<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


戯れの精霊たち〜半人前の冒険者〜

 僕はリュウ・アルフィーユ。冒険者になってまだほとんど時間の経っていない、経験の浅い未熟者だ。それでも毎日頑張って、色んなところに出向いて訓練をしている。

 今日訪れたのはひとつの森……

 森は僕の訓練の場。冒険者として知識を広めるため、背中の翼で空を飛んで、ふと見つけたいつもと違う森にやってきた。
 初めての場所――
 興味と、少しの恐怖心と。僕は少しずつ森の中を進んでいく。
 不思議な場所だった。生物の気配がしない。
 時おり揺れる木々の葉ずれの音が耳に心地いい。
 遠くからは、水の音も聞こえる気がする。

 この感覚がいいんだ。新しい場所を知っていく。新しいことを知っていく。
 知らなかったことが新しく僕の中に入ってくる。こんな感じがいいんだ。
 あ、この樹僕の知らない樹だ。名前は何て言うんだろう。
 あれ、あそこに見えるピンク色のものは花かな? 実かな?
 水の音。川が流れているんだろうか。
 どんな川だろう。大きいのかな、綺麗な水かな?

 僕はそっと剣の感触をたしかめる。
 ――もしも敵が出てきたら、僕ひとりで戦える?
 考えたら、ぶるっと体が震えた。
 ――大丈夫、この森には、生物の気配がない…… 

 木々と、静かな穏やかな音と。それ以外何もない森を僕は進んで行った。
「……あれ……」
 ふと、気づく。――ここはどこだろう?
 周りを見ると木々ばかりで、出入り口はまったく見えなかった。道もない。目印もつけていない。
 完全に迷った。
 そのことを悟って、すぐに僕は泣きたくなった。やっぱり僕は経験が浅い未熟者の冒険者だ。まだまだなんだ。
「と、とにかく……ええと……まっすぐ、進んでみよう……」
 空から見たとき、この森はそれほど大きく思えなかった。だから、まっすぐ進めばいずれ出口にたどりつくはずだ。
 心もとない根拠を心の中で唱えながら、僕は足を前に出す。
 ――太陽はまだ高い。
 けれど、まさか一晩この森で過ごすのだろうか。
 そもそも生きて出られるだろうか――
「僕……」
 ――僕はなんて弱いんだろう。
 この森には出口がある。そのことはこの目で確かめてきたはずなんだ。
 それなのに――前に押し出す足が重い。震えている。
 生物の気配がない。
 それがとても怖い。
 最初に入ったときは穏やかな穏やかな優しい森だと思ったのに。

 遠くから聞こえる水の音。

 つい足がそちらに向かいそうになって、僕は自分を抑えた。
 まっすぐ行くのをやめたら、下手をすればますます迷子になる――

 生きて出られるだろうか。

 再び脳裏をかすめた疑問。
 森がざわめいて、足がすくんだ。
 心までざわめいた。――不安で不安でたまらない。
 だめだ、もう少し歩かなきゃ、歩かなきゃ――


 ふと、
 視線の先に、まったく違う景色が広がった。
 小屋だ。
「出口……近い?」
 僕は思わず口に出してつぶやいた。と、
「悪いね。まだ遠いよ」
 声がした。
 びくっとして僕は振り向いた。
 そこに、柔らかな微笑を浮かべた眼鏡の青年が立っていた。
「こんにちは。『精霊の森』へようこそ」
「『精霊の森』……?」
 つぶやくと、青年はうなずいた。
「僕はクルス・クロスエア。この森の守護者だね。……キミは?」
「あ、ぼ、僕はリュウ・アルフィーユ……です。リュアルって呼んでください」
 慌てて名乗ったら舌が回らなかった。クルスさんはくすくすと笑って、
「慌てなくていい。この森から出たいなら僕がちゃんと送るから――でも少し休んだほうがいいんじゃないかい」
 と言った。
 その言葉を聞いたとたん、僕の体が一気に重くなった。
 疲れがきたんだ。僕は情けなくなった。
 けれど、クルスさんは優しかった。
「小屋においで。無理はしないほうがいい」
 僕は素直に、こくんとうなずいた。


 小屋の中では、なぜか暖炉に火が入ってぱちぱちと爆ぜていた。それでも不思議と暑くない。
 クルスさんは僕に冷たい飲み物をくれて、
「今日はどうしてこの森に来たんだい?」
 と話しかけてくれた。
「えーっと……僕は冒険者になりたくて、その……勉強、みたいなもので」
「ああ、冒険していたんだね」
 何となく恥ずかしい。早々に迷子になっていただなんて。
 僕は顔を赤くして、飲み物を一口飲んだ。
 甘い味がした。すうっと体の中にしみこんでいく。
 ぽっと、体の中に安心の光がともった。
「あの……クルスさんは、森の守護者……でしたっけ」
「ああ、そうだよ。この森には精霊が棲んでいるんだ――分かるかな」
「精霊……」
 耳慣れない言葉だと思った。
 じゃあ、この森に生物がいないのは、代わりに精霊がいるからなんだろうか。
「キミは――有翼人だね。ウインダーが森を歩くのは大変だろう」
「あ、いえ、それが冒険なので」
「なるほどね。それは偉いね」
 クルスさんは微笑ましそうに、目元をなごませた。
 僕は照れて、また一口飲み物を飲んだ。
「有翼人か――空を飛ぶのはどんな心地なんだろうね」
 クルスさんがつぶやく。
「風ですよ」
 僕は言った。
「風?」
「はい、風です。空を飛ぶことは、風です」
 ようやく自然に笑顔を作れた。僕は満面の笑みでクルスさんを見る。
「僕、風が大好きなんです」
 そう言うと、クルスさんがとても嬉しそうな顔をした。眼鏡の奥の緑の瞳が、優しげに光る。
「なら、ひとつお願いを聞いてもらえないかな」
「お願い……ですか?」
「そう」
 クルスさんはひとつうなずいた。
「風の精霊がいるんだ――彼らに体を貸してやってくれないか」

 僕は驚いた。ものすごく驚いた。
 ……ここで驚くのって、変じゃないよね?
 クルスさんは、誓約によって森から出られない精霊たちを何とか森の外に出してあげたくて、森を訪れる人たちに精霊を宿して外に出てもらってるんだって!
 僕は柄にもなく興奮した。そうしたらクルスさんは、僕を小屋の外に連れ出して――
「ラファル、来なさい」
 空中に向かって話しかけた。
 風が、吹いた。一陣の風が。ぶわっと、僕たちに向かって。
「よし。……ここに風の精霊ラファルがいるんだ。この子に体を貸してやってくれないかな?」
「僕が……ですか?」
「そう」
 風がくるくると僕のまわりに吹いて、僕の翼を揺らす。
 心地のいい風だった。僕は、しばらく目を閉じた。
 何も見えない視界の中、風の気配だけがする。
 誰かが、僕のまわりをまわっている気がする。
 ……どんな、精霊なんだろう?
 僕は目を開けた。
「……分かりました」
 クルスさんに目を向けてそう言うと、クルスさんが柔らかく微笑んだ。

 意識を重ねる瞬間は、風が体の中を吹きぬけるような感覚――

 “ラファル”が僕に宿って一言目に言った言葉は、
『何だ? こいつ』
 だった。
「こらラファル。失礼だろう……ごめん、精霊に礼儀という概念はないんだ」
「は、はい」
 頭の中で別人の声が響く感覚がすることのほうが驚きで、僕は全然気にしていなかった。
「え、ええと……普通にしゃべればいいんですか?」
「そうだね。普通にしゃべるか……頭の中で『精霊に』向かってしゃべる! っていう気持ちで話せば伝わるよ。精霊は他の人には見えないから、そのあたり気をつけてね」
 クルスさんは丁寧に教えてくれる。
 頭の中で念じるのは、なかなか難しかった。
 仕方ないので声に出して、僕はラファルに自己紹介をする。
「その……僕はリュウ・アリュフィーユです。リュアルって呼んでください」
『ふうん。りゅある?』
 ……何だか微妙に発音が違う気がしたけれど。言いにくいのかな。
『ま、いいや。りゅある、お前背中に何つけてんの?』
「え? 翼……だけど」
『つばさ? 何それ』
 僕は目を見開いた。クルスさんが、「森の外から出ないし、鳥がいないものだからね」と苦笑した。
「そ、空を飛ぶためのものだよ」
 そう言って、僕は翼をはためかせてみせる。
 ラファルがはしゃぎだしたのが分かった。
『すっげー!』
 とたんに体が浮いた。不意打ちで、僕は「うわっ!?」と裏返った声を出した。
「ラファル、落ち着きなさい。――ごめん、気を抜くとこの子はすぐ空を飛びたがる」
『当然だろ、俺は風の精霊だ。なありゅある、飛びに行こうぜ!』
「え、あ、うん」
『よっしゃ!』
 体が自分のものではないかのように空に浮かび――
 いつものように翼で飛ぶのとは違う浮遊感が僕を襲った。
『行くぞ、りゅある!』
 ラファルが僕の体を操作しているらしい、木々にぶつかりそうな勢いで僕の体は空を飛んだ。
 不思議なもので、ラファルの飛び方には急カーブがあまりない。
 ……風の動きとはそういうものなのかな。
 森の外に出た。
『俺は、広いところで思う存分飛ぶのが夢だったんだ』
 ラファルはそう言った。
「そ、そう」
 僕は会話するのが精一杯だった。まだまだ疲れが残っているし、ラファルに体を動かされるのに慣れない。
 目の前は草原だった。何の障害もない。
 ラファルははしゃいで飛び回った。
『なあ、気持ちいいよな!? 空飛ぶって!!』
「あ、うん」
『――お前みたいに空を飛ぶ感覚を知ってるヤツが“外”にいるっての不思議だけど、嬉しいぜ!』
「―――」
『でも俺ら風の精霊にはまだまだ勝てないだろ♪』
「風の……」
 僕はクルスさんに言った。
 飛ぶことは、風。
 その風の精霊が今僕の中にいて、
 そして僕は風の精霊と一緒に飛んでいる。
 風。言葉そのまま、風。
 ――不思議な心地。
「ら、ラファル……でも広いところで飛び回るのが夢だ……って」
『分かんだろ。あの森にこーんなに広い場所あるか?』
「あ……そうか」
 精霊は森から出られないのだった。
 ラファルはあくまで、木々の間をすり抜ける風、なのだ。
 と、
 翼がばさりとはためいた。
『うわ、変な感じ。これでどうやって空飛ぶんだ?』
 ラファルが翼を無理やり動かし、使い方を研究しようとしている。
「痛い、痛いよ」
 僕は訴えた。翼の付け根が痛い。
『いたい? 何だそりゃ』
「え?」
『いたいって何だ?』
 僕が精霊の言葉の意味を考え込んだ。痛いが分からない――
 そして、しばらくしてようやく思い至った。
 ――風に痛みがあるわけがない。
「そそそその、とにかく翼無理やり動かすのやめて……」
『そうなのか? ちぇっ』
 ラファルはおとなしく翼を動かすのをやめてくれた。
 そして、
『じゃあお前が翼で飛んでみせろよ、りゅある』
 ――どさっ
 僕は突然草原に放り出された。
「あいたっ!」
 したたか体の前面を地面に打ち付けて、僕はうめいた。
『体返してやるからよ』
 ラファルの声が聞こえる。……突然体の支配権? を返されたらしい。
「もうちょっと優しく下ろしてよ……」
 僕はしぶしぶ重い体を起こし、
 そして翼をばさりとはためかせた。
 風を、つかむ。
 そして、風に乗って――飛ぶ。
 僕が飛び始めたら、ラファルは大喜びで頭の中で『変な飛び方! 変な飛び方!』とはしゃいだ。
『よっし、覚えた。俺にもやらせろ!』
「え、ええ?」
 慌てているうちにぐんと体が地面まで急降下して、また落ちる! というところで浮上する。
 翼が、うまく風に乗った。
 ラファルは覚えるのが早いらしい。
『へー! けっこう気持ちいいなー!』
「そ、そう?」
 僕はいっそう疲れた体で返事をする。
 体はこんなに重いのに、風の精霊のせいで軽いような気もする。変な感じだ。
 ラファルはぐんぐんぐんぐんスピードをあげた。僕だってこんなに早く飛んだことがないくらい。
 そしてゆるやかに上がったり下がったり。
 本当に、広い場所を飛ぶのを楽しんでいるようだった。
『へへっ。お前みたいにおとなしく俺を飛ばせておいてくれるヤツって初めてだ』
 ラファルが嬉しそうに言う。
「そ、そうなの?」
 実際には逆らう気力がないだけなのだけれど、ラファルがあんまり嬉しそうだから僕も嬉しくなった。
「いいよ、危なくない程度に思う存分飛んで」
『よっしゃー!』
 地面すれすれをものすごいスピードで。
 雲もつかめるんじゃないかという高さを少しゆるやかなスピードで。
 速くなったり遅くなったり。ラファルは存分に楽しんでいるようだった。
 僕も――
 精霊の気持ちが伝わってきて、楽しくなってきていた。
 街が、見えた。
 ――ああ、帰れる。
 けれど、陽がもう暮れている。
「森に戻らないと……」
『クルスのこの術は丸一日効いてるぜ?』
「そ、そうなの?」
 丸一日。ならもう少し精霊と一緒にいてもいいかな。
 僕はそう思った。そして精霊と一緒に、夕日の中を翔けた。
 すっかり夜になって、あたりが見えなくなって、
 街の明かりがまぶしく見える時間になってもラファルは飛び飽きないようだった。
 当然だ。ラファルは風の精霊。
 風が、飛ぶこと……動くことに飽きるわけがない。
 僕は夜になると目が利かなくなるから夜は苦手なんだけれど、ラファルに身を任せていた。
 すると、
『……何か、お前、疲れてる?』
 突然精霊が言い出した。
 今までになく心配そうに。
「え? え、ええと……」
『“疲れる”ってのよく分かんねえけど、クルスに言われてんだ。風の精霊と違って他の生物は“疲れる”ってのがあるから、やりすぎんなって』
「………」
 僕はためらった。
 もっとラファルに飛ばせてあげたい気がする。
 けれど……体の疲れは限界だ。
「……うん、ごめん。疲れてる……」
 僕は言った。
 そっか、とラファルは言った。
『じゃ、森に帰ろうぜ!』
「あの!」
 僕は思わず大声をあげる。
 ラファルが、頭の中で不思議そうにするのが分かった。
「あの……ごめんね、もっともっと飛ばせてあげられなくて」
『何だよそんなもん気にすんなよ』
 ラファルは――笑った。
『言ったろ。お前、今まで来たやつで一番俺を飛ばせてくれたぜ』
 そうしてラファルは精霊の森まで一直線――
 僕は何だか、胸がぽっと暖かくなったような気がして、黙ったままその心地にひたっていた。
 森が近づいてくる。ぐんぐん、ぐんぐん――

     **********

「――あれ?」
 気がつくと、僕はどこかのベッドの上だった。
 体を起こすと、
「ああ、目が覚めた?」
 とクルスさんの声がした。
 僕は慌てて記憶をさぐる。どうしてここにいるのだっけ、ええとラファルと一緒に森まで帰ってきてそれから――
 ラファルと分離して、小屋で眠らせてもらったんだ。
 ろくなことも言わずにただベッドに倒れこんだような気がする。
 僕は真っ赤になって、
「す、すみませんでした、ベッドをお借りして――」
 とクルスさんに謝った。
 クルスさんは微笑して、
「いいよ。ラファルをあんなに満足させてくれる人はそうそういない。こちらこそお礼が言いたい」
「―――、ラファル……は?」
「元気だよ」
 クルスさんは小屋の窓を開けた。
 ぶわっとクルスさんの髪を乱して、風が一陣入り込んできた。
 そして僕のところまでやってきて、僕の髪を、翼を、ふわふわふわふわ撫でるように吹いた。
「ラファル……?」
 僕には分かる。
 この風は、ラファルだ。
「ラファルが上機嫌だな」
 クルスさんが笑った。
「―――」
 僕は僕のまわりを取り巻く優しい風に、手を差し出す。
 風の感触に、ラファルのぬくもりを感じて、自然と顔がほころんだ。
「また、遊ぼうね、ラファル」

 ――ったり前だ。
 そんな声が、聞こえた気がした。

 僕はその後、クルスさんに森の出入り口まで案内してもらい、街の方角を教わって外に出た。
 森から十歩くらい歩いたところで、ふと振り向く。
 クルスさんがそこにいる。その衣装の裾がふわふわと風で揺れているのを見て――
 僕は破顔した。
「またね! ラファル!」
 ばさり 翼をはためかせ。
 僕は空を飛ぶ――

 僕は決して忘れない。風の精霊と過ごした時間を――


 ―Fin―



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3117/リュウ・アリュフィーユ/男/17歳/風喚師】

【NPC/ラファル/男/9歳(実年齢?歳)/風の精霊】
【NPC/クルス・クロスエア/男/25歳/精霊の森守護者】

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■         ライター通信          ■
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リュウ・アルフィーユ様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルにご参加頂き、ありがとうございました!ウインダーと風の精霊、相性ぴったりだったと思いますが、いかがでしたでしょうか?楽しんで頂ければ幸いです。
よろしければまたお会いできますよう……