<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


お友達になってください

 げこっ

「っ!」
 エスメラルダは、唐突に目の前に現れたそれに仰天した。
『驚かないでげこっ』
 大人の片手大のサイズのそれは、あろうことか人語を話した。
「お、驚くわよ」
『それは、そうだろうげこっ』
 寂しそうにそれは言う。
 黒山羊亭の、少し暗くした照明の中で、それの色はどす黒く見えた。
『でも、おいらは悪者ではないげこっ。信じてくれげこっ』
「あ、怪しさ満点だけどね……それで、御用は?」
 エスメラルダは何とか冷静さを持ち直して尋ねる。
 それは、神妙な顔つき――だか何だか――で、静かに言った。
『おいら、フロッシュ。誰か、おいらとお友達になってほしいげこっ』
 真剣な顔つき――だか何だか――をエスメラルダに向けて、深い緑のそれはそう言った。
「お友達……ねえ」
 エスメラルダは少しため息をつく。
 ――カエルの友達になってくれる人は、果たしていてくれるだろうか?

     **********

 何だ何だと集まってくれたのは四人。
「これはこれは珍しいお客さんだ。カエルとはなぁ」
 葉巻をふかしながら言ったのは、大柄の男、トゥルース・トゥース。
「おうおう、人類皆親父愛の輪★ってな?」
 ナマモノに胸をキュンキュンさせている巨漢はオーマ・シュヴァルツ。
「まぁ……姿形などソーンにおいてさほどこだわるものではないと思うが……」
 不思議そうにしている銀髪の女性は、アレスディア・ヴォルフリート。
「……カエル……?」
 ちょこんと首をかしげたのは千獣(せんじゅ)で、
「……カエル、って……食べ、た、こと……あった、っけ……」
 千獣がつぶやいた言葉に、誰もがずざざざっと引いた。
「せせせ千獣殿! 今そんなことを考えてはいけない!」
 アレスディアが必死の目で千獣を見る。
 千獣は不思議そうな顔をして、
「………?……うん……」
 とうなずいた。
「ま、なんだ」
 トゥルースが苦笑いした。
「黒山羊亭は姿形で客を追い返すほど門戸の狭い酒場じゃあ、ない。ようこそ、そしてよろしく、フロッシュ、と」
『よろしくげこっ』
 嬉しそうにフロッシュが返事をした。
 トゥルースはぽんとフロッシュの背中を叩いてから、
「と、挨拶をきめてみたはいいんだが。友達ってぇのはなろうと言ったらなりましたっていうもんでもない」
『げこっ』
「まずはこれからだ! 腹黒同盟にどうぞお入り下さい!」
 なぜか丁寧語でオーマが同盟パンフを取り出す。
『そこに入ったら友達が増えるげこか?』
「もちろん! 腹黒同盟は友達の輪の同盟だ!」
『なら入るげこ』
「おおおおおおおお」
 ナマモノ愛★のオーマは号泣して喜んだ。
 同盟書にぺたんとフロッシュの足型をつける。
「ああ……新たなるナマモノラブフレンズに胸キュン萌え燃え友達なりマッスル」
「にいちゃん、言ってる意味が分かんねえぞ」
 トゥルースがつっこんだ。
「だからだな、そもそもこうしたら友達だってぇ定義もないわけだ。まあ、まずはお互いのことを知っていくことから始めようや」
「フロッシュ殿、私はアレスディアという。よろしくお願いする」
 アレスディアがトゥルースの言葉につなげて礼をした。
『げこっ。よろしくげこっ』
 フロッシュは跳び上がって喜んだ。
「友達になるのは構わないが、なぜかと問うても良いだろうか? あなたが、私たちが一般的に言っているカエルという種族と同じ種族なのかどうかは、分からぬが……」
『げこ……』
「……友達……?」
 千獣がつぶやいた。少し考えた後、
「……ねえ……聞いて、いい……? フロッシュて……カエル、だよね……? どうして……違う、生き物、と……友達に、なろうと、思ったの……?」
「そうだ、カエルと人とでは若干生活習慣が異なる。なぜ、ご自身の住まいから離れられてまで、人と友達になろうとするのか? 本来の住まいから離れれば、環境の違いで生命の危機にさらされることもあるかと思うのだが……」
「……違う、生き物、同士……でも……友達に……なれる……?」
 千獣とアレスディアは、同じようなことを尋ねていながら、どうやら意味はまったく違うことを訊いているようだった。
「ただ友達になりてえってだけなら、ここにくるのは少し妙だなあ」
 オーマがパンフレットを抱きしめながら、「いや、お前さんに会えたのは嬉しい。嬉しいが、ちょっと聞きたい。なぜだ? 人語を解すことぐらいは、このソーンでは珍しくないだろう」
『げこっ。この街に来てまず最初に“てんしのひろば”へ行ってみたら、子供に石を投げられたげこっ』
「………」
『つい逃げてきたら、ここにたどりついたげこっ。ちょっと子供が怖かったげこっ』
「そりゃ怖ぇわな……」
 トゥルースが葉巻をくわえてつぶやいた。
 人語を解すとかそう言う問題ではなく。単にカエルだったから石を投げられたのだろう。
『おいらは……』
 フロッシュは悲しそうな顔――だかなんだか――になって、『人の言葉は分かるげこ……』
「いや、それはさっきから分かってるけどよ――って、人の言葉『は』?」
 オーマが聞きとがめて尋ねた。
 フロッシュは神妙な顔――だかなんだか――で、うなずいた。
『おいらの家系は、人の言葉が分かる代わりにカエルの言葉が分からないげこ』
「それは……難儀な」
 アレスディアがふうむとうなる。
『親兄弟、何とかカエル差別の中頑張っているけど、おいらは寂しかったげこ。だから、人の場所に来たげこ』
 フロッシュはアレスディアに答えるように言った。
「なるほど……」
「お前さん、皮膚が乾いても大丈夫なのかい?」
 トゥルースが尋ねた。
『大丈夫だげこ。池や沼がなくても、おいららの家系は平気だげこ』
「突然変異で人間に近づいてやがるのかもしれねえな」
 オーマがフロッシュをなでなでしながらつぶやいた。
「……違う……生き物、同士……」
 千獣がぼんやりと、後ろで独り言を言っていた。
 どこか浮かない雰囲気で。
「獣、とは……食べたり……食べられ、たり……」
 なのに、と小さくつぶやいた彼女の独り言を、全員が聞いていた。
「嬢ちゃん」
 トゥルースが千獣の肩をぽんと叩いた。「違う生き物同士でも友達になれるかもしれねえってことを、今証明してやるからよ」
「……証明……」
「友達になってほしいと頼むもんじゃあねえぞ、フロッシュ」
 オーマが相変わらずラブラブな表情でフロッシュをなでながら、「自然と想いがつながってなるもの、友の絆! 形も様々だ」
『そ、そうなのだげこかっ?』
 フロッシュがどこか元気をなくしたように、『おいらは……頼むしか他に道はないと思っていたげこ……』
「いやいや、いいんだぜ。そうやって一歩進むのも悪くない」
「そうともよ。お前さんが来たからこそ俺らは集まって来たんだからな」
 トゥルースがオーマの言葉をつないだ。
「フロッシュは、どんな友達が欲しいんだ?」
 オーマが尋ねた。
『そ、そこまで考えていなかったげこが……』
 むむうとフロッシュが考え込む。
「おいおい考えればよいのではないか?」
 アレスディアがそっと笑った。
「質問ばかりではつまらぬだろう。どこかへ行きたい、何かしたいことがあれば、仰ってくれ」
「おうおう。友としたいことは何だい? 美筋第一体操でも朝筋トレでも何でもOKOK」
「お前それ偏ってるぞ」
 トゥルースはオーマにつっこんだ。
『友としたいことか……と、とりあえずこの街をめぐりたい!……子供に石を投げられないようにガードしてもらえるともっと嬉しいんだげこが……』
「それはもちろん護る、フロッシュ殿」
 アレスディアが微笑んだ。「では、皆で観光に行こうか」

 アレスディアに千獣、オーマにトゥルース、そしてオーマが優しく手に乗せたフロッシュ。
 一種異様な雰囲気をかもしだしているメンバーは、子供たちにむしろ逃げられた。
『綺麗な像と水だげこ……』
 天使の広場の中央にある像と噴水を見て、フロッシュが嬉しそうに声を弾ませた。やはり水は好きらしい。
「ここはやはり活気があるな」
 アレスディアがあたり一面をぐるりと見渡す。「見ごたえのある広場だと思う。どうだろう?」
『げこっ。人間には色んな人間がいるんだげこな』
 フロッシュの感想はこうだった。
「ま、カエルよりゃ種類が豊富だわな」
 トゥルースが葉巻をふかす。
 「人間」だけでも老若男女と種類が豊富なのに、ここソーンでは「人間」以外の種族も当たり前にそこら辺を歩いている。あるいは天使、あるいは幽霊……
 どんな種族も受け入れる、それがソーンだ。
 ――しかしまさか、カエル内でカエル差別が行われているとは……
「カエル……差別……」
 千獣が意味もなくつぶやいている。
「大変だったなあ」
 オーマがラブラブフラッシュを顔から出しながらフロッシュをなでなでした。
「何とかカエルの言語を覚えることはできぬものか……」
 アレスディアがうなる。トゥルースが、
「ならガンガルドの館にでも行ってみるか? ひょっとしたらカエル言語の本でもあるかもしれねえ」
 ――限りなくゼロパーセントに近い確率だったが、どの道観光だし、と全員は従った。

『これが……本げこかっ!』
 ガンガルドの館の蔵書を見て、フロッシュが大声をあげた。
『すごい、すごいげこっ! すごいげこっ!』
「ああ、本を見たことがないのだな」
 アレスディアは近場から一冊取り出して、フロッシュの前で広げてみせた。
『すごいげこっ。すごいげこっ』
 フロッシュは興奮した口調で本を眺める。
『でもおいらは、文字は読めないげこっ』
 ずるうっ
「……そー言われれば、そうかもしれねな」
 トゥルースが本を燃やさないよう消した葉巻をくわえたまま、ぼやいた。
 千獣がふらふらとあたりを歩き回る。
 そして、
「……あった……」
 一冊のぶ厚い本をぬきだして、持ってきた。その表紙には――
『カエルの言葉・入門編』
「………………」
「まさか、本当にあるとは……」
「人間の文字が読めないんじゃ、意味がねえが……」
 今度一緒に勉強してみっか? とオーマはフロッシュに尋ねた。
 フロッシュは大きくうなずいた。
『助かるげこっ! 家族を差別から救うためなら、おいらは勉強でもなんでもするげこっ!』
「あああフロッシュ、お前は何て立派なやつなんだーーー!」
 オーマは号泣しながらフロッシュに頬ずりをした。
「ま、とりあえずこの本がある場所は覚えておくとして、だ」
 トゥルースが、千獣の持ってきた本を元の場所に戻しにいく。
「おいフロッシュ。お前、好きなもんとかは……」
『好きなものはハエげこっ!』
「……好物はまあ種族が違うんだ。ちぃとばかし違ったってしゃあねえ。個人の好みは尊重しねえとな」
 他には? とトゥルースが重ねて聞く。
『水が好きだげこっ』
「それはさっき天使の広場で分かったぜ。他には?』
『うーん……泳ぐのが好きだげこっ』
「俺は煙草が好きだぜ。吸ってみっか?」
「カエルにどうやって吸わせるのだろうか」
 アレスディアが生真面目に訊いてきた。
 トゥルースはガハハと笑った。
「ま、ってな具合にお互いのことを知っていくと、お、こいつ俺と同じものが好きなんだなとかって、共有できるものが見つけられる。共有できるものを見つけられれば、親しくもなる」
「同じ……好きな、もの……」
 千獣がつぶやいた。「ハエ……食べた、こと、あった……っけ……」
「千獣殿……!!!」
 アレスディアが慌てて千獣の手を握って引きつった笑みを浮かべた。「それは考えなくていい! それは!」
「………?……うん……」
「ま、まあだな」
 トゥルースがごほんと咳払いをして、「んで、なんやかんやしてるうちに、俺とお前はお友達ってな具合だ」
『友達っ! げこっ。煙草、吸ってみたいげこっ』
「カエル、って……たばこ……吸える、の……?」
 千獣がぽつりぽつりと尋ねてくる。
 分からねえ、とトゥルースは首の後ろをかいた。
「つい勢いで言っちまったけどよ。フロッシュ、お前さんも煙草を吸う必要はねえぜ?」
『友達になりたいげこっ』
「いや……それでも体に悪ぃからな。俺の言えた義理じゃねえが」
「フロッシュは必死だな」
 オーマはうんうんとうなずいた。
「よし」
「何だ? いい案でも浮かんだか?」
「丁度ソーン腹黒商店街で、日帰り苺狩りツアーがある。いかがなもんだ?」
『苺。食べたことないげこが、うまいか?』
「うまいぞ〜。これを機に食べてみるか」
「はらぐろ……しょうてんがい、って……どこ?」
 千獣が訊いた。
 オーマはるんるんとした様子で、
「俺が案内するぜ。いざ、れっつGO!」

 腹黒商店街――
 マッチョなアニキたちと、ナマモノ人面モノが溢れる濃ゆい世界である。
 オーマは親指と人差し指でお金を意味する丸を作って、
「おやつは300まで♪ 商店街で各自買うんだぜ♪ 人面バナナはおやつに含まれねえからな♪」
 途中、近くのレストランの厨房を借りてオーマ自身が弁当を作った。
 腹黒商店街には、『バス』というものが存在する。
「な、何であろうかこの機械は?」
「ふふふ。これはバスという機械だ」
「いやそれは聞いたけどよ。何だよこの乗り物は」
「ふふふ。これはバスという乗り物だ」
「不思議……な、のり、もの……」
「さあ、乗ってみろ乗ってみろ! 苺畑まですぐ着くぞ!」
 オーマは大切に大切にフロッシュを抱きながら、全員をバスへと急かして乗せた。

 バスは不思議な乗り心地だった。
 フロッシュ一行以外にも、満員に人が乗っていた。……暑苦しいアニキたちが。
 座る場所はすでにアニキたちに埋め尽くされていたため、全員は立って乗った。
 運転手はマッチョなアニキ。白い歯をニカッとさせながら、
「え〜、次は苺畑前、苺畑前、お降りの際は近くのブザーでお知らせ下さい〜」
「ブザーだ、早押しだっ誰かに押される前に早く押せ!」
 とっさにアレスディアが近くのブザーを押した。
 しかし、コンマ何秒か前に他の人間によってブザーが押された。

 ブーまっちょろり〜

 わけの分からない音がして、ブザーに赤いランプが点灯する。
「く……っブザー押しはバス乗りの醍醐味なのに……!」
 悔しがるオーマをよそに、
「うえ……」
 トゥルースが気持ち悪そうに口元を押さえていた。
 アレスディアも、ブザーを押す動作で一気にきたかのように、うっと口を隠す。
 千獣だけが、きょとんと立ちっぱなしだった。
 フロッシュはアニキたちにつぶされないように、オーマの体にすがるのに必死だった。
 やがて――
「え〜、苺畑前〜、苺畑前〜。お降りの際はお足元に気をつけて、お忘れ物のないよう〜」
 ……バスが、止まった。
 ぞろぞろぞろとアニキたちが出て行く。それに挟まれて、何もせずとも体が移動していくようだ。
 バスから出たとき、トゥルースとアレスディアはものすごく開放感に満ち溢れた顔をしていた。

 青空。
 白い雲。
 空を行く鳥。

 開放感をますます感じさせてくれる陽気。
「ああ……外ってのは何ていい世界なんだ」
 トゥルースは感激したように言った。
「ほれほれ苺狩りだ。苺狩るぞ。早くしないといい苺採られちまうぞ」
 オーマは急かす。アレスディアがもう少し待ってくれと口元を押さえながらうずくまった。
「アレス、ディア……大丈、夫……?」
 千獣がその背中をさする。
 ううっとますますアレスディアがうめいた。

『いい天気だげろっ』
 フロッシュがふうと息をつく。――どうやっているのかは知らない。
 苺畑のあちこちに、アニキたちとごく少数の家族連れがいた。
 アニキたちは、おそらくカカアに「採ってこい!」と尻を蹴られた下僕主夫だろう。ものすごい勢いで苺を狩っていく。
 だが、幸いなことに苺畑は壮大だった。

 入り口で、苺狩りのための用具一式を借りる。
「誰もいねえあっちの辺へ行こうぜ」
 オーマが片手にフロッシュを、片手に弁当を持ってるんるんと歩いてゆく。
 誰もいない、ゆったりできそうな位置で――
 オーマは用意がいいことに敷物を敷いて、
「さ、気分が悪いやつは座れ座れ。大丈夫なやつはさっそく苺狩り始めるぞ」
「私……平、気……」
 千獣がちょこんと小首をかしげた。「苺、狩り……って、なあ、に……?」
「それはだな千獣。こうやって」
 オーマはフロッシュを膝に乗せ、フロッシュにも見えるような体勢を取りながら両手で丁寧に苺を取った。
「取ったやつはお持ち帰りもOK。その場で食ってもOK」
 食うか? とオーマはたった今取った苺をフロッシュの前にぶらさげる。
 赤い赤い、ほどよく熟した苺。
 香り高く、食欲をくすぐる。
『もらってもいいのかげこっ?』
「おうよ」
『じゃあほしいのだげこっ』
 フロッシュは口を大きく開けた。オーマは苺を少し割って、フロッシュの口の中に放り込んだ。
 もくもくとフロッシュは口を動かす。
『感じたことのない味げこっ』
「そうだろうなあ」
 オーマは千獣に、苺狩り用の用具を持たせた。
「ここは苺用トッピングもくれっからな! これにつけて食べるのもグーだぜ千獣」
「………?」
 千獣は近場の苺をちぎりとった。
『きゃはははは』
 笑い声が、した。
『取られちゃった〜きゃはははは!』
 それは人面苺――
「………?」
 千獣は首をちょこんとかしげてから、
「これ、つけて食べるの……?」
 オーマにトッピングを示して訊いた。
「いや待て、人面苺は食うな、な?」
 オーマが慌てて千獣を止める。
『きゃはははは! こわーいお嬢ちゃんに取られちゃったワ!』
 陽気な苺は、食われそうになっても陽気だった。
「お前さんには同盟パンフだ!」
 オーマは苺に腹黒同盟パンフをビシッと押し付ける。
 きゃははは、と苺は笑った。
『いやがる余地がない気がするのだワ!』
 かくして、苺も腹黒同盟に参加することとなってしまった。
 トゥルースとアレスディアがようやく復活する。
「お? うめえじゃねえかこの苺」
「このトッピング……素晴らしい」
「コンデンスミルクとチョコと生クリームだ!」
 オーマが胸を張って説明する。
 フロッシュはオーマの手から飛んで、自分で苺にかぶりついた。
 当然ながらうまくいくはずもなく、そのままフロッシュは落ちていく。
 しかしフロッシュは諦めず、何度も何度もオーマの体から苺に向かって飛んでいく。
「フロッシュ……お前努力家だなあ」
 オーマが感激してフロッシュのためにひとつとり、生クリームをつけて食べさせた。
『おかしな味だげこっ。でも悪くないげこっ』
「さすが、人間に近いだけあるな」
 うんうんとオーマはうなずく。
「人間に近い、か……」
 トゥルースがふとつぶやいた。「そういやあ、カエルってえのは乙女のキスで人間に戻るもんだよなあ……」
「ふ、フロッシュ殿は確かにカエルだからして、その御伽噺は当てはまらないと――」
 アレスディアが何かにぞっとしたように慌てて言った。
 ここで乙女と言えばアレスディアと千獣しかいない。身の危険を感じたのだろう。
「ははははは! 乙女ならば俺様も乙女さっ!」
 訳の分からないことを言いながら、オーマがフロッシュにキスをした。

 ………………

 ぼふっ

「へ?」
 トゥルースが思わず間の抜けた声を出す。
「え?」
 アレスディアが呆然とそれを見上げる。
「………?」
 きょとんと、千獣が全員の顔を見回す。
「ふ、フロッシュ……」
 オーマが身を打ち震わせた。
「お前……! 嘘をついていたのか! カエル差別とかカエルの言葉が分からないとか、人間なら当たり前じゃねえか!」
 そう――
 流れるような柔らかな緑の髪――
 宝石のような緑の瞳――
 そこにいたのは、明らかに人間だったのだ。
『ち、違うげこっ!』
 人間となったフロッシュは、慌てた様子で首を振った。
『おいらは確かにカエルだげこっ! 人間じゃないげこっ! 家族もカエルだげこっ!』
「嘘つけ! じゃあ何でキスで人間になるんだ!」
『し、知らないげこっ!!!』
「待てよ。乙女のキスじゃあなかったぜ。従って“キスで人間に戻る”っていうお約束は当てはまらないことになる」
 トゥルースが考えるように腕組みをした。
 と、いうことは……
「………。逆に、呪われたんじゃねえか?」

 ガーン

 オーマがショックを受けて影を背負う。
「カ、カエルに戻ることはできるのだろうか……?」
 アレスディアが心配そうに言った。
「……戻ら、ない、ほうが……友達、できる、かも……」
 千獣はそう言ったが、
『駄目げこっ! おいらは家族は捨てられないげこっ!』
 フロッシュはぶるぶると首を振った。『呪い、解いて欲しいげこっ!』
「んなこといってもなあ……」
 トゥルースがぼやいた、その時。
「ああフロッシュ! お前はどこまで立派なんだ……!」
 ぶっちゅー
 感激したオーマが、フロッシュに派手に口づけをかました。

 ………………

 ぼふっ

「あん?」
 トゥルースが呆気にとられてその様を見つめる。
「ええと……」
 アレスディアが頬を赤らめながらそれを見つめる。
「………?」
 千獣は相変わらず面々の様子をうかがうだけ――
『こ、今度は何だげこっ……!?』
 流れるような緑の髪に――
 美しい緑の瞳――
「フロッシュ……! お前メスだったのか……!」
 オーマが女性と化したフロッシュにびしっと指をつきつける。
『違うげこーっ! おいらはオスだげこーっ!』
 悲痛にフロッシュが叫んだ……

 オーマがキスをするたびに、フロッシュは子供になったり大人になったり、七変化をしてみせた。
 そして十二回目のキスで、ようやくもとの姿に戻り……
『もう……いやだげこ……』
 オーマのような巨漢と何度もキスするハメになったフロッシュは、カエルながらに泣いていた。
「俺もカミさん怖いが女のお前ともキスをした! お互い頑張った!」
 オーマがフロッシュをなでなでする。
「これ……あげる……」
 千獣が苺を差し出してくる。
 フロッシュは嬉しそうに、それを食べた。
 トゥルースやアレスディアも、それぞれにフロッシュに苺を食べさせた。
 さらに、オーマが敷物の上にお弁当を広げる。
 彼は家事スキルが(裁縫以外)MAXだったりもする。お弁当は思いのほか美味しかった。
『もう満腹だげこっ!』
 食べ終わる頃には、フロッシュは上機嫌だった。
「ははっ。やっぱり人間と同じだな。腹が満たされると機嫌が直る」
 トゥルースがそう言って笑った。
「人間の、食べ物……食べられ、る……」
 不思議そうに千獣がつぶやいた。
「ここまで人間に近ければ、やはり人間と友になりたくなるものかもしれぬな」
 アレスディアが真顔でフロッシュを見た。
『できれば……カエルとも友達になりたいげこっ。だから、あの本で勉強するげこっ』
「あああ努力家だなあフロッシュは……っ」
 フロッシュに頬ずり頬ずりしながらオーマが号泣した。今日は泣きっぱなしである。
『一緒に勉強してくれるげこか?』
 フロッシュが尋ねてくる。
「おうともよ!」
 オーマが即答し、
「私でよければ、お手伝いいたす」
 アレスディアが微笑み、
「ははっ、それが友達ってもんさ」
 トゥルースが豪快に笑った。

 皆でお弁当とおやつ、何より苺を堪能し――
 帰りのバスの混雑を堪能し――

 帰りのバスで危うく吐きそうになった人物約2名。
「く、食ったばっかで乗るもんじゃねえな……」
 トゥルースはかろうじて抑えた。
 アレスディアも、女性の意地で抑えた。危ないところだった。

 日は落ちかけて、薄赤色の西日が広がる――

「どうだ、楽しかったろう?」
『楽しかったげこっ』
 満足そうなフロッシュの声……
 千獣がふと近づいてきて、ちょこんと小首をかしげ、
「……違う……生き物、同士……友達に……なれた……?」
 フロッシュは千獣を見上げた。
 そして、笑顔――だか何だか――を見せた。
『僕は、ここにいる皆が好きだげこっ』
「………」
 千獣は――
 ふわりと、笑った。
「……そっか……」
 少女の肩を、ぽんぽんとトゥルースが叩いた。
「な? 証明してみせただろう?」
「……うん」
 優しい空気が流れた。
 アレスディアが空の様子を見て、残念そうにつぶやいた。
「もう……お帰りの時間か? フロッシュ殿」
 だんだんと暗くなってくる空。
 月がぼんやりと見え始めている。
『そうだげこっ……家族のところに帰らなきゃならないだげこっ』
 フロッシュの答える声に、寂しそうなトーンが混じる。
 しかし、カエルは負けなかった。
『また来たら、皆で一緒に勉強してくれるげこっ?』
「おうともよ」
 オーマがフロッシュの背中をなでなでしながら返事をした。
「ま、いつでも来いや」
 トゥルースが葉巻の煙を吐き出した。「俺らはいつでもここにいらぁな。待ってるぜ」
「お気をつけてお帰りくださるよう、フロッシュ殿」
 アレスディアが丁寧に礼をする。
 フロッシュがオーマの手から飛び降りた。
 千獣が――
「……またね……」
 手を、振って。

『またげこっ』

 フロッシュは何度も何度も四人を振り返りつつ帰っていった。
 名残惜しそうに。しかし、どこか再会を予感させるように……


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【2919/アレスディア・ヴォルフリート/女/18歳/ルーンアームナイト】
【3087/千獣/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】
【3255/トゥルース・トゥース/男/38歳(実年齢999歳/伝道師兼闇狩人】

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■         ライター通信          ■
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アレスディア・ヴォルフリート様
こんにちは、笠城夢斗です。いつもありがとうございます!
今回はカエルとの交流、いかがでしたでしょうか。カエルっぽくないカエルでしたが;;
楽しんで頂けましたら幸いです。
よろしければまたお会いできますよう……