<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


激闘!彫金料理バトル!!(作成編)〜ケンカするほどなんとやら〜

世にも珍しい光景を見た……というところだが、さすがに引く。
冷静沈着にして天衣無縫を地でいく様なあの魔道彫金師・レディ・レムが怒りを露に笑い狂う姿を見せるとは思いもしなかった。
「全く持って申し訳ありません、アレスディア様。とにかくあの方―リーディス様が絡むと毎回ああなるんです。」
涙ながらに訴える使用人に哀れみを覚え、アレスディアは大きく息をつき、完全に目が据わったレムに声をかけた。
「え、ええと……レム殿……ひとまず、落ち着かれた方が、良いかと思われる……平常心を失っていては、何事も、上手くいかぬ故……」
「分かっている。だがな、このトチ狂った自意識過剰女のせいで私がどれだけの被害を被ったと思っている?!今度という今度こそ思い知らせてやる!!」
「誰が自意識過剰ですって?冷血無能女!」
「それはこっちの台詞だ。破壊魔彫金師。」
その一言に茶を楽しんでいた女―今回の騒動の現況である―リーディスが怒りを爆発させ、怒りに染まった笑い声を上げて睨み返すレムに使用人はがっくりとうなだれてしまう。
こうなると手が付けられないことは思い知っている。素直に従った方が被害が少ないことも……
諦めモード全開の使用人に苦笑を浮かべ、アレスディアはレムを見た。
「とりあえず……お二人が作られた道具での料理で勝負をつけるのだな。了解した。日ごろ、お世話になっている故、今回、私はレム殿に協力させていただこう。」
「なんですって!?」
「当然の結果だろう、リーディス。これぞ、私の人徳というものだ。」
信じがたいものを見たといわんばかりの表情を露にするリーディスに対し、レムは勝ち誇った笑みを浮かべる。
人徳というわけでもないが、とアレスディアは思いつつも表にはしなかった。
言ったとおり、レムには世話になっている。ただそれだけのことだが、余計なことを言えば、それをきっかけに不毛な争いになりかねないのは目に見えていた。
なにより涙を流しながら、胃の辺りを押さえている使用人にこれ以上心的負担をかけたくないというのが本音だ。
「まぁ、いいわ。けど……覚えておきなさい!!勝つのはこの美貌の魔道彫金師・リーディス様だってことをね!!」
高笑いを残してリーディスの姿が瞬時に掻き消える。
呆気にとられるアレスディアと使用人を横目にレムは普段の冷静さを忘れ、吼えずらかくなと罵声を浴びせ、中指を立てる。
恥も外聞もない主の姿に使用人は思いっきり頭を抱えた。

「ともかく材料をそろえねばな。」
充分すぎるほどの資金を預けられ、アレスディアはどうすべきか考えを巡らす。
公平を計るため、使用人がジャッジを勤めることとなったが、乗り気ではないことは明らかだった。
「あの方がいらっしゃれば、お二人を止めてくださるんですけどね〜」
遠い目をしてため息をつく使用人にアレスディアはいい加減に腹をきめろと怒鳴りつけてやりたかったが、辛うじて堪える。
たとえ、彼のいう『あの方』―レムの弟子である少年がいたとして止められるとは思えない。というよりも、開き直ってジャッジを務めつつ、二人の暴走による被害を防ぐ努力をすると思う。
だがそれは、あくまで仮定の話だ。
大体、かの少年は『用事』が片付き、元の世界に帰ってしまっている。
ソーンに二度と来られないというわけではないが、いちいち呼び出されたはたまったものではない。
なにより、このぐらいのことで少年を呼ぶ必要などない。それ以前に彼が来る訳もない。
「厄介な師や主を持つと苦労するということか……」
あの憎めない明るい笑顔を思い出し、我知らずアレスディアの口元に微笑が浮かんだ。
メインは料理対決。彫金材料もさることながら、食材も必要不可欠だ。
どうせならば一緒に探したほうが効率がいい。
出掛けにレムから「リーディスの買占めがあるかもしれないから充分に注意しておきなさい!!」と忠告されたのを思い出し、先に食材を抑えるためアルマ通りの中で最も賑わう市場へと急いだ。

ソーン各地からあらゆる物が集まるだけあって市場はとてつもなく賑わっていた。
いつも世話になる白山羊亭の従業員や他の店の料理人たちが喧々諤々に商人達と言い合い、食品の一つ一つを確かめている。
さすがにプロは違うな、と感心しつつ、アレスディアは軒先にあった果物を手に取り、品定めを始めた。
とにかくあらゆる食材、と注文を付けられたが考えてみるとそれでは何を買い付けておけばいいのか検討が付かない。
詳しく尋ねて置けばよかったのだろうが、すでに頭に血が上っているレムに問うてみても無駄に終わる気がした。
「どうしたものかな……」
「肉類と魚介類をメインにして根菜類と添え付けに使う果物と野菜をいくつか買えば良いよ。」
資金は充分とはいえ、適当に選ぶわけにはいかない。
これならば先に彫金材料を仕入れたほうが良かったか、と思ったその時、やや呆れた感を含んだ明るい声が背後から掛かり、アレスディアは思わず振り向き―驚きのあまり絶句した。
「久しぶり、アレスディア。」
「なぜここに?帰ったのでないのか?」
そのつもりだったんだけのね、と苦笑いを浮かべて応えるのはレムの弟子で顔なじみになった少年。
ふと見ると彼の背後にはのし倒された荒くれどもの姿が見えた。
「話はあいつ―レムの使用人から聞いた。で、後ろでのびてる連中はリーディスが雇った奴らでレム側の妨害工作しようとしてたのでハリ倒した。」
「なぜ?」
何事もなかったようにしれっと応える少年にアレスディアは苦笑した。
アルマ通りに入ってからずっとつけられていたのは分かっていた。だが特にこちらに危害を加えるつもりがないので放っておいた。
何も叩きのめす必要はないように思えた。
「先手必勝。」
「身もふたもないな。」
「もっと言うなら、アレスディアが買った食材とか全部横取りするつもりだったんだろうね。かなりの量を買う予定になってたし、独りじゃ運び切れない。店の人に送ってもらうつもりじゃないの?」
彼の指摘したとおり、量的にはかなりのものになる。
当然、アレスディアだけでは持ち帰るのは不可能。店の者にレムの館へ届けてもらうつもりだった。
と、そこまで考えてアレスディアは眉をしかめ、大きく嘆息した。
「それで横取りか。」
そう、と深々と頷かれ、アレスディアはもはや怒る気も失せた。
つまりレムの金で買った食材をリーディス側は頼まれて取りに来た、などと偽ってそっくり頂こうとしていたのだろう。
食材が届かず、こちらが文句を言っても店側は金は受け取っているし、レムとリーディスどちらの使いであっても不都合はない。
これがきちんとした料理店なら抗議もできるが、一個人同士のいがみ合いによるものなら単なる妨害工作で終わってしまう。
あくどいよりもなによりも、あまりに姑息過ぎる。
「使用人の方も大体予想がついてたらしくてさ、リーディスんとこの執事に連絡してね。一応、ジャッジとして警告したけど、暴走気味で聞かないから両者そろって私を呼んだって訳。」
「それで戻ってきたのか?わざわざ」
「しょうがないさ。あいつらが派手にけんかを始めたらもっと被害が出るから。」
真顔で応じる少年にアレスディアは返す言葉も見つからない。
確かにあの二人が本気を出し合ったら、とんでもない被害がでそうな気がする。
そういった場合を考えると、少年には迷惑極まりないことだが、ジャッジたる使用人の判断は間違いなく正しく思えた。
「ついでに、妨害を受けたハンデとしてレム側に購入食材のアドバイスと彫金材料の情報を提供、っていうジャッジの判定があった。」
もう何がなんだかと言いたげなアレスディアに少年は折りたたんだ紙片を手渡した。
一瞬、躊躇して受け取り―中を見て唖然とした。
そこに書かれていたのは、ソーンでもかなり貴重とされている鉱石や金属を取引している場所や採掘場所が詳細に記されてあった。
「いいのか?これでは不正になる。」
「大丈夫だよ。半日遅れでリーディス側にも『それ』と同じ情報を渡すように指示されてるから。要するにそれがハンデだね。」
悪戯好きの笑顔で応える少年に釣られてアレスディアも笑みをこぼす。
情報は先に手にした方が有利であるのは常。ジャッジとしては不正を働いたリーディス側に対して多少ばかり情報を遅らせて渡し、牽制するつもりなのだ。
が、当のジャッジたる使用人では彼らを抑える力は弱い。だが、この少年なら充分にその役割を果たせる。
全く考えたものだ、とアレスディアは泣き顔の使用人を思い出す。
「そういうことだから、後は自力で頑張ってくれる?姑息な手ならまだしも悪い意味で正攻法で来たら構わずやり返しても構わないって、言ってたから。もっとも本気であくどい真似はしないだろうね。」
じゃあな、と肩をたたくと少年はあっという間に人ごみに飲まれて消える。

しばし、その姿が消えた方を見つめた後、アレスディアは早速行動を開始した。
少年―いや、ジャッジからの助言に従い、新鮮で上質な肉類や魚介類が取り揃えられ、エルザードの名店が出入りする問屋に駆け込むと数種類の品を買い付ける。
すでにいくつかの品は押さえられてあり、それとなく訊いたところ、やはりアレスディアと同じような人間が大量に買い付けていったという。
「出遅れたか……このナツメグとセージに海老に貝……他に……」
「ああ、それだったら」
買い付けられた品にあったいくつかの品を見たアレスディアが言葉を紡ぐよりも早く、店の主人は心得たようにエルザード近辺の地図を持ってくると、それらが買い付けられそうな店や町を教えてくれた。
その手際のよさに唖然となる。
「買い占めていった奴が言ってたんだよ。もし、買い付けた物と同じ物が欲しいって奴がいたら売ってるところを教えてやって欲しいってね。」
人が良いっていうのはこういうことだな、と豪快に笑う主人にアレスディアはしばし呆然とした後、口の端をわずかに上げた。
本当にやってくれるというものだ。
相手側―リーディスにもまともな人間がいる。それだけで充分に面白くなった。
こうなればこちらも負けて入られない。とことんやってやろう、と思い、主人に礼を告げるとアレスディアは店を飛び出す。
示された店は彫金材料が取引されている市場に近い。
ある程度の品はこちらで抑えさせてもらうが、ここで受けた貸しは代えさせてもらう。
正々堂々とした勝負にアレスディアの胸は高鳴っていった。

「やるじゃない。レム。」
「当然の結果ね。」
臆面もなく胸をはるレディ・レムにリーディスは少しばかり額に青筋を走らせる。
材料を買い揃えて館に戻ったアレスディアを迎えたのはレディ・レムとその使用人だけでなく、対戦相手のリーディスの姿もあった。
表面的には和やかに会話を成立させているが、包む空気はどこか殺伐としているものだから笑えない。
大人気ない主たちに使用人は胃をおさえ、無言で涙を流す。
「ふっ……まぁ、いいわ。たとえ素材が一流でも、彫金師としての腕が二流ならば大差はなくってよ。勝負は見えているわ。」
「ああ、そう。所詮、二流以下の腕前しか持たないあなたでは、この超天才魔道彫金師たるレディ・レムには敵わないってことね。」
「誰が二流よ!!」
「お前が、だ!リーディス!!」
「なんですって!!」
子供のケンカ、としか言えない言い争いを始めるレムとリーディスの笑えない姿に使用人はますます胃に痛みを覚え、うずくまる。
これが天才魔道彫金師の姿と言われると、確かに情けないものがある。
「恥ずかしいと思わないんですか?レム様。」
「確かに笑えるものではないが。……しかし……こんなこと言ってはお怒りになるかもしれぬが……レム殿とリーディス殿……なんだかんだと、どことなく、仲が良いようにも見える、な……」
助け起こされながらぼやく使用人に小さく肩を竦めながら、アレスディアは苦笑混じりに言い合いを続ける二人を見つめながら呟いた。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2919:アレスディア・ヴォルフリート:女性:18歳:ルーンアームナイト】

【NPC:レディ・レム】
【NPC:リーディス】

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、緒方智です。
毎回本当にお待たせして申し訳ありません。
さて、今回のお話いかがでしたでしょうか?
レムの隠された一面に加え、破天荒を着て歩いているリーディスにかなり驚かれたかと思います。
お味方いただきましたレムも心から感謝しているようです。
勝負はどうなるか分かりませんが、ちゃんと決着がつく・・・といいのですが。
それではまた機会がありましたら、よろしくお願いします。