<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
噂で僕が――?
□Opening
「酷い、あんまりだぁぁぁぁ」
がやがやと、そこここで賑わう黒山羊亭。
その入り口で、突然男が泣き出した。大きな荷物を背負い、今にもその場で崩れ落ちそうな勢いだった。
「ちょっと、何がどうしたって言うの?」
しかし、こんな所で泣き崩れられては非常に困る。黒山羊亭の踊り子エルメラルダは、慌ててしかし優雅にその男に話しかけた。
「うう、聞いてください……、僕は今日、仕入れから帰って来たんですよ」
男は、ぽろぽろ涙を流しながら、背の大きな荷物を指差した。
どうやら、行商人の様だけれども……。
「なのに、なのに、帰ってきてみたら、噂で僕が山の魔物に襲われて死んだ事になってるんですよぉ」
ぉぉぉぉぉ、と。男はエスメラルダに悔しさをアピールした。
「はぁ、で?」
そんな事を言ったって、本人がここに居るんだから良いじゃないかと、ため息をつきながらエスメラルダは次を促した。
「きっと、商売敵の仕業です、僕は、僕はっ、悔しくてっ」
けれど、男はさらにヒートアップして行く。
「ふぅん、つまり、噂を流した犯人を突き止めて復讐したいと?」
半ば呆れながら、エスメラルダは男に問う。
「いいえ、まさか、そんな事をしたらどんな仕返しをされる事か」
その問いに、男は慌てて首を横に振った。
溜まった涙が左右に飛び散り、ちょっと迷惑だなと感じるエスメラルダ。
「だから、ですね、僕も噂で戦いますっ」
「はぁ?」
一体男は何を言っているのか? エスメラルダは、思わず眉をひそめ、問い返す。
「つまり、僕は健在で、うんと良い品物を仕入れてきたと、噂を流して欲しいんですっ」
その、なんと言うか、なんとも言えない依頼に、エスメラルダは……、それでも笑顔で男に頷き、素早く冒険者を探した。
□01
「己が全筋全霊を篭め篭めマッチョ★で勤めてりゃぁよ……」
ふと、エスメラルダと男の背後で、大きな影が揺らいだ。
エスメラルダにとっては、特に変り無い光景。しかし、男はびくりと肩を震わし、恐る恐るその影を見上げた。
「俺は、オーマ、オーマ・シュヴァルツ、お前は?」
オーマは、荷物越しに男の肩を抱き、まるで数年来の親友かのように男に初対面の挨拶をした。
「え? え? ぼ、僕は……タルタと言います……」
タルタと名乗った行商の男は、何か得体の知れない物を見るような目でオーマをびくびくと眺めている。それもそのはずで、タルタとオーマは大人と子供ほどの身長の差があった。タルタは決して大きい柄ではなかったし、オーマはがっしりとした長身の男だった。
「そう、タルタ、伝説の親父神はお前さんにラブ抱擁かましてくれやがるぜってなぁ?」
オーマは、タルタの怯えた様子など、全く意に介さずに素敵な笑顔を振りまいた。
「じゃあ、後はよろしく、頼んだわよ」
その笑顔を斜めで受け流しながら、エスメラルダが手を振る。
オーマは、それに答える様ににやりと笑いぐっと上腕二等筋に力を込めた。
「え? よ、よろしくって、まさかまさか」
話の流れに一人ついて行けないタルタは、それでも頼んだと言う言葉で自分の依頼を受けつけてくれたと言う事をようやく理解する。
自分の肩を抱いて離さない、この、とても大きな男が……。
ひゅるりと、タルタの心に寒い風がふいた気がした。
□02
「で、お前の扱う商品は何だ?」
結局、オーマとタルタ、男二人は肩を並べて歩いていた。
オーマの問いに、タルタはびくびくしながら答える。
「僕の扱うのは、ガラス細工です、あとは珍しいおもちゃ類ですね」
大切そうに、背の荷物を一度なで、ようやく笑顔が覗いた。
オーマは、その様子に重々しく頷き、首に手を当て考える。
「その商品ならば、ターゲット層が……、いやしかし」
そして、何かを考えるように何度か唸った。
「オーマさん? ど、どうしたんですか?」
タルタは、そんなオーマの様子に、また不安になる。何より、オーマに先導されて歩いている道は、いつもの行商場所から道をいくつも違えた所だった。一体、オーマはタルタをどこへ連れて行くつもりなのか。
「噂、口コミの類は、とかくご婦人方が左右されやすいよな」
ふ、と。
オーマは真顔でタルタに問いかける。
「そうです……、だ、だから、僕、噂を流された事が悔しくって!」
タルタは、何度も頷き、両手を握り締めた。
「おおお、まさにカカア天下層には、大打撃筋……、恐ろし恐ろし」
しかし、微妙に会話がかみ合わない。タルタの憤る横で、オーマはがたがたと大袈裟に肩を振るわせた。これは、放っておくわけには行かない。オーマは決意を新たに、タルタの肩を力強く叩いた。
「まかせな、良いスポットを紹介してやるぜ★」
そして、ぐっと親指を立て、またにやりと笑みを漏らした。
スポット? 何の? タルタは、首を傾げながら、それでもオーマの勢いに引っ張られるようにふらふらと歩き続けた。
□03
さて。
二人が辿り着いたその場所は、まるで普通の商店街のようだった。
タルタは、ぼんやりと辺りを見回しながら、オーマに問う。
「あの〜、ここは一体……?」
背の低いタルタは、オーマを見上げる形になったのだけれども、そこでオーマの肩越しに何か……、そう、まるで人の顔のようなものが映し出された花を見た気がする。
タルタは、何度か目をこすり首を振った。
「お前は、ここで実演販売しろ」
そんなタルタの様子にはまるでお構いなし。オーマはまた一段と強くタルタの肩を叩き、タルタ用のスペースを確保し始める。
「販売……、許可無しでも良いのかな……?」
しかし、タルタも行商人だ。売って良いと言うのなら、何も文句は言うまい。オーマの申し出に、いそいそと肩の荷物を下ろした。
がさり。
その時、タルタの足元を、何か……、そう、中途半端に透けた感じの草? が、駆け抜けたような気がする。
タルタは、また目をこすり、もう一度首を振った。
「ノンノン、許可はむしろ俺が出す、これでカカア天下ハートゲッチュ筋間違い無し!!」
行商の用意をはじめたタルタに向かい、オーマが殊更大きな声で励ましの言葉をかける。
「え? 月琴が何ですって?」
タルタは、幻覚(?)の事など無理矢理頭の片隅に押しやり、商品陳列中だった。オーマの掛け声も、ぼんやりと耳に入る程度。
「じゃ、俺は、ちょっくら大作戦に行ってくるぞ」
やはり、どこかかみ合わない会話。
オーマは、タルタを一人残し、どんどんと道の奥へと進んで行ってしまった。
「……、あ、もしかして、噂で敵討を?」
そんなオーマの様子を、ようやく頼もしく見送るタルタ。
彼の背後には殊更派手な垂れ幕。そこにでかでかと書き込まれた『ソーン腹黒商店街』と言う文字。タルタは、全くこれに気付く事無く、商売の準備をはじめた。
□04
完璧だ。
タルタと分かれてから、オーマは一仕事終えていた。
まず、手にしたるは商店街朝筋新聞。その一面に、でかでかと『聖筋界下僕主夫親父アニキ必筋レアアイテム降臨★』との記事。勿論、それはオーマの仕業だった。
完璧だ。
完璧な、筋新聞記事。
これで、アニキ達は我先にと彼の店へ走るに違いない。
その様子を思うだけで、笑いが……、いや、成功の微笑みがこみ上げてくる。
さらに、オーマは自身の具現化能力により大量のポスターも用意した。
紙と言えども、それは、タルタのナマ写真&サイン入り商用宣伝等身大ポスター。随分な量に、ずしりと重量感がある。
しかし、オーマはそんなポスターをひょいと持ち上げ、聖筋界の中心の城へ向かった。この、大量に念写生産したポスターで彼の商品販売成功にたたみを掛ける作戦だ。
「そう、言葉だけの噂は、誇大や真実の捻じ曲げで、また敵の妨害があるかも知れん」
うむ。そろそろ良い位置だ。オーマの足元に広がるのは親父アニキカカア天下ナマモノ渦巻く聖筋界。
オーマは、一人頷き、そして、手にしたそのポスターをばさりとばら撒き始めた。
ひらひらと、皆の手に舞い落ちるタルタのナマ写真&サイン入り商用宣伝等身大ポスター。
「受け取れ! 我が友、親父アニキ達よ★」
そのポスターは、これでもかと言うくらいの大量散布。舞い散り舞い落ち、聖筋界中へ広がって行ったと言う。
全てをばら撒き終えマッチョなオーマは、必ず獲物がかかるであろうと、ポスターを手にする民衆を鋭く見ていた。
▽--
「何だと?! クソっ、タルタの野郎っ、何がレアアイテム降臨だっ」
さて、ここに一人の商人の姿。
タルタの写真&サイン入りポスターを握り締め歯軋りをしていた。
噂を流したはずだ。
タルタが仕入れに赴いてからこちら、ずっとその努力をしてきたと言うのに、このパフォーマンス。これでは、折角の噂も台無しでは無いか!
男の顔は醜く歪み、そして、悔しそうに地団駄を踏んだ。
タルタにこんな強力な援軍が居たなんて!
あまりの悔しさに、男は、それでも考えを絞り始めた。
「そうだぜ、このポスターを逆に利用するんだ」
ポスターを書き換え、貼り出せば良い。これだけ大々的な宣伝をしたものが、例えばやっぱり入荷中止となればタルタの面目は丸つぶれだ。
そうすれば、更に噂が悪い方へと広がるはずだ。
男は、にやりと笑い、ポスターの改ざんをはじめた。
『入荷中止のお知らせ〜……』
さらさらと、ポスターに筆を走らせる男。
その男の、肩を誰かが叩いた。
「何だよ、俺は今忙しいんだよ」
男は、ポスター作業に夢中であったため、振り向きもせずその手を一度払いのけた。
さらに、もう一度、誰かが男の肩に手をかける。
「だから、俺は忙しいと……」
煩いとばかりにぞんざいに振り向く男。
「いそが……し……いぃ……ひぃぃぃぃぃぃぃ」
男を包み込む薔薇の嵐。
固い筋肉に、厚い胸板。
「いけませんねぇ、いけません、そんなワル筋行為はいけませんよぉぉぉ」
これは、呪いだ。
オーマの巧みな呪い。
男の目の前に、薔薇アニキ天使は降臨した。
言葉を無くす男に、熱い抱擁をとばかりに、アニキ天使は筋肉により一層の力を込めた。
□Ending
「売上は好調絶好筋☆のようだなぁ」
オーマがタルタの元に戻った時には、既に露天には人だかりができていた。
その中心で、タルタは忙しそうに客のつり銭を数えていた。
何故か、涙で。
「そうか、泣くほど嬉しいか!」
その様子に、オーマはにやにや笑いタルタの肩を叩く。
「ふんはぁ、素敵、素敵ぃぃぃぃぃーマッソゥル↑」
「あああああ、僕の、僕の商品が……、怖い怖いようぅ」
客は美しくも繊細なガラス細工を指で持ち上げ歓喜の声を上げて去って行く。
露天は、大盛況だった。
けれども、何と言うか、見渡す限り筋肉の群れ。
オーマの宣伝に、食い付いたのは当然、親父アニキカカア天下ナマモノ類だった。
男どもは、その筋肉を余す事無く披露し、タルタの露天で素敵な商品を探す。
客層が、いつもと全く違うのだ。
タルタは、涙で明日が見えなかった。
「助けて、助けてくれぇ」
ふ、と。
タルタは、オーマの肩越しに、見慣れた顔を見た。
「あ! 君はいつも隣に店を出す……」
「悪かった、許して、許してくれ……ひぃぃ」
その男は、薔薇が舞散るような素敵筋肉天使に担がれていたのだ。
滝のように止めど無く流れる涙。
男は、心の底から、タルタに関わった事を後悔していたしもう二度と噂で悪さをしようとは思わなかった。
ただ、今は、この薔薇地獄から開放して欲しいと、ひたすら懇願していた。
「君、君も、こんな苦労を……」
タルタは、男にかけよりその手を取った。
「おい、お前、嘘を流せば何れ己が身に返って来る……、分かるか?」
オーマは、犯人をナウ筋矯正するため、優しく声をかけた。
その言葉に、男も、そしてタルタも。
「すみませんでした、もう二度と、二度は致しません」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
涙を流しながら、ひれ伏したと言う。
「うむ、昨日のワル筋敵は今日のナウ筋フレンズだな」
仲良き事は美しきかな。
親父アニキ達の真中で、オーマは満足そうに豪快に笑った。
<End>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953 / オーマ・シュヴァルツ / 男 / 39歳 / 医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
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■ ライター通信 ■
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□オーマ・シュヴァルツ様
こんにちは、この度は、ノベルへのご参加ありがとうございました。
いつも素敵なプレイングを有難うございます。あまりに楽しく、あれもこれも書きたいとばかりに長々と書き込んでしまいました。
噂で涙を流した男達との話、いかがでしたでしょうか。
少しでも楽しんで頂ければ幸いです。
それでは、また機会がありましたらよろしくお願いします。
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