<PCクエストノベル(2人)>


真実を呑み込む狂気 〜クレモナーラ村〜
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【冒険者一覧】

【2829 / ノエミ・ファレール / 異界職】
【2843 / トゥクルカ / 異界職】

NPC
【村人】
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 クレモナーラ村。音楽で有名な土地。
 春になれば、春の音楽祭で観光客も入り混じって賑やかだ。
 ソーンでも類を見ないほどの大量の楽器に紡がれる旋律。
 うまいへたは関係なく、皆で合唱する楽しい歌。
 弾む観光客の声。
 吟遊詩人の謳う英雄の詩。
 クレモナーラに、美しい音楽の花が咲く。

 それにまぎれて、ひとつの影――

トゥクルカ:「うふふっ」

 二つに高く結った長い金髪に、赤い瞳。どこかいたずらっぽい笑みをうかべる少女。名を、トゥクルカと言う。

トゥクルカ:「人がたくさんなの! これなら思う存分女王様への捧げものが集まるのだわ」

 少女は満足そうに、周囲の群衆を眺めた。
 ――魔法文明が発達した国イングガルド。その女王の僕と呼ばれる四人。トゥクルカはそのひとりである。僕の中でも忠誠心は並外れて高く、行動すべてが女王のためであると言ってもいい。
 ソーンに降り立った理由は、女王の指令『オペレーション・ケイオス』のため――
 このソーンに破壊と混沌をもたらす。それが『オペレーション・ケイオス』。
 イングガルドはたびたび異世界を攻撃してきた。そのため、『絶望の世界』とも呼ばれる。
 その今回のターゲットたる異世界が、ソーンというわけだ――
 トゥクルカは毎回、あらゆるところで女王のための仕事に余念がなかった。

トゥクルカ:「今回は……」

 ――ターゲットはクレモナーラに集まった人々。
 トゥクルカは音楽祭の舞台に近づいた。そして、裏方の人間に話しかけた。

トゥクルカ:「トゥクルカも歌いたいの。歌には自信があるの。ゲストとして出てはいけないのかしら?」
村人:「おう、歌ってけ歌ってけ」

 クレモナーラの人々は皆朗らかで陽気で、心が広い。
 そんな人間だからこそ――
 トゥクルカは、ふふっと愉快そうな笑みを浮かべた。

 ゲストの歌姫として、トゥクルカは舞台にあがった。
 マイクも使わずに。
 トゥクルカは、大きく息を吸う――

 美しい声だった。この世にあることが不思議なくらい、美しい声だった。
 トゥクルカはその美声で――『キリエ』を歌った。
 それは絶望の歌。聴いた人々の心から恐怖を引きずりだし、そして行動不能に陥れる――

 トゥクルカの美声は伸びやかに、空気を震わせ村中に響き渡る。
 村の人々が、観光客が、皆恐怖に身をすくませて動きを止めた。
 あれだけとりどりに楽しく、弾んでいた音楽がぴたりとやんだ。

 『キリエ』を歌い終えたトゥクルカは「ふふっ」と嬉しそうに笑い、そして、

トゥクルカ:「ドミネイション!」

 村全体に魔法を放った。
 それは人々を操る魔法――
 トゥクルカの、思うがままに。
 操られた村人のひとりが、近くにいた観光客を殴った。

観光客:「おい、何しやがんだ」
村人:「あ? そこにいるから邪魔なんだ!」
観光客:「何だと? この――」

 ドミネイションのかかった人々は普段の陽気さと心の広さをなくし、怒りっぽく、苛々と相手を見るようになり。
 そして――

村人:「前から思ってたんだけどなあ、お前の飯はまずいんだよ!」
村人:「何ですって! 毎日一生懸命作っているのに……!」
村人:「そうだそうだ、俺の好きだったこいつを横から奪っていったくせに何を難癖つけてやがる……!」
村人:「ふえ……ふえっ、パパとママが怖いよう……」
村人:「ああ、どうしてかしら……聖都に行った夫が心配……怖いわ、何か起こっているんじゃあ……」

 不安、怒り、悲しみ、憎しみ、嫉妬。
 ごうごうと村に渦巻きだす、『負』の感情。

村人:「よくも……そんなことを言うなら俺がクレラをもらう!」
村人:「嫌よ、私から願いさげだわ」
村人:「クレラ、もうお前と付き合うのはやってらんねえ。そっちに行けや」
村人:「何よ!」
村人:「私の妹を……そんな風に言わないで……」

 旋律の代わりに怒号。
 歌の代わりにすすり泣き。

トゥクルカ:「うふふっ」

 トゥクルカは思い通りに村中がいがみあい、大混乱に陥るのを、満足そうに眺めていた。
 と――
 そのとき、ひとりの少女がクレモナーラ村を訪れた。


 ノエミ・ファレール。十六歳。
 長い黒髪に、凛々しい中にどこか憂いを帯びた青い瞳。
 ――彼女は人に職業を聞かれたらこう答える。「修行のため各地を旅する騎士です」と。
 誰もそれを疑わない程度には、ノエミは白銀の鎧を身にまとい、剣と盾を携えた修行中の騎士然としていた。
 しかし、それは仮の姿――
 彼女も『絶望の世界』イングガルド、女王の四僕のひとりなのだ。

 ノエミがクレモナーラを訪れたのは偶然だった。
 今は音楽祭が行われているはずだと話され、ソーンでも類を見ない賑やかで美しい音楽を聴けると聞いての来訪だった。
 しかし――、そこから聞こえてきたのは旋律ではなく怒号とすすり泣き。
 そこから大量の『負』の感情を見て取って、ノエミははっとある方向を見る――
 そこはステージの上。
 金髪の少女が、立っていた。

 それはソーンに対する『オペレーション・ケイオス』が発動し、四僕がソーンに降り立ってから初の、偶然たる二人の再会だった。

ノエミ:「トゥクルカ……!」
トゥクルカ:「あら、ノエミ?」

 トゥクルカはふふんと鼻を鳴らした。

トゥクルカ:「相変わらずお人よしな顔をしているのだわ。トゥクルカのすることに何か文句があるのかしら?」
ノエミ:「トゥクルカ、何てことを……!」

 ノエミは殴りあい泣き喚く人々を見て、嘆きの声をあげた。
 彼女は確かに女王の僕だ。しかし生来の優しさゆえに、トゥクルカのようなやり方は許せなかった。

ノエミ:「トゥクルカ、どうかやめて……!」
トゥクルカ:「うるさいのだわ」

 女王の僕は、任務遂行のためならば互いに戦うことも辞さない。
 トゥクルカは自分の元へ駆け寄ってきたノエミからも『負』の感情を取り出そうと、容赦なく襲いかかって来た。
 金髪の少女の手に現れたのは、本人の身長よりも大きい大鎌フラウロス――

トゥクルカ:「あなたの感情も頂くのだわ!」

 トゥクルカはたっと上空へ飛び上がった。
 フラウロスが振り回される。柄よりも刃が明らかに大きいフラウロスは遠心力がつきやすい。
 空気が裂けた。
 ノエミを、激しい衝撃波が襲った。

ノエミ:「………っ!」

 ノエミはぎりぎりで回避した。そこを狙って素早くトゥクルカは魔術の詠唱を終えると、

トゥクルカ:「インフェルノ!」

 ノエミの周囲に大量の火炎が発生した。
 これは炎が交差して対象を焼き尽くす魔術――!
 ノエミはすかさず聖獣装具たる剣『ベイオウルフ』を介し聖獣・フェンリルを召喚した。そして、

ノエミ:「トルメンタ!」

 ――フェンリルが吼える。氷柱の雨が降った。それは瞬時に氷を化して、ノエミの周囲を護った。
 インフェルノとトルメンタの威力がぶつかりあい、激しい衝撃を生み出しながら相殺される。
 その間にもトゥクルカは次の魔術の詠唱に入っていた。

トゥクルカ:「ルシファー・ベイン!」

 空間が歪んだ。
 対象の能力を大きく下げる空間が生まれる。
 ノエミはいつの間にかその空間の中にいた。

トゥクルカ:「フラウロスの威力、思い知るといいのだわ!」

 トゥクルカはノエミに容赦なく斬撃を繰り出した。
 ノエミは能力をさげられた状態で、必死に盾で大鎌を受け止めた。この盾はほぼ無敵だ。一方的に敵の攻撃を受け止められる。
 しかし、トゥクルカの斬撃は速すぎた。

ノエミ:「うあああっ!」

 ノエミの鎧の隙間から血が飛び散る。トゥクルカはきっちりと白銀の鎧の隙間を狙って攻撃していた。
 一番弱い顔を覆うものがない。ノエミの顔にピシピシと切り裂かれた赤い線が走る。

トゥクルカ:「もっと苦しむといいのだわ!」

 トゥクルカが刃を振りかざす。
 ノエミはとっさに盾に反射魔術をかけた。

 ギィン

 大鎌が盾に突き当たる。
 反射魔術が発動し、トゥクルカの軽い体が吹きとんだ。

トゥクルカ:「………!」
ノエミ:「そうそうやられはしませんよ……! スターダスト・レイン!」

 ノエミは剣に魔力波をまとわせた。遠くまで届く波動を。
 そして俊速の剣舞を舞った。
 魔力の波動が――
 剣舞に合わせて全方角へと放たれる。
 魔力派に宿るは特殊能力を封印する力――

 ルシファー・ベインの歪んだ空間が消えた。

 元の空間に戻ると、トゥクルカは、

トゥクルカ:「よくもやったのだわ!」

 怒り狂って聖獣を召喚した。
 ナーガ――
 大量の火炎がノエミを包み、雷撃が襲い、毒液がどろりとノエミの鎧に降りかかる。
 ナーガはその長い体で巻きついてこようとした。
 ノエミは剣を振り下ろした。
 ナーガを切り裂く。ナーガが一瞬ひるんだ。

ノエミ:「フェンリル……!」

 ノエミは自らの聖獣を呼び出す。
 火属性聖獣フェンリルがノエミにまとわりついた炎を消し、ナーガに躍りかかった。
 聖獣同士は互いに譲らない。
 聖獣はそちらの戦いに必死で使えなくなった。

トゥクルカ:「ふんっ! それでもトゥクルカのほうが強いのだわ!」

 トゥクルカはフラウロスを振り回す。
 ノエミは先ほどのルシファー・ベインの空間の中にいた際の疲れで、防戦一方となった。弱点の顔や鎧の隙間を何とか避けて、鎧や盾で大鎌を受け止める。
 どろりとしたナーガの毒液が、ノエミの体を重くする。もしも鎧の隙間からノエミの体についたりでもしたら、大変なことになるだろう。
 戦いの途中、ふと泣き声が聞こえた。
 村人の、子供の――

ノエミ:「トゥクルカ……トゥクルカ! こんな方法はよしなさい……!」
トゥクルカ:「うるさいのだわ! 女王様のために、『負』の感情を集めるのはトゥクルカの仕事なのだわ!」
ノエミ:「こんな方法はよして……!」
トゥクルカ:「しつこいのだわ!」

 トゥクルカの斬撃の余波が、近くにいた村人を切り裂いた。

ノエミ:「!!!」

 ノエミの視界の端で、村人が血を流して倒れる姿が見えた。

ノエミ:「村人に怪我をさせるのは許さない……! 私と戦うのなら外に……!」
トゥクルカ:「もう遅いのだわ。村人たちは互いに傷つけあっているのだから。今さらフラウロスで傷がついたところで、誰がやったのかももう分からないのだわ」
ノエミ:「トゥクルカ……!」

 嘆きの声で叫んでみたところで、ノエミの不利は目に見えていた。
 トゥクルカは嬉々としてフラウロスでノエミを攻めたてる。

トゥクルカ:「さあ! あなたも不安になるのだわ、悲しむのだわ、憎く思うのだわ……! それが女王様への最高の捧げものとなる……!」
ノエミ:「………!」

 近くでぐずっていた、子供の泣き声がやんだ。
 ――大人に蹴り飛ばされて、失神したのだ。いや、失神しただけで済んだかどうか――

トゥクルカ:「あら」

 トゥクルカはふと、ノエミにフラウロスを構えるのをやめた。
 瞳を輝かせて、血みどろの殴り合いとなりつつある村人たちを見て。

トゥクルカ:「もう充分なのだわ……!」

 『負』の感情が最高潮に達した――
 それが、ノエミにも分かった。

トゥクルカ:「ああ……! 愛する女王様への最高の捧げものなのだわ……!!」

 トゥクルカの手に――
 村中から、何か黒い塊が収束してくる。
 それを天に掲げて、

トゥクルカ:「我が女王様! 今捧げにまいります……!!」
ノエミ:「待ちなさいトゥクルカ……!!」

 ナーガを消し、上空へ飛び立とうとするトゥクルカを、ノエミは厳しい声で呼び止める。
 トゥクルカは振り返って、くすっと笑った。

トゥクルカ:「また会いましょうなのだわ、ノエミ」
ノエミ:「トゥクルカ……!」

 それ以上ノエミの言葉を聞かず、トゥクルカは飛び去った。

ノエミ:「く……っ」

 ドミネイションの切れた人々が、一斉に地面に崩れ落ちた。
 ノエミは慌てて先ほど大人に蹴り倒された子供の様子を見、またフラウロスの余波で切り裂かれた村人の傷の手当てをした。

ノエミ:「大丈夫ですか? 今治療しますからね……!」

 怪我をしている村人や観光客ひとりひとりに必死になって声をかける。

村人:「うう……」

 村人のひとりが、うめいてうっすら目を開けた。

ノエミ:「大丈夫ですか? 記憶は? ご自分の名前を覚えていらっしゃいますか?」
村人:「うう……」

 村人は自分の名前を言った。
 しかし――

村人:「な……なんでこんな……痛っ」
ノエミ:「忘れてください、さっきまで起こっていたことはすべて忘れていいのですよ、でないと――」
村人:「さっきまで起こっていたことって……何だ……く……っ」
ノエミ:「!?」

 ノエミはひとりひとり治療しながら、その記憶を確かめた。
 誰もが、今回の事件を覚えておらず――
 自分が怪我をしている理由を、覚えていなかった。

ノエミ:「トゥクルカ……」

 覚えていなかったのは、幸いかもしれない。
 けれど記憶が抜かれるというのは、どこか恐怖を伴う。トゥクルカは『負』の感情以外のものも持っていってしまったのだろうか?

ノエミ:「トゥクルカ……何てことを……」

 ノエミは唇を噛んだ。
 同じ女王の四人の僕としての在り方が、トゥクルカと自分ではあまりに違いすぎる。
 ――目的は同じだというのに。

ノエミ:「………」

 ノエミは自身の怪我の治療も忘れて、空を見た。
 トゥクルカの消えた空。金髪の少女の高笑いが、まだ聞こえる気がした。


 ―Fin―