＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
【楼蘭】桃・咲乱
「た、大変だぁ！！」
蒼黎帝国が首都・楼蘭にて、街人の一人が叫ぶ。
何事かとわらわらと声のする方へと向かってみれば、これはなんと大きな桃が民家を押しつぶして―――いや、よくよく見れば中から破裂したような民家の跡地で悠々と鎮座しているではないか。
だれもが、ごくっとつばを飲みその桃を見つめる。
すると―――
「……子供？」
桃がパカリと真っ二つに割れ、そこには小さな子供が一人。
生きているのか？ そもそも人間なのか？ などと誰もが思う中、子供はゆっくりと瞳を開けその場にすっくと立ち上がると叫んだ。
「鬼は何処だ！！！」
と。
あら？ と、偶然その人だかりの中に居たのはシルフェだ。
産まれて（？）間もないというのにもう二本足で立ち、むっと口をつぐんだ幼いながらも険しい顔つきで辺りを見回す子供。
「まあ、可愛らしい」
シルフェはそんな桃から―――産まれたというよりは出てきた子供を見るなり、頬に手を当てて軽く首を傾げるようにしてにっこり微笑むとそう呟く。
相変わらずのマイ・ペースで、楼蘭の人々がえ？ と、自分を見るのもお構いなし。シルフェはゆっくりと人だかりから歩き出すと、桃から産まれた子供――そろそろ長いので仮に桃助とする――に歩み寄ると、目線を合わせるようにしてその前で軽く膝を曲げた。
「青色の髪……なんと！ 鬼か！？」
伝承どおりならば鬼には1本ないし2本の角が生え、額にエレメンタリスたる石を付けてはいるものの角は無いシルフェに向かって桃助は叫ぶ。
シルフェはそんな桃助を見つめたまま、やはりにこりと微笑んで軽く首を傾げると、
「わたくし、鬼は多分あなたの入っていた桃だと思いますよ」
「お前わたしを鬼と言うか！」
どうやらこの桃助一応自分が桃から生まれたという自覚はあるらしく、シルフェの言葉にただでさえ険しかった顔つきの眉を尚更逆八の字にしてむむっと口をとんがらせる。
しかし、やはり子供だからかまったく怖いと思えないのだが。
「だって普通のおうちを破裂させて……あら」
シルフェは桃助に生まれたときの状況を説明しようとして、はたっと言葉が止まる。
そう言えば、破裂とは内側から起こる事象である。外側からであったなら、破裂ではなく破壊ではないだろうか――と。
ふと桃助の後に残る民家の残骸を視界に入れ、
「桃は、お家の中にあったのでしょうか」
内側から破裂しているのだから桃は元から家の中にあったのだろう。
桃助はじっとシルフェを見つめ、シルフェは少しだけ理由を考えていると、この壊れた中心の民家の持ち主と周辺住民の会話が耳に入る。
「あんたあの桃どうしたんだ？」
「隣町の果物売りに貰ったのさ」
「それにしても」
「売れ残りだからって、ただで貰うものはろくなことにならないなぁ」
まぁ原因や理由が分かったところで、別段シルフェにはどうでもいい。しかしどこか肝が据わった街人たちである。こういった事はある種日常茶飯事なのだろうか。しかし、
「とりあえずわたくしと一緒にお散歩いたしましょうか」
「それで鬼が出るのか？」
いつまでたっても桃助の中から鬼が消えることは無い。
しかしどうしてここまで鬼にこだわるのか謎ではあるが、やはりシルフェにとってはちょっとは興味はあっても、今はそこまで重要ではないこと。
「そのうち1匹くらいは出るかもしれませんよ」
シルフェはにっこりと微笑むと、そっと桃助に片手を差し出して手を繋ごうと促す。
「わたくしはシルフェと申します」
桃助は差し出された手を一度見下ろし、そしてシルフェの顔をもう一度見るとその手を取った。
「では、参りましょうか。桃助様」
名前の無い、桃の子供。
「それはわたしの名前か？」
「はい」
桃助の質問にシルフェは笑顔で頷き、桃から産まれた桃助、ほらぴったりの名前。と満足そうだ。
「そうか、名前か……」
桃助はどこか嬉しそうに小さくそう呟く。しかし、顔は俯いてシルフェには見えなかったけれど。
「まずは桃の被害にあわれた方々に謝りましょう」
桃助のせいではないとはいえ、桃助が生まれたからこの周りの民家が壊れてしまったとも言えるのだし、なにより何もしないよりは謝っておいた方が今後の桃助のためにもなるだろう。
シルフェの言葉に桃助は辺りを見回し、そして軽く頷く。
どうやら一本気は通っているようだ。
先ほどシルフェが耳に入れた会話の集まりに桃助は歩いていくと、
「わたしのせいで家が壊れてしまった。すまなかった」
口調は偉そうだが、桃助は今までの逆八の字だった眉を八の字にして言葉を紡ぎだす。
一瞬街人たちは言葉を失い顔を見合わせると、
「邪仙や妖怪の被害に比べたら小さなものさ」
と、笑いあい桃助の頭を撫でた。
なるほど、肝が据わっているように感じた理由がここにあった。
これからこの界隈の人々は、この大きな桃と壊れた家の修復で忙しいため、一番最初に桃助に声をかけたシルフェに桃助が託されることとなった。
しかし、ただお散歩がてらこの都へ来ていた手前、ずっと桃助の面倒を見るわけには行かないが、今現状のみならばいいだろう。ならば、
「わたくしこの都のお散歩が途中だったんです。一緒に見て回りましょうか」
一人でふらふらとお散歩するつもりだったのだが、偶然でもこうして桃助に出会う事ができたおかげで、一人よりも尚楽しいお散歩ができそうで、普段のまったりさ加減でよくは分からないが、どこかウキウキとしているふうにも見て取れた。
「そうか、こちらから探すのだな」
敵陣（？）に置いても地理を把握していることは有利に働くことが多い。桃助はシルフェの言葉を自分の中で都合の言いように解釈してそう頷く。
違う。と、言ってしまおうか止めようか迷い、結局まぁいいかの心情の元、シルフェは桃助の手を引いて歩き出す。
「お食事でもしましょうか」
さすが桃から生まれただけあって桃の甘い香りを引き連れて桃助は歩く。
言葉も話すし、こうして歩くことも出来る。生まれは先ほどだとしても、一人の人間として完成しているのだから、お腹が空かないということはないだろう。
「食事？」
楼蘭には店に入らずとも店先で飲茶や点心などを売っている店もある。
シルフェはふと立ち止まると、ほかほかと湯気を立てる竹の蒸し器を目に留めて、肉まんを2つ購入した。
「はいどうぞ」
湯気を立てる肉まんを桃助の前に差し出すが、桃助は受け取らない。
シルフェは首を傾げるも、桃助はただただ肉まんを凝視した。
「美味しいですよ？」
この店の肉まんを食べるは初めてだけど。と、続くのだがその言葉は飲み込んで、桃助の手に肉まんを受け取らせる。
桃助は手渡された肉まんの熱さに一瞬瞳を大きくしたが、その後少しだけ不安そうな顔つきでシルフェを見上げた。
シルフェはそんな桃助の視線に一瞬だけ意識を傾けたが気が付かなかったフリをしてぱくっと肉まんに口を付ける。そして、本当に幸せそうに顔を緩ませる。
桃助はそんな様子を見つめ、手元も肉まんに視線を落とし、どこか意を決したようにシルフェの真似をして肉まんにかぶり付いた。
「美味い！ 美味いなシルフェ」
あれほど躊躇っていたのに、一度口を付けたら瞬く間に胃袋へと消えていった肉まん。
「あらまぁ」
桃助の美味いの言葉に、店の店主さんの豪快なお礼の声が重なって、一時賑やかな時がその場に流れた。
いろいろな所へ歩き回ったせいか、すっかり寝入ってしまった桃助をつれて、シルフェがかって来た時、界隈の桃はすっかり片付けられ、まだ家の骨組みだけではあったが、それらしき形に修復され始めている。
自分の散歩だったのに、いつの間にかあっちへこっちへと好奇心のままに歩き回る桃助のテンポに乗せられてしまったような気がする。
「桃助ってのは、この国っぽくないなぁ」
桃を受け取った張本人。そう破裂した民家の持ち主は、シルフェが名付けた『桃助』という名を口にして、うぅむと唸る。
場所は3件ほど隣の、少々大きめの家を持つご近所さんの一室。
「この国っぽく？」
そっと眠る桃助の頭を撫でながら、シルフェは男性に向かって首をかしげて問いかける。
『桃助』という名自体シルフェが来た場所からも実のところかなりかけ離れている。しかし、いろいろな人々が集まるだけにどんな名前をしていても違和感はないため、ぱっと思いついた名前を付けてしまった。
「まぁこれも縁だなぁ」
家で引き取るかぁ。と、言葉を続け、
「桃助っていう名も案外こいつにあってるかもしれない」
もしかしたら、桃から産まれたなんていう不思議から、この国じゃなくて他の国から流れ流れてやってきた子供かもしれないし。と、男性はにこやかに笑う。
シルフェはぱんっと軽く手を合わせて男性の笑いに返すように笑顔を浮かべる。
「桃助様にも、ご家族ができてよかったです」
いつかはこの国からエルザードへと帰るから、桃助を連れてはいけない。
「たまに見に来てやってくれ」
この都にいる間ならばいいだろう。
「はい」
シルフェはにっこりと微笑んでそう返した。
☆―――登場人物（この物語に登場した人物の一覧）―――☆
【2994】
シルフェ（17歳・女性）
水操師
☆――――――――――ライター通信――――――――――☆
【楼蘭】桃・咲乱にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。お食事しましょうとあったので、桃助と過ごした半日の中で食事として肉まんを書いてみました。その生まれや本質の関係上、人の食べるものに対する知識は無かったようです。
それではまた、シルフェ様に出会える事を祈って……
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