<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ 離脱した魂を戻せ! +



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「大変大変大変なのよぉーー!!」
「あ、すみません。今晩は」


 夜の黒山羊亭に一人の少女と青年が舞い込んでくる。
 少女、ケイはうわぁああんん!! とエスメラルダの腰元に抱きつく。対して後ろからやってきた青年はのほほんと周りの冒険者達に挨拶を振りまいている。スカートにぎゅぅうっとしがみ付きながら大声をあげる少女の髪を撫で、エスメラルダは何があったの? と声をかけた。


「キョウにぃさまが……にぃさまがぁあああ!!」
「え、お兄様がどうかしたの?」
「にぃさまが死にかけぇえええ!!」
「……はい?」


 きょとんっと聞き返す。
 それから前方で未だに冒険者達に挨拶を振りまいている彼女の『お兄様』を見遣る。その様子を見る限りはどう考えても健康的……としか思えない。だが、少女の取り乱しようを嘘だとも思えない。


「何があったのか詳しく説明して貰えるかしら?」
「にぃさまったらあたしが適当に薬を組み合わせて作っちゃった『何が起こるか分かんないぞっ!』的な液体をジュースと間違えて飲んじゃったのぉー! 作った時、小瓶が無かったからカップに入れておいたあたしも悪いんだけどー!!」
「……それ、作ったことになるの?」
「細かいことは気にしないのがあたしのモットー! と、いうわけでにぃさまは現在意識喪失だし、体温はどんどん下がっちゃってるしーで依頼に来ましたーてなわけでー誰か助けてぷりーず!!」


 少女はあーんあーんと泣き続ける。
 混乱は頂点に達したらしく、口調が普段より若干可笑しい。一同は相変わらずにこやかに会話を続けている青年に視線を寄せる。彼は視線に気が付いたのか、こちらにやってきた。
 そして『お兄様』はにっこりと微笑み、頭を軽く下げこう言った。


「あ、はい。実は僕、今生霊なんです」


 どんがらがっしゃーん!!
 その言葉を聞いた瞬間、冒険者の何人かがイスから転げ落ちた。



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 少女が飛び込んできてからやや少し時間が経った頃。
 彼女の目の前にはすでに顔見知りである男性の姿があった。


「なぁに、らぶはにー☆の桃色毒牙でうっかりぽっくりナウアニキ★なんざぁ、漢なら一度は通りやがる下僕主夫ロードだぜ?」
「にぃさまは下僕じゃないもぉおおんん!!」


 あーんあーんっと泣き続けるケイ。
 ぼかぼかと可愛らしく腕を振り上げ、目の前の筋肉マッスル親父、オーマ・シュヴァルツを叩き続ける。しかし幼女なのでぽかぽかパンチの殺傷能力はほぼないに等しい。オーマはよしよしとケイの頭を撫でながら目の前を見遣る。其処には生霊となった青年、キョウがちょこんっとイスに座っていた。


「しっかし立派な生霊じゃねぇか。こうして見てれば生きてるのとなんら変わりないねぇ」
「あたしには見えないぃい! 本当にほんとぉおおおおおに此処ににぃさまがいるの!?」
「ふっふーん、俺様はマッスル親父コスモスピリッツで幽体親父愛心眼キャッチしてるからな。ここにこうー……こんな感じだな!」


 オーマは手でくいくいっと人の形をなぞってやる。
 しかし見えないものは見えない。ケイはむむむむむっと眉を寄せてその場所を睨み続けた。


「ケイちゃんもラブ筋コスモ高めれば見える筈だぞぉー?」
「何処の筋肉よ、それー!」
「いや、コスモ!」
「どっちにしてもあたしのらぶーが足りないってことよね!?」
「いえーっす!」


 ぐっと親指を立てる。
 落ち着きが取り戻せないでいるケイは先ほどオーマがいると言ったイスをしきりに触る。しかし彼女には何も感じられない。だが、生霊であるキョウの姿が見えている者は二人が重なって見えて正直異様な光景だ。
 エスメラルダは苦笑しつつ「取り合えず落ち着きなさい」とオレンジジュースをケイに差し出してやる。すると彼女はさされていたストローを無視し、ガラスコップの縁に口をつけて一気にずずーっと煽り飲む。その飲みっぷりに思わず皆は拍手を送った。


 何とか落ち着きを取り戻した彼女は不安そうにイス付近を見つめる。
 まだ彼女には見えていないらしく、しゅんっと肩が落ちた。


「さーてっと、ケイのらぶ★だーりんのためにこのオーマ様、いっちょこの麗しき親父筋肉を脱いでやるかってな!」
「筋肉脱いだらグロテスクよ。オーマ叔父様」
「はっはっは、突っ込みスルーで行くぜぃ! と言うわけでかもーん! らぶ霊魂軍団」


 ばっと手を腕にあげる。その先の空間が若干歪み何やらぽんぽんぽーんっと出現する。なんだなんだと冒険者達がざわめき立つ。ケイもキョウもきょとんっとその光景を見つめていると、出現した霊魂達はふわりふわりと辺りを漂う。可愛い顔したそれらはキョウを見遣ると、きゃっと照れる。何だか不穏な空気を察したケイは霊魂達をべしべしっと払うことにした。霊魂は見えるくせに生霊は見えないのかと少々矛盾した霊感のなさに思わず苦笑が零れてしまう。


「お前ら、そこら辺にいる死神捕まえてケイちゃんのらぶだーりんであるキョウちゃんが本当に死ぬ運命なのか調べて来い!」
『らじゃー!』
『らじゃー!』
「予定外の事故なら回収予定の魂にキョウちゃんのは無い筈だからな。もし死神がうだうだ言って死人帳を見せなかった場合は、『上の方に知られれば手前も減給の危機だ』と脅しても構わねえ」
『うっしゃー!』
『うっしゃー!』
「……何か妙にやる気満々な霊魂達ね」
「こいつらも最近遊び相手が居なくて寂しがってたからなー。あっはっは、まあ、気にすんな! さて、俺達はキョウちゃんの身体の方に行くか」
「あ……キョウにぃさまの身体倒れたまんま……」
「ベットに寝かせなきゃ身体がったがたになるぞう? って言ってもケイちゃんには無理か。しかぁーっし! その未発達な筋肉を鍛えれば細腕ケイちゃんでもらぶだーりんキョウちゃんの身体の一つや二つは抱き締めて振り回せるようになる!」
「…………遠慮しとくわ」


 にぃっこりと笑顔を浮かべて丁重に断りを入れる。
 二人と幽霊体一人がふよふよと黒山羊亭を去っていく。取り合えず頑張れよーと冒険者達は密かにエールを送った。



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 場所はキョウとケイの屋敷。
 倒れていたキョウの身体をオーマはお姫様抱っこで運び、そのままそっとベットに寝かせてやる。布団を掛けた後しばらく状態を見ていたオーマは何を思ったのか、懐からフリルエプロンを取り出して着用した。
 そしてこれまた何処に隠していたのか白い布を持ち出すと、ちくちくくぅうう!! と物凄い勢いで何かを縫い始めた。しかも手縫い。きっちり一縫いごとに玉結びを入れるなどしっかりと主夫をしている辺り褒め称えるべきなのかもしれない。


 やがてオーマはふぅっと額の汗を拭き、出来上がった品を広げる。
 其れは……。


「何でレースのドレスー!?」
「眠り姫はやはりこうでなくっちゃな!」
「うっかりらぶいけど、それは何の解決にもなんないのよ、オーマ叔父様ぁー!」
「よしよし、こうやって着せっとな」
「あ、にぃさまったら元が美人だから似合うっ……じゃなくって!」
「最後にこの『親父愛せくしーフェロモンエキス入り増筋ドリンク』を飲ませてっと」
「……それ飲んで大丈夫なの?」
「保証はばっちり!」


 ばちっとウインクをして自信満々なオーマにため息が零れる。
 ベットの上できらきらと眠るキョウ。其処だけ異様な雰囲気を放ちつつ、何故か納得のいく光景であった。


「さーってお姫様がうっかりしっかり戻りたくなるように『魂戻りまっするんるん☆おピンクドリーム聖筋界ウェルカム筋パラ祈祷ダンシング』をばー!」
「何なのそれー!!」
「さあ、ケイちゃん、キョウちゃん。合いの手ならぬ『親父にマッスルぱわーを送ろう愛の手』をー!!」
「訳わかんないけどー!!」


 一々突っ込んでしまうケイ。
 しかし幽体であるキョウはしっかり手を叩いている。どうやら何も出来ない彼はこの状況を楽しむことにしたらしい。


 オーマが踊る。
 爪先をくっくっと動かし、ピンポイントで胸の筋肉をぴくぴくっと動かしてダンスをする。いや祈祷ダンシングを行なう。屋敷が若干揺れ、周りに積まれている本達が崩れ始めたので、うっかりその力強いダンシングにちょっと惚れ惚れしてしまったケイは屋敷の掃除が嫌だなーと思った。
 一頻り祈祷が終わったのだろう。最後にびしっとポージングを決めて終了。ふぅーっと満足そうにする彼はキラキラっと何かを期待した目でキョウを見た。


「楽しいダンスを有難う御座います。でも身体に戻る気配は……」
「じゃあ、この思わず身体に戻りたくなる様な『美筋マッチョマニア親父アニキ神&悪魔溢れる天国冥府観光パンフ』を見ろぉおお!! キョウちゃんはこんな場所に行きたくないだろう!? と言うわけで戻って来いー!」
「あ、素晴らしいアニキ達ですね。お知り合いですか?」
「実は腹黒同盟の仲間だ! で、戻りたくなったか?」
「えーっと、此処には行きたくないと思いました」


 にこにこと受け答えするキョウにがっくしと肩を落とす筋肉親父。
 キョウは面白そうにオーマの広げているパンフを見遣る。ケイもまたオーマの隣から覗き込む。ちなみに見た瞬間、「うわぁ」っと声が漏れたのは聞かなかったことにする。
 しかし依然としてキョウが身体に戻る気配はない。


「かくなる上は、健全な肉体には健全な魂宿るイコール! 腹黒ギラリマッチョラブボディには腹黒ギラリマッチョラブボディ魂が宿るのが理というわけでー!」
「つ、次は何が出てくるの?」
「ひ弱なキョウちゃんには霊魂軍団による超短期マッスル筋トレ指南GOー!!」
「いやぁああんん! マッチョなにぃさまなんて見たくないぃい!!」


 オーマの命令に霊魂達がキョウの方に一斉に移動する。
 絶体絶命という言葉が良く似合う状況に流石のキョウも笑顔が引き攣る。逃げようといそいそと移動する……が。


『あー、いたいた。困るんですよねー、指定の位置に居てもらわなきゃ』
『連れてきたー』
『脅してきたー』
『と言うわけで、えーっとキョウさんだっけ? あんたまだ死ぬ予定全然ないよ。てなわけでほら身体に戻った戻った』


 しゅるんっと登場したのは死神と先ほど命令されていた霊魂達。
 死神はキョウの首根っこを掴むとぽいっと体の方に投げる。オーマと霊魂達が投げ捨てられる様子を見て視線を動かす。その視線に倣うようにケイもまたベットの方に顔を向けた。
 何が起こるのかと皆でドキドキ見守る。
 すると。


「ん……」


 キョウが目を開いたではないか。


「キョウにぃさまぁああ!」
「おう! お姫様が目を覚ましたぞぉー!」
「……いえ、姫じゃありませんから……」


 まだ身体を動かしにくいのか、キョウはしきりに手首をひらひらと振る。
 仮死状態の時に着せられたレースのドレスも今は脱ぐ気力がない。ぐたぐたっと身体を横たえるキョウを見つめた後、ケイはくたくた〜……っとその場に崩れる。どうやら緊張が一気に解れたらしい。ほろほろと涙を零しながらも「よかったぁ……」と両手を顔に当てて笑顔を浮かべる。
 死神はその様子を見ると、やれやれと言うように肩を竦めながらしゅるんと消えた。


 何は兎も角今回の幽体離脱騒ぎは一件落着。


「ケイちゃぁーん、今回みたいなことが起こってもキョウちゃんが見えるように、ラブ筋コスモ高め……」
「ないから!」


 きっぱり言うケイに対してオーマはその場でのの字を書いた。



……Fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、蒼木裕です。
 今回はキョウを元に戻すというよりもオーマさまの楽しいプレイングをどう書き表すかに燃えてしまいました;いつもながら面白い内容でしたのでこんなカンジで! うっかり一部趣味に走ってしまいましたがそこも含んで気に入っていただけたらなと思いますv