<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


屋敷から連れ出して 〜目指せ、家庭的な少年!?〜


 手書きの地図と辺りの風景を見比べながら歩く少年がいた。
 短く切った黒髪が春風を受けて柔らかく揺れ、きりりとした顔立ちの中で赤く煌めく瞳が印象的である。
 赤とは本来攻撃的な色であるのに、動作が上品で物腰が柔らかいせいか、近寄りがたい感じは全く受けない。
 彼の名前は蒼柳・凪。
 故郷がある世界の追っ手に追われているうちにソーンへ辿り着いた、舞踏の一族の末裔だ。
 その彼がなぜ、このような辺鄙な場所にいるのか。
 凪はかぶりを振りつつ地図を懐にしまうと、事の発端を思い出した。
 そう、あれは予定外の野宿をしなければならなくなり、運悪く相方もその場にいなかったときのことだ。
 このままでは腹が減って眠れそうにもない。
 そう判断した凪は、どうにかこうにか食べれそうな野草などを調達し、携帯していた金属製のカップで野草を茹でたのだった。
 ちょうど出来上がったかというときに相方が帰ってきた。凪が口にしようとしていた『モノ』を見るなり相方は疲れたように溜め息をついたのだった。
 凪が食べようとしていたのは非常にクセが強くとても美味しいとは言えない雑草だったのだ。
「せめて野生の動物でも捕獲して食べろって言われても、料理の仕方はもちろん、捌き方だって分からないんだって……」
 ぶつぶつと文句を言いながら歩く凪。
 そんなこんなで動物の捌き方を教えてもらおうと、エスメラルダに薦められたある屋敷に向かっているのだった。
 色々と考えながら歩いていると、いつの間にやら目の前に大きな屋敷が出現していた――凪には突然生えて出たように思えたのだ。
「ここ……なのかな?」
 玄関が内側からゆっくりと開けられた。
 つんつんと立った銀の頭が見え、次に鋭い光を放つ青い瞳が見えた。
「どうやらお客さんのようですよ、アスティアさん!」
 銀の頭が一度屋敷の中に引っ込むと、しばらくして背の高い老婆と共に門の方へ歩いてきた。
 ぴんと背を伸ばし、老婆は凪の前で止まった。
「あなたが凪さんですわね?」
「は、はい」
 自分よりも頭一つ分以上大きい老婆を初めて見た驚きを隠しきれないまま、慌てて頷く凪。
「エルザードで鶏と野菜、香辛料を買ってきました。……これで大丈夫ですか?」
 肩にかけていた大きめのバッグを開け、まだ羽もむしっていない鶏、玉ねぎ、にんにく、じゃがいも、にんじん、キャベツなどをアスティアに見せた。
 鶏……これからそれをさばくのかと思うと、ちょっと気が遠くなる凪だった。
 普段から魔物の類と対峙し戦っている凪だが、実際に内臓などを取り出してさばくとなるとまた違ってくる。
「立ち話もなんですし、とりあえず厨房に行きましょうよ。料理指南は、それからということで」
 ノトールは客がきて嬉しいのか笑顔で扉を開け、屋敷の中にいざなった。


 + + +


 元の世界では貴族だった凪。
 それで家事の類に関わった経験がないため、掃除をやらせたらとにかく手際が悪く、料理にいたっては手際以前の問題、一体全体どうやって作ればいいのか全く分からないときた。
 それを少しでも直したいと思い、こうしてアスティアとノトールに料理指南をしてもらうことになったのだが……。
「エスメラルダさんはお二人には有り余るほどの時間があるから大丈夫と言われましたが、それでも俺に付き合ってもらうのは申し訳ないです」
 凪がノトールから借りた服に着替えながら言う。
 彼が普段着ているような袖がひらひらした服は料理に適さないと、ノトールが自分の服を貸したのだ。
「いや、本当に暇だったからいいんですよ。暇すぎて人生を悲観するところでした。それにアスティアさんは料理をするのがとてもお好きですから、凪さんはとにかくお楽しみください」
 着替え終わった凪が部屋から出てくる。
 今の凪はノトールが普段着ている執事服の、黒い仕立てのものだった。ノトールが着ているような茜色よりも、黒のほうが似合うだろうというアスティアの判断だ。
「よく似合いますよ。さ、厨房へ行きましょう」
 ノトールに導かれ、凪はアスティアが待つ厨房へ向かった。
 階段を下り、赤いバラが咲く庭を見ながら廊下を進む。
 ……厨房へ入った凪の目前にはいまだに羽のむしられていない鶏が鎮座していた。
「想像していたよりもよくお似合いですわ」
 道具を用意して待ち構えていたアスティアが、にっこりと微笑みながら言う。
 そこで凪は、アスティアの守護聖獣がイフリートであることを思い出した。もしかしたら結構怖い人なのかもしれないと、少し緊張した。
「さ、料理を始めましょう。私も一緒に作りますので、真似してみてくださいな」
 当のアスティアは凪の考えていることなど露知らず、彼女がたった今自分で締めてきた鶏の羽をむしり始めた。
 凪は見様見真似で自分の鶏を処理する。
 羽をきれいにむしった後は首、手羽先、足を落として皮をはぐ……のだが、なかなか首を落とすことができない。
 凪は借りた包丁を鳥の首にあてがって体重をかけるようにして切ろうとしていたが、それを見たアスティアが注意した。
「そんなふうに切ろうとしたら包丁がもちませんわ。こんなふうに刃を関節に当てて……」
 さして力を入れていないように見えるのに、スコンと簡単に切れた。
「すごい……」
 凪は素直に感動しながら早速関節にあてがって切ってみる。
 今度はわりと簡単に切断できた。
「最初から肉料理は、ちょっと難しくないですか?」
 羽を集めて捨てながら、ノトールが問う。
 すでにご丁寧に刻んである肉を使うのと違い、家畜をさばくところから始めるとなると、肉料理はかなり手間がかかる。
「俺の相方が肉料理好きなんです。どうせ作るのであれば、人に喜ばれる方がいいと思って」
「なるほど。優しいんですね」
「ただの自己満足ですよ」
 喋りながら尻の部分の肉を切り落とし、そこから内臓を取り出した。心臓、肝臓、砂肝は食べれるので塩で洗ってから料理酒に漬けておく。
 そこまでやると、実においしそうな『鶏肉』になった。
「では鶏肉を煮ます」
 あらかじめ沸騰させておいた鍋の中に鶏肉とにんにくを入れ、しっかりと蓋をした。
 その間に野菜を切るのだが……凪はここで一番苦戦した。
 ジャガイモの皮をむくのに微妙な力加減が出来ず、皮と一緒にジャガイモを持つ手までざっくりといきそうだった。実際、何度か指を切る寸前にノトールに包丁を止められたりもした。
「動物をさばくのは力任せでも何とかなりますが、こればかりは剣を振り回すのとは違いますからね。練習して慣れるしかありませんよ」
「練習ですか……。一人でやったら指がなくなりそうで……」
 ノトールが見守るなか、凪は慎重にジャガイモの皮をむいた。最後に芽をくりぬく。
 凪がジャガイモ一つをやっと切り終わったころ、アスティアは自分の分のジャガイモ、にんじん、玉ねぎ、キャベツの全てを切り終えていた。
 しばし眩暈に襲われる凪だった。
「やっぱり……俺に料理は向いてないんですね」
「先ほどノトールが言ったように、練習なしでは上手くなりませんわ。諦めず頑張ってくださいな」
「はい……」
 苦労していくつかのジャガイモ、にんじんを切り、キャベツをちぎり、玉ねぎを刻んだ。
 玉ねぎ……これが凪にとって一番の強敵だった。
 涙で手元がぼやけたまま、食堂の料理人も涙を流しながら切っているのかなと馬鹿なことを考えていた。
 慣れない凪が野菜を全て切り終わったころには、鶏肉もいい感じにやわらかくなっていた。
 鍋からにんにくを取り出し、代わりに刻んだ野菜を入れてさらに煮込む。塩胡椒も忘れない。
「あとは火が通るのを待つだけですわ。ノトール、食卓の用意をしましょう」
「はい、アスティアさん」
 二人は厨房を大体片付けると、布巾や食器を持って食堂へ向かった。
「俺も何か手伝います」
「練習のため一緒に料理を作ったとはいえ、凪さんはお客様ですもの。これは私たちの仕事ですわ」
「でも……」
 このような立派な屋敷で何もせずに待っているのは、まるで貴族に戻ったような気分になるのだ。
 それが嫌だったという事もあるし、自分より年長の者たちが働いているのに自分だけ休んでいられないという意識もあった。
 それを感じたのか、凪を見ながらアスティアは微笑んだ。
「鍋を見ていてくださいな。ジャガイモが柔らかくなったら火を消してください」
「はい!」


 + + +


 出来上がった料理……『鶏の丸炊き』は皿に盛られ、食堂へ運ばれてきた。
 凪が作ったものとアスティアが作ったものは色違いの皿に盛られ、味の違いを楽しむ、と言うよりは味の違いを実感することが出来た。
「やっぱりアスティアさんは料理がお上手ですね」
 アスティアが作った鶏の丸炊きを食べ、自分が作ったものとの味の違いに感動さえ覚えながら言う。
「年月と愛の産物ですよ。アスティアさんの料理には優しい愛が込められています」
「愛ですか……」
 自分が料理を作ったとしても、自分と相棒に対してだろう。
 その相棒に愛をこめて料理を作る?
 ……なんだか、体がむず痒くなってきた。
「愛というと大げさですけれど、つまるところは相手に対する思いやりですわ」
「アスティアさんは普段俺に対して結構厳しいですけど、それも俺の将来を思ってのことだと分かっていますから。叱られても嫌じゃありません」
 ノトールは明るい笑顔で言う。彼にとってアスティアは母親のようなものであり、同時に血の繋がりがないゆえの愛も抱いているのだ。
 それを聞いたアスティアの咳払いに、凪は思わず笑ってしまう。
「二人だけでも十分楽しそうですね」
「そうですわね……寂しくはありませんけれど、何かあったときには困ることもありますわ」
「何か、とは?」
「ちょっと前に、この屋敷の庭で異常に発達した薔薇の苗がありましてね。それが屋敷にまきついたせいで外に出られないわ、しかも屋敷が壊されそうになるわと、大変な目にあったんです。俺が不甲斐ないばっかりに……!」
「ちょうど仕事に来たロッソと言う仕入れ屋が何人かの冒険者の方と一緒に助けてくれたので、大事には至りませんでしたけれどね。ノトールは一応武術のたしなみがありますが、私はさっぱりですから。どうにもならないこともあるのですわ」
 ため息こそつかなかったものの、表情は明るくない。
 老いた女主人と若い執事の二人だけでは困ることも多いのだろう。
 凪は思わず申し出ていた。
「お礼に何をすればいいのか分からなかったんですが……困ったときはいつでも俺を呼んでください。お屋敷の手伝いはむしろ足手惑いになりそうですが、怪物退治の類であれば請け負います」
 その言葉に、アスティアは嬉しそうに微笑んだ。
「それはありがたいですわ。そのときは、どうぞ相方様もご一緒にお連れ下さいな。腕によりをかけて料理を振るいますわ」
「次は俺も何か作りますよ。掃除よりも料理の方が得意なんです」
 そんなこんなで、昼食の時間は楽しく過ぎた。


 + + +


 凪が帰るとき、ノトールが「買出しを兼ねてエルザードまで送る」と言った。
 歩いて帰るのはいささか気が重かったので、ありがたく馬車に乗らせてもらうことにした。
 門前に立つアスティアの姿が見えなくなると、凪は御者台に座るノトールに聞いた。
「アスティアさんを一人お屋敷に残して、心配じゃありませんか?」
「心配ですけど……他に使用人がいないので、仕方がないんですよ。あんな辺境のお屋敷にきたがる人なんて、なかなかいないんです」
 それでは最近あった薔薇の怪物騒ぎのようなことがなくても、普段から何かと大変なのだろうと思った。
 ノトールの答えに頷きつつも、ちょっと気になっていることを言ってみる。
「年下の俺に敬語を使って嫌じゃありませんか?」
 凪とノトールは、実に十一歳も年が離れているのだ。
「だって凪さんはお屋敷のお客様ですし」
「それだけですか?」
「……それに、アスティアさんが凪さんに敬語を使っているのに、俺だけタメ口というわけにもいかないでしょう」
 ノトールはそう言いながらいたずらっぽく笑った。
 なるほど、それは頷ける理由だ。
「じゃあ、アスティアさんがいないときぐらいは呼び捨てで名前を呼んでくださいよ」
 凪の言葉に、ノトールはうーんと唸ってあごを撫でている。
 馬車はただ人が歩いてつけられた道をごとごとと音を立てて進んでいる。
 近景には広大なキャベツ畑。遠景にはまだ雪が残る山脈。エルザード首都とは違い地平線まで見える。
 のどかでいい場所だと思った。
「じゃあ、凪」
 ちょっと照れたように名前を呼ぶノトール。
「またいつでも来いよ。たまには若い男友達と喋りたいし、歓迎するぜ」
「はい!」
 二人はそのまま楽しそうに話しながら、エルザードまでの道を揺られていた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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PC
【2303/蒼柳・凪/男性/16歳(実年齢16歳)/舞術師】


NPC
【ノトール/男性/26歳/本当は執事】
【アスティア/女性/64歳/屋敷の女主人】


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■         ライター通信          ■
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こんにちは、糀谷みそです。
この度は『屋敷から連れ出して』にご参加くださり、ありがとうございました。
そして納品が遅くなり、誠に申し訳ありませんでした。

今回は料理話とのことで、料理が出来ない私もいろいろと勉強になりました(笑)。
料理が得意な方に突っ込まれたらどうしようと思いつつ、野宿のときにも簡単に出来るようにと鳥料理にしましたが、いかがでしたでしょうか。
最後にはちょっとノトールと仲良くなったので、機会がありましたらまた遊んでやってください(笑)。

ご意見、ご感想がありましたら、ぜひともお寄せください。
これ以後の参考、糧にさせていただきます。
少しでもお楽しみいただけることを願って。