<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


+ 魂遊び−解決編− +



■■■■



「私の名前はリビア。一連の事件の犯人は私です」


 先日の事件の後連れて来られた少女は自身の事をそう名乗った。
 エスメラルダに出されたスープを啜り飲む。お腹が空いていたのか、すぐに飲み干してしまった。


「私は『アレ』に操られ、沢山の魂を抜きました」
「……アレって?」
「……恐ろしいものです。私にもアレが何だと言って良いのか全く分かりません……、ただっ!」
「ただ?」
「私は探していたのです。私のあの姿を見て決して物怖じせず立ち向かってくれる人達を……ッ!!」


 唇を噛み、肩を震わせる。
 がたがたとカスタネットのように鳴る歯が彼女の怯えを表現していた。エスメラルダは背中をそっと撫で、落ち着くように導いてやる。何とか落ち着いた少女は再び語り始めた。


「……今の私は『完全』では御座いません。先日の一件により、私の一部が具現しただけの存在なのです。残りの私は今あいつらの元にいるでしょう……」
「あいつらって、誰?」
「…………私の父と、その友人達、です。いいえ、父は『友人』だと言いましたが、本当はそんな言葉で括ってはいけないッ。あいつらの中身は魔属です!!」
「落ち着いて、ちゃんとお話して貰えるかしら?」
「父は、私の身体の中には『神』の血が流れているのだと言うのです。……母側の血族が太古の昔、このソーンとはまた別の異世界からやって来た『神』と交わったシャーマンだと言う事は母から聞いていました。ですから、そのことを言っているのだろうと、思っていたのです……ですが、真実はそれとは違うところにあったのですッ」


 膝の上で握り拳を作り、表情を硬く強張らせる。
 状態は思ったよりも深刻らしく、少女の幼い心を病ませていた。呼吸をするのも辛いらしく、ぜぇぜぇと荒い息を吐く。胸をしきりに叩いて、顔を振った。


「……父は友人達と協力して、私の中にその異世界の神を蘇らせようとしているらしいのです。魂はそのための生贄……」
「寂しい人ばかり選んでいたのは、何故?」
「恐怖という感情に満ちた魂こそが彼らが言うには『最高級品』だからです。その中でも寂しい人の場合、恐怖よりも『絶望』を感じている場合が多いのです」
「でも、先日調査してくれた人は貴方が寂しい人を守るようなセリフを言ったと」
「……私の中に確かに『何か』がいます。自分以外の意識が存在しているのを感じております。毎日毎日薬を飲まされて、眠らされ、そして起きた時にはその何かが大きくなっているのも感じていました。でも気のせいだろうと思っていたのです。儀式の最中に目が覚めるまで」
「儀式……貴方の中にある神の血を蘇らせるものかしら?」
「その神が『善神』ならば、何故魂など必要にするのでしょう!? どう考えてもその神は『悪神』としか思えません!! 父が友人達と行なっていたこと、それは……」
「それ、は?」


 二人の間に緊張が走る。
 少女、リベアは言った。


「彼らの目的は魔属と悪神と人との融合種を生み出し、世界を作り変えること」
「そんなっ」
「本来ならば有り得てはならない禁断の領域です。しかし父は…………そのために、母を、利用した、のです……。幼い子供ならば順応性が高いですから、すでに神と人の血を持った母に近付き、私を成しました」
「貴方のお父上は……」
「はい、私も信じたくないのですが……『魔属』です。そして友人達も……」
「そういえば、調査結果の中に『丘の上の貴族はパーティ好き』だとか、『お屋敷のお嬢さんの体調が悪い』とかあったわね……」
「……それも多分、関わりがあるのでしょう」


 ほろほろと涙を零しながら少女は語り尽くす。
 すでに自分の中に存在している三つの血筋を憎く思うのか、一度がんっと拳を膝に叩きつけた。ぐしぐしと瞼を擦り、涙を拭く。エスメラルダはごくっと唾を飲み込んだ。


「今の私の大部分を作っているのは人と魔属の血です。薄れた神の血を取り戻すため、父達は意識を失わせた私に魂狩りを命じました。私にはその意図は良く分かりませんが、中に潜んでいる『何か』は其れを望んでいます」
「魂達は、もう吸収されてしまったのね?」
「いいえ、魂達はまだ集められているだけです。確かに飲み込んだ風に見えるのですが、私の中には其れを受け入れるだけの容量はまだ有りません。ですから抜かれた魂はまだ無事です」
「そう、それは良かったわ」
「お願いしますっ! 何があっても決してひるまず『アレ』と父達に立ち向かう人を集めて下さい! 情報ならば、私が知っている全ての事をお話致しますから……ッ」


 エスメラルダの手を取り、懇願する。
 そんな彼女の手を握り返し、エスメラルダは頷いた。手に込められた力はとても強い。それだけ彼女は怯えているのだろう。そんな少女をそっとベットに寝かせ、子守唄を歌ってやる。
 そうして少女が眠りに付いた後、エスメラルダは王室へと連絡を取った。


 数日後。
 依頼人である王室騎士がやって来た。彼はエスメラルダに「裏づけが取れた」と発言し、依頼書を渡す。
 依頼の内容は簡潔に一言。


『一連の企みを阻止せよ』


―――― 今、冒険の幕が切って落とされる。



■■■■



 依頼を受けたのは三名。
 その一人であるナーディル・Kは空を見上げる。雨は少女が具現したあの日から降り続け、止む気配がない。雨避けのフードがあまり役に立たないと思わず苦笑してしまった。それから残り二名の方に視線を向け、唇を開く。
 少女、リビアが唯一の女性であるナーディルの隣に寄り添うように立っていた。


「貴方も参加したのね、オーマ」
「ああ、あの状態で終わらせるなんて真似出来るかよ」
「そうね。私も前回と引き続き、参加させてもらうわ。こんなに可愛い子に酷い事して、ガツンとギャフンと言わせたいから。そしてそっちの貴方。お名前、もう一度お聞きしていいかしら?」
「俺の名前は安宅 莞爾(アタカ・カンジ)だ。呼び名はアタカ、で構わない」


 オーマと呼ばれた青年は腕を組みながら目を細める。
 彼は今回の件に関する調査を行なった一人だ。リビアを具現化させたのも彼が持っていたルベルアの花。空を仰げば寂しそうに空が泣いている。目を伏せて雨を眼球に入れぬように気をつける。身体中に降り注ぐ雨はオーマの心に何かを宿らせているようだった。


 一方安宅は元々羽織っている紅蓮の外套を僅かに引き寄せ、顔に影を落とす。
 目の前に聳え立っているのは貴族の屋敷。彼は其れを見上げ、溜息をはいた。依頼内容を頭の中で復唱する。今回の事件は彼の耳にも届いており、唇をがりっと噛んだ。
 隣を見遣れば王室から派遣された騎士達が突入命令が下る時を待っている。話を聞くと、騎士の何人かも調査の段階で魂を抜かれたらしい。
 緊迫した雰囲気が辺りを覆う。


「大丈夫?」
「ぁ……だ、大丈夫、です」
「嬢ちゃんを休ませてやりてーのは山々何だけれどよ。この屋敷の内部は流石に調査し切れなかったみてーだな」
「いえ……大丈夫です。案内くらいは出来ますから……。本当に今回の件に関しては申し訳御座いません」
「ところで一つ聞きたいのだけど、良いかしら?」
「あ、はい。なんでしょう?」
「貴方のお母様は健在かしら?」
「……いいえ、数年前亡くなりました。その死も病気だと言われてますが……今考えれば健康だったお母様が突然亡くなったのです。病気だと言われてから死ぬまでの期間も短かったように思えますし……もしかしたらお父様が……」
「おい……そろそろ突入するらしいぞ」


 安宅の言葉に三人は顔を屋敷へ向けた。
 騎士長らしき男が剣を抜き、屋敷へと振り下ろす。
 その瞬間。


「突撃ぃー!!」


 討伐隊が勢い良く走り出した。



■■■■



「誰だッ!!」


 先頭を切って単身侵入した安宅が屋敷の召使に見つかってしまう。だが彼は懐からさっとゴミ袋を取り出した。そして。


「……本日のゴミ捨て当番の一人だ、気にするな」
「……あ、ああ、そうか。それはすまな……ってそんなわけないだろう!! 誰かぁー!! 不審者が入り込んでいるぞー!!」
「ちぃッ!!」


 声を聞いて集まってくる他の使用人。
 彼らはただの人間なのかもしれない。もしそうだとしたら迂闊に怪我はさせられない。だが、捕まるわけにもいかない。安宅は声をあげた使用人の口を封じ、そのまま相手の首に手刀を落とした。気絶した使用人を優しく床に寝かせ、誰もいない部屋へと隠れた。ばたばたと走り去る足音を聞きながら様子を見る。それから駆け込んだ部屋を見渡せば、別段変わったことなどないことに気が付く。イメージしていたのはいかにも妖しいことをしているといった魔属の館。
 安宅は置かれている棚に手を添え、その中に収まっている本を手に取ってみた。其れは他愛のない小説で、屋敷だけを見るのならば本当に一般貴族の屋敷だと言うところ。
 だが、彼はふとあることの気が付く。取った本の後ろの方に何かが光って見えたような気がするのだ。何だろうと周りの本を崩すように奥を開いた。
 が。


「いたぞ、此処だ!!」
「ッ、ち、見つかったかっ」
「主人の命令が下ったぞ。『出来るだけ殺すな』だそうだ」
「ヒッヒッヒッ!! 出来るだけ、ねぇ?」
「ぎゃっはっは!! ご主人様は禁欲的だが、我々はそうではなぁい」


 扉を開けて中に入ってきたのは三匹の魔属。
 背中に大きな蝙蝠羽を生やし、骨格が角ばったモンスターだ。彼らはばっさばっさと羽ばたき、浮き上がる。安宅は身体を構え、目の前の敵を見遣った。相手は自分を殺す気なのだろう。ぐっと唇を噛み、息を吸う。当然依頼を受けた瞬間から命の危険性など覚悟していた。腰に差してある剣の柄を掴み、鞘から抜き取るとそのまま外套の中に隠しこむ。


「やれぇえええ!!」


 声とほぼ同時に三匹が襲い掛かってくる。
 安宅は一度瞼を下ろし、そしてすいっと刀を真横に滑らした。そして……――――放った。


 其れは安宅の攻撃技、水穂薙。
 剣を真横に薙ぎ、地を這う衝撃波を放つと言うものだ。室内にて使用したため通常よりも僅かに弱いものであったが、それでも下等モンスターには充分。


「きぃいいいいぁああああッ……ァア!!」


 彼らは甲高い声をあげながら身体を二つに割る。
 ぼたぁ……とどす黒い血を零しながらその場にばたばたと勢い良く崩れた。其れを確認すると体勢を直す。死臭の香りに顔を顰め、顔を背けた。分かってはいても命を絶つことは好きではない。


「………誰がどうあろうと凡庸な個人に過ぎない。秀でた能力や御大層な化け物がそれを覆す事は無い。力を持つ事が何らかの宿命ならば、それで出来る事だけをすればいいだけだ」


 呟きながら先程見つけた本棚の奥のものを手で掴む。
 其れは何かの引き金だった。


「しかしまともな人間にも理解出来るとは思えんな、俺には今回の首謀者がただのイレギュラーにしか見えん。……俺的には目の前に敵が現れたなら、己が実力で斬り崩す、までだ……!! 」


 ゆっくりと手前に引き寄せ、様子を見遣る。
 すると棚が二つに分かれ、新たな道が現れた。棚に手を掛け、中を覗く。どうやらリビアの言っていた儀式の行なわれていた場所に続いているようだった。ふぅっと息を吐く。それから刀を鞘に収めると、そのまま中へと進むことにした。



■■■■



「……道ってのはよ、ひとつでもあり無限でもありやがるモンなんだぜ」


 オーマは目の前に立ち塞がる魔属の使い魔達に向かって呟く。
 顔に影を落とした彼はぐっと拳を作り、それから開いた。普段は温厚で人情味溢れる筋肉マッチョ親父性格な彼だが、今の彼はそんな雰囲気など一欠けらも纏っていない。彼は一人で追っ手を食い止めると言い、他の面々を先に行かせた。ナーディルに寄り添いながらも、心配そうに何度もリビアが振り返っている様子が思い出される。


 彼にもまた妻がいる。
 そして子供がいた。
 だが其れは彼の種族上、禁忌、である。禁じられた行為であってもオーマは妻を愛し、そして子供を大事している。家族と言うものを得た彼は誰よりもその絆の深さ、そして命の尊さを知っていた。だからこそ、今回の件では彼の中には『怒り』が渦巻いていたのだ。


「悪ぃが、本気で出させて貰う。安心しろ、殺しは嫌いなんでな。命は奪わねぇ……。だが、お前らの企みも成就させねえッ!!」


 妻を思い出す。
 子供を思い出す。
 家族の愛を、絆の意味を思い出す。


 手の中にレーザー銃を具現させ、力強く構える。
 光属性の其れは決して命は奪わないように調節されていた。何十匹と集う使い魔達もまた其れを見て、威嚇を始めた。キィキィと何かが啼く声。耳鳴りのような鳴き声を聞きながらオーマは銃を放つ。
 ばたばたと倒れていく使い魔。


「……ッ、決して利用していいもんじゃねえんだよ……っ。そんなもんに、価値などありえねえ……!」


 愛の大切さを教えてくれたのは妻だった。
 命の尊さを教えてくれたのは子供だった。
 家族を与えてくれたのは二人、だった。


 守りたい。
 ずっと守ってやりたい。


 禁じられただなんて言葉で締め付けられないで、もっと自由に過ごしていたいじゃないか。抱き締める心地良さを知っている。愛を求められる心地良い束縛を知っている。だからこそ、家族が利用されるだなんて許せなかった。


 最後の一匹が崩れ、その場には気絶した使い魔の山が出来ていた。
 だが、オーマの心の中には嵐が湧いていたままだ。銃を収納し、それから山を背に歩き出す。
 だが、数歩歩いた彼はガンッ! っと壁を殴った。


「……禁忌なんてな、其処に愛があれば関係ねえんだよ」


 それは誰にも届かない密かな彼の悲鳴――――だったのかもしれない。



■■■■



「ナーディル殿! 此処は我々が食い止めます!」
「駄目よ、私も貴方達と一緒に戦うわっ!」
「いいえ、貴殿はリビア殿と一緒にこの屋敷の主の所へ行って下さい! 我々が死んでも、誰かが企みを止めて下さればそれで良……ぐぁああああ!!!」


 ナーディルとリビアの目の前で騎士が倒れる。
 彼の背中からは血が勢い良く零れ、辺りを真っ赤に染め上げていた。ぐっと息を飲み、目の前を睨む。
 其処に居たのは。


―― 貴方、寂しい人?


 リビアの半身、だった。


―― あら、そちらの女性はこの間逢った人ね。
―― こんにちは、そしてお久しぶりね。『リビア』。
―― 優しい貴方ならこの屋敷に戻ってくると思っていたわ。
―― お父様が貴方を呼んでいるの。そして……私も逢いたかった。


 彼女の手は血に塗れ、にたぁりと微笑む。
 見れば爪が鋭く伸び、まるでそれ自身が小さな刀のように鋭く尖っている。彼女は倒れた騎士の傷を踏み、そして跳ねる。彼女だけ見れば其れは華麗なダンスステップ。だが、舞台は騎士の身体。彼女の爪先が跳ねる度にぐちゅぐちゅと音が立ち、そして騎士の手先が痙攣していた。


「遊ぶのは止めなさいっ! 貴方は利用されているのよっ。お父様がしていることは悪いことなの、それはわかっているでしょう!?」

―― でもお父様だもの。
―― お父様が望むんですもの。

「駄目ッ! 絶対に許されることじゃないっ……融合種を作り上げて世界を作り変えるだなんて、そんなこと、決して許されたりなんかしない……ッ!!」

―― どうしてそのことを知っているの?
―― ああ、『リビア』が教えたのね。
―― 悪い子ね。お父様が悲しむわ。


 がんっと騎士を蹴り飛ばし、少女が寄って来る。
 ナーディルはリビアを抱き寄せ、背後に回す。出来るだけ半身から遠のけるように守ってやる。ナーディルの背中から覗く様にリビアが顔を出していた。だが、小刻みに震えているのは触れている手先から分かる。半身の向こう側では使い魔達と戦っている騎士兵達が見える。こちらに援護を出そうとはするのだが、阻まれてしまい中々助けが出せない状態だ。ナーディルは自身の短剣を構える。
 だが。


―― さあ。
―― 『私』を返してちょうだい。


 足元から膨らむのは影。
 自身と同じ輪郭、同じ能力を写し取った虚像だ。其れはナーディルの腕を掴み、短剣を奪おうとする。彼女はその影を切るが、其処は影。決して形を成しえない其れはすぐに形を回復させた。リビアの方にも同じ様な影が襲い掛かる。ナーディルは少女の手を掴み、走り出す。後ろからは使い魔と、影、そしてリビアの半身が追いかけてきた。


「ナーディルさん……っ」
「聞いて、リビアさん。私もね、エルフと人間のハーフなの。知ってるかもしれないけれど、禁忌と呼ばれる種族よ。私もこの身に流れる二つの血を憎んだことがあるけど、いくら時間がかかっても、乗り越えないと何も始まらないのよっ……」
「……っ、ぅ」
「自身の境遇を悲観するだけじゃ駄目よ。そんな弱気じゃ何も変えられない。良い、聞いてね。私は今からあの子と戦うわ。それが原因でケガをしたとしても、リビアさんの痛みに比べたら、大分マシ。気にせず振り返らず走って逃げてね。そして他の人と合流しなさいっ。そして最後に……この前のエスメラルダさんとの会話。立ち聞きしてしまったわ。ごめんなさいね」
「ナーディルさん!」
「行きなさいッ!!」


 ナーディルは立ち止まり、再度武器を構える。
 使い魔達が彼女を襲う。其れを薙ぎ払いながら立ち向かっていく。自分の中で何かが蠢く気配がする。それは彼女の中で『狂い』が発生している証でもあった。狂化と呼ばれるもの。一度起こってしまえば彼女自身では制御不能になってしまう其れを恐れる。出来るだけ精神を安定させるため、目を見開いて敵を睨む。現実から逃げないために、何よりも……リビアのために。


 今日は血を沢山見た。
 人が傷付くのを目の前で見た。
 覚悟はしていたけれど、それでも自身の中に在る血を憎む。


 ふと、目の前の少女が顔を上に持ち上げる。
 それからふらっと身体をゆら付かせた。


―― お父様。
―― 呼んでるわ。お父様が、私を。
―― 行かなくちゃ。お父様が呼んでくれているんですもの。


「待ちなさい……っ!!」


 リビアの半身はそのまますぅっと消える。
 彼女を捕まえようとナーディルは手を伸ばした。完全に消える瞬間、彼女は少女を捕らえる。そして、同時に消えた。



■■■■



 三人が各自のルートで其処にたどり着いた時、其れは始まっていた。
 祭壇の上にはリビアだと思われる少女の姿が寝転がっている。どうやらナーディルに逃がされた彼女は運悪く逃げ切れなかったらしい。周りにはリビアの父親とその友人だと思われる魔属が輪を描くように立っていた。リビアに捕まって転移してきたナーディルは半身がその祭壇に近付こうとするのを止める。だが、少女は腕を持ち上げる。その瞬間、勢い良くナーディルの身体は壁に叩きつけられた。


「ッ、はぁ!!」
「ナーディル!! くそっ、始まってたかっ」
「あいつらが今回のボスか……人間型を取っているタイプは位が高いと聞くが、やっていることはセコいな」
「大丈夫か、ナーディル。取り合えず応急処置をしとくぞ……」


 転がったナーディルを抱き起こし、オーマが持ち前の医療技術でてきぱきと処置をする。安宅は剣を構え、そのまま衝撃波を放つ。だが先程よりも衝撃は大きいはずなのに彼らは手を持ち上げただけで其れを消し去ってしまった。


「一応、それなりの力は備えていると言う事……か。面白い」
「……貴様らが今回の討伐隊の残りか。三人しか辿り着けないとはとは……哀れよのう。さあ、リビア。こっちにおいで。お前の半身が待っている」
「っ、行っちゃ駄目っ!! 駄目よ、従っては……駄目……!」


 痛みに耐えながらナーディルが叫ぶ。
 オーマに支えられながら立ち上がる。彼もまた静かな怒りをその身に宿したまま、目の前の魔属達を睨んでいた。


「あんたが嬢ちゃんの父親か? そして……今回の元凶か」
「……いかにも。さて、始めよう。もう最終段階に入った。あとはお前だけだよ、リビア」


 父親と名乗る男性が少女に手を差し出す。
 だがオーマはリビアの半身の前まで駆け、二人の間に立ち塞がった。ナーディルもよろめきながら同じ様に歩む。そして少女の半身を抱き寄せ、父親を睨みつけた。安宅はそんな彼女二人を守るようにさり気なく前に立ち、剣を構え直す。
 オーマは指を付きつけ、父親に向き合った。


「ッ、何を根拠に融合種で世界が作り変えられると!? 神の血を宿しているならあんたの妻はあんたが魔である事に気付いていたかもしれねえじゃないか! それでも……その目的を知っていても全てを受け入れてお嬢ちゃんを産んだんじゃねえのかよ!」
「そうよっ、その可能性は大いにあるわ……っ。思い出してみなさいよ」
「確かに。神の血が薄いとは言っても相手は妻になるような女性だ。気付いていなかったとしてもあんたの事を愛してなかったら結婚など考えないだろうな」
「思い出せっ、妻の愛、そしてその想いによって子供が生まれた瞬間の事を……っ! そしてその産声聞いた時のあんたの心を出してみろッ、愛したんだろう!? あんただって、この子の母親を愛したんだろう!? 自分の心と向き合ってみろ……ッ!!」


 大声で彼は伝える。
 その言葉に父親が一瞬揺らぐ。
 其れをオーマは見逃さなかった。


「この子は、あんたを愛してる。だから、父親であるあんたを信じて、喜ばせたくてこんなことをしているだけじゃねえのか!」


 びくっとナーディルの腕の中で半身が震える。
 そしてふわぁっと空気に溶けるように消えた。当然慌てたのはナーディル。それから祭壇へと目をやると、リビアがふわりと目を開いているのが分かった。起き上がろうとする彼女を傍に居る魔属達が支えようと手を伸ばした。だが、緩やかに持ち上げられた手が何かを発する。
 その瞬間、彼らは一瞬にして倒れた。悲鳴をあげることなく、意識を失った魔属達。父親は一瞬驚いたかのように表情を固めた。だが、愉悦に浸るように笑顔を浮かべると、高笑いを響かせた。


「あっはっはっは!! リビアよ。ついにっ……!!」
「もしかして覚醒しちゃったの……ッ!?」
「くそ、こうなったら戦うしかないな」
「待て、様子が可笑しい」


 そっとオーマは手を真横に出し、安宅の攻撃を止める。
 リビアはふわりと祭壇から降り、僅かに浮きながら父親の前へと近付く。それを優しい笑みで迎え入れる父親。両手を広げ、そして少女を抱き寄せる。リビアは顔を持ち上げ、唇を開いた。


―― お父様。
―― お止め下さい。
―― 大好きよ。
―― これ以上は見たくない。
―― 愛してるわ。
―― 悲しいことはしたくないの。


 其れは本心。
 彼女の中で二分化されていたリビア達の言葉。交互に放たれる感情を前に父親が言葉を失った。少女は父親の背中を掴むように腕を回す。ぎゅぅっとまるで甘えるかのような行動。父親もまた強く彼女を抱き締めた。


「リビア」
「……お父様。お母様を愛していた?」
「……リビア」
「それともお母様の中にあった神様の血と、結婚したの?」
「リビ……」
「私は、お父様の道具なのですか?」
「……っ、く」
「教えてお父様。お母様が亡くなった時にお父様が見せた涙は……本物なの? それとも、お母様が死んだ原因もお父様、なの?」
「違うッ! アレは……お前の母は……」


 言葉を詰らせる。
 だがゆっくりと息を吐き出し、言葉を続けた。


「お前の母は、寿命で死んだんだ……」
「嘘ッ! そんなはずない、お母様はまだ若かったわ」
「お前の中に在る神の血がそうさせたんだよ。お前は勘違いしている、そして……後ろの方々も」
「勘違い……?」
「お前の中にある神の血はあまりにも強すぎるんだ。だからこそ、大部分人間として形成されている肉体の方が耐えられない。調べてみれば分かることだが、母親側の血筋は皆若くして亡くなっている。神だ神だと崇められていても、人間として暮らしているものにとっては其れはただの『毒』だ。だからこそ、私は秘密裏にお前を助けたかった。こんなことお前は決して協力してくれないと、思ってね」
「お……父様」
「……融合種としてリビアを覚醒させ、寿命を延ばしてやりたかった。其れが出来ぬならば、出来るだけ魔属に近づけてやれれば……と。友人達は私の嘆きを知って協力してくれていただけだ。世界とはリビアの生きる世界のこと、つまり寿命のことだ。リビア……言葉を違えたね?」


 父親は苦渋の表情を浮かべる。
 血を浴び、魂を飲み込めば心身共に魔に染まっていく。神の血を薄め、娘を守ってやりたかったのだと彼は三人に、そしてリビアに零す。彼は娘を強く抱き締め、唇を噛む。


 だが、父親としての愛情として認められるのは何処までだ。
 其れが娘を想って起こした行動だと許されるのは何処までだ。


 同じ『父親』としてオーマは非常に複雑な心境に立たされる。ナーディルもまた禁忌として崇められている種族である自分を重ね、寂しさが一気に胸を満たした。安宅は腕を組み、二人を見下げる。今回の出来事は全て愛情だと片付けて良いのか、それを考えていた。
 三人がそれぞれ複雑な思いを抱えていると、リビアは父親から身体を僅かに離し、そして手を振り上げ……。


 パァン……ッ!!


 思いっきり平手打ちをした。


「お父様。私は家族です。貴方の娘です」
「リビア……」
「そしてお母様は貴方の妻で、恋人だったのでしょう。ですから私は今回のことに関しては本当に許せません。罪は罪です。ですからお父様は裁きを受けなければいけません」
「……」
「でも一人では裁かせません。……勘違いしていた私も罪人。お父様と一緒よ」
「違う、お前は私に操られ……」
「家族が離れるのはもう嫌なの。お父様」


 リビアは微笑みかける。
 父親はそんな彼女に言葉を失った。幼いと思い続けていた娘がいつの間にか強くなっていたと知った瞬間だ。リビアはもう一度質問をする。


「お父様。お母様を愛してました?」


 父親は僅かに照れるように答えた。


「……今でも、愛してるよ」


 その言葉にほぉっと胸を撫で下ろしたのは何故かオーマ。懐からハンカチを取り出すと、親子の和解に感動し、あふれ出した涙を拭った。ナーディルと安宅は顔を見合わせ、肩を竦める。
 裁きは当然受けなければいけない。
 だが、真実は暴かれた。隠されていた事実は晒された。


 今はそれで、充分……だった。



■■■■



「お疲れ様。騎士さん達の報告によると魂は持ち主の元に戻ったらしく、皆時間差こそあれど次々と起き出したらしいわ。騎士さんの方は負傷者は沢山出たものの、運良く死人は出なかったとのことよ。どう、少しは安心した?」


 黒山羊亭のエスメラルダがくすくす笑いながら報告してくれる。
 其れを聞いたオーマとナーディルは嬉しそうに綻んだ。安宅も表情には出ていないが、安堵の息らしいものを零す。何は兎も角、死者が出なかったことは喜ばしいことだ。


「リビアさんのことだけど、結局彼女は魔属としても神としても覚醒しなかったことってことよね?」
「まあ、其れが妥当だ。生まれ持った境遇を嘆くだけじゃ駄目だが、今回みたいに悪い意味で歪めようとするのはもっと駄目なことだからな」
「馬鹿らしい。本人が望んでいないことをするからだ」
「だが、彼女はすでに神と魔属と人間の三つの血が混じってる。魔属の血の分、お母様よりかは長生き出来るかもしんねーねぇ」
「そうだと良いわ」
「ふん……」


 報酬を受け取った三人は各々感想を漏らす。
 それから立ち上がり、黒山羊をあとにする。オーマが、ナーディルが、安宅がほぼ同時に顔をあげる。雨は顔に降り注がない。雲が太陽を隠すこともない。そう、それは快晴の証。


「あー、空が晴れたねぇ……」


 本日は晴天なり。
 聖都エルザードを覆っていた闇は今、晴れた。



……Fin



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3249/安宅・莞爾 (アタカ・カンジ)/男性/22歳(実年齢22歳)/異界人】
【2606/ナーディル・K/女性/28歳(実年齢28歳)/吟遊詩人】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(腹黒副業有り)】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、今回参加有難う御座いましたv
 安宅様の初の作品だとのことで内心こんな内容で大丈夫かしらと心配しております;ゴミネタに関してはちょっと笑わせて頂きました!