<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


氷の庭へ
  ―冷たい世界の温かいもの―

□Opening
 山本建一がその小屋を訪れた時、住人は部屋の真中でちょこんと椅子に座っていた。ドアを開けた音で気がついたのだろう、ウサギのような耳と尻尾の持ち主は最初首だけをこちらに向け何度か瞬きをし、そして、慌てて入り口に立つ建一の元へやってきた。
「こんにちは」
 建一が優しい口調で切り出すと、その住人は建一を見上げほほ笑んだ。
「こんにちは、はじめましてボクはトット、ラビ・ナ・トットです、あなたは?」
「僕は山本建一です、ここから冒険に出かける事が出来ると聞いていたのですが」
 トットの身長に合わせる様に少しかがみ、建一もほほ笑む。
 それから、身を起こし、建一は辺りを見まわした。扉・扉・扉。あたり一面、扉がずらりと並んでいる。外観から、この小屋はそれほど広くない事がうかがえた。ならば、あの扉一つ一つが異次元に繋がっていると言うのも納得が行く。
「ええ、今はあの扉、氷の世界への冒険が可能ですよぉ」
 少しだけ、開いている扉がある。
 トットは、その扉を指差し建一をまた見上げた。それを承知していたのだろう、建一は、分厚い手袋にマント、首にはシックな色合いのマフラーを装備している。
 建一とトットは、静かにその扉へ向かった。
「氷の世界ですか、何があるのか楽しみです」
 建一の呟きにトットは笑顔で答え、思い出したようにどこからか何かを取り出した。
「あ、では、これをどうぞ」
「これは?」
 扉の前で、トットが建一に差し出したのは、丸いコンパスだった。
 手に取り針を見ると、それはくるくると回るだけで、方角を指し示してはいなかった。
「このコンパスがあれば、扉の向こうで迷う事はありませんから」
 なるほどと、頷きもう一度コンパスを見た。やはり、針は回り続ける。
「どちらへ向かうご予定ですかぁ?」
 建一のそんな様子をトットは不思議そうに眺めたあと、首を傾げた。
「そうですね、西に向かおうと思います」
 建一は、優しくその問いに答え、扉に手をかける。
「では、いってらっしゃい」
 手を振り笑顔で見送るトットを背に、建一は氷の世界へ足を踏み入れた。

 ▼山本建一は【dimensionコンパス】を手に入れた!

□01
 吐く息が白く凍る。
 防寒対策をしてきて正解だった、と、建一は首もとのマフラーに手をかけた。ざりざりと、足元では氷を砕くかすかな音が響いている。
 地面は氷が一面に張っているものではなかった。道はある。ただ、砂や雑草、石ころまでもが凍り付いているのだ。踏みしめると、凍りついた砂利が砕ける。滑る心配は無さそうだった。
「この先に、何があるんでしょうか」
 一度立ち止まり、辺りを見まわす。道は西へ向かい一本真っ直ぐ伸びていた。道の両端には、背の低い木が並んでいる。しかし、木もその足元の草も全てが凍り付いていた。そのため、青々と茂っているはずの木は、ガラス細工のような印象を受ける。
 建一は手もとのコンパスを確かめた。
 扉のこちら側に足を踏み入れた時から、針は一定の方向を指し示している。これならば、迷う事は無さそうだった。
 その時、眼の端に何か動くモノを捉える。
 建一は、しかしそれを気にせずまた歩き出した。先ほどから木々の間や草の根元に、モンスターの気配を感じている。眼の端を動いたのも、おそらくはモンスターなのだろう。それらは、小さくそして建一が少しでも近づくとふよふよと逃げて行った。敵対しないならばこちらから攻撃を仕掛ける事は無い。
 さて、この先に何があるのか、それは自らの目で確かめよう。建一は、それらモンスターを笑顔で見送り、歩き続けた。

□02
 しばらく歩き続けていた建一は、足を止め少しだけ首を傾げた。
 と言うのも、今まで一本だった道が突然途切れてしまったのだ。目の前には、一本の大きな木。その木の向こう側には、凍った草木をなぎ倒したような跡がある。もしかしたら、以前この先に進んだ人間がいるのかもしれない。
 少しだけ足を進め、倒れた草木に触れてみる。
 手袋をしていてもはっきりと分かった。触れた所からぱりぱりと崩れ落ちて行く草木。倒れている形で凍り付いている……、どうやら、なぎ倒されたのはかなり前のようだった。
 さて、自分もこの先へ進むかどうか、迷っていたその眼の端にまた動く何かを確認した。
 今まで歩いてきて分かった事は、この辺りのモンスターはあまり強くないと言う事だった。けれど、油断は出来ない。建一の姿を見て逃げるのならそれも良し、向かってくるのなら対処しなければならなかった。ふっと息を吐き、そのモンスターの動向を測る。
『きゅぃきゅぃ』
 澄ました耳に、鳴き声が届く。
 どうやら、建一の姿を見て驚いたようだ。がさがさと草木をかき分ける音が響く所を見ると、慌てて逃げ出して行く様子。これならば、戦闘の必要も無いだろう。建一は、そのままゆっくりと音のした方へ振り向き、モンスターを見た。
『きゅ……、きゅぃ』
 必死なのは、分かる。
 ただ、ばたばたと短い手足を動かして辺りの草を進んで行くようなのだけれども、どうもそれが上手く行かずに半歩進んでは転び、慌てて起き上がる。
『きゅ……、きゅぅ』
 見ている側から、また転んだ。
 その様子がおかしく、くすくすと笑いが漏れてしまった。
『きゅ、きゅ』
 建一の笑い声に、丸くて短い手足を持ったモンスターはびくりと驚き、恐る恐る振り向いた。改めて、モンスターと目が合う。モンスターは、自分よりもずっと大きな建一を見てびくびくと後ずさった。
「大丈夫、何もしませんよ」
 あまりに毒気の無いそのモンスターに、思わず笑顔で声をかける。
『……、きゅ』
 さて、モンスターに建一の言葉は理解出来たのだろうか。その場で、ぴたりと動きを止め、恐々といった表情で建一を見上げてくる。建一は、微笑み、そっと手を出してみた。
 ひたひたひた、と、モンスターはゆっくりと近づき、建一の手を見つめた。
「……、怪我をしているのですか?」
 しゃがんでモンスターが近づいて来るのを見守っていた建一が、それに気がつき眉をひそめる。モンスターの足元が、赤くくすんでいるのだ。ガラス細工のようなこの世界で、その色は一際目立っていた。良く見ると、足に傷がある。そこから、出血しているのだ。いや、実際は出血した血液が出たそばから足に凍り付き、凍った血液が結晶のように足元に少しずつ零れ落ちている。
「じっとしていてくださいね」
 放って置く訳には行かない。建一は、びりびりとマントの裾を器用に破き、それをまた丁度良い大きさに引き裂いた。それから、ゆっくりとモンスターの足に手を伸ばし、小さな本当に小さな炎の魔法を呼び出す。
『きゅわ』
 ぽっと小さく舞い散った火の粉に驚いたのか、モンスターは驚きの声を上げる。
「大丈夫です、じっとして」
 炎の熱で足に凍りついた血液を溶かし、素早く傷口に簡易包帯を巻きつける。凍りついた事が幸いしたのか、傷口が化膿しているような事は無かった。
『きゅぃ』
 モンスターは、包帯の巻かれた足を恐る恐る地に付ける。それから、ペタペタと建一の回りをゆっくり歩いた。転び続けたのは、どうやらその傷が原因のようだった。固まった血液で、バランスを崩していたのだろう。
「……、しかし」
 と、モンスターの様子を見て微笑みながら、建一は考える。
 このモンスターの傷は、例えば転んですりむいた傷では無いようだ。そう、言うなれば、何かが突き刺さったような……、いや、何かに突立てられたような傷。しかも、血液の具合から見て、傷付いたのはつい先ほどだろう。
 やはり、油断は出来ない。
 建一は、モンスターを見ながらゆっくりと立ちあがった。
『きゅわ、わわわ』
 ごう、と。
 モンスターの鳴き声と、それは、重なるように突然響き渡った。
 建一の背後から、風が吹き荒れる。その中に、剥き出しの敵意を感じ取った。
「……、いけないっ」
 慌ててモンスターを拾い上げ、建一は地面を思い切り蹴った。

□03
『こぉぉぉぉぉぉ』
 それは、氷の刃だった。無数に飛び散り、無造作に凍りついた世界に突き刺さる。杭を打たれた木々は、ぱきぱきと崩れ落ちて行った。建一は、この刃が手の中で震えるモンスターを傷付けたのだと知った。
「できれば、戦闘はしたくないですが仕方ありません」
 ひらりと着地したその足でバランスを取り、氷の嵐の中から現れたモンスターを見据えた。何より、アレをこのままにしておけば、このガラス細工の世界はたちまち崩れ去ってしまいそうだった。
『ひゅぉぉぉぉ』
 更に激しさを増し、そのモンスターは氷の刃を吐き出した。それほど大きなモンスターでは無いのだが、吐き出す刃はあたり一面を突き刺しどんどんと崩して行く。しかも、どこを狙っていると言うわけでは無さそうだ。無造作に、鋭く、ただ氷を吐き出すだけのモンスター。
「炎よっ」
 次に氷の刃が飛び散るのを確認し、建一は炎の魔法を構えた。
 素早く狙いを定め、飛び散る氷に炎を弾き飛ばす。じゅわりと言う氷の溶ける音がそこかしこで舞った。氷を捉えた炎は、勢いのある氷の刃を次々と溶かす。溶けた氷は、最早鋭くとがった刃を失い、ピチャリと木々に跳ねた。水は凍りついた部分を溶かし、しかし、すぐに氷で覆われる。
 もっと大きな魔法では、全てを溶かしてしまうだろう。
 建一は慎重に、吐き出される氷の刃に狙いを定めた。
『こぉぉぉ、おおおおおお』
 氷の嵐に包まれたモンスターは、炎と言う違和に気がついたようだ。無造作に吐き出されていた氷が、今度は建一めがけて飛び刺さって来る。
 しかし、それは、辺りを傷付けない。建一にとっては好都合だった。
「ならばっ」
 氷の刃が自分をめがけている、その道筋を読み、炎を目の前で躍らせる。
 じゅわじゅわと、建一の前で氷は白い煙をあげて崩れ溶け行った。
「……、見えたっ、行きます」
 その炎に臆したのか、モンスターはぴたりと歩みを止め、口から盛れ出る氷の息をしゅわしゅわと自分の回りで遊ばせた。
 その隙を、見逃すはずは無い。
 建一は、炎を自身の身体の回りに巡らせ、モンスターまで一筋の道を見る。素早くその隙間をめがけ、効き足に力を込めた。ざりと地面を蹴り上げ、いっきにモンスターとの距離を壊す。氷のモンスターならば、炎の魔法で対処できるはずだ。建一は、更に大きな炎をその手に出現させた。
 勢いに乗り、あとはこの手を振り下ろすのみ。
 ぐっと腕に力を込めた、その時、建一の耳にその言葉は届いた。
『にーにぃ、にーに……、きゅぅ』
「え?」
 建一の腕の中で震えていた、丸くて小さなモンスターが、その時慌てたように手足をばたつかせたのだ。
 にーに、
 にーに、と、建一に知らせるように、必死に鳴く。
『こぉぉぉぉぉぉぉ』
 一瞬の迷い。
 勢いがそれた建一に、吐き出された氷の刃が襲いかかった。
「……、っ」
 片手の炎を使い、できるだけ露出している皮膚を庇う。しかし、カバーしきれなかったマントやマフラーが、ぴりぴりと切り刻まれる。
 詰めていたモンスターとの距離を取るため、建一は横に飛んだ。
「あれは、……君の……?」
 吐き出される氷の刃を、炎で溶かしながら腕の中で震える丸いモンスターに声をかける。
『にーに、たべた、くちのなか、ひゅうう』
 腕の中のそれは、必死に建一に何かを伝えようとしていた。
 くちのなか、ひゅうう――?
 つたないモンスターの言葉を、建一は考える。
「口の中、ですか」
 氷の刃が、少し和らぐ。どうやら、常に刃を吐き出しているわけでは無いようだ。もう一度、氷を吐き出すモンスターを観察する。
 口の中、その一点を、鋭く見つめた。

□04
 もう一度、大きな炎を片手に、モンスターと対峙する。
『きゅぃ、きゅぃ』
 その背後には、手元から放した小さくて丸いモンスター。彼を庇うように氷の刃を払いながら、じりじりと距離を詰めた。
「失敗は、できませんね」
 ふ、と。
 口元に笑みを浮かべ、建一はもう片方の手に風を巻き起こす。
『こぉぉぉぉ』
 この瞬間を待っていた。
 モンスターが口を開けた一瞬。それを狙い、風に炎を乗せる。渦巻く風と炎の螺旋。それは、向かってきた氷の刃を刻んで、まっすぐ建一とモンスターを一本の線で結んだ。
 モンスターは、風の勢いに身体を煽られ、のけぞる。
 出来あがった大きなモンスターへの道。建一は、寸分の狂いも無く、その道を駆け……、そして、氷が吐き出されるモンスターの口へ迷い無く片手を突っ込んだ。
「ちょっと苦しいでしょうけれど、我慢してください」
 そして、驚きと戸惑いにぴたりと固まったモンスターの口の中から、建一はそれを取り出した。

□Ending
『とかす、たべる、きゅ』
 丸くて小さいモンスターは、建一の足元でぺろぺろとそれを舐め始めた。
「それじゃあ、いつまで経っても実に辿り着けそうにありませんね」
 くすりと笑い、建一は小さな、とても小さな炎を出し木の実の回りの氷を優しく溶かしてあげた。モンスターは、嬉しそうに何度か手足をばたつかせ、それからがぶりとその実にかぶりつく。
『くぅぅぅぅ』
 さて、そんな建一のすぐ隣には、大きくてふさふさで、手足の長いモンスターの姿。
 少し辛いのか、舌を出したり引っ込めたりしている。
 道の途切れた大きな木下で、一人と二匹はしばしの休息を取っていた。建一は、手もとの凍りついた実を一度手の中でころりと転がし、それから、その実を覆う氷も炎で溶かした。
「さぁ、どうぞ、もう氷の実をそのまま食べてはいけませんよ」
『くぅ』
 大きなモンスターは、しばらく建一の手もとの木の実を眺めていたが、結局ごくりと美味しそうにそれを飲み込んだ。
 どうやら、木の実を分厚い氷ごと飲み込んでしまったせいで、凍りついた喉から苦し紛れに凍りの息を撒き散らしていたようだ。その元凶の実を建一が口から取り出した途端、モンスターはつき物が落ちたようにぴたりと暴れるのを止めてしまった。
 ふわりと、冷たい風が頬を撫でる。
「さて、では僕はそろそろ帰りますね」
 最後に、建一は大きな木を見上げ、実がいくつも凍り付いているのを眺めた。
 氷の世界では、木の実を食べるのも一苦労のようだ。
『きゅぃ、きゅぃ』
 と、小さくて丸いモンスターが、器用に木に登り実を一つぱきりと砕き取る。
 それから、急いで降りてきて、その実を建一に差し出した。
「僕にですか? ありがとう、二人ともお元気で」
 建一は、微笑んでその実を受け取り、二匹のモンスターを交互に撫でた。
 冷たい氷の世界の中で、傷付きなお兄を守ろうとしたモンスター。
 白い息を吐き出し、帰路につく建一は考える。
 それは、とても温かいものだった、と。

 ▼山本建一は凍りついた実のなる大きな木を発見した!
<End>


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】

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■         ライター通信          ■
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□山本建一様
 はじめまして、はじめてのご依頼ありがとうございました。
 氷の世界での冒険お疲れ様でした。山本様の優しさを表現できたらいいなぁと思いながら書かせて頂きました。
 発見した物につきましては、後日Interstice of dimension内にも追加致しますので、ご確認下さい。
 少しでもお楽しみ頂けたら幸いです。
 では、また機会がありましたらよろしくお願いします。