<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『手紙を届けよう』



○オープニング

 黒ヤギさんも白ヤギさんも、手紙を食べてしまうヤギ村へ、郵便屋のアレス・カーナヴィは手紙を届ける事になった。アレス達郵便屋にとっては、ヤギ達は大の天敵なのだ。なぜなら、ヤギ達の好物が紙であったから。
 さて、アレスはヤギ村のメリーさんに、無事に手紙を届ける事が出来るだろうか?



「町を出て川を渡った所に、ヤギ村はあるんだ。馬車なら1時間程だし、緩やかな地形にあるところだから、村に行き着くまでには、さほど困った事にはならないと思う」
 アレスは、手紙を届ける手伝いをしに集まってくれた人々に、目的地までの地図を広げて地形や所要時間の説明をしていた。
 春の初めの、とても心地の良い日であった。こんな日は、外を散歩すればさぞかし気持ちが良いであろう。しかし、アレスの顔には天気とは逆の、曇った感情が見え隠れしている。
「元気出して下さい。大丈夫ですから!」
 そんなアレスを、羽鳥・陸(はとり・りく)が笑顔で励ましている。
「僕もアレスさんと同じく郵便屋をやっていますが、タダの郵便屋ではありませんよっ?山羊番長とその愉快な仲間達との歴戦で鍛えられた、手紙配達のエキスパートですから!」
 陸はこれまでの郵便屋として、幾多のヤギ達との戦いを繰り広げてきたのだという。
「目の色変えて向かってくるヤギの群れを、ひょひょいとかわす軽快なフットワークが僕の自慢ですから」
「避けるのも確かに必要だけどよ、その村のヤギは紙が食いたいだけなんだろ、要するに」
 陸の隣で地図を眺めていた虎王丸(こおうまる)は、机にノートを置き、そのページを一枚一枚破っては、自分の体のあちこちに仕込んでいた。彼の袖の中や襟首といった箇所に紙が差し込まれ、そのうちの何枚かは紙飛行機の形をしている。
「ヤギが紙が好きなら、こっちで多くの紙を持っていけば、肝心の手紙からは注意が逸れて良いじゃないか?」
「なるほど。他の紙でヤギの注意を逸らす、という事なんですね」
 陸の言葉に、虎王丸は軽く頷いた。
「そういうこった。手紙を守る事が出来れば、それでいいわけだしな」
「こいつぁ、来週のソーン腹黒商店街映画の、グッドるんるんマッチョリズム♪なネタになりやがるかもしれねぇな?」
 オーマ・シュヴァルツ(おーま・しゅう゛ぁるつ)はすでにやる気ムンムンである。自分達がいる郵便局のフロアの真ん中で、真昼の太陽の光を浴びながら、筋肉トレーニングを行っているところであった。
 まさに鉄の塊としか言いようのない鉄アレイはオーマにとっては何てことのないもの、流れる汗はダイヤモンドのように細やかな輝きを放っていた。
「陸や虎王丸が言うように、手紙を守る事が最重要だな。手紙は安全なところに入れとなきゃいけないぜ」
「そうですね。一番安全なところとなると、やはり服の中に入れて、肌身離さずが良いでしょうか」
 陸がそう答えると、オーマはアレスの体を穴が開くほどに眺めた。
「あの、何でしょう?」
 不安そうに答えるアレスに、オーマは首をひねって返事をした。
「ちょっと、無理そうだな」
「何が無理なんだ?」
 虎王丸も、不思議そうな声で答える。
「手紙をアレスの大胸筋か腹筋に忍ばせて、マッスルラブ筋ホールド!で、ガードと思ったんだが、お前はあんまり筋肉がないみたいだな」
「筋肉に挟むのかよ!」
 突っ込みのように虎王丸が声をあげる。
「鞄に入れて運ぶよりも安全かと思ったんだがな。その体じゃ無理だぜ」
「よ、良いアイディアだと思うけど、王国の兵士あたりならともかく、僕はただの郵便屋だから」
 アレスは無理に作ったような笑顔で、オーマに首を振って見せた。
「とりあえず、手紙は普通に持ってもらいましょう。もし差出人さんに確認して、手紙の内容を教えて貰えるのなら、その内容を木片に記載しておこうかと思いますが」
 陸はそう提案をしたが、アレスは難しそうな表情を浮かべていた。
「紙じゃなくても、薄い木の板に文字って言うのも、趣向を凝らせば素敵な贈り物じゃないかと思うのですが、難しいですかね?」
「その方、しばらく外国へ旅行されると言ってたんだ。今がちょうどその旅行の時のはずだよ。だから、家に電話をしてもつながらないんじゃないかな」
 アレスが陸に答える。
「そうですか。でも、勝手に手紙を開けるわけにはいきませんしね。お客様のぷらいばし〜に関わりますから」
「なあ、そろそろ馬車が出る時刻だぜ?それに、他にも対策いくつか考えてるんだ。何とかなるんじゃねえかな?ヤギの狙いは手紙そのものじゃなくて、紙さえ食えれば、それでいいんだからさ」
 虎王丸のその言葉に、一同はそれぞれに頷いた。
「そんじゃ、ヤギ村へ行くとするか。何、これだけの人数がいるんだ。手紙は無事に届ける事が出来る」
 オーマはアレスの肩を軽く叩き、元気付けるのであった。



 馬車でゆるやかな道を走り、オーマ達はヤギ村へと向かった。その馬車の中で陸は虎王丸と同じく、ダミーの紙をいくつか用意し、それをバッグの中に沢山入れておいた。
「つーか、相変わらず、すげぇ格好だな」
 馬車の中で、虎王丸がそう言って目を細めていた。彼の視線の先にいるオーマは、山羊模様の入ったらぶりーなピンクの折紙製の鎧と兜纏い、まるでどこかの戦国将軍のような格好を見せ付けていた。
「それ、全部オーマさんが折ったんですか?とても器用なんですね」
 全身ピンクの折り紙の鎧を見つめ、陸はあまりの迫力からか目を丸くする。
「もちろん俺が折ったんだ。一折一折、熱意を込めてな。ちなみに、折紙は抜群の白色度と、高耐光性光沢性を持ってるんだ。高級美術印刷等に使用されるパーフェクトW使用だから、ヤギ村で使うにはたいそうなシロモンのはずだぜ?」
「ふえー。何だかとても高級感漂いますねー」
 陸はさらにまじまじと、オーマの鎧を見つめた。
「けど、だんだん形変わってねえか?」
 虎王丸に言われ、陸はさらにジロジロとオーマを見つめる。
「それは、俺の親父臭わいるどんどんせくしーふぇろもんもんエキスによるものだな。これによりこの鎧は抜群の筋肉度と、ワル筋の耐性ギラリンな、マッチョ光沢性へと変化するんだ」
 オーマはそう言って、歯を白く輝かせてマッチョ仕様となった鎧を陸や虎王丸、アレスへと見せ付けている。
「すげえな。何がすげえって、オーマ自身の存在が」
「あ、そろそろヤギ村につくよ。準備の方、よろしくね」
 虎王丸がそう言ったところで、アレスが馬車の窓から外を覗いていた。
 やがて、馬車はひとつの村の前で停止した。
「ここがヤギだけの村なのですねー」
 陸が真っ先に村の様子を眺めた。
「見た目は普通の村なんだな」
 虎王丸が馬車から降りながら呟いた。
 木造の家がまばらに建っており、大きくて目立つ建物はまったくない、のどかそうな村であった。数百人のヤギが暮らしているとあり、すでに村の中にヤギの姿がちらほらと見えている。オーマ達の馬車に気がついたヤギもあり、次第に村の入り口にヤギ達が集まってきていた。
「早いですねえ。僕達から紙の匂いでもしているんでしょうか。それとも、アレスさんを見つけて、ご馳走が来たと思っているのかな。さてと、アレスさん、どうでしょう。もし無理そうでしたら、僕が代わりにお手紙を届けますが?」
 アレスがヤギの群集を見て顔をこわばらせているので、陸が一度アレスへ問い掛けていた。
「僕は随分長い間手紙を届けているけど、フットワークは陸さんの方が軽そうだね。それに陸さんも同じ郵便屋、要領はわかっているはず。貴方ならお任せ出来ると、思っていたんだ。手紙は貴方に託して、僕は道案内をします」
「わかりました。任せて下さい!」
 陸はアレスからメリー宛の手紙を受け取り、それを厳重に包みの中へ入れて、懐にしっかりと仕舞い込んだ。
「準備はいいみてえだな。よし、行くぜ!」
 先頭に立つオーマに続き、虎王丸、アレス、そして陸はヤギ村の入り口へと歩き出した。



 オーマ達が村へ入った途端、白、黒、茶色と沢山のヤギ達が一斉にこちらへ向かって押し寄せてきた。その瞬間、オーマの頭につけられている人面の形の兜から、警報が鳴り響いた。
「来たぜ!」
 二足歩行で駆け寄ってくるヤギ達を見つめ、オーマが叫んだ。
「今の内にダッシュで行け!ヤギは俺が引き付けておく!」
 虎王丸はすぐに群れに向かって走り、振り返って陸達へと合図をした。
「お願いします!」
 陸はアレスと一緒に、ヤギの群れの中を縫う様にして走り出した。
「今こそ、この格好が役に立つってわけだ。アレスよりも紙の匂いするだろ?」
 そう言って全身を紙に纏ったままの姿で笑っているオーマ、体の所々に紙を仕込んでいる虎王丸の方へと、作戦通りヤギ達は駆け寄ってきた。
 その隙に、陸とアレスはメリーの家を目指して走り去っていった。
「あっちの紙の匂いもいいー!」
 その時、ヤギの一人が陸達の走り去った方向を指差し、彼らを追いかけようとしていた。今この群れに追いつかれたら、ここへ配達の助けに来た意味がなくなってしまう。オーマは体にまとったピンクの鎧をアピールしていたが、ヤギ達はこちらを見向きもしなかった。
「こっちに来るなよ!!」
 虎王丸は手助けの為だろう、先に行った陸やアレスのあとを追いかけようとしていたが、さらに増えたヤギ達に取り囲まれ、身動きが出来なくなってしまっていた。オーマは虎王丸を助けようとするものの、ヤギがあまりにも沢山いるので、うまく動く事が出来ない。だからといって、ただ紙を食べたがっているだけのヤギ達に乱暴な真似は出来ないのだ。
「この人の体に、紙が入ってるよぉー!」
 虎王丸を取り囲んでいるヤギの一人が、大きな声を上げた。
「とても美味しそうな紙だよぉー!」
「ちょっと待てって!ほら、あっちへ行けってば!!」
 懐から紙飛行機を取り出し、それを遠くに飛ばして、虎王丸はヤギの気を逸らそうとする。確かに、何人かのヤギはその方向へと走り去ったが、虎王丸のまわりにはそれでも沢山のヤギがいた。
「食べちゃえー!」
 一人のヤギの声のあと、虎王丸はヤギ達に一斉に襲撃された。いや、襲撃という程でもないが、紙を全身に仕込んだのが災いし、虎王丸は迫りくるヤギ達に次々と体を触られ、仕込んでった紙を抜き取られていったのだ。
「うはあ!おい、やめろって!うわ、変なとこ触んなよ!」
 くすぐったがっているような声の混じった虎王丸の悲鳴があたりに響いた。紙を根こそぎ取られた上に、服までヤギ達にぼろぼろにされた可愛そうな虎王丸は、ヤギ達から逃れる為、半分そばの木に登って、ヤギ達が自分に近づかないように枝で追い払っていた。
「こりゃあ、ピンチだな」
 オーマはピンクの鎧を着たまま、手持ちのミュージックプレイヤーをけたたましくならし、そのリズムに合わせてサンバを踊り始めた。あまりにも賑やかなその音楽に、ヤギ達が一斉に振り向いた。
「お宅の紙フェチ拝見・インタビュー!!」
 サンバを踊ったままの軽いステップで、オーマはどこかの何とか将軍の如く踊り、そばのヤギにマイクを差し向けた。
「俺はソーンマッスル腹黒テレビのレポーターやってんだ。お前はどんな紙がたまらないのか、取材させてくれねえかな?」
「えー?アタシは、ごわごわとした紙が好きぃー。でも、柔らかな和紙も捨てがたいかな」
 オーマはそのヤギをレポートしながら、ビデオカメラで取材の様子を写していた。
「インダビュー?テレビ?面白そう!」
 他のヤギ達も、オーマに興味が出たのだろう。虎王丸のそばを離れ、オーマの方へと寄ってくる。
「まあまあ、ちゃんと全員レポートしてやるかたよ。順番にいくぜ」
 オーマはしばらくの間、ヤギ達を取材していたが、奥の方から光の輝きが見える事に気がついた。
「あれは、アレスの合図の光だ。無事にメリーの家へ辿りついたら、合図をしてくれって言っておいたから」
 ようやく木から下りた虎王丸が、オーマに言う。
「そうか。それなら、俺達もそっちへ向かうとするか。どうにかなって、良かったぜ」



「虎王丸さん、何かあったんですか?」
「いや、大した事じゃない。ちっと、ヤギ達に色々されたんだ」
 ヤギに色々とされて、少し元気を失っている虎王丸を心配するように、陸がたずねて来た。オーマと虎王丸は陸、アレスと合流した。自分達がいるその家は、白くて可愛らしいハートの模様がついたそのポストがあり、そこにメリーと書かれている。
 陸は手紙を握り締めると、家のチャイムを押した。
「はあーい」
 すぐに家の扉が開き、小柄な白いヤギが姿を見せた。
「郵便です!」
 陸が優しい郵便屋の顔で、メリーに手紙を手渡す。
「白ヤギさん、手紙は食べないで下さいね。僕達が、命をかけて届けに来たんですから」
「まあ、そうでしたの?それはそれは本当にご苦労様♪」
 メリーは封筒を開き中の手紙を読んだ、と思いきや、手紙を口の中に入れて、もしゃもしゃと食べてしまったのだ。
「メリーさん!手紙は食べないでと言ったではありませんか!」
 陸が叫ぶが、メリーはきょとんとした顔をしている。
「あら、でも、この手紙をくれた友達が、読み終わったら手紙を食べてもいいって、書いてくれたんだもの」
「結局はこうなるのかよ。ちなみにさ、手紙にはどんな事が書いてあったんだ?」
 虎王丸が小さく息をついて、メリーに尋ねた。
「手紙の内容を知りたいの?いいわよ」
 メリーは虎王丸ににこりとして答える。
「『メリーさんこんにちは。お元気ですか。私は元気です。では、さようなら』って書いてあったの。うふふ、お手紙っていいわよね」
「それだけしか書いてないのかよー」
 力が抜けたように虎王丸は叫んだが、オーマは先ほどと同じようにビデオカメラでこれらの様子を撮影しながら、楽しそうに言った。
「まあまあいいじゃねえか。メリーの友人にとっては、大事なメッセージに違いねえんだからさ」
「そうですねえ。僕もそう思いますよ。それに、役割を果たす事が出来て良かったです。同じ仕事をする者同士、これからも頑張りましょうね」
 陸がそう言うと、アレスは笑顔で頷くのであった。
「さてと、一杯走ったら僕もおなかが減りました。お腹がぐぅぐぅなってます。僕は紙は食べませんから、これから皆で食事でもしませんか?」
「そうだな。俺も腹が減ってきたぜ」
 陸に続けて、虎王丸が言う。
「3人とも、俺んとこくりゃあ、俺の手作り下僕主夫料理を食わせてやるぜ?紙じゃない、うまいもんをな」
 自信のある表情で、オーマが陸や虎王丸、アレスの顔を見回していた。たまには、自分の家で皆と食事をするのもいいかもしれないと、思ったのだ。
「では、お邪魔させてもらいましょうか、虎王丸さん」
「そうだな。たまにはそういうのもいいかもしれねえな」
 一仕事をしたあとの食事はとても美味しいものである。
 オーマ達はヤギ村を後にすると、紙とは違う美味しい料理を食べる為に、馬車で帰途の道につくのであった。
 ちなみに、先程取材したインタビューは、ドキュメント系で後日ソーン腹黒商店街映画館で上映しようとオーマは思っていた。(終)



◆登場人物◇

【1070/虎王丸/男性/16/火炎剣士】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2862 /羽鳥・陸/男性性/18/郵便屋】

◆ライター通信◇

 オーマ・シュヴァルツ様

 いつもシナリオへの参加有難うございます、WRの朝霧です。
 今回のシナリオは、ソーンの種族説明のところで、郵便屋はヤギに手紙を食べられてしまうということを知り、思いついたシナリオです(笑)
 オーマさんの作戦には毎回笑わせて頂いておりますが、今回の筋肉に手紙をはさむ、というプレイングにはかなり笑ってしまいました。アレスはそこまでマッチョメンではないので、その作戦自体は出来なかったのですが、本当にいつも楽しいプレイングで書いていてとても楽しいです。桃色折り紙も、想像すると凄い格好で良いですね(笑)
 また、このシナリオは視点別になっていますので、他の参加者の方々と文章が違う箇所があります。ヤギ村へ入って分かれた後のシーンが違いますので、他の視点ではどんな事が行われていたか、他PCさんのノベルも楽しんで頂ければ、と思います。
 それでは、どうもありがとうございました!