<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『その男の名は』


●冒険者の街
「へぇ〜〜、やっぱ冒険者が多いんだなぁ」
 ジェントスという街を訪れた湖泉遼介は、辺りを物珍しそうに眺めながら呟いた。
彼の知る限り、冒険者という職業は一般的なものではない。ちょっと田舎に行けば、
ならず者の同義語とされているところだってあった。
 だが、ここは遺跡に付随して生まれた街であり、一攫千金を夢見る冒険者達の集ま
る場所なのだ。
 遼介はいくつかある酒場の中から、『明日に吹く風』という店を選び、中に入った。
懐具合と相談して決めたのは言うまでもない。
「なんか軽い食べ物と、果物のジュース。何がある?」
「新鮮なオレンジがあるぜ」
「じゃ、それでいい」
 バーテンの言葉に頷いて、遼介はカウンターの席に着いた。
 先に出てきたのはフレッシュジュースだった。
 なるほど、絞りたてのそれは、渇いたのどを鳴らすだけの魅力があった。
 彼がそれに手を伸ばそうとした、その時であった。
「おいおい、坊主。ここは酒場だぜ? 酒も飲めないような奴の来るとこじゃないん
だよ」
 何人かの酔っ払いが、遼介に絡んできた。
 こういう事はよくあることだ。実力のない奴らに限って、集団で、酔った勢いを借
りていちゃもんをつけてくる。
 最初、遼介は構うつもりはなかった。どう見ても自分の方が強い。こんな奴らに構
っている時間はなかった。
 だが、少年のその態度は、逆に酔っ払いには生意気に見えたようだ。ジョッキに残
っていたビールを彼の首筋から背中に流し込み、癇に障る笑い声で囃し立てた。
 そこまでされて耐えられるほど、遼介は大人ではなかった。
「てめぇっ! 表へ出ろっ!」
 薄ら笑いを浮かべた三人の酔っ払いと、遼介が店の外に出るのを見て、バーテンは
そっと店の二階へと駆け上がっていった。


●乱闘
 店の前に立った遼介は、連れ立って出てきた三人が、自分とそれほど年が離れてい
ない事に気がついた。多分、二十歳には届いていないだろう。
 ショートソードを抜いた三人は、それなりの腕はあるのだろう。連携らしきものを
見せながら遼介に切りかかってくる。もっとも、彼から見れば、その動きはあまりに
も緩慢であった。
(この程度かよ!)
 向こうも本格的に傷つけるつもりはなかったのだろう。ちょっと痛めつければ謝る
と思っていたに違いない。だが、あいにく遼介はそんな奴らに手加減する気は毛頭な
かった。
「はっ!」
 一瞬だった。
 すれ違いざまに一人目のショートソードを叩き落し、返す刃で腰紐を断ち切る。あ
との二人も髪を切ったり、服を切り刻んだりしてやった。
 あっという間に三人は見るも無残な姿になっていた。
 それでもなお、謝罪の言葉を口にしようとはしない。
 遼介が骨の二、三本も折ってやるかと身構えた時であった。
「そのくらいにしとくんだな」
 大きな手が少年の右肩に置かれ、強い力でその動きを止めた。


●立ち塞がる壁
「なんだよ、おっさん。こいつらの仲間か!?」
 右肩にかけられた力から、巨漢の戦士を想像した遼介であったが、振り向いた先に
いたのは多少背が高いくらいの、普通の男であった。
「この街にも自警団くらいはいる。このくらいならば酔っぱらいの喧嘩ということで
済むが、これ以上手を出せばしばらくはそいつらの世話になる事になるぞ」
 男は特に言葉を荒げる事無く、淡々と諭すように少年に語りかけた。
 しかし、気が高ぶっている今の遼介には、かえって逆効果であった。
「後からしゃしゃり出てきて、お説教かよ? あんたも戦士だろ。従わせたいのなら
……力づくでやってみな!」
 三人組が逃げ出すのが視界の隅に映ったが、もはや興味はなかった。
 それほど、目前の男の存在感は圧倒的だったのだ。
「構えろ!」 
 さすがに、遼介も武器を持ってない者に切りかからないだけの分別は残っていた。
男が腰からゆっくりと剣を抜くのを待つ。
 男が小さく何事か呟くと、ショートソードサイズのそれが、一瞬でロングソードへ
と姿を変えた。
(魔法の武器ってことか……長引くと不利だな。速攻でけりをつける!)
 自分の剣が少し痛んできている事を思い出し、遼介は一気に駆け出した。
 スピードには自信がある。攪乱すれば、刃を交えずとも戦えるだろう。そう考えて
の事であったが、男はそれほど早いとも見えない動きで、楽々と遼介の攻撃をさばい
ていった。
(くっそーー!)
 業を煮やした彼は、左手に鞘を持ち、二刀流で手数を頼んだ攻撃に切り替えていっ
たが、それでも男の体に触れさせる事さえ出来なかった。
 逆に、相手の上段からの攻撃をかわしたつもりが、電光石火で跳ね上がった剣先に
対応できず、両手の武器を落とされてしまったのであった。


●新たな目標
「なんだよ、ずっけーぞ。速く動けるんじゃないか」
 地面にどっかりと座り込み、遼介は降参の意思を示した。
 悔しくなかったといえば嘘になるが、それ以上に男の剣技に興味を持ったのだ。
「速くはないさ。全体のスピードで言えば、若いおまえの方が速いだろう」
 剣をしまうと、男は軽く手を払い、座ったままの彼に手を差し出した。
「俺の方が速いんだったら、どうして俺の剣が当たらなくて、おっさんの剣が当たる
んだよ」
 差し出された手を睨みつけながら、遼介は呟く。
 男は、やや苦笑を浮かべ、自分から遼介の手を掴み、引っ張りあげるようにして立
たせてくれた。
「殺気がこもってなかったからな。体の中心線を狙わずに、末端だけを狙う事が解っ
ていれば、かわすことは容易い。おまえの剣には虚実がないからな」
「虚実?」
 昔、武道の師範からも言われた言葉であった。
「フェイントのことだ。なまじ動きが速い為に、逆に太刀筋はまっすぐになっている。
至って読みやすい」
 遼介はじっと男の顔を眺めた。
 なんだかんだ言いながら、男は面倒見のいいタイプであるようだ。
「あんた……名前は?」
「ジェイク・バルザックだ。人に名前を聞く時には先に名乗るものだぞ?」
 少年は肩をすくめて、それを認めた。
「遼介。湖泉遼介だ」
「そうか。まぁ、注文した飯も出来ているようだ。ジュースは俺のおごりにしといて
やる。店に戻るぞ」 
 そう言って『明日に吹く風』の扉をくぐるジェイク。
 その背中をしばし見送ってから、遼介もゆっくりと店の中へと入っていったのであ
った。
 ジェイクが、街に隣接する『堕ちた都市』の発掘を生業とする冒険者であることを
遼介が知るのは、もう少し後のことである。 


                                     了



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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1856/湖泉遼介/男/15/ヴィジョン使い・武道家

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

【NPC】
 ジェイク・バルザック/男/35/元騎士


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■         ライター通信          ■
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 どうも初めまして。神城仁希と申します。
 この度は、ゲームノベルにご参加いただき、ありがとうございました。
 ジェイクをご指名でしたので、熟練の戦士という感じで書いてみました。
 作中にある『堕ちた都市』とは、個別ページのことであり、ジェイクはそこで冒険
者家業をやっています。元々は精霊騎士という特殊な騎士だったのですが、故郷を失
って流れ着いたという設定です。
 また、機会がありましたら、ご指名をいただければ幸いです。近日中に同じ場所を
舞台としたゲームノベルで募集をかけるつもりですので、よかったら目を通してくだ
さい。
 それではまた。街のどこかでお会いしましょう。