<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】桃・咲乱 −弐−


 ふらり。
 と、またあの桃に壊された民家周辺へと足を運べば、周辺住民なのかはたまたプロなのかは分からないが、なんとも早い仕事で民家の修復まで後一歩というところまで来ていた。
「こんにちは」
 大工だったのだろうか? と、自分の家の修復に参加しているこの民家の持ち主――そして、現在あの桃の子供の引き取り手でもある男性にシルフェは声をかけた。
「おやシルフェさん」
 ぐいっと額から垂れた汗を首にかけている布でふき取り、家の修復を手伝っていた男性はシルフェに軽く手を上げた。
「桃助様はお元気ですか?」
 シルフェは自分の下へと歩いてきた男性にそう問いかけると、もしかして修復のお手伝いに参加しているのかしら? と、そっと視線を移動させてみる。
「あぁ、元気も元気。会えば分かるだろうが……」
 少々視線を外して言葉を濁した男性に、シルフェは軽く首を傾げて見せるが、男性がすぐさま人好きの良さそうな笑顔を浮かべて、今世話になっている家へと行ってみるといいという言葉に促され、シルフェはその場を後にした。
「こんにちは」
 修復している民家から3件ほど隣。見慣れたとはいえないが、一度見た民家の木で出来た扉を開け、シルフェは家人に声をかける。
 どうやら家人は皆で払っているのか返事はなく、その代わりにトトトと軽く駆ける様な足音が聞こえ、満面の笑顔を浮かべた少年が顔を出した。
「シルフェ!?」
「お久しぶりですねぇ。桃助様」
 上がり土で軽く身を屈めて視線を合わせようとして、シルフェは大分驚いた。
 以前の時はこうして身をかがめればほぼ同じ高さであった視線が、今では屈むとちょうど鎖骨辺りの位置に来る。
「背が……少ぅしお育ちになりましたでしょうか……」
 首を傾げつつ少ぅしと表現してしまったが、桃助は少しどころか、数日来なかっただけでいまだシルフェには届かないものの身長が大分高くなっていた。
 やはり、成長の早さが人とは違う―――
 ふとそんな事が頭の隅を過ぎったが、シルフェに取ってみれば桃助は、なんというか弟のような存在で、可愛い事に変わりない。
 歳の離れた弟のようだ。と認識した瞬間に思わず素敵と言った言葉と気持ちがシルフェの中で生まれ、つい桃助を見てにっこりと微笑んでしまう。
「お暇でしたら、少し一緒に桃まんを作ってみませんか?」
 桃助と初めて出会ったときに偶然買った肉まんを売っていた店で、あの店長さんから作れると聞いたシルフェは、どうせならば桃助と一緒に作ろうとこうして誘いに来たのだった。
 本当ならば材料を自分で買い揃えてこの場に着たかったのだが、楼蘭の文字で書かれた商札を読み解く事が出来ず、途方にくれていたところ店長が声をかけてくれたことで道が開け、そして実行にいたる。
「桃まん…という事は、あの肉まんの仲間か!」
 まん繋がりで何となく食べ物の種類を察した桃助は、シルフェの誘いに頷き、あの肉まんの仲間ならばさぞ美味しいのだろうと、作る前から出来上がりを想像して満足げに笑顔を浮かべた。
 道すがら作りかけの民家で作業中の現在桃助の父となる男性に出かけることを告げ、二人はあの点心の店へと足を運ぶ。
 どうやら意気投合した相手をどちらもしっかりと覚えていたらしく、コロコロと笑う様を見てシルフェもにっこりと微笑んだ。
「中々難しいものだな……」
 両手をいらぬところまで真っ白にしながら桃まんの生地をこねる桃助の頭をふと見下ろして、そんな一生懸命な姿に自然と微笑ましいと感じる。
「うふふ…」
 一緒に生地をこねていたシルフェは何かを思いついたように小さく呟くと同時に両手をパンと合わせる。しかし、粉が付いた両手はパフっと白い煙を両手から吹き上げた。
「どうかしたのか?」
 桃助は生地をこねる手を止めて怪訝そうな面持ちでシルフェを見上げる。
「いいえ」
 口にしてしまったほうがいいのか、それとも胸のうちで思うほうがいいのか、どっちが楽しいだろう。
 子供にはいつか訪れるであろう反抗期や、初々しい恋、桃助はどんな成長をしていくのだろう。楽しみではあるのだけれど、もしここでそれが楽しみだと口にすれば、桃助は照れるだろうか、それとも不機嫌そうな顔を浮かべるだろうか。いや、そんなの良く分からないと口にするかもしれないけれど。
 悪戯っ子という年齢をどこか一気に飛ばして成長してしまったように思えるけれど、悪戯に年齢は関係ない。流石に大人と呼べる姿まで成長してしまっての悪戯は少々いただけないが、まだこの姿ならば悪戯を行ったっていい年齢の部類だろう。
「桃助様はどんな風に成長していくのでしょうね」
 見守るのも大人の仕事だ。
 そっと頭を撫でたい衝動に駆られるも、自分の手も粉まみれ、流石にそれは止めておいた。


 あんこの煮立ては店長さんが今日の商品を作りがてら、シルフェと桃助にも分けてくれたため、小豆を仕立てる時間を省く事が出来た。
 出来上がった生地であんこを包み、桃の形に仕上げる。
 生地が淡くピンクで桃の形をしているから桃まんと言われているのだが、その実あんまんと同じである。
 お店で使っている竹の蒸し器の隅っこに今作った桃まん候補を置く。
 少しドキドキとした表情で蒸し器を見つめる桃助とふと目が合って、シルフェが軽く微笑めば桃助もつられたように笑顔を浮かべた。
 後は蒸しあがるのを待つだけである。
 点心の店先でお茶を頂いて(勿論別料金)今か今かと時を待つ。
 店長は最近増えた異国の旅人(観光客)目当てに“楼蘭名物中華まんを作ろう”体験を売り出せば、客が増えるのではないかとどこか意気揚々だ。
 そわそわチラチラと蒸し器を見つめる桃助と、お茶を飲みながらのんびり構えるシルフェ。
「そういえば」
 またも思い出したようなシルフェの口調に桃助は振り返る。
「お会いしたときの鬼さんはどうなりました?」
 あれほど頑なに鬼を退治すると言っていた子供が、今は本当にどこの家庭の子供とも変わらない“普通の子供”になっている。
「諦めたわけではないぞ」
 あ、やっぱり。と頭のどこかで思いつつ、シルフェは言葉を続ける。
「悪者を指して仰っていたのなら、ええと……」
 確か楼蘭にはエルザードとは違う悪者を示す固有の名称があったはず。
「そう、邪仙さんや妖怪さんを退治するのも鬼退治かしらと思ったのですけれど」
 沢山の人が居る場所だから、鬼と一概に言ってもエルザードでは悪者という存在とは限らないのだ。だからシルフェはそう問いかけた。しかし、
「邪仙、妖怪、鬼はまったくの別物」
 楼蘭の区別って難しいですわね。と、シルフェは頬に手を当てて軽く首を傾げる。
「邪仙であれど、仙人である御方に刃を向けることは私には出来ない」
 いや、創造主の命があれば別だけれど。
 鬼に関したような部類だけどこか大人びたような口調で説明する桃助だったが、ふと思い至ったかのように思案気な瞳で、
「もしかしたら、妖怪は鬼と言っていいかもしれぬ」
 人に害をなす人為らざるもの。
 それが一応桃助にとっての鬼だから。
「では、妖怪退治のために頑張って腕を磨いてくださいね?」
 妖怪には「人に害をなす」という形容詞がつくけれど。
「そのつもりだ」
 桃助はシルフェの言葉に、にっと笑う。
 引き取られ少しずつでも学を身に着けたことで、桃助の考え方も多少変化し深みも出てきた。
 本当に将来が楽しみである。
 いや、それは遠くない未来かもしれないが―――
「蒸しあがったぞぉ」
 店長の声が二人を促し、桃助はぱっと満面の笑顔を浮かべて蒸し器に振り返る。
 シルフェもその背中を追いかける様に席を立ち、店長が蓋を開けほどほどに蒸気が逃げた蒸し器を覗き込んだ。
「まぁ」
 パンと両手を合わせてシルフェは出来上がった桃まんに向けてにっこりと笑顔を浮かべる。
「シルフェだけずるいぞ! 私にも見せてくれ!」
 少々身長の足りていない桃助では、最上段の蒸し器の中を見る事が出来ず、不平の声を上げる。
 シルフェはそっと桃助の背後からそっと手を伸ばす。
「おぉ!」
 流石に少々重たかったが、きっと母親というものはこの重さにさえも幸せを感じるのだろうと思えば、手にかかる重さは成長の証と思う事が出来た。
 店長が長年の仕事で身についたその手の皮の厚さで、熱さをものともせずに二人が作った桃まんをいつもの紙の袋に入れると、それぞれに手渡す。
 初めて作った桃まんをあの男性にも見せるのだと言った桃助の意を酌んで、シルフェと桃助は店長にお礼を告げると、民家へと帰る。
 作った桃まんを見せれば、男性は良く出来たと微笑んで桃助を誉めた。あんなにも突然であったのにちゃんと親子になっている。
 帰ってきた民家の戸をあけて、桃助は振り返る。
「楽しかった。ありがとう」
 そして剣術の稽古に励むのだと口にした。
「今はまだ大きくなるのが一番な時期ですから、焦っちゃ駄目ですよ」
 ね? と、腰をおり桃助の瞳を覗き込み、シルフェは伝える。
 一瞬桃助は瞳を大きくし、少々躊躇いがちに泳がせた後、分かったと口にする。
 その返答にシルフェは満足してにっこりと微笑んだ。
 家人が帰ってきていたらしく、桃助は手伝いを頼まれシルフェの手から離れていく。
 振り返り聞こえた挨拶に、挨拶を返して少々寂しさも感じつつシルフェは民家を後にした。







☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】桃・咲乱にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。その後の桃助の様子でしたが、この調子ですと次がございましたら桃助はもう大人ですね。運が良ければ創造主と出会うことも可能でしょう。想像を巡らしていただいて当たれば名前も出てくるかと思います(いえそんな難しい事ではないですが)。
 それではまた、シルフェ様に出会える事を祈って……