<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


喫茶店『ティクルア』 “St. Valentine's Day”



◇ 始まり ◇

 
 人面草と霊魂軍団を連れて、オーマ シュヴァルツはチョコ配りのバイトをしていた。
 サンタクロース顔負けの真っ赤な衣装に身を包み、見た人がいたならば「どうして今の時期に・・・?もしかして、遅刻してきたサンタ?」と頭を抱え込まざるを得ないような格好だ。
 そもそも、乗っているのが橇と言う時点で何かが違う気もするが・・・如何せん、バイト先は去年クリスマスのサンタのバイトをした所と同じ所。配布された衣装と乗り物は、クリスマスの時となんら変わっていない気もする。
 折角のバレンタインデーなのだから、もっと気の利いた衣装はなかったのかと詰め寄ると、何故かピンクのフリフリエプロンドレス・・・しかも、女性物のSサイズを無言で突きつけられた。
 膝上のミニスカートの裾には愛らしいレースのヒラヒラがついており、肩の部分は若干膨らみ、二の腕の部分でキュっと細くなっている。更には付属でティアラもついており・・・バレンタインに姫もどうかと思うが、サンタよりは幾分ましな気もする。
 ・・・ただ、それがオーマに似合うか似合わないかは別物の話しだった。
 と言うより、本人はかなり着る気満々だったのだが、如何せんサイズは女物のSだ。男物のLですらもピチピチ・・・最悪破けてしまうオーマにとって、女物のSともなると、お人形の洋服に等しい。
 つまりは、サンタ衣装でバレンタインのチョコを配らなくてはならないと言う事なのだ。
 なんだか・・・途轍もなく寂しい。
 と言うか、周囲の視線が痛い。なにあれ〜!?と言った視線ならばいざ知らず、可哀想・・・遅刻サンタ?と言うような、同情を含んだ哀れみの視線なだけに、オーマは居ても立ってもいられなくなってきた。
 休憩と言う名のサボりをしようと周囲を見渡せば、ぽつりと建っている1軒の喫茶店。
 ティクルアだ―――
 あそこでお茶でもして行こうと思い立ち、オーマは人面草と霊魂軍団を連れてティクルアの扉を押し開けた。
 シャランと言う、儚い鈴の音が鳴ったかと思うと、中から小さな少女が走り出して来た。
 可愛らしいふわふわのドレスに身を包み、無邪気な笑顔を振りまく少女。
 「オーマちゃん!お久しぶりなのぉ〜っ!」
 そう言ってオーマに飛びついてくるのを、優しく受け止める。
 「おう!お久しマッチョ!」
 「お久しまっちょなのぉ〜っ!!」
 シャリアーがそう言って片手を突き上げ、人面草と霊魂軍団にも挨拶をする。
 「あら?オーマさん、いらしてたんですか?」
 おっとりとした声が響き、顔を上げた先には柔らかい笑顔を浮かべたリタ ツヴァイの姿があった。
 金色の髪を華奢な肩からそっと払い、にっこりと微笑んで―――オーマの背後に控える人面草と霊魂軍団にもおっとりとした挨拶をしながらゆっくりと頭を下げる。
 毎回思うが、やはりここの雰囲気はどこかまったりとしている気がする。
 ゆっくりと流れる時は、酷く心を穏やかにさせる・・・。
 「あれ?オーマさんと・・・」
 ティクルアの中央にデンと構えられた階段から下りて来たリンク エルフィアが、オーマを見てふわりとした笑顔を浮かべ・・・背後の人面草達を見て、すぐにその笑顔を凍りつかせる。
 どうしてだかは定かではないが、リンクは人面草と霊魂軍団を恐れている節がある。今度、徹底的に慣れさせなくてはと、オーマの心に妙な使命感が燃え上がる。
 「って、どうしてサンタなんですか?」
 恐る恐る、様子を窺いながらリンクが下りて来て、若干リタの背後に隠れるような形でオーマの着ている服を指差しながらそう言った。
 「あ!本当だっ!オーマちゃん、サンタさんなのぉっ!」
 「まぁ、本当ですわね。」
 「・・・なんで2人とも、今の今まで気がつかなかったのさ。」
 普通、入って来た瞬間に気づくよね!?と言って、盛大な溜息をつき・・・そもそも、リタとシャリアーにそんな“細かい”事を言ったって仕方がないと言う事は、リンクが一番良く分かっている。大雑把と大らかの違いが分からない2人なだけに、大らかと言う言葉の下で大雑把な事をしてしまいがちだ。
 この2人に、普通や常識といった事を押し付けてはいけない・・・。
 「まぁ、いろいろあってな、バレンタインだからチョコを配りに・・・」
 「サンタの格好でですか!?」
 オーマの説明を半ば強引に割る形で、リンクが口を挟む。
 「それで、バイトは終わったんで・・・・・・」
 「休憩を悪く言うヤツは、必殺☆抱きつきマッ」
 「ごめんなさい、すみません、もう言いません・・・。」
 リタの背後にコソコソと隠れるリンク。それを見ながら、シャリアーが声を上げて笑い、オーマを見上げて小首を傾げた。
 「オーマちゃんは、チョコ作り、手伝ってくれるのぉ〜?」
 「チョコ作り?」
 「えぇ、チョコを頂いたので。・・・折角のバレンタインですし、如何でしょうか?」
 首を傾げるリタの背後から、リンクが「でも、オーマさんはバイトの途中ですし・・・」と余計な口を挟む。それに対して、親父★スマイルを見せると、再びこそこそとリタの背後に隠れ・・・なんだか、この関係が酷く面白い。
 「オーマちゃんは、シャリーと作ろうなのっ!」
 「シャリアーとか?良いぜ〜?」
 オーマはコクリと頷くと、シャリアーのふわふわの髪の毛を優しく撫ぜた。
 リンクがリタの背後で小さく「シャリアーは料理が出来ないのに・・・」と呟いたが、あまりにも小さな声過ぎてオーマの耳には聞こえてこなかった。


◆ チョコ作り ◆


 ティクルアのキッチンに皆で桃色フリフリエプロンを着ながら立つ。
 シャリアーがふりふりエプロンの裾を持って、クルクルと楽しそうに回る様を、オーマのみならず、霊魂軍団も優しい瞳で見詰めていた。
 「それで、オーマちゃん、何作るのぉっ??」
 大きく首を傾げて、目を見開いてにっこりと微笑むシャリアー。
 ・・・本来ならば、何を作るかはオーマではなくシャリアーが決めていなくてはならないもののような気がするのだが・・・。
 何せ、チョコを作ると言い出したのはオーマではなくシャリアーの方なのだから・・・。
 とは言え、そんな事をシャリアーに言って聞かせてもまったく効果はないだろう。
 「ふるふる柔らかホットチョコタルトでも作っか!?」
 「ほっとちょこたるとぉ〜!?シャリー、タルト好きだよぉっ!」
 そう言って、ぴょこぴょこと跳ねるシャリアー。
 よほど嬉しかったのだろうか。淡い桃色の頬が、濃く色付いている。
 「あのね、リタとリンクがね、必要そうなものは全部出しておいたからってね、言ってたのよぉっ!」
 シャリーがそう言って、ティクルアのキッチンの上を指差した。
 確かに、使いそうな食材や道具は全て置いてあるが・・・
 「随分用意が良いじゃねぇか。」
 「うん!あのねぇ、食料庫は、色々あるからね、危険なんだって!シャリーね、食べられちゃうんだって!」
 食べられちゃう・・・?ティクルアの食料庫には肉食の動物でも飼っているのだろうか?
 「んっとね、雪崩に食べられちゃうから、シャリーは入っちゃ駄目なんだってぇ。」
 「ははぁん。」
 つまりは、物が積み重なっているので、危ないからシャリアーを中に入れないと、そう言う事だろうか。
 「まぁ、出してくれたっつーんだから、有り難く使うとすっか!」
 「つかうとすっかぁっ!」
 シャリアーがオーマの言葉の後に続いてそう言って、ツインテールの髪を揺らす。
 オーマが材料の中からバターを取り出しクリーム状にし、砂糖と卵黄、アーモンドパウダーに強力粉を入れて混ぜる。
 混ぜるのはシャリアーの役目だ。小さな手で一生懸命混ぜる姿はどこか愛らしい。
 「んっしょ・・・んっしょぉっ・・・」
 段々と重たくなってきたのか、シャリアーが自分の手を片方の手で支えるようにして混ぜ―――それを見て、オーマもシャリアーを手伝う事にした。小さな両手に手を添え、一緒に材料を混ぜて行く。
 それをラップに包み、冷蔵庫に入れ―――後は1時間ほど待てば良い。
 その間に、他にも何か作れるものはないかとシャリアーと相談し、トリュフやクッキーなども作ってみようと言う話になり・・・シャリアーがチョコを一生懸命刻み、湯せんにかける。
 「よいしょ・・・んっとぉ・・・」
 身長の低いシャリアーは、台の上に乗って一生懸命に湯せんでチョコを溶かしている。
 少々危なっかしい手つきではあるが・・・・・・・
 「あっ・・・!」
 シャリアーの声に振り向くと、湯せんにかけていたボウルがズルリと滑って床に落ちようとしていた時だった。
 どうやらかき混ぜるのに夢中だったシャリアーが、へらでボウルの側面をしたたかに打ってしまったらしい。その衝撃でボウルが傾き―――かけていた鍋もろとも、床へと・・・オーマはギリギリの所でボウルを掴んだ。
 鍋は床で弾み、熱湯がじわりと広がる。
 でも、チョコはなんとかオーマが死守し・・・見ればシャリアーは人面草によって熱湯のかからない場所に避難させられていたので無事のようだ。
 ほっと安堵するのも束の間、シャリアーの瞳が潤み始める。
 「大胸筋スライディングゲッチュ★」
 いたって明るくそう言ったオーマだったが、シャリアーの瞳が涙に濡れ、小刻みに肩が震え始める。
 「ふえぇぇ〜っ!!!シャリー・・・シャリーっ・・・!!」
 「泣くなって、ほら、チョコは無事だったんだから、マッスル☆笑顔でGO〜!ってな?」
 「でも、シャリー・・・また失敗・・・なのぉっ・・・」
 えぐえぐと泣き崩れるシャリアーの頭をそっと撫ぜる。
 「失敗も、成功の元、失敗だって、楽しめれば損な事じゃねぇ。な?」
 「オーマちゃん、怒ってないのぉ??」
 怒っているわけがないだろうと優しく言い、泣きじゃくるシャリアーを抱っこする。
 華奢な身体は今にも儚く折れてしまいそうで、ふわふわの髪の毛は綿菓子のようだ。
 霊魂軍団が、そんな2人の周りをクルクルと回る。
 まるで慰めているみたいだねぇと、シャリアーが呟き、慰めてるんだろと、オーマが言った。
 「シャリー、もう大丈夫だよぉ??」
 オーマにそう言い、霊魂軍団にそう言い、そして最後に人面草にお礼を言う。
 「さっきは、助けてくれてありがとなのっ!皆、優しくて大好きなのっ!」
 やっと笑顔になったシャリアーに、オーマはほっと安堵の息をついた。
 やっぱり、子供は笑っているから可愛いのだ。勿論、泣いている時だって可愛い事に変わりはないけれど・・・でもやっぱり、どうせなら笑っていてほしいと思う。子供ならではの無垢で無邪気な笑みは、あまりにも純粋で・・・透き通る瞳は、一種の憧れを感じるから・・・。
 気を取り直してお手伝いをし始めたシャリアーを、優しい笑顔で見詰める。
 チョコを混ぜているうちに、チョコが零れ・・・慌てて火を吹き消す。
 また失敗しちゃいそうになったのぉっと、可愛らしい笑顔で言い・・・一生懸命、チョコを飾り付ける。
 しばらく夢中で作業をしていたシャリアーが、ふっと、何かを思い出したように顔を上げた。
 「そう言えば、オーマちゃん、大丈夫なのぉ?」
 「何がだ?」
 「手・・・。」
 「手?」
 「さっき、チョコ掴んだの。あっちっちだったでしょぉ〜??」
 ―――初めて気がついたひりひりとした痛みに、オーマは声を上げた。


◆ 想月花 ◆


 生クリームを火にかけ、火を止めてからチョコを刻んで湯煎で溶かす。
 牛乳と全卵を混ぜ、鍋にかけてオレンジリキュールを少々混ぜ入れ―――
 冷蔵庫から生地を取り出して伸ばして型に入れ、厚さ5mm程に敷き、余分な生地を切り落とす。
 180度で15,6分ほど空焼きをし、焼き色が薄くついたらチョコ生地を流して今度は20分。
 階上からリンクが下りて来て、オーマはリンクに生地を任せるとシャリアーと共に裏の花畑に向かった。
 あのチョコタルトは、2人からリタとリンクへ・・・シャリアーの好きな花を訊いてみると、シャリアーは無邪気な笑顔を輝かせて“想月花”(そうげっか)と答えた。
 「想月花・・・?」
 「あのねぇ、リタがひんしゅかいりょー?して作ったんだってぇ。真っ白なのに、薄いピンクなのぉ〜!」
 シャリアーがそう言って、オーマの服の裾をグイグイと引っ張る。そして走り出し・・・ティクルアの裏の花畑には、真っ白な花が咲き乱れていた。見渡す限り敷き詰められた儚い光を発する白の花。
 風に揺れる、その度に・・・花弁が淡いピンク色に光る。
 「これがねぇ、想月花なのぉ。揺れると、ピンクになったり白になったりするのよぉ〜!」
 にこにことシャリアーがそう言って、足元に生えていた想月花を1本摘んだ。
 タルトの中央に飾るように1本、シャリアーは大切そうに胸に抱きかかえた。
 「リタがね、大切な人を想って作った花なんだって、リンクが言ってたのぉ。」
 「そうか・・・。」
 だからこれほどまで綺麗に咲いているのだろうと、オーマは思った。
 「これね、満月の晩に水色に光るの。キラキラ〜って。蛍さんみたいなのよぉ〜!」
 花畑一面に舞う、水色の光り。
 なんて幻想的なのだろうか・・・・・・。
 月を思う花は、満月の晩だけ、淡い水色の命を空へと飛ばす。
 決して届く事は無い、儚い光だけれど・・・月の光には、とても敵わないものだけれど・・・それでも、想う。届けば良いと、光が・・・月に届けば良いと・・・。
 「大切な人・・・ねぇ。」
 「うん!リタの、大切な人。」
 「シャリアーは知ってるのか?」
 オーマの言葉に、シャリアーが曖昧な笑顔を浮かべた。
 知っているけれど、知らない。そんな感じの笑顔だった。
 きっと、心のどこかでは特定しているのだろう。けれど、確証は無いと言う・・・そんな、曖昧なものなのだろう。
 「オーマちゃんにも、大切な人・・・いるぅ??」
 「あぁ、いるぜ?シャリアーはいるのか?」
 「シャリーはね、リタとリンクが大切。でも、オーマちゃんも大切だし、皆も、大切なのっ!」
 そう言って、ここまでついて来ていた人面草と霊魂軍団を見詰める。
 嬉しいのだろうか・・・。舞うように踊って、喜びを表現している。
 無邪気な子供には、大好きが沢山ある。そして、大切も・・・沢山ある。
 けれど、どれも決して軽い気持ちで言っているわけではない。それは・・・オーマも重々承知だった。
 「戻るか。」
 「うん!」
 シャリアーが元気良くそう言い、2人はティクルアへと戻って行った。
 扉を開ければリンクが暇そうに座っており、出来上がったタルトを前にボウっとどこか遠くを見ていた。
 シャリアーが流しで花を綺麗に洗い、タルトの上に想月花をチョンと乗っける。それを横目で見詰めながら、オーマはリンクに紙とペンを用意してくれるように頼んだ。
 リンクが快く頷き、階上へと紙とペンを取りに行き・・・下りて来た時にはリタも一緒だった。
 バレンタインカード、私も一緒に書いて良いですか?との申し出に、オーマが勿論だと答え、リンクも一緒にカードを作る事にした。
 「あら、想月花・・・シャリアー、裏の花畑から摘んで来たの?」
 「うん!オーマちゃんと一緒に行って来たのぉっ!」
 「そうなんですか・・・?」
 「あぁ。摘んでも平気だったか?」
 「えぇ・・・想月花は摘まれてこそですから。」
 そう言ってふわりと微笑むリタに、それはどう言う意味なのかと訊く。
 「想月花は、大切な相手に贈るために作った花なんです。オーマさんも、もし宜しければ・・・如何ですか?」
 リタの言葉に、オーマの目の前に家族の顔が浮かんで来た・・・。
 ―――そっと、瞳を伏せる。
 「そうか・・・。んじゃぁ、もし・・・良ければ・・・」
 「ゼヒ。綺麗にリボンもつけて差し上げますね?」
 リタの嬉しそうな表情は・・・想月花の淡い光と同じくらいに輝いていた。


 タルトを切り分け、他にも色々と作ったものをテーブルの上に並べる。
 チョコの甘い香りがティクルアの中に充満し、タルトの上で想月花が淡い光を撒き散らしている。
 バレンタインカードを互いに交換し・・・オーマの中に入っていた同盟勧誘パンフを見て、リタとシャリアーがはしゃぎ、リンクだけが頭を抱えて遠い目をしている。
 わいわいと騒ぎながらのチョコパーティー。
 それでも・・・ここではそんな時間もゆっくりと流れているから・・・・・・。



  「またのお越しを、心よりお待ち申し上げております。」



              ≪Close≫


 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


 1953/オーマ シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り


 NPC/ シャリアー   /女性/10歳/喫茶店の看板娘
 NPC/ リタ ツヴァイ /女性/18歳/喫茶店の店長
 NPC/リンク エルフィア/男性/15歳/喫茶店のウェイター

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は【喫茶店『ティクルア』 “St. Valentine's Day”】にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 シャリアーとのバレンタインは如何でしたでしょうか?
 楽しく、ふわりとしたノベルに仕上がっていればと思います。
 想月花・・・満月の下で見たならば、きっと幻想的で綺麗な光景なのだろうなぁと思いました。
 いつかそんな想月花の中でお月見でもしたいですね。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。