<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ファムルの診療所〜ファムル特訓編!?〜』

 その日は、診療所を開けて直ぐに、客が訪れた。
 最初の客は、満身創痍の漢であった。
 ドアを叩く力強さ、自分の二倍ほど質量があると思われる体躯。
 ファムル・ディートは彼の姿を見、思わず苦笑い。
 やはり今日の客も男か。
 やはり今日の客も漢だ!
 こんな小汚く、異臭漂う診療所に女性が近付くはずはないのだ。
 そこに気づかないファムル。
 いや、女性であれば誰でもいいわけではない。
 最低限自分の仕事に対して理解のある女性でなければならない。
 ならば、ならばこの診療所を訪れ、自分の診療を受けるのは運命の相手として当然の摂理なのである!
 ……などというファムルのわけの分からん思考回路はおいといて。
 今日のお客も男性である。
 彼とは初対面ではない。
 以前、依頼を受けてもらったことがある。
 その時の報酬として渡したデート券で、なにやら一騒動あった気もするが、もう過去のことだ。
「君は確か…オーマ・シュヴァルツ君だね?」
 実年齢でいえば、オーマの方がずっと年上なのだが、外見年齢はファムルの方が上である。
「治療を頼みたい」
 筋肉の塊が転がるように入ってきて、でんと丸椅子に腰掛ける。
 むわあ〜と辺りに充満する漢臭。
 何せこの家には男しかいない。
 ペットの子犬もオスである。
 たまに冷やかしに来るダランという少年も男である。
 古い建物に染みこんだ薬品と男の臭い。
 そこに、疲れか怪我か、体中から漢臭を発する男が乱入したのである。
「最近開発した……と……」
 最近開発したばかりの特効薬が戸棚の一番上にある。
 ファムルの指がふるふると震える。
 濃密な漢臭に、意識がふわ〜っと遠くなる。
「早くしてくれんか!?」
 意識を失いかけるファムルの両肩をつかみ、ガクガク揺すり、更に男臭をかき混ぜるオーマ。
「やめんか!!」
 ヅコン! ドゲシ! グシャ!
 突如、物凄い音がした。
 近くに雷でも落ちたかのような轟音に、ファムルの飛びかかっていた意識が戻る。
 ハッキリした意識の中、ファムルが最初に見たものは……綺麗な女性であった。
「美しいお嬢さん。この度はどのようなご用件でこちらへ? 何でしたらこんな狭いところではなく、奥の研究室で思う存分何時間でも何日でも相談も悩みも将来の夢もスリーサイズも全てお聞きしましょう!」
 きゅっと目の前の女性の手を掴むファムル。
「古くからの友人が入っていくのを見て、追ってきただけよ」
 青い瞳をきらめかせ、にっこりと微笑んだのはユンナという女性だ。
 足の下には、大きな筋肉の塊が湯気を上げて転がっている。床が抜けて体が嵌っているようだ。
「そ〜うですか、実はオーマ殿には以前大変お世話になったことがありまして。今日はそろそろ閉めようと思っていたところですから、奥で3人でお話でもしましょう。ああ、オーマ君は治療が必要だから、ここで自分で治療されるがよろしい。医者なんだし。ささ、お嬢さんは先にこちらへー」
 ファムルはユンナの肩を抱いて、彼女を奥の応接間へと案内するのだった。

 この診療所とファムルの研究の状況は建物を見ればわかる。
 オーマの知り合いうことで、ユンナも彼の話に耳を傾けることにする。もっとも、交際の申し込みや誘惑については、さらりとかわし続けているのだが、あまりしつこいのでちとウザイ。
「美容系スキンケア商品なんて開発してはどう? 女性に人気が出れば、女性客も増えるんじゃないかしら?」
「なるほど」
 ファムルはポンと手を打つ。
 そう、女性に目を向けてもらいたいのなら、女性向けの商品を作ればいいのだ。どうしてそんな簡単な事に気づかなかったのかっ。
「しかし、開発する資金がない。試供品を作っても、試してくれる女性がいない。なにより女性がどんなものが欲しいのかわからんのだ!

 ぐぐっと、ユンナの手を掴むファムル。
 にこにこ笑みを浮かべたまま、ユンナはファムルの指を剥がし、棚に置かれている薬に目を向ける。
 そこに、治療を終えたオーマが現れ、ユンナの視線の先を見る。並んでいるのは、脂肪を分解する薬のようだ。
「なんだ、ダイエット薬ほ……」
 ズゴン! ユンナの踵落としがオーマにクリティカルヒット!
 応接間床も抜けてしまったっ。
「ひっ」
 ファムルは本能で飛び上がる。
「何でもありませんわ。気にしないで。うふふ」
 笑顔で誤魔化すユンナ。
「と、と、とりあえず、な、何故か床が抜けているからな。修理せねばな、いや、修理するにも金がない。ええっと、どうして床が抜けたのかなぁ? いや、力のある女性も魅力的だな、うん。はははっ」
 修理費を出してくれとはっきりと言えず、すこーし後退りしているファムルであった。

 さて、ファムルと彼の家の深い事情を聞きだしたオーマは、ファムルを商店街へと連れ出した。
「立派な下僕主夫になるには、良い品をいかに安くかうか、だな」
 ファムルを明日の聖筋界担うヤバせくしー錬筋下僕主夫師にさせるべく、人面草霊魂親父アニキ集団を連れ、一向マニアックなセール会場へ入り込む。
「ごおおおおお」
「ぎゅわわわわ」
「ひょげーーー!」
「ぶひょーーーー!」
 会場には、意味不明な奇声が飛び交っていた。
「な、なんだここは?」
 会場は男だらけだ。
 マニアな男性が喜びそうなものから、日用雑貨まで置かれているでぃすかうんとすとあーだ。
「もうすぐ限定品が販売されるはずだ、見事ゲットしてみせよ!」
「いや、無……うわっ」
「さーて、今日のメイン商品。主夫には欠かせない風呂場ぴかぴっか君、10個限定9割引だー!」
 人面草霊魂親父アニキ集団に取り囲まれ、ファムルは限定品を振りかざす店員の下に連れられていく。
 その姿は、桃色ふりふりエプロン三角巾姿。会場に入る前に、オーマに着せられたのだ。
「ふぎゃ、ぐぎゃっ、ぷしゅる〜」
「下僕主夫にはまだ遠いな」
 押され、転がり、踏まれているファムルを腕組みしながら、オーマは暖い目で見守っていた。
 
 商店街は桜祭りが開催されており、大賑わいだ。
 テナントを募集している貸店舗で、この期間だけイベントを催されている。
 オーマは、既にへろへろ状態のファムルを引き摺るように連れ、人面草霊魂親父アニキ集団と共に、会場へ導く。
「先ほどの買物は、結婚後らぶはにーに買物出撃命令されし場合の為の訓練だ」
「その前に相手が……」
「いや、その前に訓練だ! 立派な下僕主夫スキルを身に着けずして、相手が現れるわけがない!」
 ファムルを一喝して、オーマは会場に押し入れる。
「う、うぎゃああああーーー」
 ファムルは人面草霊魂親父アニキ集団に取り囲まれながら、イベント会場……お化け屋敷へと連れ込まれていく。
「これは、結婚後はにーにナマ絞りされる故耐得る起き上がりこぼしラブボディ鍛える試練だ。ゆけ! 頑張れ未来の下僕主夫!」
 獅子の子落としの如く、オーマはファムルを見送るのであった。
 つかつかつかつか。
 脳裏に直接足音が響く。
 漢達入り組み、漢の絶叫響きまくる筋肉の部屋に、表情一つ変えることなく入ってゆく女性が一人。
「ぎゃー、お化けぇ」
 寧ろお前の方が怖いといわれんばかりの形相で逃げる男に、ちょい(ガツン)と触れて、どいていただき(蹴散らし)、目的の人物を漢達の中からつまみ出す。
「まあ、素敵な殿方が沢山そろっていますの・ねっ!」
 ガン!
 大黒柱付近で、なんだか物凄い音がした。
 その女性、ユンナはファムルの腕を抱えると、すたすたとお化け屋敷から退散していった。……すれ違いザマにオーマのボディに渾身の一撃を入れることを忘れずに。
 彼女達が退散した後、背後からガラガラと何かが崩れる音がしたが、そんな小さなことは気にしてはいけないのだっ!

 ファムルが次に意識を取り戻した時、彼は美容院の椅子の上にいた。
 鏡に映っている自分の姿にまず驚く。
 髪は短く整えられ、髭は全て剃り落とされている。
 眉毛もそろえられ、睫パーマまでかけられていた。
「わ、私のチャームポイントがっ!! 髭がー。ロングヘアーが〜!」
「それ、本気で言ってるの?」
 ユンナが苦笑いをする。
「それにしても、貴方誰? って程別人になったわね」
 ユンナはファムルに手を差し伸べる。
 ファムルはユンナの手を取って、立ち上がった。
「服も用意してあるの。今夜は帰さないわよ」
 ごくり。とファムルがつばを飲む音が聞こえたとか。

 ユンナはファムルを連れ、ダンススタジオを訪れる。
 そのまま、ファムルのウォーキングとダンスの訓練が始まった。
「今は、紳士的な男性が好かれるものよ。決してマッチョではなく」
 ぬっと背後から暑苦しい空気が沸き立つ。
「いや、時代は下僕主……」
 ガン!
 目にも留まらない何かが湧いて出たオーマの頭に炸裂し、撃沈。
「断じて下僕主夫ではなくね!」
 にこっとファムルに笑って見せるユンナ。
 ユンナの魅力にめろめろなファムルは指示通り、ダンスの訓練を真面目に行なう。可愛い女性の言うことなら素直に従うようだ。
 ファムルの訓練は夜まで及ぶ。
 オーマの茶々は夜まで及ぶ。
 ユンナの打撃は夜まで炸裂。
 気づけば夕食の時間はとうに過ぎていた。
 気づけば、周囲は穴だらけになっていた。

「頑張った貴方に、私からプレゼントよ」
 ユンナはファムルをお洒落なダンスバーに招待する。
 ファムルが着ている濃紺のタキシードは、ユンナが用意したものだ。既製品だが、今日のところは仕方がない。
 ユンナも、赤を基調とした宝石の散りばめられた派手なドレスを着ている。
 オーマは服などいらない。その肉体こそが最大に美しい正装に他ならない。……なんて道理はユンナに通じるわけはなく、立ち入り禁止を申し付けられている。
「貴方の美しさは世界一だ」
 ファムルがユンナの手を取る。
 音楽が始まった。
 静かな曲だった。
 室内が暗くなる。
 最初から、チークタイムのようだ。

 二人の手が絡み合った。
 ファムルの片手が、ユンナの腰に回る。
 ユンナがファムルの肩に手を伸ばした。
 ファムルの手が
 優しく
 ゆっくりと
 ユンナの腰を撫で
 滑り落ちる
 指が
 彼女の形の良い
 お……

 ガゴン!!

 突如、今日一番大きな打撃音が会場に響いた。

 この後、ファムルは最近開発したばかりの特効薬を自分の体で試すことになったことはいうまでもない。

★商店街春祭り下僕訓練を訓練を終了しました。
 チャララランランランラーン
 ファムルのLVが上がった!!

 バーゲン必勝奥義LVUP
 イロモノ仲良しむんむん素質LVUP
 下僕ペット属性LVUP

 ファムルは「下僕主夫指南書」「同盟勧誘パンフ」を手に入れた!

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男性 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2083 / ユンナ / 女性 / 18歳 / ヴァンサーソサエティマスター 兼 歌姫】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、川岸です。
 ファムルの診療所にようこそお越しくださいました!
 ファムルは今回の訓練を経て更に素敵な男性へと成長したことでしょう……かな? 多分、きっと、そうだよね??(笑)