<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


喫茶店『ティクルア』 〜シャリアーの“1日店長さんなのっ!”〜



◇■◇


 リタとリンクが大切にしているお店
 シャリーだって、大切にしたいんだよ・・・?
 お客さまの笑顔が、シャリーだって大好きなんだよぉ・・・?
 だからね、シャリーが頑張るの!
 リタもリンクもいないから、シャリーが頑張らないと・・・頑張らないと・・・


  お店以上に、リタとリンクが大好きなの・・・・・・・・・・


◆□◆


 朗らかな朝。
 なんて気持ちの良い天気なのだろうか・・・。
 風は爽やかな香りを運んできており、美しく咲く花々は見事だった。
 それなのに・・・それなのに・・・
 「なによこれぇぇぇぇっ!!!!」
 ユンナはそう叫ぶと、桜色の髪をブンとスイングさせた。
 美を愛する彼女・・・それなのにそれなのに・・・その手に握られているものは、およそ美とはかけ離れたモノ・・・。
 「ゆ・・・許さない・・・許せないわ・・・あの男っ・・・!!」
 ブルブルと怒りに震えるユンナ女王様に、美形霊魂軍団もたじたじだ。
 直ぐにジュダを呼んでくるように霊魂軍団の1人に命令すると、ユンナは軽やかに歩き出した。
 ジュダの迎えを待ってから“あの男”の居る場所を探させ・・・怒りのオーラを纏いながら其の場所へと向かう。
 こんなビューティフルな朝っぱらから“あんなもの”を見せてくれた御礼をしなくてはならないのだから・・・!!!


 桜色の髪を風に靡かせながら、背後に霊魂軍団をはべらせて、更には隣にジュダを引き連れて・・・かなりご立腹しながら、それでも優雅にユンナは歩いた。
 目の前に立ち尽くすオーマが、少女の背後に隠れたのだが・・・立腹しているユンナには、少女の姿は見えない。 
 ちなみに、少女の背後に隠れると言っても身長はかなり違うために、隠れていると言う状況からは程遠いものになっている。
 「あらオーマ。お久しぶりね。」
 「ゆ・・・ユンナ・・・」
 「私がどうしてこんなところまであんたなんかを・・・良い?この美の化身と見紛うばかりの美しいこの私が、美からは程遠い、あ・ん・たなんかを追ってわざわざこんな所まで来てあげたのは、何でだか分かるかしら?」
 「や・・・お・・・俺は・・・」
 ブルブルと震えながら少女を盾にするオーマ。
 しかし残念ながら立腹どころか腸が煮え返るかと思うくらいに激怒しているユンナにはそんなものは見えていなかった。
 「・・・おまえ、一体何をしたんだ?」
 ジュダがそう言って、深い溜息をつくと髪をクシャリと散らした。
 「な・・・何もしてねぇっ!!」
 「何もしてないですって!?オーマ、あんたのその筋肉しか詰まってなさそうな脳みその中からほんの微かにあるはずの脳細胞をフル回転させてみなさい!きっと思い当たるはずよ!もしも思い当たらないのであれば、あんたのその脳みそは筋肉だけで構成された出来損ないの品ってわけね。」
 ビシっとオーマを指差しながらユンナはそう言うと、腕を組んでオーマの台詞を待った。
 しかし、当のオーマ本人には思い当たる節は無いらしく、考え込んでは冷や汗をダラダラと流している。
 「えーっと・・・あの・・・」
 少女が困惑しながら言葉を紡ぐものの、それを聞いていたのはジュダただ一人だった。ユンナ曰く“脳みそまで筋肉”のオーマは筋肉ではないと思われる部分の脳みそをフル回転させて考え込んでいるし、怒りの沸点最高潮のユンナ女王様に関しては、ご立腹のあまり周囲に目を向けていられる余裕は無いご様子だ。
 そんな2人の間に挟まれている少女の不運さ加減を思うと、ジュダはそれなりに心を痛めた。
 「オーマ、とりあえず其の少女を放せ・・・」
 「や・・・だ・・・だがな・・・」
 「オーマさんと、えぇっと・・・ユンナさん・・・?に・・・」
 すっかり蚊帳の外に追い出されてしまっていた少年、リンクが、恐る恐るといった様子で言葉を紡ぎ、ジュダに視線を向けたままで固まった。
 「ジュダだ。」
 「ジュダさん・・・立ち話も何ですので、中で話しませんか・・・??」
 其の心は、喫茶店の前にいる、険悪ムードでどうやら一波乱どころか二波乱もありそうな様子の2人を世間の目から隔離したいと言うもののようだ。
 リンクの言葉に、始めてユンナの目にリタの姿が映り、そして・・・喫茶店の扉の前に佇む少年の姿が映った。
 「あら?あなたは誰かしら?」
 「リンク エルフィアと申します。そっちはココの店長をしているリタ ツヴァイと言って・・・それで、あの・・・少々お願いしたい事があるのですが・・・」
 「お願い?何かしら?」
 オーマへの怒りも忘れて、ユンナは目の前に居る少年をジっと見詰めた。
 外見年齢は17,8くらい・・・中々綺麗な顔立ちをしている。少しか弱そうな印象を受けるが・・・オーマのように筋肉バリバリの美とは程遠い存在ではないし・・・そうね、筋肉よりもこう言う細身の子の方が美しいわね。と、一人で心の中で納得をするとふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。
 「お願いと・・・申しますのは・・・ココの喫茶店を1日お任せしたいんです。」
 「店長は子供なんですけれど・・・」
 急にわけのわからないことを言われて、ユンナとジュダは心中では困惑した。最も、表情には微塵も表れない困惑ではあったが・・・それに引き換え、オーマは納得顔で頷くと、いち早く了承の意を表すかのように、ニカっとリンクとリタに向かって笑みを向けた。


◇■◇


 一通りの話を聞き終わると、一番最初にオーマが任せとけ!とばかりに大きく頷き、Vサインを突き出した。
 「そうね・・・オーマなんかに任せておいたら、喫茶店もとい、筋茶店でもなり兼ねないものね?」
 そう言ってチラリとリンクとリタに視線を向ける。
 リタの方は「筋茶店ですかぁ、なんだか新しくて素敵ですねぇ〜」と、いたって間違った反応をしており、ユンナは思わず遠い目をしたくなった。それとは逆に、リンクはそれなりにまともな思考回路を持っているらしく「筋茶店なんて・・・」と言いながら青い顔をして視線を宙に彷徨わせている。
 確かに・・・ね、天然って言うのも魅力的ではあるけれど・・・。
 「ジュダはどうするの?」
 ユンナの問いに、それまで無言だったジュダが顔を上げ、深い溜息をついた。
 「・・・・・・或る意味・・・其の幼子よりも貴様等二人の方が“問題”やも知れんな・・・・・・」
 「つー事は、ジュダも親父マッチョで喫茶店ならぬ筋茶店を・・・」
 「だから!あんた、私の話を聞いてたわけ!?あのねぇ、あんたはそれで良いかも知れないけれど、普通に考えて筋茶店なんて問題外よ!問・題・外っ!!ちっとも美しくないじゃない!それどころか、脂っこいイメージがあるわ!筋茶店なんてどんなお客が来るのよ!・・・そうね、きっとオーマ、あんたみたいなのばっかりなんでしょうね。そんなのちっとも美しくないわっ!!」
 ユンナがそう言って、苦々しい表情をするが・・・すぐにはっ!とした顔をして、普段の妖艶で美しい表情を取り戻す。
 「良い!?ここではその・・・シャリアーって子が店長なの!あんたが店長じゃないのよっ!?」
 ビシっとオーマを指差しながら釘をさすが・・・リンクが不安気な表情でユンナとジュダを交互に見比べていた。
 シャリアーの場合、どうやらリタと同じ脳内回路が形成されつつあるらしく「筋茶店!?面白そうなのっ!筋茶店『ティクルア』・・・名前もピッタリなのっ!シャリー、筋茶店の店長さんなのっ!」などと言ってキャッキャとはしゃぎそうな気がしてならない。そうなった場合、それを止められるのはジュダとユンナだけであって・・・あぁ、どうか帰って来た時もきちんと此処が喫茶店でありますように・・・。リンクはそんな願いを乗せるべく、2人に向かって手を合わせた。
 「・・・拝むほど私が美しいのは分かるけれど、それほど熱心に拝まれると何だか困るじゃない。」
 「拝んでると言うか・・・祈ってる・・・だな。」
 「まぁどっちでも良いわ。それよりも、そのシャリアーって子はどこなの?」
 「あ、もう直ぐで来るかと・・・」
 リタが言いかけた時、階上からトテトテと可愛らしい衣装に身を包んだ少女が走って来た。
 ピンク色の髪を頭の高い位置で結んで、にこにこと無邪気な笑顔を向ける少女・・・瞳の色は紫で、どこかユンナと似通った色彩だった。ただ、ユンナの鮮やかな桜色の髪とは違い、シャリアーの髪は淡い色をしていた・・・。
 「あっ!オーマちゃんなのっ!」
 「おう、シャリアー。お久しマッチョ☆元気だったかぁ〜?」
 「うんなのっ!オーマちゃんが、リタとリンクの言う“じゅーぎょーいん”さんなのぉ〜??」
 「あぁ、俺とあと・・・」
 シャリアーの瞳が、オーマからリンク、リンクからリタ・・・そして、ユンナとジュダを見比べながら止まった。
 「えっと、おねーちゃんとおにーちゃんが“じゅーぎょーいん”さんなのぉ〜??」
 “おねーちゃん”と“おにーちゃん”
 その言葉に、ユンナとジュダはまったく別の反応を示した。
 ユンナはかなりご機嫌になったらしく、中々可愛らしい子ねと言って、ふわりと柔らかな笑顔を浮かべており・・・ジュダは“おにーちゃん”と呼ばれた事に、少々の違和感を感じたのか、複雑な顔をして固まっている。
 「私はね、ユンナって言うの。それで、こっちはジュダ。」
 「んっと、ユンナちゃんに・・・ジュダちゃん?」
 ジュダの両肩に、再び重石が圧し掛かる。
 シャリアーが“オーマちゃん”と呼んでいた時からもしやとは思っていたのだが・・・やはり自分も“ちゃん”付けか・・・。かと言って、こんな幼子相手にたかだか呼び名くらいの事でグチグチと言い含める気にもなれない。チラリと隣を見やれば、ユンナはかなり気に入っているらしく「ユンナちゃんね、中々綺麗な響きじゃない」と言って満足気だ。目の前に座るオーマは・・・もう、彼に関しては考える気にもなれない。ジュダは深い溜息をつくと、これから送るであろう、受難の一日を思って目を伏せた。
 「まぁ、とりあえず・・・私もジュダもお手伝いするわ。だからあなた達は気にせずに行って来て頂戴。」
 「あ・・・あの、筋茶店は・・・」
 「心配しなくても、私がそんな事許すわけ無いでしょう?リンク?」
 それもそうだと思いなおしたリンクがコクリと頷き、リタと視線を合わせた後で席を立った。
 「それでは、宜しくお願いいたします。」
 扉の前まで来て、1回振り返った後でそう言うと、リタとリンクは喫茶店を後にした。
 「・・・それにしても・・・」
 「え?なあに、ジュダ?」
 1つ気になった事があり、ジュダが思わず呟いた。それを聞きつけたユンナが首を傾げ・・・何でもないと言うように手を振ると、ジュダは2人が出て行った扉の方を見詰めた。
 最後、出て行く前にリタがジュダの目を見て“お願いいたします”と言った気がしたのだが・・・。
 確かに、この2人+シャリアーを確実にフォローできるのは彼しかいないのだが・・・それにしたって・・・。
 「流石は店長・・・と言う事か?」
 そんなジュダの独り言を肯定する者は誰も居なかったけれども・・・・・・。


 美と言う事に関しては才能と言っても良いくらいある、ユンナの手によってティクルアの中は美的センスバッチリの美しい装いになっていた。
 控え目な店内に光る、奥ゆかしい美の輝き・・・・・・・・・・・・
 最後にユンナは、各テーブルにルベリアの花をそっと置いて行った。
 シャリアーの純粋で強い想いを映し見たルベリアの花は、遠慮がちに入ってくる陽の光に照らされて美しく花開いている。
 「わぁっ・・・!ユンナちゃん、綺麗なのぉ〜!」
 綺麗な店内を見渡しながら、シャリアーが満面の笑みでトテトテと走っては、クルクルと回っている。シャリアーが回るたびに、裾にレースをあしらった淡いピンク色のスカートが揺れ、大きな弧を描いては楽しそうに靡いている。
 タタっと走り、恐らくユンナの元へと行こうとしたシャリアーだったが・・・足元に気を配っていなかったらしく、テーブルの脚に躓き
 「危ないっ・・・!!」
 ユンナがそう叫んだ時には、シャリアーの身体は前のめりになって地面へと一直線に向かっていた・・・が、すぐ近くに居たジュダが、間一髪のところでシャリアーの身体を抱き上げ、そのままユンナの前へと運んだ。
 「うわぁ・・・ビックリしたのぉ〜!ジュダちゃん、有難うなのっ!」
 「それよりあなた、怪我は!?大丈夫だった??」
 「うん!痛いところはないよぉ〜??」
 良かったと、ほっと安堵するユンナの目の前、ジュダが柔らかい表情で立っていた。
 シャリアーに怪我がないとわかってか、それともユンナのそんな優しい思いにか、その表情は酷く暖かいものだった。
 「おうおう、シャリアー、そろそろ開店の時間じゃねえか〜??」
 「あ!そうなのっ!外の看板を“おーぷん”にしてこないとなのっ!」
 「・・・俺が行って来る。」
 外に出ようとするシャリアーの肩をぽんと叩いた後で、ジュダが表へと出て行ってしまった。
 如何せん、看板の位置は大人の頭の高さにある。シャリアーの身長では、到底届かない場所で・・・
 「んっと、それじゃぁ・・・皆はお料理を運んで欲しいのっ!リンクとリタがね、作り置きしてくれたのがあって・・・」
 シャリアーの言葉に、ユンナとオーマが“同じような事”を考えてハタと顔を見合わせた。
 オーマの考え的には、この年齢詐称上司に接客などと言う高度な技が出来るはずないと言うもので
 ユンナの考え的には、この美しくない生物が接客なんて、お客が逃げちゃうじゃないと言うものだ。
 ちなみに、ジュダにしてみればどちらも接客に向かないと思えてならないのだが・・・。
 「オーマ、あんたに接客は無理よ。折角私がこんなに綺麗に内装してあげたのに、あんたがいたらメチャメチャじゃない!」
 「お前さんこそ、接客なんて高度な技が出来るようには思えねぇけどなぁ〜。」
 「あんたの顔見たら、客が逃げるのよ・・・っ!!」
 「そりゃぁ、どっかの上司様とは違って・・・・・・・」
 「・・・おい・・・」
 言い争いを続ける2人の間に入って来たのは、シャリアーではなくジュダだった。何時の間にか店内に現れていたお客に視線を向けながら、深い溜息をつく。
 「従業員がサボってどうする。」
 現在せこせこと働いているのは幼い店長ただ1人だ。
 これでは、3人にお願いをした意味が無いではないか・・・・・・・・・
 「えっと・・・とりあえずオーマ!あんたには厨房を任せたわ!」
 「そうだな。作り置きしてあるものと言っても、限られたものだけだった。・・・もしもの時に備えて、お前が厨房に入っていた方が良いだろう。」
 そうすれば安心だと付け加えたジュダの言葉に頷くと、オーマは厨房へと入った。
 とは言え、ティクルアの厨房は完全に隔離された空間ではなく、客から見えるような造りになっている。が・・・弾む会話、綺麗な店内、可愛らしい喫茶店の店長、2枚目のウェイター、美しいウェイトレス・・・誰も厨房に居るオーマに視線を向ける者は居ないと言うのが現実だった。
 本来ならば、其の場所にはリタが立っており、リタ目当ての客がチラチラと厨房の方に視線を向けたりもするのだが・・・本日見えるのは強面のシェフ、ただ1人だ。
 チリリンと、ティクルアの扉に取り付けられている鈴の音が店内に響く度に、シャリアーが満面の笑みでお客の元へと走って行き「いらっしゃいませなのっ!ティクルアにようこそなのっ!お席にご案内いたしますなのっ!」と言って客をテーブルへと導く。
 常連らしき客は最初、シャリアーと見慣れないウエイターとウエイトレス、そしてシェフに困惑の表情を浮かべ「シャリアーちゃん、リタさんとリンク君は?」と訊くのだが・・・シャリアーが唐突に「今日はシャリーが店長さんなのっ!」と言って常連客をハテナと苦笑の空間へと突き飛ばす。
 「本日は、リタとリンクは所用で不在だ。だが、普段と同じように喫茶店の営業はしている。」
 ジュダが言葉少なにそう言って、着席した客の前にメニューを広げて差し出す。
 「あ、そうなんですかぁ〜?」
 薄い水色のワンピースを身に纏った若い女性がそう言って、オクターブ高い声でジュダに柔らかい笑顔を浮かべる。
 「貴方が今日の店長さんなんですかぁ〜?」
 「いや、この子が店長だが。」
 さっきシャリアーが自分で言っていたではないかと言う気持ちを込めてそう言い・・・
 「お水です、お待たせいたしましたぁ〜。」
 青筋をピクピクさせながら、ユンナがドンと客の前に水の入った透明なグラスを置く。
 ・・・毒でも入っていやしないか、遠くで見ているオーマは刹那、不安に襲われたが・・・流石にユンナとて、ティクルアの名を背負って立っている以上そんな事はしないだろう。そう思いつつ、オーマは一抹の不安を拭いきれないのだった。
 「えっとぉ、それじゃぁ・・・オーダー良いですかぁ〜?」
 「あぁ・・・」
 「えぇ、どうぞぉ〜?」
 ポケットから紙とペンを取り出そうとしたジュダを押しのけてユンナがそう言うと、女性客は冷たい瞳でユンナを一瞥した後でぶっきらぼうに注文を伝えるとプイっと視線を窓の外へと向けた。
 「・・・オーマ、オーダーよ。アイスティー2つと特製チャーハン2つ。」
 「特製チャーハン?」
 「えぇ。・・・もしかして、作り置きしてないの?」
 「あぁ。見当たらねぇな。・・・ま、いっちょ俺が一肌脱いで・・・」
 「御託は良いからさっさと作ってくれない?あ、そうだ。どうせなら激辛にして・・・」
 クスリと黒い笑みを浮かべるユンナに、オーマが1歩引き気味になる・・・・・・。
 主夫の腕前披露とばかりにささっとチャーハンを作るオーマ。幸い、リタが残してくれたレシピがあったので、特製チャーハンオーマ風を作る事が出来たのだが・・・若干本来の味とは違ってしまっている可能性がある。そのところをユンナに一言伝えてくれないかと頼んだのだが・・・如何せん相手の客はジュダに色目を使う小娘だ。ユンナが丸いトレーの上にお皿を2つ乗せ、更にアイスティーを2つ乗せ、不機嫌極まりないといった表情で「気が向いたらね」とだけ言い捨てると客の方へと歩いて行った。
 相変わらず客の視線はジュダに注がれており・・・ユンナとしては、酷く面白くない。
 けれど、怒る事は出来ないし・・・悶々と考えていたユンナの耳にシャリアーの「ユンナちゃん!危ないのっ!」と言う切羽詰った声が聞こえてきた時は、既にユンナの足は何かに躓いており、持っていたトレーが手の上から空中へとダイブしていた。
 「え・・・えぇぇぇぇ〜〜〜っ!!!!???」
 ガッシャーンと言う音が店内に木霊して、それなりに花開いていた会話が全て花閉じる。
 「いったたたぁ・・・」
 「ユンナちゃん、大丈夫なのぉ〜?」
 「怪我はないか?」
 シャリアーとジュダの言葉に頷き・・・見れば客の視線はユンナに集中していた。床に砕けたお皿や飛び散った食べ物がなんとも悲惨な状態になっている・・・。ユンナの無事を確かめたジュダが、シャリアーに掃除道具の場所を聞き、無言で床に散らばった残骸を掃除し始める。
 「えっと・・・」
 悲惨な失敗をしてしまったユンナ。
 オーマが“だぁから接客は無理だっつったのによぅ”と言う顔をして立っており・・・だからと言って厨房に入っても同じような“悲劇”はユンナに付き纏うだろう。火や包丁など、物騒なものが沢山置いてある分、ホールよりも酷い惨劇になりそうな気がしてならない・・・。
 「・・・・・・お騒がせして悪かったわ。せめてものお詫びに・・・」
 ユンナは客達に向かってそう言うと、喫茶店の奥、小さなステージになっている部分に立つとすぅっと息を吸い込んだ。
 そして・・・美しい旋律を紡ぎ出す。それは、細い旋律ではあるが力強く・・・ユンナの綺麗な声に乗って聞こえて来る歌は酷く心地良いものだった。客達から自然に拍手が起こり、テンポの良い曲では客が歌に合わせて手を叩く。
 「ユンナちゃん、凄いのっ!」
 目を輝かせるシャリアーに、オーマとジュダが顔を見合わせて・・・ふっと、2人の視線が柔らかいものになったのを、ユンナに夢中のシャリアーは気付かなかったけれども・・・。


◆□◆


 ユンナの歌姫としてのステージは大盛況で、それにつられてやって来る客も少なくなかった。
 普段以上の来客に、ホールのシャリアーとジュダは動きっぱなしで、キッチンでは直ぐに作り置きが無くなり、オーマがフル回転でオーダー通りのものを作ってはシャリアーとジュダに手渡している。
 その様子を見ながら、ユンナは歌い続けた。
 歓声と、ティクルアが発する独特な柔らかい雰囲気。全てが混じり合い、ユンナの歌声を伸びやかにさせる。
 ・・・と、そんな時だった。
 全ての雰囲気が統一された柔らかな場所に、突如として現れた、およそ似つかわしくない雰囲気の男性達。
 「あ、いらっしゃいませなのぉ〜!」
 パタパタと走って来たシャリアーに一瞥を向けただけで、ドカドカと喫茶店の中に入って行き、適当な場所に腰を下ろした。
 「えっと、これがメニューになってますなのっ。」
 シャリアーがメニューを差し出すが、男達は相手にする気が無いのだろうか・・・シャリアーが差し出したメニューを手に取る素振りさえ見せずに、ただ不機嫌な表情で座っていた。その様子に、他の客がざわつき出す。ホールを移動していたジュダがその騒ぎに足を止め、ユンナの歌声も途切れ、オーマも包丁を持ったまま事の成り行きを見詰めていた。
 「あの・・・これがメニューで・・・」
 ズイっと差し出したシャリアーの手を、一番手前に座っていた男が右手で払った。男としてはそれほど力を入れたつもりは無かったのだろうが、小さく体重の軽いシャリアーはその衝撃で後ろに倒れ込み、尻餅をついた。
 「なっ・・・!!」
 一部始終を見ていたユンナがステージを下り・・・ツカツカと歩み寄ろうとしたのを、オーマに止められた。
 「大丈夫か?」
 一番近くに居たジュダがそう言ってシャリアーに手を差し出し、男達に何も言わずに一瞥を向けた。そんな冷たい視線に当てられてか、男達が立ち上がり・・・ジュダと対峙する・・・。
 「おいお前・・・」
 何か言おうとした男達だったが・・・何処からとも無く現れた“何かによって”取り囲まれ、男達が行き場を失う。
 「はれ・・・?人面草ちゃん・・・に・・・」
 「おうおう、霊魂軍団までお出ましってか?」
 何時の間にかシャリアーとジュダのすぐ背後に来ていたオーマがそう言って、ユンナがシャリアーの小さな掌を取り・・・赤くはれているそこをすっと一撫ですると、淡い髪の毛を優しく撫ぜた。
 「よくも可愛い女の子に・・・。こんな美とかけ離れた輩が、美を壊すなんて言語道断!良い!?言・語・道・断よっ!!身の程を知りなさい!あなた達なんて、オーマ以下よ!オーマ以下!脳みそ筋肉男以下!そんなあなた達が、シャリアーを傷つけるなんて、どう考えても許されないのよっ!分かる!?」
 人面草と霊魂軍団に取り囲まれた男達に向かってビシっと指を突きつけると、ユンナは妖艶な笑みをたたえた。どうやら何か“面白い事”でも考え付いたらしい・・・。ゆっくりと肺に空気を送ると、柔らかい旋律を紡ぎ出した。
 途端に男達の表情がトロリと力の無いものになり・・・ユンナ様コールを始める者まで現れた・・・。
 ユンナが歌に具現を込め、催眠で男達を紳士や下僕へと変えたのだ。紳士の方はオーマに任せて、下僕に向かってテキパキと指示を飛ばす。彼女の意見としては、下僕ならば使い物になるがこんな美しくも無い紳士を侍らせるのはお気持ちに反するらしい。
 オーマの方は何時の間にか“聖筋メラマッチョ生せくしー放送局★らぶりーがーるの一日桃色薔薇筋乱舞店長体験取材★”なる怪しげな看板を掲げ、桃色のラメの入ったタキシードを着込み、TV関係者を装いながらも紳士モードの男達に生中継と嘘をかましながらインタビューをしまくっている。そしてメニューをドンドン注文させ・・・しばらくすると、ユンナの歌の効果が切れたのか、段々素に戻って行った男達なのだが・・・如何せん、店内は生中継モード。悪さが出来ない環境作りはバッチリと言うわけだ。それどころか、目の前には料理の山・・・この全てを平らげる事は不可能に近い。下僕モードだった男達もテーブルへとつき、夢現のままに料理を胃へと流し込んで行く。
 「えぇっと・・・」
 一部始終を見ていたシャリアーが困惑の声を洩らし、オロオロと視線を宙に泳がせている。
 他の客も、一体何事かと言った視線を向けており・・・なんとなく、喫茶店の雰囲気が暗いものへと変わろうとしていた。
 それを感じ取ったジュダは、ポンとシャリアーの肩を叩き、上を見ていろと囁いた後で具現で光の花を舞い降らせた。
 チラチラと輝きながら落ちてくる光の花は、暗いものへと変わろうとしていた店内に活気を与え・・・シャリアーの表情も、パっと花開く。綺麗なのぉ〜と言って、パチパチと手を叩き、ジュダの服の裾を掴むと満面の笑みでお礼を言った。
 「有難うなのっ!凄く綺麗で、店内が明るくなったのっ!」
 どういたしましてと言おうか迷った後で、ジュダは何も言わずにシャリアーの頭を撫ぜた。
 一方、先ほどの物騒な男達は、今や悲惨な状態になりつつあった。
 何か反撃をしようものならば、ユンナ女王様が本領発揮とばかりに客に貢がせて身包みを剥ぎ・・・もうこんな喫茶店にいられっかー!と叫びながら喫茶店を後にしようとする者の肩を掴むと、オーマがレジの前へと引っ張って行き、親父愛全開笑顔で人面金をおつりに差出し・・・男達が外で気付いた時はラブゲッチュ抱擁合掌の刑だ・・・。
 シャリアーはともかくとして、そんな腐れ縁2人の姿に、ジュダは胃が痛くなる思いだった。
 とは言え、ジュダ自身も分かっていた事ではあった。シャリアーよりも、オーマやユンナの方がよっぽど“問題”なのではと言う事は・・・。


◇■◇


 陽が傾いて来て、段々とお客も引き始め・・・そろそろ2人が帰ってくるのではないか?そう言う時になって、急にシャリアーがしゅんと肩を落として沈み始めた。
 別になにか大きな失敗をしたと言うわけではない。オーマやジュダ、ユンナがシャリアーのフォローをしていたし、客やシャリアーには気付かれないように、霊魂軍団にも陰ながら助っ人をさせていたし・・・。
 それなのに、シャリアーは何か大きな失敗をしてしまったかのように、しゅんと落ち込んで店の奥でチマっと座っていた。
 「どうしたんだ?」
 オーマがしゃがみ込んでそう訊くが・・・シャリアーは何も言わずに頭を振って、なんでもないの・・・と言うばかりだ。
 ステージで歌っていたユンナが休憩とばかりに下りて来て・・・2人の姿を目に留めるとジュダに向かって首を傾げた。
 「何かあったの?」
 「いや、何もないはずだが・・・・・・・」
 「どうしたの?」
 オーマを押しのけてシャリアーの前に座ると、ユンナは優しい声を出した。
 母性的な声に、シャリアーがゆるゆると顔を上げ、今にも泣きそうな表情で何かを言いかけて止まり・・・目が潤んだと思った次の瞬間には、透明な涙が頬を伝って膝へと零れ落ちた。
 「シャリー・・・シャリー・・・」
 そこから先の言葉が紡げないらしく、シャリアーが小さくしゃくり上げる。3人はチラリと視線を合わせた後で、その場に腰を下ろした。幸い客の姿はまばらで、皆料理を一心不乱につついている。少しくらいホールやキッチンを離れても大丈夫な状況だ。
 ポロポロと涙を流すシャリアーの隣で、ユンナが歌を紡ぎ始めた。
 優しくも柔らかく、それでも・・・力強い歌は、シャリアーを元気付けたいと言うユンナの心の歌だった。
 しばらく泣きじゃくっていたシャリアーだったが、ユンナの歌に段々心が落ち着いてきたのか、顔を上げるとポツポツと話し始めた。その声は、あまりにも小さいもので・・・気を抜いたならば聞き逃してしまいそうになるほどの声だった。そのため、3人はジっとシャリアーの声に耳をすませるのだった。
 「シャリー・・・いっつも、失敗ばっかり・・・なの。リタと、リンクに・・・迷惑かけてばっかりで・・・。今日も、皆がいなかったら、シャリー・・・ティクルアを駄目にしちゃってたの・・・。もっとしっかりしなくちゃ駄目なのに、リタとリンクが、大好きだから・・・お手伝い、いっぱいしたいのに・・・。」
 何時の間にか、霊魂軍団と人面草達も集まって来ていた。
 小さな少女の切実な言葉に、誰もが耳を傾け、かける言葉を心の奥底から探し出す・・・。
 「なぁに言ってんだよ、シャリアーは十分頑張ってんじゃねぇか。」
 「でも・・・」
 「完璧よりも、今の自分での精一杯の頑張りと・・・多少の失敗、それが人の心を成長させるってもんじゃねぇか。」
 「無理せず、背伸びせず・・・今やれる事をやれば・・・」
 「そうよ!あなたらしく、それで良いじゃない。」
 ユンナがそう言って、シャリアーの肩を優しく抱くと満面の笑みを浮かべた。
 「それにね、完璧な女よりドジな方が男心をくすぐるのよ。」
 悪戯っぽい瞳で、ユンナが自論を展開させる。これにはオーマとジュダは苦笑い、ないし苦悩しかなす術が無い。
 「来てくれる人々と、ここを・・・任せてくれた2人の想いを忘れずに頑張れば・・・」
 それで良いのではないか?そう続くジュダの言葉は、途中で途切れた。その先は、言わずとも伝わるものだったから・・・。
 「シャリアーは、立派に今日・・・店長の役目を果たしたじゃねぇか。」
 オーマの言葉に、シャリアーが小さな笑顔を浮かべると恥ずかしそうに口元を両手で覆った。
 「シャリー・・・出来たぁ・・・?」
 元々大きな瞳が更に大きく見開き・・・
 「そうだわ、シャリアー・・・ちょっと良いかしら?」
 ユンナがシャリアーの肩をポンと叩くと、喫茶店の片隅へと誘った。オーマとジュダに接客を任せ・・・木の椅子を引き、向かい合わせに座るとシャリアーに向かって1輪のルベリアの花を差し出し、その髪にそっと飾った。そして・・・ハンドバッグを持ってくると、その中から小瓶を取り出して蓋を取り、シュっとシャリアーに向かって吹き付けた。
 「ふぇ!?な・・・なんか、甘い香り・・・」
 「そう、私のお気に入りの香水なの。・・・まだ、シャリアーには早いかも知れないけれど・・・それでも、こう言うのも良いんじゃないかなぁと思って。」
 将来素敵な女性になる素質のあるシャリアーだからこそ、今のうちから美を伝授しておかないと・・・「2人だけの秘密・・・ね?」そう言って人差し指を唇の前につけて囁くユンナに、シャリアーも「秘密・・・ね?」と言ってキャッキャと声を上げる。
 最後の客が喫茶店を後にしたのと丁度同じタイミングで、外からリタとリンクが帰って来た。
 もしかして外で客が帰るのを待っていたんじゃないか!?と言うくらいのタイミングの良さに、オーマが詰め寄り・・・リンクが頭をブンブン振りながら「そんなわけないですよぉ〜!!」と言って、免罪を必死に訴える。
 「本日はどうも有難う御座いました。シャリアーが何かご迷惑をお掛けいたしませんでしたか?」
 リタの言葉に、ジュダが軽く首を振り
 「そんな事は無い。それよりも、こちらが迷惑を掛けた・・・」
 そう言ってチラリとオーマとユンナ、更には霊魂軍団と人面草達に視線を向け・・・思わず左手で胃の部分を押さえた。
 それを見ながらリタがクスクスと笑い・・・右手に持っていた袋を胸の前まで持ち上げた。
 「皆さん、宜しければ召し上がりませんか?クッキーなんですけれど・・・」
 「どうせなら、夕食も如何ですか?今日のお礼・・・になるかは分かりませんが、腕によりを掛けてお作りしますよ。」
 リンクの言葉に、ジュダとユンナが顔を見合わせ、少し考えた後でコクリと頷いた。
 オーマは既にキッチンでお手伝いの準備をしており・・・リタがそっと、表の看板を『Close』にすると扉を閉じた。

 一生懸命頑張った小さな店長さんと、素敵な店員さん達のために―――――


●おまけ●


 「そう言えば、ユンナさんはどうしてオーマさんを追ってここまで・・・?」
 「うわ、馬鹿リンク・・・それは・・・」
 「・・・そうだったわ。この私とした事が、忘れるところだったわ・・・。オーマ!私のポーチの中を勝手に弄ったでしょう!腹黒同盟なんて、ちっとも美しくないもののパンフレットが入っていたのよっ!!この私の・・・この、美の化身なんて恐れ多い、女神も跪くほどの美貌を持ったこの私のポーチの中にっ!美とはおよそかけ離れた、腹黒同盟のパンフが!!しかも、親父マッスルってなによっ!!マッスルって・・・マッスルって・・・ちっとも美しくないわぁぁぁぁっ!!!!」
 「ちょっ・・・まっ・・・!ユンナ、落ち着けっ!な?腹黒兄貴☆ゲッチュとばかりに広い心で・・・」
 「腹黒兄貴なんて・・・!!!」
 「あらぁ、お皿が飛んでますわぁ〜。」
 「凄いねぇ〜!」
 「リタもシャリアーも、もっと危機感を持ってよっ!」
 「・・・うっ・・・胃が・・・」


  賑やかな店内も、たまには・・・・・・・・・



          ≪Close≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  1953/オーマ シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り


  2083/   ユンナ    /女性/18歳/ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫


  2086/   ジュダ    /男性/29歳/詳細不明

 
 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『シャリアーの“1日店長さんなのっ!”』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、初めましてのご参加まことに有難う御座います。(ペコリ)
 可愛らしく美しく、そして優しいユンナ様。
 シャリアーをそっと慰めてくださって、まことに有難う御座いました。
 歌の方で店内を盛り上げてくださり・・・ユンナ様のファンが密かに増えたかと(苦笑)
 ユンナ様の素敵な雰囲気を、損なわずに描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。