<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
『お父さんに会いに』
今日も雨が降っていた。
毎日雨ばかりでつまらないけれど、今日は特別だ。
小さな箱をビニール袋に入れて、ポケットにしまう。
透明のレインコートを羽織ると、妹の可愛らしい手を引いた。
「じゃ、行ってくるね!」
元気な声を残して、小さな男の子と小さな女の子は外へと出かけたのだった――。
この地方にも、父の日と呼ばれる日がある。
その日の早朝、オーマ・シュヴァルツが診療所を訪れると、ちょうどダラン・ローデスに叩き起されたファムル・ディートが、寝ぼけ眼で診察室に現れたところだった。今日は研究も診療所も休みらしい。
「なんだ、朝っぱらから……」
「何って、今日は父の日だろ! 手紙の子供達がやってくるかもしんないぜ〜」
その話を聞いてダランもオーマも診療所にやってきたのだが、手紙を貰ったファムル自身はすっかり忘れていたらしい。
「ああ、その件ならお前達に任せる。どう説明したらいいのか、わからんしな。……せめて15歳位の女の子なら、あと数年待っても(ぶつぶつ)」
ファムルは子供には全く興味がないようだ。
「それじゃあ師匠、ちょいと待ちますかね」
手もみしながら、ダランがオーマに言った。今日はオーマを師匠と呼ぶらしい。態度も時と場合によって変えるが、オーマのことは目上の存在として、彼なりに一目おいているようだ。
「おいファムル、師匠と俺にお茶!」
……元師匠のファムルのことは、完全に見下しているらしい。
雨音と共に、小さな笑い声が届く。
子供のはしゃぐ声だった。
「お兄ちゃん、ここ?」
「うん、ここだよ」
子供達がドアを叩く前に、ドアが内側から開かれた。
「いらっしゃい」
オーマの巨体と満面の笑みが、幼い兄妹を迎える。
驚いた妹のニーナは、兄シノンの腕にぎゅっと捕まる。
「お、お父……さん?」
小さな声で恐る恐る言う幼子に、オーマは首を横に振って答えた。
「俺は君達の父親じゃない。父親の代わりってとこかね」
兄の頭を大きな手で包んで、オーマは二人を中に入れた。
「よく来たな!」
両手を腰にあて、ダランがふんぞり返っている。きょとんとした二人だが、ダランは自分達の父親の年には見えない。部屋の中を見回して、二人はファムルの姿を見つけた。
「ファムルお父さん!」
シノンに呼ばれたファムルは、罰が悪そうに頭を掻いた。
「あー私は確かに、ファムルという名前だが、私は君達の父親じゃないんだが……」
「え? でも、お母さんがここに住んでるファムルって人が、僕のお父さんだって言ったもん!」
シノンは懐から封をしてある手紙を取り出すと、ファムルに渡した。
親愛なるファムルさま
先日は私のお店に来てくださりありがとうございます。
ご存知のとおり、ファムル様のつけが随分とたまっております。
利子代わりといってはなんですが、私の子供達の父親役を一日やってくださいな。
ミドリ
「ミドリ……ミドリさん子供いたのかっ!」
ミドリは、ファムルが通っている店のホステスだ。怪しいほどの妖艶な雰囲気を漂わせている美人だった。
住み込みで働いていると聞いていたので、未婚だとばかり思っていたのだが……実は子供を実家に預けて働いているらしい。
「まさか、子持ちだったとは。それも二人も……」
がっくりと肩を落としながら、大きなため息をつくファムル。
オーマはそんなファムルの手から手紙を取り上げると、ゴミ箱へと投げ入れ、子供達に向き合う。
「いいかい、このおじさんも、君達の親父じゃないんだ」
子供相手ということで、怖がらないよう優しい口調を心がける。
「お父さんじゃないの……?」
それでも怖いのか、それとも残念だったためなのか、ニーナの瞳には涙がたまっていた。
オーマは椅子に腰掛けると、大切なものを持ち上げるかのようにニーナをそっと持ち上げて、自分の膝の上に乗せた。彼女が怖がる前に、彼女の頭をゆっくり優しく撫でてあげるのであった。
「父親のこと、他に何か聞いていないか? 仕事とか、どんな人だったかとかだな」
オーマがシノンに問いかける。
「んー、ノンダクレだってお母さんいってた。飲むと暴れて、お母さんと僕達のことぶつんだ。だから、お母さん、父さんとお別れしたの。仕事は、ナンパシだって」
飲んだくれにナンパ師……ろくな人物じゃなさそうだ。
「そうか、それじゃ、本当の父親に会う前に、予行演習といくか」
手を伸ばして、シノンの小さな体も抱き寄せる。片手で持ち上げて、シノンとニーナ、二人を胸に抱きしめた。
大胸筋に思う存分思い切り抱きつくよう教えると、シノンはへばりつくように、抱きついてきた。
「お父さんの体大きすぎー」
「おおきいー」
ニーナぎゅっと腕に抱きついている。
「いい子にしてたか? 家族を大事にしなきゃダメだぞ」
「うん、僕おじいちゃんのお手伝い、毎日してるよ!」
「ニーナも、ニーナもっ!」
そうかそうかと、二人をぎゅっと抱きしめて、ほお擦りをすると、二人は不思議そうに……だけれど、とても嬉しそうに顔をあわせていた。
「よし、ご褒美だ」
オーマは一人ずつ、高い高いをしてあげる。
「凄い凄い、天井に手が届くよ!」
「ニーナの番、ニーナの番!」
兄妹は大喜びだった。
「俺も俺も!!」
一緒になって、ねだるダランも軽々と持ち上げてあげるオーマであった。
いつの間にか雨は上がっており、オーマは兄妹を連れて外にでる、すっかり長男のつもりになっているダランも一緒だ。
「僕、お父さんとボール遊びがしたい! 投げっこ小さい時よくやったんだっ」
「ニーナも、ニーナも!」
「よーし、ボール持ってきてやるからな。ファムル、ボール!」
ダランが診療所に向って怒鳴る。
持ってくるというより、ファムルにボールを持ってこさせ、4人でキャッチボールを始める。
ニーナはまだ小さいため、転がすようにボールを投げてあげる必要があった。最初は普通に投げてしまったダランだが、ニーナの必死な姿を見て気付き、ほらよっと優しくボールを投げるのであった。
シノンの相手はオーマがした。
シノンは思い切り投げてくる。少し大袈裟に受けて、いいボールだと褒めてあげると、シノンは目を輝かせて喜んだ。
皆の額に汗が滲んでいた。
いつの間にか、太陽が顔を覗かせている。ちょうど真上……もう、お昼の時間だ。
「お兄ちゃん、お腹空いた〜」
オーマと楽しそうにキャッチボールを続けるシノンの袖を、ニーナがひっぱった。
「お母さんに、お昼までに帰って来なさいって言われてるんだっけ……」
シノンは名残惜しそうに最後のボールを思い切りオーマに投げた。
「ナイスボール!」
バシッと心地よい音が響いた。
「本当のお父さんも褒めてくれるかな?」
シノンの言葉に、オーマは大きく頷いてみせる。
名残惜しそうにしながらも、兄妹は一旦診療所に入って、帰り支度をする。
「はい、お父さん」
荷物を手にとったシノンが、オーマに小さな箱を手渡した。
「ニーナのも、ニーナのも!」
ニーナも、ガサゴソポケットを探して、見つけ出した小さな袋をオーマに手渡す。
「お父さんの代わり、ありがとう」
ぺこりとシノンが頭を下げる。真似してニーナが兄より深く頭を下げた。
「ありがとな。……だけど、これは受け取れねぇな」
顔を上げた子供達に、オーマはプレゼントを返す。
「これは、父親に用意したもんだろ?」
「そうだけど、お父さんの代わりをしてくれたのは、おじさんだからっ」
「代わりの父親じゃなくて、本当の父親に渡すもんだ。……これも一緒に渡してやりな」
そう言うと、オーマは花束を二人に手渡した。
ルベリアの花。贈った者と永久の絆で結ばれるといわれる不思議に輝く花であった。
オーマが体を避ける。
二人の視界に、太陽の光が射し込んだ。
眩しい光のその先に……。
二人は、男性の姿を見た。
「シノン、ニーナ」
僅かに……確かに、聞き覚えのある声だった。
「お父、さん?」
シノンの言葉を聞くと、男性は駆け寄ってきて、屈んで二人を抱きしめた。
「ごめんな」
ニーナはよく解らないようだった。
しかし、シノンの方は覚えていた……。父の声も、温もりも。
「お父さん!」
泣きながら父に抱きついたのだった。
オーマが教えてくれたように。いや、あの時よりも強く。
二人の父親は、ニーナをおぶり、片手にはルベリアの花、もう片手でシノンの手を引いて、何度も頭を下げながら帰っていった。
兄妹達は、オーマ達に見えなくなるまで大きく手を振っていた。
父子に笑顔で答えていたオーマの腕を、ダランが肘で突く。
「あの親父何処にいたんだよ」
ダランは、二人の父親とともにオーマの配下……霊魂軍団の姿を見ていた。それにより、二人の父親を捜し当てたのがオーマであることを知った。
「公園暮らし。一日だけ父親に戻る決心をしたらしいがな」
つまり家を追い出された後、行くあてがなくホームレスと化していたらしい。
二人の母親との復縁……にまでは口を出せないが、堕落した父親を立派な下僕主夫に教育しなおす必要はありそうだ。子供達の成長した姿が彼の社会復帰を促してくれるかもしれない。
「ほらよっ」
ダランがオーマに包み紙を手渡した。
「俺様の子分にやろうと思ったんだけどさ、帰っちまったから、師匠達にやることにする」
開いてみれば、男物のハンカチだ。
子供達の為などではなく、元々今日訪れると聞いていたオーマと、元師匠ファムルの為にダランが用意したものだろう。
それはドラ息子から、育ての父達へのささやかなプレゼントであった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
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■ ライター通信 ■
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いつもお世話になっております。
父の日のノベルにご参加ありがとうございます。
オーマさんは、実の子供の他にも、こうして沢山の子供の義父なのかもしれませんね。
今回のプレイングは心温まる感じがいつもより強かったので、笑いは控え目に純粋さを強めに書いてみました。
素敵な半日をありがとうございました! 後の半日は、きっと、それぞれがそれぞれの家族と過ごしたのでしょう〜。
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