<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ピカレスク  −路地裏の紅−


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■序章


薄く雲が張った空には、嵩を被った月がある。

それは、とても紅く、陰惨な光を放っていた。

そんな中、婦人は一人立つ。

両手には血に塗れた短剣を持ち

足元には数人の死体。

短剣は、ぬめった液体を被ったままに、鈍く月光を反射する。

婦人の影は薄く延び、それは何処までも、延々と続いているようにも見えた。





今宵は半月、雲もなく至って明るい夜だ。
オセロットは紙巻を蒸しながら歩いてゆく、影はくっきりと地に落ち、豊かな金髪が揺れると同時に影も動いた。
紫煙を燻らせる紙巻を手に取れば…裏路地、闇の巣窟が目に入る。月光輝く良い月夜でも、その場所はその恩恵を得ることは出来ていない。暗い暗い闇の中、何がいるのすらも良くは見えないのだが…。
オセロットの耳には確かに聞こえる、これは…肉を裂く音だ。血飛沫が壁に飛んだ、遺体が転がる、犯人が踏みつけているのか?肉が潰れる音がした、…この奥で。

「まさか、赤の婦人…か?」

そうだ、今日広場での号外をもらった。あの記事には全ておぞましい言葉が並べ立てられ、紙面をにぎわせていた。紅いドレス、白いハンカチ…号外で得たキーワードを美神を思わせる金髪揺らせながら思い出す。
手に持ったままの紙巻の火は、走る速度が早くなるに連れ紅さを増してゆく。しかし、其れが消えるのは、数分もかからなかった。オセロットの足は止まり、手に持っていた紙巻は地へと落ちた。じゅっと音を出し、最期の煙を吐き出した紙巻は白かったその身を既に黒へと染めている。侵食とは、こうも早いものなのか。
雨は降っていなかったはず、なのに、何故すぐに火が消えたのか。その答えは簡単だ、そこに水があったから。ただし、普通の水とは違う。暗闇の中ではただの黒い液体にしか見えない其れ、月光が落ちる場所まで流れているのでやっと分かる、…紅い輪郭を帯びた、血だ。
被害者は二人、オセロットの紙巻の火を消したのは男の血だった。顔は暗くて良くは見えない、服装からして貧困層だろう…。もう一人は、そう、紅いドレスの真下にあった。骨でも折れているのだろうか、黒い革靴が不自然に女らしき身体にめり込んでいる。

「…お噂は聞き及んでいるが、まさか…出会えるとはね」

婦人を目の前に、軽く笑うように口端を上げて声を投げ掛けた。婦人のドレスは風に靡き、闇に隠れた黒髪も、月光の光を反射し艶やかな光を放っている。婦人はオセロットの方へと振り向き、赤い唇を弓なりにそらせた。

「あら、嬉しいですわ…麗人のお耳にまで入っているなんて」

笑顔を見せた婦人は淑女と言ってもいいほどに穏やかだった。とても、手に握った短剣の持ち主とは思えない。短剣から滴る血は、ぱたぱたと地を叩き跳ね、婦人の靴を穢していく。婦人はガツンと、遺体を一蹴り。力ない女の肢体は人形のように路地をごろごろと転がった。
とても良い光景とは思えない、しかし婦人の笑みは消えずに顔に張り付いたまま、オセロットを見つめている。

「一つ、問わせていただけないかな?」

オセロットのモノクルが、輪郭を月光に反射した。婦人は少し双眸を細める、構えることも、警戒した様子もなくオセロットをただ、見ている。

「何故、そんなにもドレスを真っ赤に染め上げているのかな?」

問う声は穏やかに、月光のように婦人へと降り注ぐ。しかし、それを裂くような高笑いを婦人は上げた。闇色の髪を振り、おかしそうに肩を揺らし笑っている。其れは全く、狂気の沙汰で。オセロットは動じずに婦人の様子を見ている。暫くすれば婦人の笑い声は治まり、また静かな笑みを浮かべているが…嘲笑だろう。婦人の口元は不自然に反っている。

「…愚問ですわ、わたくしはただ…赤色が好きなだけよ」

にこりと笑う婦人の言葉に嘘が有るとも思えない、だが確実に裏はある事は確か。清らかな笑みの其処にはどす黒いものが溜まっている、今度はオセロットが双眸を細める番。聞く耳持たぬ相手の言葉、薄く笑みを浮かべたままに婦人を見つめる。

「けれど、手まで真っ赤に染め上げる必要は?私が問うた所で、その色は元の白には戻らないのだろうが」
「…元の色に戻そうとは思いませんもの」

些か婦人の笑みから余裕が消えた。オセロットを見る目はやはり狂気に取り憑かれているが、月夜の光を反射し至って純粋に光を帯びている。笑顔は崩さないまま、オセロットへと身体をむき合わせた。月夜に曝された婦人のドレスは、元々は美しい仕立てだったのだろうが…、今では見る影もない。どす黒い斑点が胸元、腹から腰、足もとにまで付いている。
対峙する二人の間には何も見えず、ただ婦人だけが異常なほどまでに警戒し、殺気を放っている事は赤子でも知り得る事だろう。其処に一陣、強い風が吹いた。婦人のスカートは揺れ、オセロットの美しい金髪は乱された。その時、ひゅんっ、風を切る音。目の前には婦人の紅いドレスと銀の短剣が閃いている。
オセロットは髪の端から婦人の動きを察知した、眼の性能が良い事に、婦人の攻撃は至って容易く避ける事ができたが…金髪が数本、黒い液体の上に浮いているのを目の端で捕らえたオセロットは苦笑を浮かべる。

「何が、あなたをその行動に駆り立てた?その細い指に短剣を握り、ドレスを何故、鮮やかながらも…どす黒く染め上げる?」

攻撃を仕掛けて来られようとオセロットの問いは止まらない、婦人はそれらに答える事はない。ただ鮮やかに剣を振るい、オセロットに対して牙を向けるのみ。オセロットはその牙を避け、婦人と交流を試みるが一方的な拒絶は其れをことごとく弾いて行く。

「私が問うた事でなんら変わりももたらさないだろう。ただ…私には、あなたを夜の闇の底から、白日の世界へと。エスコートするのが、私の行い」
「まあ…紳士的ですこと。ただ、無理強いは嫌われましてよ」

婦人は一歩も引く事はない、一つオセロットは息を吐く。腕を緩く動かせば、体術の構え。ただ、相手へと攻撃を仕掛けるのではなく、向かえる体勢だ。左腕を挙げ、緩く拳を握る麗人に対し、婦人はにこりと満足げな笑みを浮かべた。
オセロットのブーツがじりと石畳を擦る、月光に曝された金糸の髪はきらきらと輝き、光を影へとちりばめている。モノクルは逆光となり、オセロットの片目の表情は見えては来ない。

「美しい方ね、わたくし、好きよ。美しい方の血はね」
「生憎だが、その趣味には賛同できないな…」

またも閃く銀の刃、それはオセロットの頬へと向けられている。何と力の強い事か、間合いを計るのもまた慣れている様。中々上手い事捉えられないまま時は過ぎて行く。
…空が白みだす、陽の訪れは足早に路地を明るくしていった。それでも依然二人の対峙は続いている、其処に、再度銀の短剣は向かってゆく。張り付いた黒いものは地だったものだろう、既に短剣は光を反射できぬほどに汚れがついてしまっている。

ガキンッ!

短剣は確かに、オセロットが己の顔を庇うように上げた腕に刺さったはずだった。しかし、どうか、鳴った音は肉が切れる音でも、骨が折れた音でもない。金属と金属がぶつかり合う音、火花が散りそうなほどに激しくぶつかった音が路地へと響いた。
婦人の目は大きく見開かれオセロットを見る。その目には驚愕と遺憾の意が現れていた、何故血が出ないのだと言わんばかり。何故だか婦人のほうがオセロットへと責めるような、厳しく鋭い、短剣と同じように鋭利な眼差しを向けていた。
その眼差しに屈する事無く、オセロットは短剣を受けた腕を撫で遣る。攻める目線を浴びせる婦人へと目線を向けた、オセロットのモノクルは光を反射しまた眩しく光る。

「この身は既に鋼、貴方の望むものは…貴方の望む紅い血は、私の身体には…もう流れては居ない」
「……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!」

オセロットの言葉に対し、婦人は悲鳴のような癇癪を起こし黒髪を掻き毟る。紅いドレスを揺らすその気の触れたような様子に、朝日に照らされようとも婦人のどす黒い影が垣間見えた。
振り乱した髪をそのままに、ぜえぜえ、息を吐く婦人はオセロットを睨み据える。目には残忍な光が宿ったままか。

「…わたくしに、構わないでいただけるかしら…!」
「何故、其処までドレスを穢すのかな。其れだけをもう一度、問おう」

オセロットの最後の問い、気が触れたようだった婦人の態度は一変して穏やかなものに戻っていた。乱れた髪を手で梳き、不敵な笑みを、赤い唇を弓なりに逸らして

「わたくしは、ただの、快楽殺人犯ですわ」

一言、まるで子どもに言い聞かせる様にして、言われた言葉は真の答えではないのだろう。オセロットも其れは感じているらしく、婦人の姿をじっと見据えたまま緩く首を振るった。
婦人は一つ高笑いを上げれば、ハンカチをオセロットへと放り投げ…オセロットの顔に白い其れが被さって来る。その瞬間に見えた婦人の顔は、やはり、穏やかに、淑女らしい笑みを称えていた。

「っ!」

ハンカチを退けた時にはもう婦人の姿はない、それもまた、オセロットには予測の出来ていた事だろうか。ポケットから紙巻のパッケージを取り出せば、とんとんと側面を斬り付けられた方の腕で、指で叩く。一本出てきた紙巻を咥え、マッチを擦り、手で風除けを作り火をつけた。
紫煙は高く舞い上がるも、すぐに虚空へと消え入った。オセロットは婦人の投げたハンカチを見つめ、それは被害者の顔へと被せてやる。





「…嘘吐きめ」

そう呟いた、オセロットの声もまた、婦人の耳に届く事無く、虚空へと消えてしまっただろうか。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 2872/ PC名 キング=オセロット/ 性別 女性/ 年齢 23/ 職業 コマンドー】

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■         ライター通信          ■
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■キング=オセロット 様

初めまして、発注有難う御座います。左、改めましてひだりのです。
今回は殺人鬼のお話でしたが、上手くオセロットさんの上品さや紳士な対応が表現できているでしょうか。
戦闘シーンなどの描写は好きなので、書き手としてはとても楽しく書けました。
レッドラムを説得する事はできませんでしたが、彼女の心にとても大きなものを遺したと思います。
楽しんでいただけると幸いです、宜しければご感想お聞かせください。
では、今後とも何卒宜しくお願いいたします。