＜聖獣界ソーン・ＰＣゲームノベル＞
『かくも過酷な試験』
●霧の森にて
その日もリディア・ランサーは、日課のパトロールを済ませて帰ってきたばかりで
あった。
沐浴を済ませて自室に戻ると、テーブルの上に見覚えの無い手紙が置かれている事
に気がついた。
（……誰かしら？）
手に取ってみる。
裏の差出人名を見るまでもなく、見覚えのある字で全てを察した。
実戦訓練を兼ねて修行の旅に出ている、不肖の弟子からのようであった。
『お師匠様、お元気でつか』
『僕は無事に母様に会う事が出来まつた。今は母様の仲間たちと冒険に出ていまつ』
『その内の一人、グランがドラグーンに乗りたいというのでつ』
『でも、ローレルはお師匠様のものでつ。相談もなしに乗せるわけもいかず、手紙を
かきまちた』
（……なるほど。つまりは、仲間の内に鎧騎士がいるということなのね）
たどたどしい手紙を翻訳するうちに、リディアにもシアンの言いたい事が伝わって
きた。
（仮にもエランの仲間だというのなら、それなりの資質は備えているのでしょう……。
ここしばらくは不穏な気配もないことですし、会ってみるのもいいかもしれませんわ
ね）
かくしてリディアは愛機『ボルガネル』を駆り、堕ちた都市を目指す事になったの
であった
●竜騎士の条件
「訓練終わったら、とっておきのケーキ屋に連れて行ってやろう。おいしいんだぞっ！」
「わーい、でつ♪」
『明日に吹く風』の裏庭では、今日もグランディッツ・ソートとシディアス・ラン
ダーの訓練が続けられていた。といっても、スモールドラグーンである『ローレル』
に騎乗してというわけではなく、体さばきとイメージトレーニングが中心となってい
る。
実際のところ、ゴーレムグライダーを操る事の出来るグランにとって、見習い竜騎
士であるシアンから教わる事はそう多くない。飛行制御の基礎は出来ている為、あと
は実践で感覚を身につけていくしかないのである。
そんなグランは、傍らの『ローレル』を眺める度に、心に期するものがあったよう
だ。
（ドラグーンに乗りたい。乗れるようになりたい！）
鎧騎士である以上、いつかは竜騎士にと考えるのは当然の事だ。ましてや、目の前
にいるのは５歳のシディアスである。
この年で両親と離れて暮らすシアンに、親を知らない自らの生い立ちを重ねること
はあった。しかし、可哀想にと思う反面、羨ましいとも思えるのだ。
アトランティス生まれの者にとって、竜とは力の象徴であり、ドラグーンを駆る竜
騎士は憧れの的なのだから。
（レッドには負けたくない。アミュートもまだ不慣れだし、グライダー以外のスキル
も身につけたい！ シディアスとドラグーンに会ったのも何かの縁だろう。５歳のこ
いつが乗れるんだ、俺だって乗れるようになれるはず。この機に俺は竜騎士になって
やるっ！）
レベッカを巡るライバルに負けまいとする心。それは強い信念として、今の彼を支
え続けていた。
「ふむ。信念こそ、ドラグーンを操る心の強さの一つともいえる……。見所はあると
いってもいいのかしらね」
「お師匠様！」
ふらりと現れたリディアに、シアンが目を丸くする。
手紙には、自分の未熟さ故に『ローレル』を傷つけてしまった事も書いてある。技
師を同行させて来てもらえるようにお願いはしてあったのだが、てっきり『ボルガネ
ル』で直接来ると思っていたのだ。
「『ボルガネル』なら郊外に待機させてありますよ。街中にいきなり乗りつけるほど、
わたくしは世間知らずではありませんからね」
確かに、冒険者が多いこの街であっても、ドラグーンは一際人目を引いていた。ス
モールの『ローレル』でさえそうなのだから、ミドルドラグーンともなればなおさら
である。
「シアンも『ローレル』をあちらに動かしなさい。技師も連れて来ていますから」
「あいでつ」
愛弟子がスモールドラグーンに乗り込む姿をチェックするリディア。
彼女くらいの技量ともなれば、単純な起動動作を見るだけでも上達の程が知れるの
である。
『ローレル』を見送った後、リディアはグランに向き直った。
「さて、貴方についてはシディアスからの手紙で大体存じ上げています。竜騎士を目
指したいと」
「ええ、よろしく」
普段、グランはどちらかといえばフランクな言葉つかいである。彼自身が長いこと
一人で旅を続けていたというのもあるのだが。
ガキッ！
瞬間、彼の視界に火花が散った。
グーで殴られたという事実に気がつくのに、若干の時間がかかる。
それほど、目にも止まらぬ一撃だったのだ。
「師匠にはそれなりの敬意を払いなさい……仕事を詰めて三日の時間を作りました。
竜騎士試験と地獄の特訓、どちらにします？」
「じゃあ、試験のほうでいい……です」
リディアの右手が閃きかけたのを察知し、慌てて言葉を繋げるグラン。
試験の内容を知っていれば、彼も考え直したかもしれない。だが、神ならぬ身のグ
ランにそれが分かるはずもなかった。
●竜騎士試験、開始！
「それではまず、これを着てウェイトレスをしていただきましょうか」
「……はい？」
首を傾げるグランの頭に、再びグーパンチがささる。
しかし、彼が思わず問いかけるのも無理はない。リディアが差し出したのは、いわ
ゆる『メイド服』であったのだ。つまり、女装しろと言っているのである。
「ちょっと待ってくださいよ。竜騎士試験と、俺が女装することと、どういう関係が
あるっていうんですか！？」
「質問する権利は貴方にはありません。やるのですか？ やらないのですか？」
有無を言わせぬリディアの態度に、グランは一瞬、踵を返す事も考えかけた。
それをしなかったのは、彼にさえ見えないグーパンチを放つリディアの実力。そし
て、シアンが寄せる絶対の信頼に興味があったからである。
「……分かりました。やりましょう」
実年齢はともかく、グランはまだ少年に見える。その為、メイド服姿はそれほど悲
惨なものではなかった。
（願わくば、レベッカにだけは会いませんように……）
その日一日、グランは羞恥心に耐えてウェイトレスの仕事を完璧にこなした。
ジェイクには呆れ顔で見られた。
カイには指さされ、涙が出るほど笑われた。
だが、どうやらレベッカは配達の仕事で街を離れていたらしい。
それだけが、彼にとってはせめてもであった。
「今日一日よく頑張りましたね。貴方の覚悟が半端なものじゃないことは、確認しま
した。明日からは基本能力の確認に入ります。郊外の森で待っていますよ」
リディアがそう言い残し、去っていく。
グランにとっての長い一日が終わろうとしていた。
二日目。
基本能力の確認ということでリディアが用意した修行は、距離５ｍからの投石を回
避するという、（初日から比べれば）まっとうなものであった。
（まぁ、これくらいなら何とかなるだろう）
グランがそう考えた時、後ろを通り過ぎたシアンがぽつりと呟いた。
「お師匠様は怖いでつよ」
その言葉の意味を理解するまでには、それほどの時間はかからなかった。
５ｍの距離からとはいえ、竜騎士であるリディアが本気で投げる石をかわす事は、
さすがのグランでも難しかった。
彼とて歴戦を潜り抜けてきた、一人前の戦士である。身のこなしや動体視力には自
信があるつもりだった……だが。
「これだけの距離をおいて、半分しかかわせない様では困りますね。まぁ、目では追
えてるようですから、あとは反射速度をあげるだけで済むでしょう。日が暮れるまで
に、８割まではかわせる様になってもらいますよ」
アミュートは纏っていない。
石とて、子供の握り拳くらいはある代物である。当たり所が悪ければ重傷を負うだ
ろう。しかし、リディアの投石に手加減の色は全く見受けられなかった。容赦なく降
り注がれる石の雨の前に、グランの体に青あざが増えていった。
傍らでは、シアンが『ローレル』に騎乗しての飛行訓練を行っていた。
以前の飛行訓練は他者の力を借りてのものだったが、今回は単独飛行である。
それでもドラグーンでの実戦経験を経たこともあってか、日が暮れる頃にはよたよ
たとながらも飛べるくらいにまではなっていた。
「まだまだ実戦レベルとはいえませんが、成長は認めましょう。この街で、いい経験
を積んでいるようですね」
「ありがとうございまつ！ 少しでも成長した所をお師匠様に見てもらえて、僕もう
れしいでつよ」
そんな師弟の会話を、横たわったままでグランが聞いている。
どうにか８割はかわせるところまでこぎつけたものの、その全身はぼろぼろに痛め
つけられていた。
「明日は最終的な戦闘力の確認として、手合わせを行います。今日と同じ時間に遅れ
ずに来るように」
そう言い残してリディアが立ち去るのと同時に、グランの意識はぷっつりと途絶え
た。
気がつくと、シアンが小さい体で引きずるようにしてグランを運んでいるところだ
った。
「なぁ……おまえ、俺に試験に受かってもらいたいか？」
「あい。グランが竜騎士見習いになってお師匠様の弟子になると、僕の後輩になりま
つ！ それはとても嬉しいことでつ！」
薄れ行く意思の片隅で、グランは思った。
（なら、竜騎士見習いになってやるさ。俺の為に。レベッカの為に。そして……ちょ
っとだけおまえの為にな……）
宿までの道程は、まだ遠かった。
三日目。
早朝から森に向かったグランを待っていたのは、甲冑姿のリディアであった。
「グラン、手加減は無用だ。装備はいつも通りの物を使っていい。アミュートを使用
してもいいぞ。全力でかかってこい！」
昨日までとは口調も変わっている。
その戦闘スタイルから感じられる闘気は、これまで戦ってきたどの相手から感じた
ものよりも猛々しかった。
（ちっ、これが本性ってわけか？）
「我共に歩みし風よ！ 其の力此処に現せ！」
ダークグリーンの閃光と共に、アミュートが展開される。利き手である左手には愛
用の魔法剣。右手にも剣を持っての二刀流。
彼が最も得意とするスタイルであった。
「いきます！」
対するリディアは槍と円形の盾を装備していた。
立ち上がりから、グランが一方的に攻める展開が続く。
彼の持ち味はそのスピードと、多彩なフェイントから繰り出される連続攻撃にある。
アミュートを纏っていることもあり、その動きはリディアと比べても遜色ないはずで
あった。それでもなお、決定打を入れることが出来ずにいた。
（なんて完璧な防御だ……！）
手を休めぬまま、グランが内心で舌を巻く。
「そこ！」
しかも、彼の攻撃の合い間をぬって、容赦のない一撃がリディアからも繰り出され
る。かろうじて直撃を避けてはいるものの、纏っているのがアミュートでなかったら、
勝負はすぐについていただろう。
二人の激闘を、シアンは固唾を呑んで見守っていた。
彼にとっては、師匠の本気を見る滅多にない機会であった。さすがにシアンではま
だ、本気になったリディアの攻めをかわし続ける事は出来ない。
どれだけ時間が経っただろう。
攻めのパターンを読まれ始めたのか、リディアのいい一撃がグランに迫る事が増え
つつあった。
（さすがにこれ以上は無理か……。ならば、せめて一太刀なりとも！）
グランがここまで見せなかった、とっておきの連携を繰り出す。左右の攻撃を囮に
使い、目を慣らさせたところで……。
（上に跳ぶ！）
風の精霊力を足に集中させ、大きく『跳躍』した。空中で巧みに姿勢を制御し、上
空からの捨て身の一撃に全てをかけた。
キン！
その一撃は惜しいところでリディアの盾に阻まれ、返しの一撃が彼の剣を大きく跳
ね上げた。
確かに一撃は届かなかった。
だが、グランは十分に満足であった。斬りかかった時に一瞬ではあるが、リディア
の顔色が変わったのが見えたからだ。少なくとも、最後の一撃は彼女の予想を上回る
事が出来たはずだ。
「ここまでだな。試験はこれで終了とする。私から言うことは何もない。あとは『ロ
ーレル』がグランを認めるかどうかだ」
リディアに一礼し、グランは森の奥に鎮座する、蒼きウォータードラグーンへと近
づいていった。
●合格 そして……
ゆっくりと『ローレル』に近づいていったグランは、そのドラグーンを間近から見
上げた。竜をイメージした頭部に、飛行用の翼を持つ巨体。ずっと、憧れていた姿で
あった。
リディアが連れてきた技師たちが修理したのだろう。火竜王の神殿で受けた小さな
傷は綺麗に修復されているようであった。
「なぁ、俺は……おまえに認められるくらいになれたのかな？」
今までにも何度か乗ろうと試みた事はあったが、『ローレル』はその制御胞を開く
事はなかった。しかし……。
ヴヴ……
今、『ローレル』の深海を思わせる瞳に光が灯り、ゆっくりと制御胞は開かれた。
歓喜の声を上げながら、シアンがグランのもとへと駆け寄る。
グランもまたそれに応え、会心の笑みを浮かべた。
その光景を満足そうに眺めた後、リディアは傍らに待機していた『ボルガネル』に
乗り込み、ゆっくりと二人に近づいていった。
「おめでとう。『ローレル』もグランの事を認めたようだな。これからもシアンと二
人で精進するがいい。なに、ドラグーンの操縦についても『ローレル』が教えてくれ
るさ。私は『霧の森』に帰る。少々長居しすぎたようだしな」
バーニングドラグーンが大きく翼を広げるのを見て、グランが深々と頭を下げる。
傍らでは、シアンが小さな手を懸命に振っていた。
「それから……」
去り際、リディアが言った言葉を、グランはけして忘れる事はなかった。
「竜騎士見習いは恋愛禁止だ。いいな？」
それだけ言い残し、リディアは『ボルガネル』を大空へと羽ばたかせた。
あとに残されたグランの表情を、後にシアンはこう表現したものだった。
「泣きそうな顔でちたよ」
こうして、グランの長い長い三日間は終わりを告げた。
限りない達成感と、ほんのちょっぴりの後悔を残して。
了
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■ 登場人物（この物語に登場した人物の一覧） ■
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【整理番号 ／ ＰＣ名 ／ 性別 ／ 年齢 ／ 職業】
３１０８／グランディッツ・ソート／男／１４／鎧騎士
３１９８／リディア・ランサー／女／２７／竜騎士
３２１８／シディアス・ランダー／男／５／竜騎士（仮免許）
※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。
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■ ライター通信 ■
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まいど、神城です。
グランは今後、竜騎士見習いを自称する事が出来ます。
『ローレル』については、あくまでも主人はリディアであり、順にシアン、グラン
と心を許していると思ってください。
なお、試験内容と竜騎士見習い大原則については、リディアＰＬからのものですの
で、神城を恨まぬようにｗ
シディアスも飛行自体はなんとか出来るようになりました。とはいえ、戦闘機動は
無理ですし、よたよたとしか飛べませんがねｗ
それではまた、次のシナリオでお会いしましょう。
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