<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【楼蘭】桃・咲乱 −終−


 シルフェは少しだけ期待して、あの民家を訪れた。
 桃助の育ての親である男性の住まいがあった、件の桃破裂民家もすっかり復旧が終わり、どちらを尋ねようかとシルフェは一瞬戸惑い、もしかしたらもう自宅の方へ戻っているかもしれないと、出来たばかりの新しい民家の戸を叩いた。
「こんにちは」
 コンコンと木の扉を叩く小気味のいい音と、シルフェの声が重なる。
「はーい」
 程なくして民家の奥より声と足音が響いてきた。
「「………」」
 民家の奥より出てきた青年と、民家の入り口で立ち尽くすシルフェの沈黙が辺りを支配する。
「まぁ」
 一瞬驚きに瞳を見開いてしまったシルフェだが、この目の前の青年を見るなり、にっこりと微笑む。
「すっかり大きくなられましたね」
「そう…だろうか」
 数日…多分数週間会わなかっただけで、桃助の姿は立派な青年へと成長し、見た目もさることながらその性格にも落ち着きが加わって、昔のようにはしゃぐということはなかった。
「ええと…実は少ぅし期待して伺いました」
 此処へ来ようと決めたときに思っていた気持ちをそのまま桃助に伝えてみる。
 案の定、桃助は小さく首をかしげ、口には出さないが「何を?」と言っているように見えた。
 それを見越して、シルフェはにっこり笑顔のまま言葉を続ける。
「…その、桃助様? 好きなお嬢さんはいらっしゃいますか?」
 やはり生まれたときから見ているだけに短期間なりともちょっとした母親の気分になったせいか、シルフェはついそんな事を聞いてしまう。
「よろしければわたくしにこっそり、教えてくださいな」
 半分親心、半分興味。
 桃助も見た目だけはしっかり青年の区分であるし、所謂お年頃なのだから、そう言った話の1つや2つ出てきてもおかしくはないと思ったからだ。
 しかし、色恋沙汰を聞いているにも関わらず、桃助の顔色には一切の変化も無く、暫し考えるように口元に手を当てた後、
「好きなお嬢さんという区分ならば、シルフェがそこに当たると思うのだが」
 好きという言葉には沢山の意味があって、親愛も好きであるし、愛情も好きであるし、特別じゃない好きも沢山ある。
 そしてシルフェはまさしくお嬢さんという年齢でもある。
 だから、桃助にとってみれば、育ての男性も“好き”だし、シルフェも“好き”なのだ。
 だけれど、シルフェが聞きたいのはそんな好きではなくて、たった一人、その人のためだけの特別な“好き”の相手がいるのかどうか。
「それは、嬉しいのですけれど」
 好意は嬉しいけれど、シルフェが聞きたいことと、桃助が考えていることにギャップを感じる。
 シルフェはにっこりとした笑顔を、すっと微笑へと変える。
「桃助様が仰っているわたくしを好きという気持ちは、お父上と同じではありませんか?」
 恋愛に置いての好きの気持ちがどんなものであるか流石にシルフェには教えられない。
 そればっかりは自分で感じ、見つけていくしかないのだ。
「好きであることには変わりない」
 桃助はきょとんとした表情でシルフェの問いに答える。
 やはり、分かっていないのだろう。
「いつか、分かる時が来ます。その時は真っ先に教えてくださいましね」
 どこか諭すような微笑を、シルフェはいつものにっこり笑顔へと戻して桃助を見る。
 しかし、桃助はやはり言われている意味が分からないのか、困惑した表情を浮かべるだけだった。
 突然そんなことを話し始めてしまったために、玄関で立ち往生の状態になっていたが、桃助は改めてシルフェを居間へと通す。
「おや、シルフェさん」
 途中、あの男性にすれ違いシルフェは軽く頭を下げた。
「桃助もすっかり大きくなったでしょう?」
「ええ」
 シルフェと男性は親心という同じような気持ちを抱いている同士といえる。
 軽く世話話に花を咲かせ、またお互い軽く頭を下げてそれぞれの方向へと歩き出す。
 そしてシルフェはふと思い出したように口を開いた。
「親心と言えば、育ての親はこちらのお宅の方々として……」
 ならば生みの親は誰であるのか。
「どうかしたのか?」
 どこか考え込んでしまっているシルフェを不思議に思って、桃助は問いかける。
「いえ、桃助様のお母様はどんな方なのかしらと思いまして」
 普通、胎生でも卵生でも子供は母親から生まれてくるものだ。
 しかし、桃助にはその母親にあたる誰かが居ない。
「生みの親はやはり以前のお話からして仙人様でしょうか」
 以前ここへ訪れたとき、桃助はそれはもう仙人という存在を尊んでいた。だから、やはり仙人が桃助の生みの親なのではないかと問いかける。
「生みの親、か」
 シルフェが疑問に思うように、桃助もその部分に当たる記憶が曖昧なのかもしれない。彼もまた立ち止まり考える。
「わたしが覚えているのは、鬼を退治せよという言葉」
 そして根底に植えつけられ、桃助自身も理解をしていない創造主への忠誠。
「母親的というか生みの親な仙人様の刷り込み? 仙人様の性別も解りませんし、母親的、とも限りませんね」
 シルフェは思い当たった言葉を自己理解もかねて小さく呟く。
 そして、はっとしたように桃助を見上げる。
「桃助様そろそろ鬼退治を実行に移されそうですし」
 実年齢として考えてしまってはまだ幼い桃助であるけれど、見た目はもう青年。武装して鬼退治と本気で口にしても遜色ない年齢になってしまっている。
「色々と確認された方がよろしくないですか?」
 その言葉は、桃助に対して言っているのか、それとも見たこともない誰かに向けて言っているのか。
 本当に、鬼退治など必要なのか。
 沈黙が流れていく。
 答えが出ぬまま二人は立ち尽くす。
 二人の沈黙を破ったのは、どこか気の抜けたような少年の声だった。
「ごめんくださいな」
「はーい」
 桃助は矢継ぎ早に返事を返して、シルフェに向き直る。
「お客のようだ。すまない」
「いいえ」
 すっかりこの家の子なのだなぁと、どこかのどかに考える。
(見に行ってみましょう)
 先ほどはお客が自分であったから桃助もあんな対応だったのだろうが、普通のお客に対してどんな対応をするのか気になって、シルフェはコッソリと玄関へと戻った。
 見えるのは、少年が背負っていた木箱を上り框に置き、小さな引き出しから、親指ほどの大きさの紙の包みを取り出している姿。
 桃助は…と、視線を移動させれば―――
「おや」
 シルフェが覗いていることに気が着いたのは、少年のほうだった。
 そんな少年の向こう側からそっと桃助の頭が下から上がってくる。どうやらシルフェが桃助の姿を確認できなかったのは、この少年よりも低くなっていたからのようであった。
「いろいろと考えてくれたようだけれど」
 少年の言葉にシルフェはきょとんと瞳を瞬かせる。
「私はそこまで深く考えるたちではなくてね」
 しかし少年はそんなシルフェにはお構いなしにクスクスと笑いながら言葉を続ける。
「あのぉ、それはですね、つまり」
 どこか呆けてしまっているシルフェは、思考をフル回転させながら確認するように言葉を紡ぐ。
「シルフェ。この御方は―――」
「桃助、だったかな?」
 桃助の言葉を遮るようにして少年が口を開く。
「あ、はい。今は桃助と呼ばれております」
「“もういいよ”」
 じゃ、これお父上に。と、少年は桃助の手にポンと小さな茶巾包みを手渡して、上り框に置いた木箱を背負う。
「再見」
 戸をあけて去っていく少年。桃助はただ呆然として手元の茶巾包みを見下ろしていた。
「待ってくださいまし」
 少年を止めたのはシルフェ。
「桃助様の反応を見るに、あなた様が桃助様の生みの親…ではないのですか?」
「私は桃助が本当に鬼を退治に行こうが止め様がどちらでもいいよ」
 少年の口からは桃助が生まれた時語った、誰もが知っている情報しか話されない。
「それでは、あまりにも……」
 頑なに鬼を退治しなければいけないと信じていた桃助が哀れである。だけれど、このシルフェの言葉の続きは、相手が本当に生みの親ならば返答に適した言葉であろうが、シルフェに対する相手の反応にそんなそぶりは一切ない。
 少年はにっこりと笑う。
「“桃助”はもうこれ以上姿を変える事はないしね」
 だって、人ではないのだから。
「話はそれだけかな」
 小首をかしげるような仕草をシルフェに向けて、少年は桃助の家を去っていく。
 少年が去っていった戸を見つめ、暫しの沈黙が訪れる。
「桃助様……」
 シルフェはゆっくりと振り返り、桃助の名を呼んだ。
 しかし桃助は顔を伏せたまま、先ほどから一寸違わず手の中の茶巾鼓を見つめている。
 そしてばっと顔を上げた。
「!??」
 驚きと共に見つめれば、桃助の中で何かが変わったのだろう。顔を上げたその表情は、どこか力強い笑顔であった。
「わたしはここで父上を看取ろうと思う」
 詳しい理由はシルフェには分からない。けれど、きっと桃助は生まれの制約から解き放たれたのだ。
「はい」
 シルフェは優しい面持ちで桃助を見つめる。
 それはまた、新しい旅立ちであった。









end...



☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2994】
シルフェ(17歳・女性)
水操師


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 【楼蘭】桃・咲乱にご参加ありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。桃助の最後ですが、予想は当りですが奴(NPC)が一癖二癖以上ありました。申し訳ありません。口を割らせるのは困難かと思います。不本意かもしれませんが腹黒合戦とかしてみるのまたいいかもしれません(笑)多分解放の内容は読み解けるとは思います。暗号っぽいですが……
 それではまた、シルフェ様と出会える事を願って……