<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


+ ……を求めて。 +



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「うおぉぉぉおおおおおおお!!」


 一斉に人々の歓声が沸き起こる。
 此処、ソーン腹黒商店街では現在バレンタインにちなんで『下僕主夫&カリスマカカア天下タッグラブきゅんナマ絞りマッチバトル』が開催されていた。つまり、天下のカカアと下僕主夫のペアを決めるという至って筋肉ハッスルで奥様の裏側が見える大会である。
 現在舞台に立っているのはオーマ・シュヴァルツとシェラ・シュヴァルツ。
 片や筋肉マッチョで乙女心を持つ親父、もう片方はないすばてぃあーんど麗しき姐様とあっては盛り上がらない方が珍しい。


 オーマがその自慢の筋肉を見せ付けるために、ポーズを決め続ける。其れを見た客からは親父アニキに対して熱い視線が送られた。良く見ればそれらはナンパ癖有な人面草&霊魂軍団で溢れかえっており、悩ましく暑苦しく……いや、失礼。活気に溢れた場所となっていた。


 ところ、が。
 スタッフの一人がどたばたと勢い良く会場の方に走ってやってきて大声をあげた。


「事件だ事件だー! 優勝賞品のギラリマッチョ美筋レスラーアニキ型等身大チョコ像☆とラブだーりんの胃筋もびっくり甘々ヘルクラッシュ鍋☆ が何者かに盗まれたぞー!!!」
「何ぃいいいい!!!??」


 ざわざわざわ。
 その言葉に一気に会場内がざわめき立つ。大声を出してしまったスタッフは他のスタッフから「そんなことを大声で叫ぶんじゃねえ」と殴る蹴るのお仕置きを受けているが、その程度で済めば警察は要らない。『悪』と言う言葉は要らない。


「おやおや、そんなもんを盗む奴がいるなんてねぇ。オーマ、いっちょ取り返しておいで」
「当たり前だマッチョ! この俺の筋肉を賞賛するための賞品がなければこの大会は終わらない、いや、終わらせてたまるものかっ! てなわけでそこの筋肉の鍛えてないへなちょこスタッフ!」
「は、はっひぃ?!」


 オーマが走ってきたスタッフの首根っこを捕まえる。
 体長二メートルを越すオーマにひょいっと持ち上げられて相手はあわあわと非常に動揺する。だが其処は其処。シェラは夫の隣に立ち、スタッフに向けてにっこりと微笑む。
 その麗しき笑みにスタッフは内心ドキドキではあるが……。


「今すぐあんたの知ってる情報をお吐き。じゃないと……生絞りの刑にしてやろうじゃないか」


 次の瞬間、彼の心は瞬間冷却に掛かった。
 彼女は何処からか取り出した果実を手にし、そのままぐっと力を込める。見る見るうちにそれが絞られていく様子にスタッフはああああああ!! と心で泣いた。


「俺は何も知らないんですー! さっき賞品を出してこようとしたら無くなっていた事に気がついただけでっ……ほ、本当ですから絞るのだけはご勘弁ぉおおおお!!」
「……だってよ、オーマ。どうする?」
「仕方ねえ。調べるか」


 ぽい。
 哀れスタッフ。捨てられた彼はぜぇぜぇと荒い息を吐きながら「助かったぁあ」と他のスタッフに泣きついた。


 大会は賞品がなければ意味がないということで中止。
 きぃいいいいいいいいい!!! とハンカチを口に銜えて心底悔しがっていたのはもちろん筋肉親父マッチョもといオーマ・シュヴァルツ。
 そんな風にいつまでも悔しがる夫に対してうっとおしくなったシェラは、「いい加減にしなっ!」とむちむちぼでぃを露に四の字固めを決めた。



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 三日後。
 夫妻はある屋敷へと訪れていた。出された紅茶を口に運びながらシェラはふぅっと息を吐く。目の前では屋敷の主人であるキョウが同じ様に茶を啜っていた。


「と言うわけで依頼に来たんだよ。坊やは依頼人に対して過去・現在・未来をくれるんだろう? ちょっと反則技かもしんないけど、その事件のあった当時に行けば簡単に犯人が判ると思ってねぇ。今回の時間に関してだけど、調査を進めれば進めるほど……日にちが経てば経つほど実は変な噂が出てきて仕方ないんだよ。この間聞いた話なんかじゃ『夜な夜な動く筈の無いアニキチョコ像が鍋持って徘徊。至る処のチョコを湯煎で溶かして逃亡する』なーんてなんだか脱力する目撃証言があったくらいさ。しかも多数」
「なるほど、それはお困りでしょう。僕の方も早速用意させて頂きます。…………ところで、一つお聞きしてよろしいでしょうか?」
「なんだい?」
「旦那さん、どうしてそんなにも傷だらけなんですか?」


 シェラの隣、キョウの斜め向こうに座っているのはオーマ。
 だがその身体は傷だらけで、何か冒険でもした後なのか? と疑いたくなる。だが、それは簡単に否定され、シェラはにっこりと妖しげな笑みを浮かべて言った。


「あんまりにもこいつがうっとおしくてねぇ……。事件は解決出来ないわ、賞品を貰えなくてわんわん夜泣きするわであたしの堪忍袋がぶっちんとイっちまってね。いい加減にしやがれとちょっと技を一つ掛けたのさ」
「……技?」
「す……素敵に決まってたぜ、お前の紅色番犬カカア天下ナマ絞り」


 オーマはぐはっと吐血しながらテーブルの上に身体をうつ伏せる。
 ダメージが其処まで凄いのかとキョウは苦笑した。屋敷のもう一人の住人である女の子、ケイが慰めるようにオーマの肩をぽんっと叩いた。


 キョウは苦笑が消えぬまま、ふぅ、と息を吐き出す。
 するとその様子を見取ったシェラがどうしたんだい? と声を掛けた。


「……実は僕達の屋敷にも今日の朝、悪戯がありまして……」
「ほうほう、どんなだ? 悪戯っ子ならばこの俺様の筋肉マッチョ攻撃で撃退してやるぞ!!」
「実はこの屋敷の壁にチョコを溶かしたもので文字だと判別出来ない落書きと『キョウちゃんケイちゃんラブボディ狙いゲッチュ★』と超漢なチョコ文字で恐ろしきメッセージが書かれていまして……」
「なぬ!? 何だそのセンスの良い文章はぁああ!!」
「確かにオーマ叔父様となら気があいそう」


 ぽそり。
 ケイは小さく呟いた。


「では少しの間お待ち下さい。今すぐ用意して持ってきますね」


 キョウが立ち上がり、そっと屋敷の奥の方に行く。
 僅かな時間が経った頃、彼は何やら手に持って帰ってきた。それを両手で支えながら彼は夫妻の前に差し出す。何だ? と二人が覗き込めば其れはいわゆる『鍋』だった。
 シェラが手にして左右上下と捏ね繰り回す。だが至って平凡な其れは何の変化もない。
 が。


「では、貴方たちの『過去』へ行ってらっしゃい」


 その言葉を最後に夫婦は白い光に包まれるのを感じた。



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「しかし、何で渡されたのが鍋なのかねぇ」


 シェラは首を傾げる。
 手渡されたそれは未だに手の中に在って相変わらず『鍋』だと自身を主張していた。夫婦は目の前を見遣る。其処にいるのは数日前の自分達。キョウの導き通り彼らはあの大会の現場にいた。


 同時に傍にあるのは大会の賞品である『ギラリマッチョ美筋レスラーアニキ型等身大チョコ像☆とラブだーりんの胃筋もびっくり甘々ヘルクラッシュ鍋☆』。それが今ガラスケースに入れられて展示されていた。オーマはうっふうっふぅーっと悦な表情をしながらそれを眺める。あの日、手に入らなかった賞品がこうして今目の前にあるのだから興奮するのも仕方がないというものだ。
 目をハート型にしながらオーマはつん★……つん★っと嬉しそうにガラスケースを突付く。その様子に苛立ってきたシェラは足を振り上げ、夫の頭に落とした。


 しばらく何もない状態が続く。
 ……が。


 ぎ……ぎぎぎぎ。
 がしゃ、ん。
 ぎぃぃいいいい。


「……オーマ。あたしの目は今正常かい?」
「いやー、俺もきっと正常だと思いたい」
「よし、二人で言ってみようじゃないか」
「せぇーのぉ!」


 ぴょん!
 とてててててててててててててててててててて!!!


「「逃げるんじゃない、賞品んんー!!!」」


 突然ガラスケースを『自分』であけて逃走を始めたチョコ兄貴。
 其れを追いかけるために二人同時に勢い良く走り出す。後ろの方では再びへなちょこスタッフが「賞品が盗まれたー!」などというセリフを吐くが、それはもう気にするところではない。


 走れ!
 追いかけろ!


「待ってくれぇえええ!! 俺のらぶ筋肉を賞賛するための超素敵マッチョアイテム、ギラリマッチョ美筋レスラーアニキ型等身大チョコ像様ぁああああ!!」
「泣きながら叫ぶんじゃない。きもいよ」


 夫の反応にシェラが一言突っ込んだ。



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「おかえりなさい。如何でしたか?」


 にこにことキョウが声を掛ける。
 対して微笑を貰った相手、シェラは自身の額に手を当て脱力の息を吐いた。


「どうしたもこうしたもないよ。ったく、まさかあんなことが真相だったなんてあたしは思いたくないね」
「? と言われますと?」
「説明しよう!!」


 ばばん!
 オーマが二人の間を割り入る様に登場した。それから手をぐっと握り締めて拳を作る。ちなみにその手には何処から出してきたのはマイクが握られていて、準備万端の様子だ。
 彼はどこかにカメラ目線を決めると、びっと指を突きつけた。


「俺達は追いかけた。とことん追いかけた。そりゃああもうあのチョコ兄貴の筋もといチョコ筋を賞賛したくなるほど追いかけた。途中シェラの体力に限界が来てしまったが、其処はやはり夫である俺様の出番! 妻をそっと背負い、そしてびしばしはいよー!! の勢いで走り続けた。そう、その様子はまさに人もうらやむ恋人たちの『うふうふ、あははー!』の様子だったに違いない」
「やだよ、あんたったら。そんなところは言わなくてもいいんだよ」


 ばっしこーん!
 珍しく照れた様子を見せたシェラは夫の背中を思いっきり叩いた。オーマの背中には真っ赤なもみじ柄が刻み込まれたが其処は気にしてはいけない。これはあくまで彼らのコミュニケーションである。


「そして追いかけ続けて数日経った」
「オーマ叔父様ったらそんなにも走ってたの!?」
「その間もこの人はあたしを背負ってくれてねぇ……ちょっと乗り心地は悪かったけどやっぱり愛をびしばし感じて心地良かったよ」
「いや、背負われてる方も凄い体力だと僕は思いますが……」


 キョウとケイが夫婦の愛という名の体力に感嘆する。
 うっふうっふと笑い合う夫妻の愛に二人はどう突っ込みを返した良いのか分からず、取り合えず先に話をどうぞと進めることにした。


「で、奴はその間人々の家に忍び込み、バレンタインのチョコを溶かして去っていくという奇異な行為を続けやがった。ああ、俺は言ったさ。『止めろ、止めてくれ! チョコを溶かすのを止めてくれっ! それはお前の仲間なんだぞ!! お前は仲間をどろどろにして楽しいのか!?』ってな」
「夜中に叫ぶものだから何度この人は泥棒に間違われたか分かんなかったね。本当に周りからしたらはた迷惑だったよ」
「そして今朝のことだ。俺の必死の説得を受け入れてくれたチョコ兄貴は止めるといって言ってくれたんだ。やがて彼はちゃんと何故あの場所から逃げ出したのか話してくれた」
「なんだったんです?」
「聞いて驚くがいい!」


 ばばん!
 胸をあらわにして彼はポージングを決める。話が進まないからお止めとシェラががんっと脛を蹴り上げた。涙を滝のように流しながらオーマはしゃがみ込んで苦痛に耐える。
 その間にシェラが説明に入った。


「下らない話だよ。そのチョコ兄貴は自分がチョコをもらえない腹いせにあんな悪戯をしたんだとさ」
「……は?」
「へ?」
「聞けばそのチョコはチョコを貰えない、貰う予定のない男性陣の執念が宿って動き出したらしいんだよ。しかし……自分がチョコなのにチョコを貰いたいとはこれまた馬鹿らしい話ではあるけれど、貰えない男性の気持ち的には納得がいくね。まあ、あれを男性と固定するかどうかは兎も角」


 お茶を啜りながら彼女は説明を終える。
 口が塞げないでいるキョウとケイの二人は、何処から会話に入ろうか迷う。が、復活したオーマが立ち上がるのを確認すると、あえて口を閉ざすことにした。


「まあ、そんなわけで色々説得した結果俺達は――――素敵筋肉マッチョ仲間になると誓い合ったのさ!! そして仲間となった証に俺達は、二人である屋敷の壁にお互いのしたいことを書きあったのさ!!」
「その様子は本当に汗臭くてどうしようもなかったねぇ。まあ、もうあのガラスケースに戻ってくれたからいいんだけど」


 ふ。
 シェラが視線を横にずらした。


「ちょっと待って下さい」
「オーマ叔父様、それはどこに書いたの? そして何で書いたの?」
「暗くてよくは見えなかったが大きな屋敷だったぞ! 書いたものはチョコを溶かしたヤツだ!」
「………………オーマさん」
「………………叔父様」


 キョウが青筋を立てると同時にケイがひくっと唇を引き攣らせながら呼びかけた。
 何だ何だ? と浮かれ心地のオーマの手に二人はひょいっと何かを手渡す。そしてびっしぃ! と人差し指をたて、勢い良く外を指差して叫んだ。


「「その雑巾で壁に書いたチョコ落書きを消してきて(下さい)っ!!」」


「おーまいごー!?」
「自業自得だね。さ、いっといで馬鹿旦那」


 どげしとオーマの背中を蹴り飛ばす。
 これにて事件は一件落着。
 夫婦の愛は今日も麗しくマッチョなようでした。



……Fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】
【2080/シェラ・シュヴァルツ/女性/29歳(実年齢493歳)/特務捜査官&地獄の番犬(オーマ談)】

【NPC / キョウ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ケイ / 女 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、蒼木裕です。 発注有難う御座いました★
 オーマ様、シェラ様のらぶーな部分を出しつつ、マッチョでカカア天下な表現が出来ていると嬉しいですっ。