<PCクエストノベル(2人)>
トラップとの戦い再び? 〜イン・クンフォーのカラクリ館〜
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【冒険者一覧】
【1070 / 虎王丸 / 火炎剣士】
【1645 / ラシェル・ノーティ / トレジャーハンター】
NPC
【イン・クンフォー】
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虎王丸:「今日こそは見てろよイン・クンフォー!」
虎王丸は今日も元気に、その塔に向かって叫んでいた。
イン・クンフォー。アセシナート公国魔法兵器開発部長官。なぜかこの塔に引きこもって、研究を続けていると噂の――
虎王丸の首で、じゃらりと金の鎖が鳴る。
本来の姿に戻ることを戒めるこの鎖。ソーンに来てから強固になってしまって、引きちぎってみることはできても時間が経つと元に戻ってしまう。
虎王丸:「俺は、ずっと霊獣人の姿でいたいんだ! なあラシェル!」
ラシェル:「いや、俺はそんなこと知らないけどね」
虎王丸の隣で――
青い髪の少年が、その赤い瞳をきらきらさせながらイン・クンフォーの館を見上げていた。
ラシェル・ノーティ。彼は人間ではない。ドールと呼ばれる機械人形である。
しかしさしあたり彼がドールであることは関係がなかった。
今ここにラシェルがいる理由はと言えば――
虎王丸:「見てろよイン・クンフォー! 罠と言えばラシェル・ノーティ! ラシェルが今てめえのからくりつぶしに行くからな!」
――というわけである。
虎王丸は以前、ひとりでこのカラクリ館に来て失敗した。そこで、トラップにはめっぽう強いトレジャーハンター(本来は考古学者なのだが)のラシェルに助力を求めたのだ。
虎王丸は今日こそはと思い切り胸を張って、ふんぞりかえってわはははと笑っていた。
ラシェルは、名高いこの塔に挑戦する機会を得て興奮していた。
ラシェル:「虎王丸の目的はどうあれ……俺は勝負するよ、イン・クンフォー」
ラシェルは赤い瞳をきらりと光らせて、塔の入り口を見つめる――
虎王丸:「さあいくぜそら行くぜ!」
虎王丸はラシェルを押し押し前に進む。
ラシェル:「?? 虎王丸、何そんなにこそこそしてるのさ?」
虎王丸:「ばっか、お前が先に行け!」
自分の背後に回ってこそこそする虎王丸の返答に、ラシェルは呆れた。威勢だけはいいが、完全にラシェル頼みらしい。
とりあえず塔の入り口たる扉の前に立ってみて――
ラシェルはふと、立ち止まった。
ラシェル:「んんー……」
虎王丸:「おい、早く中入るぞ!」
ラシェル:「虎王丸は黙っててよ。んー……なあ虎王丸、ちょっと白焔をこの扉に向かって放ってくれない?」
虎王丸:「あん?」
虎王丸はいやいやながらもその手に白焔を生み出し、扉に向かって思い切り放った。
と、
パシンッ
思い切り弾かれるような音がして、白焔がそのまま跳ね返ってきた。
ラシェルはひょいと避けた。おかげで虎王丸がその焔をまともにくらってしまった。
虎王丸:「△●×:▼■◎×!!」
髪に火がついて暴れる虎王丸を放っておいて、ラシェルは早速張り切りだした。
ラシェル:「魔法結界だ。さすがだねイン・クンフォー。さてどうやって取り払おうかな」
扉に近づき過ぎないようにしながら――跳ね返る位置は先ほどの虎王丸の焔で分かったので、それより近づかないようにしながら――ラシェルは魔法結界の中心部をその鋭い眼光でさぐりあてる。
それから、かついでいた荷物からトラップ解除用の道具を取り出した。
ラシェル:「魔法結界だし……とりあえず魔法解除法でも試してみるか」
ラシェルは持っていた銃に特殊な弾をつめて、扉に向き直った。
虎王丸:「こらーー! ラシェルーーー!」
火が消えて復活した虎王丸が怒鳴っていても知らんふり、ラシェルは扉の取っ手に狙いをつける。
ズガン!
銃が火を噴いた。
特殊な弾は魔法結界を突き破り、扉の取っ手に命中した。
パシュウッ!
一瞬取っ手に魔方陣が浮かび、そして消える。
ラシェル:「よし、これで大丈夫だ」
ラシェルは扉に手をついた。
跳ね返ることはなかった。
それを見た虎王丸が、扉を蹴破った。
虎王丸:「行くぜーーーイン・クンフォー!!!」
と虎王丸が吼えている間に、ラシェルはごそごそと荷物をあさった。
取っ手の部分に再び特殊な弾を撃ち込む。キン、と金属音によく似た音がして、取っ手に綺麗な魔方陣が浮かびあがった。
虎王丸:「何してんだお前」
ラシェル:「罠に出会ったらグレードアップせずにはいられないんだ」
今度の罠はね――とラシェルは無邪気な瞳で、
ラシェル:「扉に触ったらそれだけで相当遠く飛ぶよ。海まで届くくらい」
虎王丸:「げっ」
ラシェル:「内側から触ったら反対の壁つきやぶって飛んでいけるかな。イン・クンフォーにカラクリをしかけるのも悪くない」
冷や汗をかく虎王丸の前で、ラシェルはきょとんと、
ラシェル:「どうしたのさ? こんなもの序の口だよ――さあ行こう」
と虎王丸を促した。
一階。
虎王丸:「へっ。ここなら覚えてるぜ」
二階への階段が見えている。その階段の直前の床が抜ける仕組みになっているはずだ――
ラシェルにそう言うと、ラシェルはとんとんと床を靴底で蹴って、
ラシェル:「そうでもないよ。たくさん空洞音が返ってくる――ここ、あちこちに落とし穴があるみたいだ」
虎王丸:「まじかよ!?」
ラシェル:「虎王丸が来たときより、グレードアップしてるかもね」
ラシェルは慎重に慎重に靴底を床に滑らせながら、床の様子を見ていく。
そしてある一点を見つけると、とんとんと軽くかかとで叩いてから、ドン! と強く床を踏んだ。
ぼこっ
床が四角く抜ける。
ばっしゃん!
落ちた床が、水音を立てた。
中は井戸を四角くしたかのように、水で満たされていた。
ラシェル:「ふーん。どうりで変な空洞音だと思った。水かあ……」
虎王丸:「こんなのが大量にあるってのか?」
虎王丸があほらしそうに鼻を鳴らす。
ラシェルはその水に、荷物から取り出した粉を振りまくと、
ラシェル:「さ、次の穴行こうか」
と言った。
階段に着くまでに、合計四つの穴があった。どれも水で満たされている。
それを見るたびに、ラシェルは粉を振りまいて、前に進んだ。
虎王丸:「おい……」
ラシェル:「なに?」
虎王丸:「お前さっきから、何を水ン中に入れてんだ?」
訊くのが怖い気もしたが、訊いてみた。
ラシェルは爽やかな笑顔で、
ラシェル:「しびれ薬。水に浸かったら軽く一日くらいしびれるよ。一階だし、まだまだ序の口だね」
虎王丸:「………」
虎王丸はおとなしく二階への階段を昇った。
ラシェルは、
ラシェル:「イン・クンフォー用の罠、罠……」
二階への階段付近の壁を怪しい道具でいじり始める。
虎王丸:「何しかけてんだー?」
ラシェル:「うん? この辺の壁に触るとロケットパンチが飛び出すようにしてる」
虎王丸:「ロケットパンチ……」
虎王丸はイン・クンフォーがそれをくらっているところを想像してご満悦になった。
二階。
三階への階段が見えている。
虎王丸:「ここは確か中央辺りが全部抜け落ちる……」
ラシェル:「ううん」
ラシェルはとんとんと軽く床を叩いて、
ラシェル:「中央どころじゃないよ。床全部抜けるんじゃないかな」
虎王丸:「うげっ!」
ラシェル:「空洞音がすごいから」
ラシェルは虎王丸に階段にいるように言い、自分も階段の位置から出ないようにしながら、
どん!
と二階の床を片足で踏み抜いた。
ばこんっ!
ラシェルの予想通り、すべての床が空洞となった。
虎王丸:「どうやって通れってんだよ!?」
さしもの虎王丸も嘆きの声をあげる。
任せてよ、とラシェルはにかっと笑い、荷物からワイヤーフックを取り出した。
三階への階段は見えているのだ――
ラシェルはワイヤーフックをくるくると回し、勢いをつけて思い切り階段へと放った。
彼はドールなだけに、その腕力が並ではない。
しゅるっ ざくっ
三階への階段の壁に、ワイヤーが刺さって引っかかる。
ラシェル:「虎王丸、俺の体につかまってて。絶対放さないでよ」
虎王丸が言う通りにすると、
ラシェルはワイヤーを頼りにとんと地を蹴った。
虎王丸:「!!!」
しゅるるるるるる……
巻き戻されていくワイヤーに引っ張られ、二人の少年の体は三階の階段へと寄せられた。
軽いバンジージャンプ気分に、虎王丸はひいいと内心で悲鳴をあげる。
無事階段に行き着いて、ラシェルは満足そうな顔をした。
ラシェル:「ね? 大丈夫だっただろう?」
虎王丸:「し、死ぬかと思った……」
ラシェル:「甘いなあ」
ラシェルは笑いながら、足元に何か小さな袋を数個置いた。
虎王丸:「何だそれ」
ラシェル:「これを踏んだら催涙粉が噴き出す。まだ二階だし、序の口だね」
虎王丸:「………」
ラシェル:「イン・クンフォーを引っかけるにはまだまだだなあ……」
虎王丸:「ばっか、思いっきり罠しかけてやれよ」
通常トラップならともかく、イン・クンフォー用には容赦はない。
虎王丸はラシェルに向かって主張しながら三階へと向かった。
三階。
四階への階段が――ない。
虎王丸:「あ? 前のときはあったと思ったんだけどな」
ラシェル:「虎王丸の記憶があてになるのか?」
ラシェルはまたとんとんと床を叩き、「ここも全部空洞だな」とつぶやいてから、
ラシェル:「どこが階段かをさぐらないとね。虎王丸、刀貸して」
虎王丸:「……壊すなよ」
虎王丸は渋々、腰に佩いていた刀をラシェルに渡した。
ラシェルは刀にワイヤーフックを巻きつけ、それをぶんぶん回転させて思い切り放った。
ガチャン!
壁に当たって、刀が派手な音を立てる。どこか、響くような音を重ねながら。
ラシェル:「ん。あの音だ――一発正解♪」
ワイヤーフックが巻き戻されて、手元に戻ってくる。
ラシェルは刀を虎王丸に返してから、おもむろにワイヤーフックを虎王丸の体に巻きつけ始めた。
虎王丸:「……何やってんだ?」
ラシェル:「イン・クンフォーのところまで行きたいんだろう?」
ラシェルはやたら頑丈に虎王丸をしばりつけた。
虎王丸:「な、何やってんだ?」
ラシェル:「罠突破のためだと思って」
赤い瞳の少年は、にっこりと笑った。
ラシェル:「思いっきり、蹴破ってきなよ。虎王丸」
――……
ラシェルのドールとしての腕力は、本当に素晴らしかった。
虎王丸を頭上で数回回して、思い切りぶん投げるぐらいには。
虎王丸は汗とも涙ともつかないしずくを空中に散らしながら、やけくそ気味に先ほど刀が当たった場所を蹴破った。
ばきゃっ!
壁が割れる。
中から階段がのぞく。
ラシェル:「やったよ虎王丸! すごいすごい!」
虎王丸:「いいから早く巻き戻せーーー!」
ワイヤーフックを巻き戻してもらえず、空中でぶらんぶらんされながら、虎王丸は泣きそうに叫んだ。
一度割れればその壁は一気にもろくなった。ワイヤーフックの先だけでも崩せるほどに。
何度も何度もワイヤーフックを当てて、壁を完全に崩すと、二階のときと同じ要領で二人でバンジージャンプ。
無事、四階への階段へとたどりついた。
虎王丸がぜえ、ぜえと肩で息をする。その横で――
ラシェルが四階への階段周りの壁に、何かを塗りたくっていた。
虎王丸:「何だそれ」
ラシェル:「ん、しびれ薬液体状。触ったら丸一週間ぐらいしびれるかな」
虎王丸:「………」
ラシェル:「これはイン・クンフォー用にもいいな。さ、行こう」
虎王丸:「ばっかイン・クンフォーには一週間どころか一ヶ月くらいしびれる薬をだな――」
虎王丸はどこまでもラシェルに文句を言いながら、四階へと昇った。
四階。
五階への階段は見当たらない。
代わりに部屋の四隅の天井から綱がぶらさがっている。
虎王丸:「ここは、覚えがあるぞ……」
虎王丸は警戒して、ラシェルを「お前が綱を引っ張れよ」と前へ前へと押し出した。
ラシェルは一本目の綱を見上げて、「んー」とうなった後、
ラシェル:「虎王丸、この綱は大丈夫だ。引いてもいいよ」
虎王丸:「ざけんな! てめえが引け!」
ラシェル:「大丈夫だって言ってるのに……」
ぐい
ばこんっ
ラシェルの言葉どおり、近くに階段が現れただけで、他に何も起きなかった。
ラシェル:「ほらな?」
虎王丸:「………」
無言になった虎王丸の横で、ラシェルは綱に何かを塗り始める。
虎王丸:「ま、また毒か!?」
ラシェル:「違うよ。最近開発した眠り薬。皮膚からも侵入して効果を発揮するんだ」
虎王丸:「……ちゃんと効果試したか?」
ラシェル:「や、まだ」
虎王丸:「………」
ラシェル:「さて、イン・クンフォーにもこの罠にかかってもらわないと」
ラシェルはおもむろに銃を取り出すと、特殊弾を詰め込んだ。
そして、四階と三階をつなぐ階段に向かって撃ち込んだ。
魔方陣が空中に浮かび、見えない壁が生まれる。
ラシェル:「俺特性の特殊弾。魔法に似てるけど魔法じゃないからイン・クンフォーでもまともに解けないだろ。ここを通ろうと思ったら、綱を引かないとダメだからな、イン・クンフォー」
虎王丸:「よっしゃ、よくやったラシェル」
虎王丸はわははと胸を張って、ラシェルの背中をばしばしと叩いた。
五階。
またもや階段がなく、二本の綱が部屋の中央に並んでおとなしく引っ張られるのを待っている。
虎王丸:「二者択一か……」
虎王丸は腕を組んでうなった。
虎王丸:「おい、どっちが安全だ? ラシェル」
ラシェル:「んー」
上を見上げていたラシェルは、やがて片方を指差して、
ラシェル:「こっちだね」
下の階での例があったので、虎王丸は信用してラシェルが指差したほうを引っ張った。
ばしゃあああっ
……天井から水が降ってきて、虎王丸はずぶぬれになった。
虎王丸:「てんめ、ラシェル! 間違えんなよ!!!」
ラシェル:「間違ってないよ」
虎王丸:「間違ってんじゃねーか!」
虎王丸は怒りのままにもう一本の綱を引いた。
ぼおおおう
……天井から炎が降ってきて、虎王丸の髪が燃えた。
ラシェル:「ほら。“どっちが安全か”って訊くから正しく答えたまでだよ俺は」
言いながら、ラシェルはもう一度最初の一本を斜めから引っ張って水を降らし、虎王丸の炎を消した。
ラシェル:「――炎より水のほうが安全だろう?」
虎王丸:「てめっ殺されたいか……?」
ラシェル:「俺はまじめに言ったのに」
虎王丸:「俺が言ってんのは階段出すのにはどれかってことだ!」
ラシェル:「はいはい」
ラシェルは片手に一本ずつ、二本の綱を両手に持ち――
同時に引っ張った。
ばこん
壁の一箇所が開いて、六階への階段が現れた。
虎王丸:「最初からそう言えーーーー!」
虎王丸は泣きそうな気分で叫んだ。
それを無視してラシェルはまた綱に何かを塗りたくり始める。
虎王丸:「こここ今度は何塗ってんだ?」
ラシェル:「うーん、よく分からない。適当な毒草を混ぜたらできた液体」
虎王丸:「………」
ラシェルは例によって銃弾を階段に撃ちこみ、封鎖する。
虎王丸の肩が少し軽くなって、そして六階への階段――
六階。
またもや中央に二本の綱がある。
虎王丸:「今度も二本同時に引けばいいんだな?」
ラシェル:「ちょっと待って」
ラシェルは目を細め、注意深く天井を見る。
天井と綱のつながりどころを見て、はかっているらしい。
そして、
ラシェル:「だめだ、これ両方ともトラップ。さっきと一緒で片方が水片方が炎。両方引いてもだめ」
虎王丸:「あん? じゃあどうやって」
ラシェル:「壁じゃないかな? 空洞音探してみてよ」
言われるままに虎王丸は壁をごつんごつんと裏拳で叩きながら進む。
と、確かに空洞音があった。
思い切り拳でぶち破ると、そこには階段があった。
虎王丸:「なんでぇ、けっちぃ罠。……ってお前何してやがる」
ラシェル:「罠はグレードアップさせていくのが俺のお仕事」
虎王丸:「いつの間にそんな仕事に……」
冷や汗をかく虎王丸の視線の先で――
ラシェルは自分が「両方罠だ」と言いきった綱の片方に、ペンでかきかきと「こちらが正解です」と書き込んでいた。
虎王丸:「お、おい、それ、火と水とどっちの綱だ?」
ラシェル:「水ー」
虎王丸:「………」
虎王丸はぞっとした。
もし――他の冒険者がこの階まで来たら――
大抵、「こちらが正解です」とは書いてないほうを引っ張るだろう。
そうすると炎が降ってくる。
腹を立ててもう一方を引っ張ると水が降ってくる。
両方引っ張っても階段は出てこない。
――何だかものすごくタチが悪い気がした。
ラシェル:「ついでにイン・クンフォーが引っかかるように、と……」
ラシェルは銃に特殊弾を詰め込み、六階へ昇ってくるための階段に向かって放つ。
魔方陣が描かれた。五階とつながる階段が閉じる。
それから綱に別の弾を撃ち込んだ。
ラシェル:「イン・クンフォーみたいな魔力を持った人間が綱に触れたら、魔力が具現化して蛇になって腕に巻きつく。魔力が高ければ高いほど大きな蛇になるから、イン・クンフォーが触ったらさぞかし大きな蛇が部屋をのたくるだろうね」
虎王丸の冷や汗が爽快に吹き飛んで、彼らは七階への階段を昇った。
七階。
――大量の綱があった。
三十か四十かというほどの数の綱が、白い天井から吊り下がっていた。
虎王丸:「なんだこりゃーーー!」
叫ぶ虎王丸の横で――
じーっと綱と部屋を見比べていたラシェルが、天井にます目があることに気づいて目を細めた。
ます目の数と、綱の数を比べる。
ひとつのます目に、それぞれ一本ずつ綱がついている。
ラシェル:「ふむ……」
ラシェルは近場の綱を一本引いた。
その綱がつながっているますが――
ぴこっと、白から黒へと色を変えた。
ラシェル:「なるほど」
そこからラシェルは迷わず綱を選び取りぴこぴこ一部の天井の色を変えていく。
虎王丸は呆然とそれを見ていた。
『イン・クンフォー』
そのつづりが天井に完成したそのとき――
バコン!
壁の一部が開き、階段が現れた。
ラシェル:「意外と簡単な罠作るなあイン・クンフォーって人は」
言いながら、ラシェルは綱の一本に唐突につかまり、よじ登った。
そして天井までたどりつくと、かちゃかちゃと何かをいじりだした。
そしてとんっと床まで飛び降りてくると、また違う綱によじのぼり、天井でかちゃかちゃやりだす。
それを小一時間続けて――
虎王丸:「何やってんだよ。早く行こうぜ」
いい加減しびれを切らした――ここまで我慢したことのほうが奇跡である。どうしてもラシェルの腕が必要だったのだ――虎王丸が額に青筋を立てながら言うと、
ラシェル:「今罠をかけなおしたー」
朗らかな声が返ってきた。
ラシェル:「これで、次からは『イン・クンフォー』って入力したヤツは爆発するよ。他にもイン・クンフォーが思いつきそうな単語入れたら爆発するようにした」
虎王丸:「………………じゃ、じゃあ正しいパスワード何にしたってんだ?」
ラシェル:「え、聞きたい?」
虎王丸:「……いや、いい……」
ここでもラシェルは特殊弾を下へ降りる階段に撃ちこみ、さらにはどこやらの階段で使っていた小さな小袋をばらばらとばら撒いていく。たしか催涙剤が入ってるとか……今回もそうなのだろうか。
ラシェル:「これを開けるためにもパスワードが必要だからな、イン・クンフォー♪」
ラシェルは楽しそうに言って銃をしまった。
虎王丸:「その小袋は?」
ラシェル:「ああ、これ? 唐辛子の粉末。目に入ったらちょっとしばらく目がやばいかもね」
虎王丸:「よっし、イン・クンフォーの目をつぶしてやれ!」
嬉々として道具袋をかついで戻ってきたラシェルとともに、虎王丸は胸を張って八階へと昇った。
八階。
階段もなければ綱もない。まっさらな部屋。
虎王丸:「ここはまた魔物の巣窟か……?」
以前来たときに、壁の空洞音を蹴り破るたびに魔物と出会った虎王丸は、刀を抜こうとした。
ラシェル:「んー……とりあえず空洞音さがしてみようか」
二人でごんごんと壁をたたき続ける。
……大量に空洞音があった。あっちにあればこっちにもある。
ラシェル:「んー……でも、どれにも魔物の気配がないなあ……他のトラップかな?」
ラシェルは壁の一箇所に耳を当てた。
虎王丸はごくりと息をのんで見守る。
ラシェル:「ん? この音は……」
虎王丸:「どうした?」
ラシェル:「ひょっとすると――」
ラシェルは虎王丸に、どいているように言った。
そして、自分は道具袋に入れてあった携帯用つるはし(!)で思い切り壁をぶち破った。
どおおおおおおおおおおおおおおおっ
水の奔流が虎王丸の目の前を通り過ぎていく。
その間中、水の向こう側にいるはずのラシェルの姿が見えなかった。
おおおおおおおぉぉぉぉ…………
水の流れが――やがて、止まる。
ラシェルがつるはしを肩に、「ほら、階段」と言った。
たしかに、水が流れきった後の空洞には階段があった。ちなみに水は下の階に流れていったようだ。
ラシェル:「唐辛子粉末が台無しだなあ。ここにも設置しよう」
ラシェルはまたもや銃に特殊な弾を詰め、トリガーを引いた。
と、まるでしゃぼん玉のように透明な膜の丸い玉が空中に浮いた。
すかさずラシェルは先に唐辛子粉末入り袋を取り付けたストローのようなものを取り出し、その透明玉に袋とは逆の先を挿した。
ストローを介して、粉末が透明玉の中に入っていく。
袋の中身をすべて入れ終わり、ラシェルは玉を手放した。
ぽよよん、と玉が宙に浮かび、ただよう。
ラシェルは次から次へと同じような玉を生み出しては、粉末を中に入れて空中に浮かばせた。
あまりにも大量に作ったので、やがて部屋が狭くなってくる。
虎王丸は慌てて九階への階段に避難して、
虎王丸:「お、おい通る場所ねえじゃねえか」
ラシェル:「そりゃそうだよ。イン・クンフォー用の罠だから」
どうするだろうね、とくくくとラシェルが怪しい笑みを浮かべる。
ラシェル:「大量唐辛子粉末地獄。どうやって脱け出すかな、イン・クンフォー」
虎王丸はガハハと笑った。
虎王丸:「よっしゃよっしゃ! 上行こうぜ上!」
唐辛子玉に埋め尽くされた八階二人で後にして――
九階。
ここの罠は単純だった。あまりにも単純だった。
ぐるるるるる……
虎王丸:「巨大魔物かよ!?」
虎王丸は慌てて刀を抜いた。視線の先に――
人十人分の質量はありそうなオオカミ型魔物が待っていた。
ぐおおおぉぉうっ!
魔物が唾液を吐き散らしながら大口を開けて虎王丸に迫る。
虎王丸は白焔を放った。
魔物の動きが乱れる。
ズガァ……ン
虎王丸の背後から、ラシェルの撃ち出した銃弾が魔物の目玉に当たった。
虎王丸:「おらよっ! くたばれ!!!」
虎王丸は飛び上がり、その首に刀を一閃する。
血がほとばしった。魔物が咆哮をあげた。
虎王丸:「一撃じゃ足りねえか……!?」
着地した虎王丸は今度は下から魔物の首を狙う。
一閃。
しかし毛皮が分厚くて、どうやら深く切れないようだ。
ズガァン!
二撃目のラシェルの銃弾が、魔物のもう片方の目をつぶした。
魔物が暴れ狂う。しかし視力をなくし、己の血の匂いで目標の位置を正確につかみ取れなくなったか、見当違いの場所ばかりに爪を放ってくる。
虎王丸:「はっはーあ! お前、ばっかじゃねーの!?」
と虎王丸が笑いながら言ったとたん――
爪が虎王丸に飛んだ。正確に。
虎王丸は慌てて刀で受け止めた。
ラシェルが背後でつぶやいた。
ラシェル:「聴覚は失ってないんだよね……。しゃべったら位置バレるに決まってる」
そして狙いを定め、銃弾で魔物の耳を狙う。
彼の銃の腕前は最高レベルだ。狙いをたがうことはない。
まずは右耳。そして左耳。
ラシェル:「これで好きなだけ吼えなよ、虎王丸」
虎王丸:「人を獣みたいに言うなーーー!!!」
ラシェル:「あれ、違ったの?」
事実虎王丸は本来霊獣人なのだから、ある意味ラシェルの言葉は当たっている。
ますます暴れ狂う魔物の見当違いの攻撃の合間を縫って、虎王丸は魔物の首だけを狙った。
跳躍し、白焔をからませた刀を思い切り振り下ろす。
ざうっ
魔物にはよく効く白焔の威力が刀に加わり――
魔物の首が、落ちた。
しゅうしゅうと煙を立てながら、魔物は消え去った。
虎王丸:「よし、と……あん?」
虎王丸は刀をしまってからふと気づく。――次の階への階段がない。
虎王丸:「まーた壁叩きかよ!?」
ラシェル:「カラクリ館に来てそういう手間を面倒くさがるのが間違いなんだ」
ラシェルはむしろ活き活きとして、壁を叩き始める。
虎王丸もしぶしぶ壁を叩き、
虎王丸:「お、空洞音」
ばきっとぶち破った。
と、
その奥から炎が噴きだしてきた。
虎王丸:「どわっちゃあああああ!!!」
ラシェル:「俺の指示なしに勝手に開けるなよ」
体に火がついて部屋を走り回る虎王丸を無視してラシェルはごんごんと壁を叩き続ける。
そしてある一箇所に耳を当て、
それからまだ火を消すために転げまわってる虎王丸を見て、
ラシェル:「仕方ないなあ……」
つるはしを取り出し、その壁を横から割った。
どばあっ!
奥から水が噴き出してきた。
その水が虎王丸の体にかかり――
虎王丸は何とか、火を消して立ち上がることに成功した。
その頃にはもうラシェルは次の行動に入っていた。水が流れ終わったその奥に、何かを取り付けている。
さらには火を噴き終わった虎王丸が空けた穴の奥にも。
部屋には他にも色々な穴があった。スカもあれば粉がばふんと噴きだしてくるような罠もあった。
ラシェルはことごとくそれを開けていき、罠が終わった後の奥に何かを取り付ける。
ラシェル:「――よし、いいかな」
虎王丸:「何が?」
ラシェル:「全部の狙いが下に降りる階段に集まるように設置。これで――階段に近づいたらどす黒い粘液がすべての穴から一斉に飛び出して体にからみつく」
虎王丸:「………」
虎王丸は今さらながらに思った。
虎王丸:「お前の作るトラップって趣味悪ぃな」
ラシェル:「害は少ないだろう?」
精神的な害は大きそうだが。
とにかく、あらかたの穴を開けているうちに階段はすでに見つけていた。彼らはそれを昇っていく――
十階。
虎王丸:「んげっ」
魔物魔物魔物。
部屋を埋め尽くしそうな魔物の数。
ラシェル:「全部倒さないと階段さがせそうにないね」
ラシェルは階段が見当たらないことをたしかめて、つぶやいた。
虎王丸は、やけになった。彼の猛烈怒涛の攻撃により――
あらかたの魔物はあっという間に消え去り、
虎王丸が討ちもらした魔物はラシェルの銃撃の的になった。
虎王丸:「ったくよー。怪我したらどうしてくれんだ」
虎王丸がぶつぶつ言うと、
ラシェル:「普通は怪我を承知で来るんだろ」
ラシェルはつっこみながら、すでに壁叩きを始めていた。
虎王丸の協力の元、二人でごんごんし続けてみたが――
空洞音が、ない。
ラシェル:「壁にない。ときたら、あそこしかないな」
虎王丸:「どこだ!?」
ラシェル:「その前に罠かけさせてよ」
ラシェルは荷物の中から変な赤と青の石を取り出した。
そして、それを打ち鳴らした。
かちっ かちっ
打ち鳴らされるたびに――
どごん どごん
顔だけの縦長像、どこかの世界ではモアイと呼ばれるような石像がひとつずつ生まれた。
天井につくほどに大きい。それを部屋を埋め尽くすように生み出し、
ラシェル:「こいつら全部処分するのは骨が折れるだろうね。さ、上の階行こうか」
虎王丸:「………。どうやって?」
ラシェルはつるはしをワイヤーフックに巻きつける。
そしてぶんぶんと回し――
天井に向かって放った。
がきいっ!
つるはしの先が当たり、天井にひびが入る。
ラシェル:「うーん。さすがに頑丈だなあ」
虎王丸:「おい、階段は」
ラシェル:「ないと思うよ。完全に封じてるんじゃないかな」
虎王丸は真っ赤になった。ここまで昇ってきた甲斐がないじゃないか。
虎王丸:「イン・クンフォーの馬鹿野郎ーーーーー!!!」
ラシェル:「怒鳴っても仕方ないよ」
ラシェルは何度も何度もつるはしをあて、天井のひびを増やしていく。
虎王丸はその間中、にやにやしていた。今日はどうやってイン・クンフォーに言うことを聞かせてやろうか。
その間にも天井のひびが深くなり、
ぴしっ……
欠けた天井が降ってきて、
ずがっ!
ある瞬間に、つるはしが天井に突き刺さった。
ラシェル:「よーし」
ラシェルはうまくワイヤーフックとつるはしを操って穴を大きくしていく。
そして人がひとり通れるくらいの穴になると、つるはしをしまった。
ラシェル:「天井が崩れても困るしね――さ、虎王丸。俺につかまって」
虎王丸:「お、おう?」
虎王丸がラシェルにしがみつくと、ラシェルはワイヤーフックを天井の穴に引っかけて、
しゅるるるるるるっ
ワイヤーフックを巻き戻した。
ラシェルと虎王丸の体が天井に向かって引っ張られていく。
虎王丸:「どわあっ!」
天井にぶつかる!
――と思ったところで、ラシェルがうまく体の動きを操作し、くるんと回って穴を通った。
こうして、二人は上の階へと――降り立った。
最上階。
丸い天蓋から、明るい陽光がさしこんでいる。
中央に、ひとりの女性がいた。
虎王丸:「あ! イン・クンフォー!」
虎王丸はその女性に向かってずかずか歩み寄る。
ラシェルが首をかしげていた。
ラシェル:「あれがイン・クンフォー……?」
つややかな髪、白い肌の露出が多い、やたらエロティックな服装。
これがあの名高い魔法兵器開発部長官?
???:「あら、ぼうや。また来たの……?」
女性はつやっぽく虎王丸を見る。
虎王丸は骨抜きになりそうなのを必死でこらえた。
虎王丸:「この間はよくも騙してくれやがったな。今日こそ言うこと聞いてもらうぜ!」
???:「いやん。そんな乱暴なこと言わないで……」
女性はしなやかな手で虎王丸の顔に触れる。そっと輪郭を愛撫するように指をすべらせて。
虎王丸は顔を真っ赤にし、頭から湯気を出した。思わずとろんとなりそうになる顔つきを必死で引きしめ、
虎王丸:「いいから、この鎖を解きやがれっ!」
???:「そんなに焦らなくてもいいじゃない。せっかく来たんだからぁ……」
なまめかしく体を動かす女性に、虎王丸は言葉を失った。
ラシェルがおもむろに前に出て、じろじろと女性を見た。
そして手を伸ばし、むんずと女性の腕をつかむ。
???:「いやん。痛い」
虎王丸:「あ、てめラシェル! 慣れ慣れしく触んな!」
ラシェル:「ふーん……さすがイン・クンフォー」
ラシェルは感嘆の声をあげた。
ラシェル:「触れる幻影なんて初めて見た。なあ、それとも本物が変身してるのか? 教えてよ」
???:「………」
女性が押し黙る。
物陰から、のっそりと老人が姿を現した。
???:「ほほう……今度は少しは頭の回りそうな仲間を連れてきたか、ぼうず」
よくここまで昇ってきた――と心底感心したように。
ラシェル:「あんたが本物のイン・クンフォーか?」
ラシェルは目を輝かせた。虎王丸が、げっと引きつった。
ラシェル:「じゃあこいつ、触れる幻影なんだな! 詳しく教えて欲しい……!」
虎王丸:「てめっ! この間は自分は助手だって言いやがったじゃねーかっ!」
二人の声が重なった。
イン・クンフォーは虎王丸に向き直って、
イン・クンフォー:「いや、そっちの女もイン・クンフォーじゃ。二人いるんじゃよ」
虎王丸:「へ?」
ラシェル:「そんな馬鹿な」
イン・クンフォー:「嘘ではない。ほら、触ってみるがいい。ちゃんと人間じゃろう?」
言われて、思わず虎王丸は女性に触ってしまった。
その瞬間に――
ひゅんっ
虎王丸の姿はその場から消えた。
ラシェル:「……あーあ」
ラシェルが心底呆れたような声を出す。
ラシェル:「だから、勝手に行動するなってのに……」
本物のイン・クンフォーは、ほっほと笑っていた。
イン・クンフォー:「お前さんは少しは頭が回りそうじゃの。どうじゃ、わしと一緒に研究せんか?」
ラシェル:「あ、それ魅力的」
とラシェルが言ったとたん、
虎王丸:「ラシェーーーーーーーーール!!!」
塔の外から、馬鹿でかい声が飛んできた。
虎王丸:「お前、戻ってこいばかたれーーー!!! 俺ばっかりこんな目に遭わすなーーー!!!」
ラシェル:「……自業自得だってのに」
やれやれ、とラシェルはため息をつき、
ラシェル:「まあ、友達がああいってるので帰ります」
イン・クンフォーはほっほと笑った。
イン・クンフォー:「まあ、それもよかろう。お前さんもその女に触れるがいい」
ラシェル:「はいはい」
ラシェルは触れる幻影たる女に触れる。
ふっ――
浮遊感が襲ってきて、そしてラシェルも最上階から弾き飛ばされた。
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ラシェル:「しっかしなあ……」
二人して外から塔を見上げながら、ラシェルが残念そうにつぶやいた。
ラシェル:「魅力的だったなあ……一緒に研究」
虎王丸:「あんなボケ色じじいと一緒に研究なんかすんなっ!」
ラシェル:「色ボケなのは虎王丸だろ」
ラシェルははあ、とため息をついた。
ラシェル:「最上階までへの階段を作らない――ってことは、魔法で移動するか最上階から滅多に出ないかのどちらかだな。せっかくトラップたくさんしかけてきたのに……」
虎王丸:「イン・クンフォー!!! 全部のトラップに引っかかりやがれーーー!!!」
虎王丸が全力で叫んで、塔の扉を蹴飛ばそうとした。
ラシェル:「あ」
ぱしぃん
跳ね返りの魔法陣――
虎王丸の体があっという間に海に向かって吹き飛んでいった。
ラシェル:「あーあ」
ラシェルは頭の後ろで手を組み、大きなため息をついた。
ラシェル:「だから、俺の言うことは聞いておけっていうのに……」
虎王丸はどこまでも虎王丸だった。
もうすぐ夕焼けが見える。
虎王丸が飛んでいった水平線は、とても静かだった。
―Fin―
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いつもありがとうございます、笠城夢斗です。
今回も納品遅れ申し訳ございません。
その分死力を尽くしてみました。トラップとの勝負、虎王丸とラシェルのやりとり、いかがだったでしょうか。楽しんでいただけるとよいのですが……
よろしければ、またお会いできますよう……
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