＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
『あの山を越えて』
●名目
その日、グランからグライダーを借り出したレベッカは、山向こうの村まで手紙を
届ける仕事を引き受けていた。
だが。
「山向こうまでだろ？ 俺も『朱雀翔』でついていくよ。それぐらいは飛べるように
ならないと、実戦では使えないしな」
たまたま通りがかった（振りをした）レッドは、そんな彼女に自分も同行する事を
告げた。
「え……、でもその技って６分くらいしかもたないんじゃなかったっけ？」
そう。もともと『朱雀翔』とは高機動戦闘の為の特殊能力であり、スピードと威力
が高い分、持続時間は極めて短くなっている。『風の翼』の様に、移動手段とするに
は不向きな能力といえる。
「単純に飛行能力だけに限定したらどの程度いけるかと思ってさ。それに、少しでも
レベッカと一緒の時間を作りたいんだ……ダメかな！？」
さりげなく、言葉の端に自分の想いを込める。
新年祭では直球で勝負したものの、その返事はまだもらっていない。急ぐつもりも
ないし、冒険に出かける仲間としては気まずい雰囲気になりたくないのも事実だ。
だが、この辺で『友達以上』の関係には、なっておきたいのも本音なのである。
「ううん。それはいいんだけど……それじゃ、行こうか！」
ジェントスの端に位置する船着場から、彼女のグライダーがふわりと浮かび上がる。
上空で旋回するのを確認したレッドは、シルバーアミュートを展開してそれに続い
たのであった。
●顛末
「……だから言ったのに」
「面目ない……」
山を越えるといえば簡単に聞こえるが、高度をとればとるほど気流の影響を受けや
すくなる。地表付近を飛ぶのとはまた違った感性が必要とされるのだ。
それは『風読み』とも言われる。
グライダー乗りたちにとっては、わりと一般的なテクニックなのだが、鎧騎士でも
ないレッドにそれが出来るわけも無かった。加えて、『火の鳥』と化した彼がどこに
着地すればいいのか、散々迷ったのも理由の一つなのだが。
どうにか木々の無い岩場に着陸した時には、レッドはすっかり精霊力を消耗しきっ
ていたのであった。
「ほら、後ろに乗って。こんなとこに長居したら風邪ひいちゃうよ」
グライダーは幸い二人乗りであった。
言われるまま、レベッカの後部座席に着いたレッドは、やや照れながら彼女の華奢
な腰に手を伸ばした。
「しっかりつかまっていてね……いっくよー！」
グライダーは風と共に大空へと舞い上がっていった。
緑色の景色が後ろへと流れていく。
そんなレッドの目には、風になびくレベッカの、栗色の髪が映っていた。
フリーウインドの頃にも、何度か彼女の後ろに乗ったことはあった。だが、こうし
て大人の女性として成長したレベッカと共にグライダーを駆ることは、まるで違った
感情をレッドの心に残したのであった。
（なんの……匂いだ？ 甘い香りがするな……）
レベッカが香水をつけているという話は聞いたことがない。むしろ、そういう人工
的な香りは好まなかったはずだ。
その一方で、彼女は自然の花や果物の香りは大好きであった。
（花……花か。プレゼントしたら、喜んでくれるかな……？）
村までの時間はあっという間に過ぎた。
考え事に没頭していたレッドは、あとでそれを後悔する事になるのであった。
●デート？
「それじゃ、僕は手紙を届けてくるから。この辺で待っててね」
「ああ」
小走りに駆けていくレベッカの姿を見送って、それからレッドはぐるりと周囲を見
渡した。
（……なんも無いなぁ）
雑貨屋らしき店が１軒あるくらいで、あとはこれといって見るべきところもないよ
うな村であった。酒場すらないようだ。
あわよくば雰囲気の良さそうな店で食事でも、と考えていたのだが。
どうやらこの小さな村では望めそうも無かった。
（かといって、街に帰ったら、いい店はあらかた知られてるしなぁ）
美味しい店はほとんどレベッカが教えてくれた店であるし、グランなども顔を出す。
元々が、洒落た店を探し出すようなタイプではないのである。カイなどは、その点
慣れたもので、皆よりも遅れて街に来たくせに、今では誰よりもそういう情報に詳し
くなっていた。
「ん……？」
ふと足を止めたのは、雑貨屋の横に小さなお花畑があったからだ。
一人の少女が、花々に水をやっていた。
「あれ、さっきグライダーで来た人？ 街から来たのかしら？」
振り向いたのは、年のころで１３〜１４くらいだろうか。化粧っ気はないが、大き
な瞳が印象的だった。まずまず、美少女といっていいだろう。
「ああ。もっとも、運転してたのは俺じゃないけどな」
そう言って腕を組むレッド。そんな彼の顔をしばらく眺めていた少女は、にんまり
と笑って語りかけてきた。
「ははぁ〜、さては……レベッカさんを狙ってるね？」
「な、なにを……」
不意をつかれて、レッドは思わず口ごもってしまった。
その様子を見て、少女はたたみかける様に口を開く。
「うちの村でもさぁ、ほら、人気者なわけよ。明るいし、元気だし。なんつーの？
嫁にしたいナンバー１みたいな？」
レベッカと共有している時間で言えば、レッドらよりも多い者はいないだろう。だ
が、その一方で、街の外での彼女の事はまったくといっていいほど知らなかった。
いや、知る必要もなかったのだ。
「若い男どもがさぁ、楽しみにしてんのよ。彼女が来るの。ちょっとしたアイドル
だよね、もう。……ところでさぁ、あんたこの花の事知ってる？」
「いや、花にはあまり詳しくなくてな……」
薬草についてはエランからいくつか教えてもらった記憶があるが、それ以外の花
はさっぱりだった。
「でしょうねぇ。あんたそういうタイプに見えるもの」
小さく溜息をつく少女。
「いい？ この花はね、村祭りの時に男どもが意中の女性を踊りに誘う時に使うの
よ。花言葉は『自分の事だけを想ってください』。女性がそれを受け取ったら、交
際が成立するってわけ」
少女は、レッドにこの花をレベッカに贈るように言った。たとえ、意味は知らな
かったにしても、男性から花を贈られて喜ばない女はいないとさえ断言してみせた
のだ。
「そ、そういうものか……？」
「そーゆーもんよ！」
観念して、レッドは花を買う事にした。
素朴な中に、複雑な色合いを見せるその花は、随分と高いものについたのであっ
た……。
●花言葉
結局、帰りもグライダーで飛ぶ事になり、レッドは後部座席で流れる雲を眺める事
となった。もっとも、服の中にしまった花がつぶれない様に気を使っていたので、時
間はまたもあっという間に過ぎ去ったのだが。
「じゃ、グライダーを返してくるね。先に帰ってていいよ」
船着場に戻ったところで、レベッカはそう言った。
（今しかない……！）
心の中で覚悟を決め、レッドは一歩前に出ると、懐から花を取り出して彼女に言っ
た。
「レベッカ……君にこの花を贈りたくて、今日は無理を言って同行した。受け取って
もらえるだろうか？」
花は奇跡的に萎れる事なく、瑞々しい姿を保っていた。
「え……僕に……？ あ、ありがとう」
レベッカは嬉しそうにそれを受け取った。
内心でガッツポーズをとるレッド。
レベッカは髪にそれを飾ると、少しだけ恥ずかしそうに聞いてきた。
「ど、どう？ 似合うかな……？」
大きく頷いた彼に、満面の笑みを浮かべて笑いかけた後、しかし、小首を傾げてレ
ベッカは聞いた。
「でも、レッド……。これの花言葉って知ってた？」
（来た……！）
胸の動悸を悟られないように、ゆっくりと頷く。そして、まっすぐな瞳で彼女を見
つめた。
「そ、そう。あんまり縁起のいいものじゃないから知らないのかと……」
「は……？」
「え……これの花言葉って、『あなたが死んでも忘れない』でしょ？」
レベッカが言うには、お墓に備える花であるらしい。間違っても、お祭りに使われ
ようなものではないと。
（あいつめ……！）
生意気そうな目をした美少女を思い出し、レッドは一人腹を立てたがどうしようも
ない。騙されたほうが馬鹿なのだ。
小さな声でぼやいていた彼の隣に、いつのまにかレベッカが近づいていた。
風の様に、彼女の唇はレッドの右頬をかすめ、空の上と同じく甘い香りを残して離
れていった。
「気持ちはありがたくもらっておくよ。じゃあね！」
照れ隠しのつもりなのか、レベッカは駆け足でその場を離れていった。
あとに残されたレッドは、しばし呆然としていたが、やがて自分も宿に向かって歩
き始めた。
「ま、あいつに感謝しなきゃならないな……」
山の向こうに視線を向け、レッドはほんの小さく呟いたのであった。
了
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業
３０９８／レドリック・イーグレット／男／２９／精霊騎士
※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なります。
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■ ライター通信 ■
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どうも、神城です。
個別っぽく書くのは久しぶりで、なかなかに楽しかったです。
『朱雀翔』は文章中の様に、移動手段として用いるにはイマイチ適してるとは言え
ません。どっちかというとＶ−ＭＡＸみたいなもんですからねｗ
それから、私の設定では精霊剣技は特殊能力の先にある『奥義』なので、３つの制
約には含まれません。望むならもう一つ付与しても構いませんよ。
もっとも、技を増やした分だけ、個々の熟練度は下がるのですが。どちらを取るか
はお任せします。
それでは今回はこの辺で。次回また街のどこかでお会いしましょう。
以下は、いきなり次回予告で作った嘘予告ですｗ
『新・地球連邦の最新鋭の機体レッドがついに起動した……!
しかし、中には民間人が!
それを新型のグランが迎え撃つ!
そして高みの見物をするかのように見下すレベッカ!!
この戦いの結末は……!
次回「グラン! 戦いの果てに何を望む!?」
戦火の荒らしに立ち向かえ、レッド!! 』
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