<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


例えばこんな物語 第二章


 コンコンと小気味のいい音を数回鳴らし、アレスディア・ヴォルフリートはゆっくりと扉を開けた。
「失礼する……その後、部屋はどうかな?」
 部屋の中を検分するようにアレスディアはキョロキョロと顔を動かしながら部屋の中へと入る。
「まだ、大分綺麗だよ」
「ああ、そのようだ」
 まだという言葉に少々の引っ掛かりを感じたが、ハルを手伝って掃除をしたときよりかは多少汚くなっているものの、確かに最初来た時とは比べ物にならないほど綺麗だ。
「また、コール殿に物語を聞かせていただきたくて、お邪魔させていただいた」
 アレスディアはどうぞと進められた椅子に軽く礼を述べて腰を下ろすと、本棚へ向かって歩くコールに視線を向ける。
「特にこういう状況でどうという希望はないのだが」
 どうせならば、心誓士としての自分の話しを。
「いいよ。じゃぁ、これとこれかな?」
 コールは整理された本棚から以前のアレスディアの物語を手にとって机に重ねていく。
「先の、力に疑問を持つ様、まるで他人事では……」
 アレスディアは軽く顎に手を当てて微かに眉根を寄せる。
「というより、私のことか」
「そうだよ? だって、僕はアレスちゃんのこと物語にしてるつもりだもん」
 そう、コールはアレスディアを見たイメージから、こうして交わした会話から感じたものを取り入れながら物語を作っていっている。
「うむ……私でありながら、しかしここにいる私ではなく……」
 それはアレスディアが感じる現実という世界以外の場所で生まれた“アレスディア”が、コールというフィルターを通して今何をしているかを間接的に尋ねているような―――
 コトリ、と置かれたインク瓶の音に、アレスディアははっとして顔を上げる。
「あ、いや、申し訳ない! つい」
「ん? 大丈夫だよ。まだ準備してたから」
 しかし、そんな理屈を考えるためにここへ来たわけではない。
「コール殿の物語を楽しみに来たのだ」
 アレスディアは体裁を整えるように一度コホンと咳をして、椅子に座ったまま頭を下げた。
「それでは、今回もよろしくお願いする」



【シェフレラの出会い】


 きゅ。きゅ。きゅ。
 窓を拭く音が小さく店の中に響き渡る。
 窓ガラスを拭いているのはアレスディアだ。
「あのね、アレスちゃん。もういいのよ?」
 その後からエプロンドレスを着込んだ女将が、おろおろとアレスディアに話しかける。
「いや、しかしこの汚れは……」
 もう少し磨けば綺麗になりそうなのに、そのもう少し加減がどのくらいかアレスディアには分からずに、もう何時間も窓の前で布を動かしたまま微動だにしていない。しかし、普通に考えてコレだけ布で磨いて取れない汚れならば、途中で諦めてしまいそうなものだけれど。
「他の窓は凄く綺麗だから、そんな隅っこのほうまで気にしないで、ね?」
「しかし……」
 そう、アレスディアが磨いている場所は窓の極々端っこ。しかも店の端っこ。
 女将に促され、アレスディアはしぶしぶといった感ではあるが、窓から身を離して掃除道具を片付ける。
 そして、その日が終った最後、その店を解雇されてしまった。
「悪い子じゃないんだけどねぇ」
 アレスディアの去っていく背中に、女将は小さく呟く。
 解雇される理由は分からない。
 だけれど、もう何度も聞いた言葉だった。
 心誓士として一人立ちを許され、レペトスペルマムから旅立ってからどれくらい経っただろうか。
 いやまだどれくらいと言うほども経っていない。
 指を折って数えてみれば、片手で終ってしまった。
 流石に心誓士としては駆け出しの自分を“心誓士”として雇ってくれるところはなくて、それでも生きていくためには働かなければいけないため、求人広告を見ては志願し最初は問題なく進むのだが、どうしてもある程度の期間が来るとクビにされてしまう。
(何か私には足りないものがあるのだろうか……)
 だからきっと理由もなくクビになってしまうのかもしれない。
 しかしそれが自分の生真面目さだとはまったく気が付かないアレスディアであった。




 呪文の媒体である十字架さえあれば、武器を持ち歩く必要の無いアレスディアは、他の腰に剣を携えた人達よりも身軽で俊敏力に長けると思うのに、やはり年若いせいか思うような仕事を易々と任せられるようなことが殆ど無かった。
 それにアレスディアがつきたいのは、傭兵のような仕事ではなく、護衛などの人を護る仕事。
 それがまた仕事の幅を狭めているといっても過言ではなかった。
 アレスディアは、はぁっと一回長くため息を付く。
 人の役にたちたいと考えているのに、具体的にどうすれば人の役に立てるのか分からない。
 とりあえず次の街へ行くための旅費を稼がなくてはいけないため、次の働き口を探そうとアレスディアは歩き出した。
「仕事を、探しているの?」
 ふと目に留めた窓に張られた求人募集に見入っていたアレスディアに、のんびりとして少しだけ乾いたような女性の声が降り注ぐ。
「え? あ、はい…」
 見ず知らずの老女に問われ一瞬戸惑ったものの、仕事を探していることは本当なため、アレスディアは素直に頷く。
「あなた、どこも長く続かないんじゃない?」
 老女の言葉にアレスディアの顔に驚きの色が浮かぶ。そして、そのまま少しだけ視線を泳がせる。
「真面目そうだもの」
 しかし、老女はそんなアレスディアを見てにっこりと微笑んだ。
 旅費が溜まるまでという条件つきであったのに、老女はそれを快く受け入れ、むしろその方がいいと口にした。
 その理由が分からずにアレスディアはその時首を傾げたが、もう少しで費用がたまるというところで、
「あなたが短くてもいいって言った理由教えましょうか?」
 と、老女の方から話を切り出してきた。
「私はね、人を雇うとき―――」
 一生懸命働きます。という言葉どおりの事をすれば、誰かが裏で陰口を叩く。だからといって手を抜けば、今度はサボっていると怒られる。
 世の中は、要領がいいちゃっかりさんにはとても生き易い場所だけれど、本当にそんなことが出来る人なんてそうそう居ない。
 それならば、一生懸命働く人を選んだほうがいいに決まっている。
「あなたの話を聞くと、ちゃっかりさんもさぼっているようにも聞こえるのだが」
「そうよ」
 あっさりと肯定されてしまって、アレスディアはわけが分からずにただ首を傾げる。
「さぼることは確かに良くないことよ。でも、それがばれなければいいのよ」
 例えば、使っていない棚の内側の掃除を1週間に1度にするとかね。だってわざわざそんなところ毎日見ないのだから、掃除したかどうかなんて実際分からないでしょう?
「ちゃっかりさんはね、どこに力をいれればいいか無意識に気がついているの」
 あなたはいつも全てに全力投球。とコロコロと笑う老女をアレスディアはただただ不思議そうな顔つきで見つめる。
「それはとても素晴らしい事だけど」
 疲れはしないだろうか? と、考えてしまう。そして老女にとって、それが当たり前になってしまったら、全ての人にそれを求めてしまう。だから、短期の条件に了承した。
「私のような人はそうそう居ないわ。あなた幸運だったわね」
 確かに彼女のような生き方考え方をする人にこの先で会える確率は低いだろう。
 変わり者のシェフレラ。
 アレスディアは旅費を稼ぐ間だけという短い期間を共に過ごした老女の言葉をふと考える。
 明確な理由も告げられず解雇され、そしてその後耳にする言葉の意味が、なんとなく分かったような気がする。
 もしこの先またこの街に帰ってきたならば、彼女をまた訪ねてみよう。そう思って。



終わり。(※この話はフィクションです)






























 話が終わり、アレスディアは一瞬ぽかんと瞳を大きくして、その後考え込むように眉根を寄せて顔を軽く伏せる。
「どうだった?」
 ちょっと小首を傾げながらいつものようにコールは尋ねる。
 そしてアレスディアは一呼吸おいて躊躇いがちに口を開いた。
「……私は、そんなに、真面目、だろうか」
 コールにそんな教訓じみた一言を貰ってしまうほどに、物語の自分は真面目なのだが、どうにも不器用で。
「真面目が悪いって事じゃないよ。凄いなって思う」
 でも、時々本当に、いつ気を緩めてるのかなぁとも思う。
 自分のことは自分が一番分かっているとよく言うけれど、なんだかそれを聞くとその言葉は嘘だとしか思えない。
 根から染み付いた性分なのだから、アレスディア自身はその行動に対して何とも思わなくても、人から見れば毎日肩に力を入れているように見えていたのだろうか? と、尚更考え込む。
「う、うむ……少し、性格を変えねばならないだろうか……」
「変えることより、時々まぁいっかって思ってみるのはどうかな」
 結局、そのまま考え込んでしまったアレスディアを見て、コールはただにこにことその姿を見つめていた。











☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 例えばこんな物語 第二章にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。物語のアレスさんは少しだけ自分の真面目さに気がつき、この先どうにかしようとしている感じですが、現実のアレス様はどうなるでしょうか?物語の続きよりもそっちが気になる当方です(笑)
 それではまた、アレスディア様に出会える事を祈って……