッチュフィーバー★でもしたほうがいいんかね?」
「おっさん意味分かんね」
 クラウディスがにこにことつっこんだ。
「ふふふ。お前もでかくなりゃ分かる」
「俺これ以上でかくなれねーんだけどなあ……って、遼介?」
 遼介はバビュンとダッシュで黒山羊亭を飛び出していった。
「ありゃ? 何だ?」
「す、すみません。俺が今、『たしか前に兄貴が、南の武器屋の近くにあるアジト――って他の仲間と話していたことがある』と言ったら即行で」
 フェルが申し訳なさそうに言う。
「面白そうな騒ぎだな、俺も手を貸そう……と、俺が言う前にもういない。遼介、行動早っ」
 クラウディスは「ま、俺ものんびり行くかあ」とほてほてと黒山羊亭を出て行った。
「こらー! 偵察は私の仕事なのだよーーー!」
 鈴蘭がダッシュで黒山羊亭を出て行く。
「待て! 俺の取り分が減る――!」
 続いておそろしい速さでユーアが飛び出した。
 残ったオーマ、アレスディア、千獣は呆然とそれを見送って、
「……元気だなあ、若人は……」
「……私も歳なのだろうか……」
「ああ悪ぃアレスディア。千獣は……」
「ワコウド、って、なに……?」
「………」
「すみません、兄貴を助けてください――!」
 フェルがすがりついてくる。
「悪い悪い。ちゃんと助けるさ――抹殺されちまってからじゃ遅いからな」
 オーマは真剣な顔に切り替えた。
「……盗賊たち、の、場所……、分かる? 場所、分かって、れば……追いかける、のは、難しく、ない……翼は、人の足、より、速い……」
 千獣がフェルに尋ねる。
「ええと、だから多分さっきの子に言った通り……『南の武器屋の近くにあるアジト』かと……」
「千獣。お前さん空飛べるんだな」
 オーマがフェルの言葉を受けて尋ねる。
「うん……」
「よし、お前さん上空からその『南の武器屋の近くにあるアジト』と、さっき飛び出していった三人組をさがしてこい。あまりへたな動きはするな。そっちへついたら――そうだな、鈴蘭って子の指示を仰げ」
「分かっ、た……」
 素直な千獣はこくりとうなずき、そして黒山羊亭を出た。
 ばっ!
 少女の背から獣の翼が生え、千獣はばさりとひとつはためかせると、地面を蹴った。
「あとはだな……」
 オーマは千獣がたしかに飛び立ったのをたしかめ、アレスディアとともにフェルを見る。
 懐から何かを取り出した。――ルベリアと呼ばれる花。
 人の想いを映し見る、不思議な花である。
「これに、お前の兄貴への想いをこめろ」
 フェルはわけが分からないまま、一心に兄のことを祈った。
 ルベリアが輝き始めた。
 偏光の輝きを放ち、一方向へと光り始める。
「よし、アレスディア。これを持ってろ」
「オーマ殿はどうなされる?」
「俺は獅子になる」
 二人で外へ出て、ふと後ろを向き、
「お前さんはちゃんとここでおとなしくしてろよ!」
 オーマはフェルに声をかけた。
「は、はい……よろしくお願いします!」
 フェルは深く頭をさげた。

 オーマは人ひとりが乗れるサイズの銀獅子へと姿を変えると、
『ほら、アレスディア。その花持ったまま乗れ――』
「了解した。失礼する」
 アレスディアがひょいと軽くまたがる。
 偏光の花がまっすぐ南を指していた。
『こりゃ……フェルの言うとおりの場所かもしれねえな』
「先に行った四人は……」
『下手なことしてなきゃいいが』
 つぶやきながら、オーマは飛び立った。

     **********

「ダッシュのまま敵を蹴散らそうと思ったんだけど……」
「そう簡単に行くわけないねえ、マスター」
 がっくり肩を落とす遼介に、クラウディスがけけけと笑う。
「だぁから、偵察は私の領域なのだよ!」
 と鈴蘭が二人を制止すれば、
「偵察なんかやらんでも片っ端からぶっとばせばいい話だ」
「目的忘れてませんかユーアさん!」
 ユーアが凶暴な口調で言って、鈴蘭はますます肩が凝った。
 四人は『南の武器屋』の陰から、その傍にある廃屋を見つめていた。
「三人とも、そこから動かないでよ。絶対にね」
 口を動かさない独特のしゃべりで鈴蘭は三人に言いつけると、ぱっと武器屋の陰から飛び出した。
 まずは廃屋の周囲の確認――
 武器屋以外の店は道具屋、薬屋、占い師小屋なんてのもある。
(ずいぶんと人の多いところの――廃屋?)
 廃屋自体は新しい。つぶれたばかりの防具屋であるらしい。
(うーん。なんだかしっくりこないなあ)
 鈴蘭は思い切って、廃屋に忍び込んだ。
 ――人気がまったくない。私刑が行われているかもしれないというこのときに、鈴蘭の敏感な感覚が何も訴えてこない。
(ここじゃない!)
 出た結論はそれしかなかった。
 では、どこだ――?
(『南の武器屋近くのアジト』って言葉に惑わされちゃいけないけど)
 今はそれしか手がかりがない。こうなったら他の店々の様子ものぞくか――
 と、
 ばさり、と上空で翼の音がした。
 見上げると、黒山羊亭で出会った少女の姿があった。
「あ、キミ、たしか今回の依頼に参加してる――」
「千獣……」
「千獣! ちょうどいい、空飛べるならちょっと見てきてよ、ええと……私が道具屋と占い師小屋を見てくるから、薬屋! 薬屋の裏とか!」
 口を動かさないまま、それでもはっきりと声が相手に聞こえる、隠密業には欠かせない会話術で相手に話しかける。
 千獣はこくんとうなずいた。そして、ばさっと翼をはためかせ薬屋の上空へと回った。
(よし、私はまず……)
 敵は盗賊団。
 盗賊団がアジトとして使いそうなのは――
(占い師小屋より、道具屋に決まってる!)
 盗品のカモフラージュにもなる。人の出入りについても同様に。
 鈴蘭は、すでに閉店のプレートがかかっている道具屋のドアにぴったり背をつけ、耳をすました。
 ――静かだった。こういう店では、逆に不自然な静かさ。
(家の人間はどこへ行った?)
 二階? だとしても気配がない。二階には明かりがついていないのだ。
 まだ――こんな時間なのに?
 たしかに店は閉める時間だ。だが家人が眠るには早すぎる。
(裏をうかがう)
 鈴蘭はすばやく道具屋の裏に回った。
 何の変哲もない――裏口があるだけの。
(突入するか?)
 そう考えたとき――
 ばさり。
「ねえ……」
 千獣の声に、鈴蘭はしーっ! と唇に指を当てた。
「静かに……っ」
「……あの、薬屋、さん、へん……」
 え、と鈴蘭は一瞬目を見張った。
「……人、の、気配、まったく、しない……」
 言って、千獣はちょこんと小首をかしげる。
「そっちも……?」
 鈴蘭はごくりとつばを飲み込んだ、そのとき――

『様子はどうだ』
 精神感応で話しかけられ、一瞬びくりと鈴蘭は硬直した。
 相手は――銀の獅子だった。上に銀の鎧をまとった女性がまたがっている。
 獅子には見覚えがある。それはあのオーマ・シュヴァルツだ。
 そしてそのオーマにまたがっているアレスディア・ヴォルフリートは――
 驚いたように、瞠目していた。

 彼女が持っている見たこともない花。
 それが放っている偏光は、なぜか道具屋でもなく薬屋でもなく、何もない地面を照らしていたのだから。

「地下ぁ!?」
 話を聞いて、遼介が声をあげる。
「しー! マスター! 声でかいー!」
「お前のほうがでかいわー!」
「漫才やってる場合じゃないのだよ!」
 げしっと鈴蘭の裏拳が遼介の顔面を打つ。
「な、なぜ俺……」
「殴りやすいから。それは置いといて」
「位置関係からして……」
 人間形態に戻ったオーマが、ルベリアの花の示す地面の位置をたしかめた。
「ちょうど……道具屋と薬屋の間……だな。地下に穴でもほったか……」
「両方がアジト……っ!?」
 驚いたように言うのは遼介だ。
 ちっとオーマは舌打ちした。
「まずいな。アンディだけ助けてあとは水攻めにでもしようと思ってたんだが」
「――まずは私が偵察に入ってくるよ」
 鈴蘭は慎重な声でそう言った。
「それが私の本領だからさ」
「地の利は相手にあり、だ」
 気をつけろよ嬢ちゃん――というオーマの声に送られて、鈴蘭は道具屋の裏口に回っていった。
「……つっこんで片っ端から片付けてやればいいものを……」
「ゆ、ユーア落ち着け」
 オーマはユーアの立ちのぼらせている「腹が減った」オーラが恐ろしかった。
 ひそかにエスメラルダの助言で飴玉を持ってきているので、いざとなったら彼女にあげるとしよう。


 鈴蘭以外の六人は、廃屋を利用して隠れた。
「先に、お兄さんを、安全な場所に、避難……」
 千獣がたどたどしい言葉でしゃべる。
「同感だ。まず、アンディ殿の安全を確保する。安全を確保できれば、盗賊たちの捕縛」
「兄貴ってやつの安全を確保すんのはできねーけど、盗賊たちの相手は任せろよ!」
「そう言うと思った。遼介ってとりあえず雑に解決するのは得意だもんな!」
「黙ってろお前!」
 遼介がクラウディスにつかみかかろうとし、クラウディスがけけけとよけるが、
「うるさい」
 なぜか剣を地面に突き立てながら、ユーアがにっこりと笑う。ひいっと遼介とクラウディスが抱き合って震え上がった。
「お前たち……遼介にクラウディスでしたか? 俺の腹を満たしてくれる?」
「だー! やめろユーア人間にまで食指を伸ばすな!」
「そうだユーア殿……! に、人間の尊厳まで失ってはいけない……!」
「人間、の、そん、げん……?」
 千獣がちょこんと小首をかしげ、「そん、げん……」と何度もつぶやく。
「せ、千獣殿も気にせずに」
 アレスディアは慌てて「それで、どう行動するか、だ」と話を進めようとした。
 千獣はこくりとうなずきながら、
「とにかく……お兄、さん……助け、たら……。あとは、これ以上、悪さ、しない、ように……盗賊たち、を、おしおき」
「おしおき程度ですめばよいのだが」
 アレスディアがユーアをちらちら見ながら言い、
「ふふっ。盗賊たちなど不味そうだから食べませんとも」
「ユーーーーアーーーー」
「ええと……相手は……人間、なんだよね……大丈夫……一応、食べないように、注意、しておく……」
 千獣がぽつりぽつりと言った言葉に、全員が固まった。
「せ、千獣殿……」
 アレスディアがすがるような目で言えば、
「でも……勢い、あまって、ちょっと、かじっちゃったり、したら……ごめん」
「千獣殿ーーー!」
 アレスディアはオロオロしたあげくなぜか千獣の手をぎゅっと握りしめた。
「いけないっ。それだけはいけないっ」
「う、うん……分かっ、た……がんばって、みる……」
 千獣はこくんとうなずいた。
 傍らではひいいいいと遼介とクラウディスが抱き合ったままでいて、
「千獣。人間は不味いと思いますよ」
 ユーアがさらりと言えば、
「やめろユーアー! その返事を千獣に求めたら恐ろしい返事があるぞーーー!」
「私……怖、い……?」
「いやっ、そういう意味じゃない千獣!」
 オーマは必死でその場をまとめようと努力した。
「ととととにかくだな。鈴蘭が状況をまとめて戻ってき次第、俺が動く。アンディを安全なところに移動させるのは……やっぱり力がある上に翼を持ってる千獣が一番だな。頼む。盗賊たちは外にいぶりだすから、あとは頼むぜみんな」
「う、ん」
 千獣が素直にこくんとうなずく。
「まっかせろよ!」
「そうそう遼介に任せて。ますます盗賊団が激昂すること間違いなし」
「どういう意味だ!」
「俺はアジト内に入らせてもらいますよ。やりたいことがある」
「そのやりたいことってのが何なのかが非常に怖いんだが……」
 遼介、クラウディス、ユーアの反応にオーマはがっくりと肩を落として、アレスディアに向き直り真顔で言った。
「お前さんは……まともでいてくれ。頼むから」
「………」
 アレスディアは沈黙を保ったまま、ただ引きつった微笑を返した。
 とても懸命な判断だった。

     **********

 鈴蘭は道具屋から入り、薬屋から出てきた。
「どうだった」
 六人が廃屋にいることにすぐ気づき駆けてきた鈴蘭に、オーマが静かな声で問う。
「うん、思ったとおりつながってる。……おにーさんは今のところ、無事だよ」
 でも自分で動く体力はないだろうね――と、鈴蘭は暗に私刑が行われていることを示した。
「急ぐべきだな」
 よし、とオーマは拳を打ち鳴らした。
「みんな、配置につけ」
 うなずいて、遼介、クラウディス、アレスディア、ユーアの四人は薬屋の前に立つ。
「鈴蘭、地下道へ案内してくれ」
 少女はうなずき、道具屋へオーマと千獣を連れて行った。

 鈴蘭は、道具屋に入るなり床の一部分を指して、「あそこのあたりが入り口」とまず説明すると、そっと歩いていってそこにあった綺麗な細工の絨毯をめくった。
「罠はないっぽいよ。何ていっても自分の家からつながってるから安心してるんだろうね」
「なるほどな」
 オーマは絨毯の下に見つけた入り口らしき部分を見て、深くうなずいた。
「こりゃ、見つからねえだろうな――台所の絨毯の下か」

「ここからはしごで中に入る。入ってちょっと行くと私刑室。そこからまた地下道行くと薬屋にまったく同じようなしかけで出口――入り口かな? がある」
 鈴蘭に中の様子をあらかた聞いてから、
「あとは俺と千獣でどうにかする。お前は念のため道具屋の前に待機していてくれ」
 とオーマは言った。
 鈴蘭が出て行くのをたしかめた後、
「千獣、俺の合図で行くんだぞ――」
「う、ん……」
 千獣が隣でこくんとうなずくのを見、オーマは――
 派手に、地下道への入り口を開けた。
「あれ……いい、の……」
 千獣がぽけっとした声を出すのと同時、
 オーマは懐から奇妙なアイテムを取り出した。水のような、水晶のような……人面の。
「これぞソーン腹黒商店街ドキ★アニキだらけのスイマー乱舞筋ゲッチュ召還アイテム……!」
 オーマは「我が仲間よー!」と人面水晶をかかげ、呪文のように唱える。
 すると――
 ざぱあ……っ
 どこからか大量の水が生まれ、地下道へと流れ込んだ。
 千獣は……見た。
 筋肉マッチョなアニキスイマーたちが、地下道へと水とともに泳いでいくのを……

「千獣。あの我が仲間頼りにになるぜ★アニキスイミングキングたちだ。彼らに盗賊どものとりあえずの捕獲は任せた……!」
「水……水、で、お兄、さん……溺れ、ちゃう……」
「水はすぐに向こうの地下道から外に出る……! 鈴蘭の報告が確かなら、薬屋の出入り口から出て行くはずだ。だから薬屋の前に待機させた連中に、スイマーから受け取った盗賊の捕獲は任せる!」
 オーマは千獣の背中をぽんと叩いた。
「さあ、今のタイミングだ――千獣、計画通り兄貴を助けてこい!」
 千獣はこくりとうなずき、そして地下道へ飛び込んだ。

     **********

 地下道は狭かった。
「翼……開け、ない、な……」
 しかし、もともと千獣は体の内側で『飼って』いる魔物たちのおかげで身体能力が極限まで高められている。足で駆けるだけでもものすごい速さを誇っていた。
 目の前に、たしかに一方方向にしか流れない水と、アニキスイマーたちが悲鳴をあげる盗賊たちを捕縛して泳いでいく姿が見える。
「……おか、しい、の……」
 千獣はきょとんとした顔でそれを見つめた。
 地下道がやがて開け――
 一度は水で埋まっただろう、鈴蘭やオーマの言うところの「私刑室」が現れる。
 壁に。
 鎖でつながれるようにして、ぶらさげられたひとりの青年がいた。
 上半身は丸裸にあざだらけ、下のズボンはズタズタ。
 猿ぐつわをかまされた彼は、私刑のせいだろうか、それとも水の奔流を受けたからだろうか、気絶している。
「この、人、かな……」
 スイマーたちが連れていかなかったからには、そうなのだろう。
 千獣は青年の猿ぐつわをはずした。
「ごめん、ね……くるし、かった……?」
 青年は気絶したまま、何も答えない。
「………」
 千獣は依頼人であるフェルを思い出した。あの青年の兄……
 ぺしぺしと何度か頬を叩いていたら、やがて青年はうっすらと目を開けた。
「あ……お兄さん……」
 青年はすでに、顔をあげる気力もないらしかった。目が開いたのは分かるのだが、顔を上げようとしない。
 千獣はちょこんとかがみ、下から顔をのぞきこむ。
「お兄さん……フェル、の、お兄さん……」
 フェル、という言葉に、青年は確かに反応した。
「お兄さん……?」
「………」
 青年は口を開かなかった。そんな余裕もないのだろう。
 千獣は片手を獣化させ、青年の――アンディのいましめの鎖を力任せに引きちぎった。
 ぐらりとアンディの体が床に崩れ落ちる。
 その体を受け止めて、背中に乗せる。
「………」
 まったく抵抗なく、背中に乗せられるがままのアンディの様子をうかがって、千獣はつぶやいた。
「……お兄さん……盗賊、だったん、だよね……? もう……盗賊は、やめた、ん、だっけ……?」
 ぴくり、とアンディが反応したのが分かった。
 けれど、それ以上何もできずにアンディはただ千獣に背負われる。
「………」
 千獣はアンディを背負い、道具屋への道を戻り始めた。
 今度はスイマーたちが前にいないので、思う存分速く走れる。
 なぜだか、アンディの重さは気にならなかった。
「……一度、悪い、こと、した……人……いい人に、なれば、許され、るのか、な」
 ぴくり。
 背中でアンディが反応する。
 何かを訴えたがっているような気もする。
「それとも、許されない、のか、な。……どう、したら、許される、のか、な」
「………」
 アンディが千獣の耳元で何かを言った気がした。
 けれどそれは声にならず、空気にまぎれて消え去った。

     **********

 千獣は道具屋の地下道入り口を出たところで、ふと動きをとめた。
 背中ではアンディが、半ば眠るようにして完全に体を千獣に預けている。
「ふん……こんなこったろうと思った……」
 金髪の男が目の前にいた。
「だれ……」
 千獣は警戒した。ぱっと地下道の出入り口から飛び出し、アンディを背負ったまま男と距離を置く。
 男は鉄の棒を手にしていた――が。
 カチン、と音がした。
 棒が割れ――そこからギラリと光る刃がのぞいた。
「そこの裏切り者を簡単に逃がすわけにゃいかねえんでね」
 棒はまるで剣のように、短い側が刃のついた柄、長い側が鞘となって。
 金髪の男は、長いほうを投げ捨てた。
 刃のついたものだけを――千獣へと突きつけて。
「悪いがてめえもタダじゃすまねえぜ。知られたからにはな――」
 金髪の男は――道具屋の息子だったのだが、そんなことは千獣が知るよしもなかった――不敵な笑みを浮かべてそう言った。
 千獣は思った。
 ――どうやったら、かじらずに戦えるだろう、と……
 とにかくここはアンディをかばうしかない。背負ったままで千獣は男の鋭い斬撃をかわす。
 しゅっと音がして、呪符を織り込んだ千獣の体の包帯がわずかに切れた。
「あ……切った、ら、だめ……」
「甘いこと言ってんじゃねえよ嬢ちゃん!」
 金髪の男は、大の男ひとりを背負っている少女にかわされたことに激昂し、さらに連撃を放ってくる。
「………っ」
 千獣はアンディを護り、さらに包帯だけは切られないように必死に身をかわした。長い黒髪がざらりと切れる。頬に鋭い痛みが走る。それでもいい、包帯だけは、包帯だけは――
 ふいに男の剣先が包帯を狙っているのを見て取り、千獣は足を振り上げた。
 がんっ
 黒い棒のような、柄の部分を蹴り飛ばす。
 千獣は通常の状態でも身体能力が並ではない。その強い脚力に押され、剣はあっさりと遠くへ飛ばされた。
「なっ……」
 金髪の男は目を見張り、信じられないものを見るような目で千獣を見る。
 千獣は鋭い眼光で男をにらみ返した。
 じりじりと道具屋の裏口の方向に移動しようとする。早く、道具屋から出なくては――
「させるかよ、お嬢ちゃん!」
 男は腰あたりから何かを出そうとしながら、千獣に突進してきた――
 そのとき。

 バコンッ

「……重いですねこの出入り口は……おや?」
 千獣が出てきたときに、すでにめくれていた絨毯。
 地下道への出入り口。どうやら一回手を離すと自動的に閉まるような造りになっていたらしく、千獣も気づかないうちに閉まっていたのだが――
「今、誰か上にいたのですか?」
 改めて開いた出入り口からひらりと出てきた人物が、何事もなかったかのように言う。
 ユーアだった。どうやら薬屋側から地下に入っていたらしい。肩に荷物をかついで、ひどく満足そうな顔をしている。
「………」
 ユーアは千獣に説明を求めるかのような視線を送ってくるが、千獣には説明できなかった。
 とりあえず、……開いた出入り口の傍で男が転んでいるのを見れば少しは分かるのではないだろうか。
「ちくしょう……っ誰だ!」
 ユーアが出入り口を開けた瞬間に、たまたま出入り口の真上にいた男が、体を起こして怒鳴った。
「誰だって……訊くなら、俺です」
 ユーアはすまし顔で金髪の男に向き直った。
「おや。あなたは道具屋の息子」
 しりもちをついている男の顔をしげしげと眺め、「今回の盗賊団の首謀者片割れってとこですか。もうひとりはあの薬屋のおばさんとして」
「………っ」
 道具屋の息子の右手が動く。
 背後に隠してあった短剣が――ユーアの顔へと。

 キン

「んー。今の俺に勝とうってのは無理ですよ」
 いつの間に鞘から抜いたのか、剣で男の短剣を食い止めながら、ユーアは唇の端を吊り上げた。
「何てったって満腹。色々満足。今すごくいい感じ。あとは動いてストレス発散。というわけで」
 金色の瞳が、鋭く光る――
「……俺の行く手を、阻むんじゃねえ、小僧」

 ユーアの連撃が金髪の男を確実に追い詰めていく。
 まるでなぶるように、ユーアは道具屋の息子をとどめをささない程度に傷つけていた。
「その……、あん、まり……、怪我、させちゃ、死んじゃう……」
 千獣が後ろから声をかける。
「殺しませんよ。俺が役人に捕まったら元も子もない」
 ユーアはさらりと言った。「それより、千獣はそのふがいない兄を連れて外へ出なさい。狭いところにいると危険です」
 危険、というとむしろユーアが危険な気がしたが――
 千獣は素直に従った。
 ――千獣の気配が道具屋から出て行くのを確かめてから、ユーアはにやりと笑った。
「さて、もう少し楽しませてもらいましょうかね」
 道具屋の息子が、ぎりぎりと歯ぎしりする。手には、一度床に落とした剣をもう一度握っていたが――それを振る隙さえ、ユーアは与えてくれない。
「まったく、外に出ればもっとたくさんの連中相手に運動できたでしょうに……」
 ぶつぶつとユーアはぼやいて、剣を無造作に振りかざした。
「あなたがこんなところにいたせいで、そいつらの相手ができなくなりましたよ。元は取らせてくださいね」
 しゅっ――
 絶妙に服だけを破き、道具屋の息子の上半身が裸になった。
「くそ……っ」
 男は口惜しげに唾棄する。
「別に男の裸を見る趣味はありませんがね」
 ユーアは冷たい声で言った。「さっきの千獣が背負っていたふがいない兄……彼も上半身裸で私刑に合っていたようですからね。おあいこと行きましょう」
「………っ!」
「さあ、あなたも私刑される気分を味わってみますか?」
 きらりとユーアの剣がきらめいた。
 彼女の金の瞳は、どこまでも冷たい輝きを放っていた。

     **********

 千獣はユーアに言われて道具屋の裏口から外へ出た。
 背負っていたアンディをいったんおろし、今度は腕に抱えて、翼をばっと開く。
 空へと。
 ――気配で分かった。道具屋と薬屋の間の道路は今、戦場だ。
「お兄さん……だけ、は、怪我、させちゃ、だめ……」
 基本として、弓や魔法を使う人間がいなければ空が一番安全だ。
 盗賊という連中がどんな得物を持っているか知らないが、千獣はたいていの武器から身を護る自身があった。
 そして、アンディのことも……

     **********

 遼介が高速移動を利用しながら、盗賊の服だけを裂くようにして剣技を繰り出していく。
 その後ろをクラウディスが続き、主に遼介が打ち漏らした者を対象にして魔法を放つ。
 ただし、無駄に音だけでかい「鼓膜破り魔法」(遼介命名)や光だけ強い「目潰し魔法」(同じく)ばかりだが。
 要するに、少年ふたりで盗賊をおちょくっているのだった。

 オーマは具現能力で壊れた壁や地面を直していく。
「ちぃとつれぇかな……」
 心臓の上にあるタトゥがズキズキと痛むのを感じながら、オーマは苦笑した。
 もっとも、壊れた部分を元に戻さなくては自分たちのほうが後々官憲に捕まってしまうので――
 地道な作業だったが、一番重要な作業だった。

 アレスディアは確実に敵を気絶させ、縄でくくっていく。
 鎧装のためか手元がおぼつかず、縄で縛るのも楽ではない。その隙を狙って敵に襲われたりもしていたが、鎧は頑丈、アレスディアは強力な戦士。盗賊ごときにダメージをくらうこともなかった。
 縄をうまく縛れたときに、ついにっこり微笑んでいることに、彼女は気づいているだろうか……

 鈴蘭は徹底的に補佐にまわっていた。ときにアレスディアに縄を渡し、ときに遼介クラウディスが地面に転がした盗賊を縛り上げ、ときにオーマに「あっちも壊れてるよん」と報告し、ときにすでにオーマによって捕まった銀髪の女をひそかに蹴っ飛ばし……
 とにかく補佐にまわっていた。何気に、一番働いていたかもしれない。

 千獣は空から、バトルフィールドを見下ろしていた。
「みんな……強い……」
 ふと横抱きに抱えていたアンディを見ると、アンディは少し力を取り戻したのか首をかたむけ下を見た。
 そして、
「どうして……みんな……」
 とつぶやいた。

 やがて――
 道具屋の裏口から、ユーアが現れた。
 左肩になにやら大荷物。
 右手に引きずっているのは、ぼろぼろになり縛り上げられた金髪の道具屋の息子――

 金髪の男と銀髪の女。
 二人が縛り上げられ、そして盗賊たちも同じ運命をたどり……

「さあて」
 ユーアが道具屋の息子を引きずって仲間たちの元に戻りながら、「千獣!」と上空にいる翼の娘を呼ぶ。
 千獣がバサリと獣の翼をはためかせ、降りてきた。
「アンディは預かります。ちょっとひとっ飛びして、黒山羊亭の弟さんを呼んできてもらえませんか」
 ユーアは千獣にそう言った。
 千獣がうなずき、「俺がアンディの様子を見る」と言ったオーマにアンディを預けると、再び翼をはためかせ飛び立った。
 オーマは医者としての能力を発揮し、アンディの怪我の具合を診た。
 アンディは意識はある。反応もする。が、体中のあざが並ではない。
「かなり手ひどくやられたな……だがまあ、拷問としてはまだいいほうか……」
「鉄の棒でひたすら殴られただけで済んだみたいだから」
 鈴蘭がオーマの助手のように、アンディの診察をしながら言う。
「内出血が多いな……俺の病院に来てもらうか」
 少し離れたところでは、アレスディアがルーンアームの鎧装を解き、盗賊たちの怪我の度合いを見ていた。
「あんまり暴れられなかったなあ」
 遼介が頭の後ろに手をやって口をとがらせれば、
「あらマスター。暴れたかったらあたしを相手に一晩ど〜お?」
 クラウディスがしなだれかかる。
 遼介の渾身の拳は、クラウディスにひらりとかわされ、
「ひどいわっ。マスターの力になりたいだけなのに……!」
 よよよと泣くクラウディスに、遼介は、
「お前は俺をからかって楽しんでるだけだろうがーーー!」
「ああっマスター! ダメだ大声出しちゃ、高い声で周辺地域に迷惑がっ」
「言うなっ! 高い声言うなっ! 迷惑って言うなっっっ」
 頭を抱えて暴れる少年……
「叫ぶな。怪我人に障る」
 オーマに制され、遼介ははっとおとなしくなった。こほんと咳払いをし、
「で、でさあ、こいつらどうするわけ?」
「それは……フェルが来てからだ」
 ――フェルが到着するのに、時間はかからなかった。
 翼を生やした千獣に抱えられたフェルが、その場までやってくると、
「……兄さん……っ」
 地面に寝かせられた兄に駆け寄った。
「フェル……?」
 アンディがかすかに口を動かした。「どうして……ここに……」
「連れてきてもらった。兄さん……なんて目に……っ」
 アンディのズタボロな姿に、フェルは目に涙をためる。
「たしかにアンディはひどい目にあったがな」
 オーマが静かに言った。「つらいのは、これからだぜ」
「………」
「盗賊……他者の物を、時にはその命さえも奪う不逞の輩……」
 盗賊をひとまとめに集めたアレスディアが、兄弟の元に歩いてきてつぶやいた。
「許すことはできぬ存在」
 びくり、とフェルが震えた。
 アンディの目が、遠くを見た。
「……しかし、裁くのは法。私のような一介の冒険者ではない」
 犯した罪は――
「罪、でしかない。償わねばならない」
「……でも、兄さんは……」
 フェルがすがるような目を周囲の冒険者たちに向ける。
 アレスディアは続けて、つぶやいた。
「……深く悔い改め、やり直そうとする者を、罰によって蹴落とし、再び罪の道に追いやるのは……それもまた罪ではないのか……」
「しかしな」
 オーマが目を閉じるかのように瞼を下ろし、
「どんな理由があっても闇に踏み入るならその罪咎、罪の垢は……一生背負うだけの覚悟をしてからだ」
「………」
 フェルが黙り込む。握った拳が震えていた。
「それが出来ねえってんなら……悲しむ者が傍にいるってんなら……二度と進む道じゃねえぞ」
「……はい……」
 アンディが、かすれた声でそう答えた。
「俺も……自首してきます……」
「………! 兄さん……!」
 フェルがすがるような声をあげて、兄の腕に手を置いた。
「俺をひとりにする気! 兄さん……!」
「……仕方がないな。盗賊どもを官憲に突き出したら、自ずとアンディのこともバレる」
「そんな……!」
 フェルがぽろぽろと涙をこぼした。
 アンディがそっと腕をあげる。
 その手が、弟の涙をぬぐった。
「ごめん、な……」
 必ず帰ってくるから、と兄は言った。
 優しい声で、そう言った。

     ***********

 道具屋と薬屋は盗賊団として捕まった。
 アンディのことは、彼を救った冒険者たちが証言者となり、彼の罪が少しでも軽くなるようにと役人たちに言い置いた。
 なお、盗品のいくつかがどうしても数が合わないのだが、冒険者たちは黙秘を続けている。
 アンディはすぐには捕まらず、現在オーマのシュヴァルツ病院で治療を受けている。
 弟のフェルは忙しくて滅多に見舞いに来られないが、兄弟の絆はそんなことを気にはしていなかった。

 ある日、診察をしにきたオーマにアンディは言った。
「俺は……俺みたいな人間でも、弟に笑顔を……与えられるでしょうか?」
 オーマはにっと笑って言ってやった。
「できるさ。……お前がそれだけ、弟を大切に思ってりゃあな」


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1559/クラウディス/男/12歳(実年齢999歳)/旅人】
【1856/湖泉・遼介/男/15歳/ヴィジョン使い・武道家】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2542/ユーア/女/18歳(実年齢21歳)/旅人】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3155/柚皓 鈴蘭/女/17歳/密偵】

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■         ライター通信          ■
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千獣様
いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も大人数シナリオでしたが、いかがでしたでしょうか。千獣さんには珍しく、戦闘ではなく裏で動くお仕事をしていただきました。一番適役でしたので;
書かせていただけて嬉しかったですv
またお会いできますよう……!