<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】桃・咲乱


「た、大変だぁ!!」
 蒼黎帝国が首都・楼蘭にて、街人の一人が叫ぶ。
 何事かとわらわらと声のする方へと向かってみれば、これはなんと大きな桃が民家を押しつぶして―――いや、よくよく見れば中から破裂したような民家の跡地で悠々と鎮座しているではないか。
 だれもが、ごくっとつばを飲みその桃を見つめる。
 すると―――
「……子供?」
 桃がパカリと真っ二つに割れ、そこには小さな子供が一人。
 生きているのか? そもそも人間なのか? などと誰もが思う中、子供はゆっくりと瞳を開けその場にすっくと立ち上がると叫んだ。
「鬼は何処だ!!!」
 と。



 辺りに広がる瑞々しい桃の香り。
「……え、えーっと……」
 瞳をパチクリとさせてサクリファイスはこの状況をゆっくりと眺めた。
 仁王立ちの子供は辺りをキョロキョロとを見回し、どうやら鬼を探しているようである。
 その表情やまさに般若とも呼べなくも無いのだが、如何せん幼い子供ゆえか怖さは何処にもない。
「まぁ……なんだ……」
 周りの街人達もサクリファイスと似たような呟きを漏らしつつ呆然とその場に立ち尽くし、家主であると思われる男性も割れた桃の前で腰を抜かしてポカンと子供を見ている。
「この際、桃は、置いておこう」
 どうにも思うだけで済ませておけばよいような言葉でもあまりの衝撃に口からポロリポロリと零れ落ちていく。
 確かに残っている桃は普通に桃として新鮮な果肉を覗かせている。子供さえ出てこなければきっと食べると美味しい桃に違いない。
「うん。なんだっけ」
 似たような話を何処かで聞いた事があったような気がしてサクリファイスは顔を少々俯かせると顎に手を当てるようにして考え込む。
 あれは確か、東方―――東国に桃から生まれた男の子の話があったような。
 確かに楼蘭はエルザードから東に4月4日船旅の末たどり着く東国である。
 もしかしてこの東国の物語がエルザードに伝わっていたのだろうかとサクリファイスも考え、位置的に言えばサクリファイスの目の前で今だ(たぶん)般若の形相で顔をキョロキョロさせている子供の事を指し、それは創作ではなく真実をちょっと脚色した物語として伝わったのかもしれないと、どこか頭の隅っこで納得すると、今度は別の事が気になり始めた。
「鬼……」
 そう、桃から産まれたこの子供は生まれた瞬間に「鬼は何処だ!」と口にした。
 その物語の内容を思い出せば、桃から産まれた子供は最終的に鬼を退治に行くのである。
 この子供も何処だと口にしただけでその目的は話していないが、もしかしたら物語と一緒で鬼を倒すために鬼を探しているのかもしれない。
 サクリファイスは人ごみを掻き分けるように――いや、この近所の街人達は既にこの処理をどうするかを話し合い始めており、人だかりなどもう散り散りになっていたが――子供に近づくと、目線を合わせるようにその場にそっとしゃがみこみ問いかける。
「あなたは、鬼を見つけてどうするのかな?」
「もちろん倒す!」
 あぁやっぱり。
 もう一度物語りを思い出してみれば、あの話はちゃんと目的があって鬼を退治に行っている。しかしこの子供の周りには鬼がもたらした問題も、ましてや誰かに頼まれたわけでもないのに鬼を倒すと口にしている。
「それは、なんで退治するのか、聞いてもいいかな?」
 目的のない刃や一方的なものはただの暴力でしかない。
「そう教えられたからだ」
「教えられた…?」
 確かに普通の人として考えたら桃から産まれてくるなどおかしい。
「そうだ。わたしは鬼を退治するために“生み出された”」
 子供は度々もう一人誰かが居るような口調でサクリファイスに言葉を返す。
 よくよく考えればここまで自己と意思を確立させるまで育てた人物がいたとしてもおかしくは無いのだ。
 鬼だけを退治させる事だけをインプットさせるとは、その人物はよほど鬼が嫌いなのか、はたまた―――
 そしてサクリファイスはすっと薄く唇を開き言葉を紡ぐ。
「世の中には―――」
 確かに刃でもって向かわなきゃならない相手もいる。
 この場合子供にとってそれは鬼となるのだろう。
 もしかしたらこの子供に鬼をインプットした人物が鬼から何かしらの損害を受け、その報復をしようとしているのかもしれないが、こんな街中で起こすような事象ではない。
 それでもこんな小さな子供に刃を持たせようとさせるなんて、どうかしている。ましてやこの子供は生まれたばかりで、そんな生まれたばかりの子供が何かに刃を向けることを考えているのは、悲しすぎる。
 サクリファイスはその瞳に少々の悲しみの色を浮かべて、子供の瞳を真摯に見つめると、そう淡々と問いかける。
 そんなサクリファイスの瞳を真正面から受けて、言葉を真剣に受け止めていると思われる子供。
「弱きを助けるための力は、良い」
 だが実際にここに弱き存在はない。そして、でも…と、言葉を続ける。
「悪しきを討つだけの力は、ダメだ」
 それはただの暴力だから。
 強さだけを追い求め、周りが何も見えなくなっていってしまうような気がして。
 どうにも言葉が返ってこないため、ちゃんと伝わっているのか不安になりながら、
「いきなり、少し難しかったかな」
 そこでサクリファイスの表情が軽い笑みの形に崩れると、子供は驚いたように一瞬瞳を大きくして、そのまま俯いた。
 きっと言われた言葉の意味を考えているのだろう。
 存分に考え、自分で答えを出すといい。いや、自ら答えを出さなければいけないのだ。
 サクリファイスはそんな子供を微笑ましく見つめつつ、
「難しい話ばかりじゃつまらないし、一緒に、街でも見て回ろうか?」
 子供は生まれたばかり。この世界の事は知らない事だらけだろう。自分もこの楼蘭という街に至っては本当に知らないことだらけなのだし、一緒に知っていくのも悪くない。
「考えるのは、これから、ゆっくりでいい」
 赤ん坊として生まれなくともこの子供はまだまだ大きくなっていく。
 今は意味が分からない言葉でもいろいろな事を学び知識を吸収する事で意味を理解し“本当の自分”を確立していくはずだ。
 すっと立ち上がりスカートについた土を払う。
「お前は―――」
「ん?」
 立ち上がるサクリファイスの行動を目線で追っていた子供が小さく口を開く。
「その羽は、お前天女か何かか?」
 サクリファイスの瞳を真剣に返していたと思っていたが、どうやら子供の視線はその後ろの黒い4枚の翼に注がれていたらしい。
「それとも鴉の類からの変化か?」
 動物が人に変身する能力を持っていることは実はエルザードでは別段珍しくなかったりする。それはここ楼蘭でも同じらしい。ただ名称が違うだけで。
「いや、私は……」
 簡単に言ってしまうと堕とされた戦乙女――堕天使なのだが、堕という言葉を聞いてこの子供がどういう反応を返すのか少々心配になりどう答えたものかと暫し考える。しかし、隠しても仕方が無いのでそのまま真実を伝えると、
「おとされた? どこからおちるというのだ」
 と、ちょっと的外れたような微笑ましい質問が帰ってきて、サクリファイスはただただ笑みを浮かべた。
「あ」
 サクリファイスは何かを思い出したように、ぽんと手を打つ。
 そう、あの物語の題名は―――
「桃太郎」
「??」
 突然のサクリファイスの呟きに、子供は首を傾げる。
「そう、桃太郎だ。桃太郎」
 サクリファイスは子供を見下ろして、嬉しそうにそう連呼した。



 見た目どおりの幼さと、やはり思ったとおり街の構成や果は道端に生える草さえも物珍しかったらしく、子供はあっちへこっちへとサクリファイスを連れまわした。
 最初のうちは口調はどこか偉そうでも遠慮がちであった子供も、太陽の光が橙色にどんどん近づいていくにつれその遠慮もなくなり、自分の好奇心が赴くままに行動し始め、そのたびにサクリファイスは肝を冷やしたり、やきもきしたりと気が気ではなかった。
 幾分知りたいと思った事興味が尽きたら桃太郎と共に、子供が生まれたあの民家へと戻れば、桃はすっかり片付けられていた。
「お! 帰ってきた」
 おーいとサクリファイスと桃太郎に声をかけたのは、記憶を遡ればこの民家の持ち主で、ポカンと尻餅をついていた男性だ。
「いろいろ相談したんだが」
 誕生の最初の言葉には吃驚したものの、この子供はきっと仙人様が子供が出来ない自分達夫婦のために遣わしてくれたに違いない。という形で結論がついたらしい。
「この子は人じゃないかもしれない」
 だけど、見た目はどこからどう見ても人間の子供にしかみえなくて。
 サクリファイスは何が起こったのか理解に及んでいないような表情の子供の背中をそっと押す。
 そして、
「立派な大人になれ」
 と、力強い天女の微笑を浮かべ、すっと踵を返してその場から歩き出す。
 そう言えば名乗ってもいなかったな。と、思いながら―――










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】桃・咲乱にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。かなりの突発開けでしたが、ご参加本当にありがとうございました。なんだかこの突発と言う言葉毎回言っているような気もしなくもないですが、気のせいにしておきます。物語りの内容の殆どをサクリファイス様が子供に寄せる気持ちを中心とさせていただきました。割愛した街風景ではきっと振り回されていたに違いありません。
 それではまた、サクリファイス様に出会える事を祈って……