<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


+ ……を求めて。 +



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「こんにちは、本日は少々お願いが御座いまして訪問させて頂きました」


 私はある屋敷の扉を潜る。
 其処はある青年と少女の住む屋敷。海に面したその場所に足を運んだ私を迎えてくれたのは、主人である青年だった。


「おや、いらっしゃい。今日は何をお求めですか?」
「実は……」
「ああ、愚問でした。貴方の欲しいものはちゃんと僕には分かっております。では今すぐ持ってきますから其処に座ってお待ち下さい」


 青年はそう言うと奥の部屋の方に引っ込んだ。
 依頼をするより先に行動を起こされてしまったので、言われた通りにイスに腰掛ける。すると奥から女の子がやってきてお茶を出してくれた。中身は鮮やかな紅茶。良い香りのする其れを一度鼻先で楽しんだ後、私はそっと淵に口付けた。葉っぱはアールグレイ。舌の上に残る心地良い味に自然唇が綻んだ。


 辺りを見渡せば其処には本当に沢山の本が置いてあり、地震等が起これば崩れてしまうのではないだろうかと危惧してしまう。近くに積まれていた本に手を伸ばす。落ちそうだった其れを安定した場所に置いてやると、青年が戻ってきた。


「お待たせいたしました。こちらが貴方のお求めのものですよ」


 そう言って青年が渡してきたのは、小さな執事服。
 紅茶をイスに乗せて立ち上がり、品物を受け取る。「此れは?」と問い返そうとする前に青年は微笑みながら言った。


「では、貴方の『過去』に行ってらっしゃい」



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 服を手渡された後そこから強烈な光が溢れ、私は包まれた。
 一体何事なのだろう。出来るだけ光を瞳に入れないように瞼を閉じ、手で遮る。やがて暗くなってきたので収まってきたことを知った。


「あの、これは一体……」


 声を掛けようと顔を向ける。
 しかし其処には誰も立っていなかった。いや、そもそも屋敷の中ですら無かった。室内にいたはずだった私の体は今外に在ったのだ。目の前には屋敷が建っているが、其れは青年の屋敷ではない。何故このような場所にと首を傾げる。私に一体何をしろと言うのか。
 青年は自分が今一番欲しいものが分かると言っていた。
 そして手渡してきたのは……。


「まさ、か」


 渡された服を思わず握り締める。
 辺りをゆっくり見渡す。状況を判断しようと細かなところにまで目を配った。そして気が付く。その屋敷が自分の両親が亡くなった後に引き取られた遠縁の貴族の屋敷であることに。


 私は屋敷の中へと足を向ける。
 使用人達が自分を見ているような気がしたので声を掛けようと手をあげる。しかし誰も反応しない。そのまま近くのメイドに触れようとした瞬間、彼女はなんと私の体を通り抜けてしまった。一瞬ぞくっとするような気味悪い寒気が襲ってくる。しかし状況を判断するに、彼らには私の姿は見えていないことが分かる。いや、自分が幽霊状態に在ると考えた方が良いのか。


 中に入った瞬間に思わず息を飲んでしまう。
 何故なら『記憶』として遠い過去に追いやられてしまったはずの情景が其処にあったからだ。広々としたホール、絨毯の敷かれた床。上を見遣れば豪華なシャンデリアが見える。
 ゆっくり瞼を下ろす。
 思い出されるのは……現在の『私』のほとんどの部分を形成した、とある人との出会い。瞼を開いて階段をゆっくりと登っていく。目指しているのは何処か。そう心の中に問いかけ、しかし愚問であると唇だけで笑った。


 ある一室の扉を開く。
 其処には『私』がいた。

 
 使用人に着替えさせて貰っている幼い私は酷く疲れているように見えた。いや、事実自分はあの頃この生活に酷く疲れていた。話し掛けられても作り笑いしか出来ない過去の自分が痛々しい。


 記憶の奥底が呼び覚まされる気配がする。
 同時に胸が痛くなるような感覚が襲ってきた。


 あの頃の自分はまだまだ子供だった。
 幼過ぎて自己安定が図れない子供だった。遠縁の人達は自分にとても好くしてくれた。何不自由ない生活を与えてくれた。だが、市井で生まれた私にとって貴族生活と言うものは苦痛以外の何者でもない。
 怯えるだけの生活は酷くストレスが溜まり、同時に両親の居ない寂しさも募って良くベットの中で泣いていたのを覚えている。


 コンコンっとノックされる音が聞こえる。
 私ははっと顔を扉の方に向けた。其処には扉に寄り掛かるようにしながらこちらを覗いているこの屋敷の主人が居た。彼は召使いに着替えは終わったのか訊ねる。しかし彼女はもう少しですよと微笑みながら首を振った。


 彼は幼い私の元に寄る。
 主人は膝を折り、子供と視線を合わせてくれた。しかし、『私』は視線を合わすことは無かった。彼は優しく頬を包み、顔を持ち上げる。困惑に満ちた子供らしくない表情を見た主人は、ひゅっと顔色を変えた。
 何不自由ない生活……のはずだった。彼が子供に与えていたのはそういうものだった。しかし、子供はそれが欲しいのではない。


 覚えている。
 この後、主人が私に言ってくれた言葉を。
 彼はこの後、私にこういったのだ。


「『グレイディア。お前、私の執事として働いてみるか?』」


 主人の唇に重なるように私は言葉を吐き出す。
 その瞬間、傍にいたメイドが猛反対する。当たり前かもしれない。普通ならば子供は命令を下す方だ。使用人に成り下がるようなことは有り得ない。しかし、主人は彼女の言葉を遮った。自分も一体何を言われたのか最初は意味が分からなかったが、時間が経つにつれそれが彼の戯言ではないことに気が付く。
 だから自分は。


『やりますっ!!』


 屋敷に来て初めて大きな声を出した。



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「お帰りなさい。如何でしたか?」
「……あ」
「叔父様はまだ目が覚めていないのかしら。もう一杯紅茶飲む?」
「そうですね。ケイ、温かい紅茶をこの方に御願い致します」
「はぁーい!」


 急ぎ足で掛けていく少女を見遣る。
 それから手の中に残っている執事服を見下げた。小さくて今の自分には絶対に入らないその服は自分の過去を象徴するもの。
 主人に声を掛けられたあの後、喜んで執事服に身体を通した。「幼い執事の誕生だな」と主人は笑いながらも祝ってくれたあの頃がとても懐かしい。


 あの方を今でも尊敬している。
 あの方に今でも忠誠を誓っている。


 快活で、誰にでも優しかった主人。
 自分の心の病みをちゃんと読み取ってくれたあの人が、自分の人生で一番忘れ難い。九歳から二十六歳まであの屋敷で執事として仕えた。家族であり、主人であり、尊敬する師の様な存在だったあの人。


「……本当に、懐かしい心地ですね」


 欲しかったのは『初心』。
 少女から差し出された紅茶を手に取る。有難うと微笑み返せば、二人も私に微笑んでくれた。



……Fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2989/グレイディア=レナティス/男性/64歳(実年齢64歳)/異界職】

【NPC / キョウ / 男 / ?? / 案内人】
【NPC / ケイ / 女 / ?? / 案内人】
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■         ライター通信          ■
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 初めまして蒼木裕です。今回はゲーノベに発注有難う御座いましたっ。
 忠誠心の厚いプレイングでしたので、ご主人様に対するグレイディア様の気持ちが上手く表現出来ていれば嬉しく思います!