<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『束の間の休息』

●旅路にて
「おい、凪。大丈夫かよ?」 
 虎王丸の問いかけに、蒼柳凪は顔を上げた。
 どうやら、木陰でうたた寝をしていたらしい。
「あ……うん。大丈夫だよ。ただ、ちょっと疲れたかな」
 二人は別の街での冒険を終え、聖都への帰路についているところであった。結構、
いい収入にはなったのだが、凪はまだ戦いの疲れが抜けきっていない様であった。
「だらしねぇなぁ、まったく。そのざまじゃあ、もう一稼ぎってわけにはいかねぇな
ぁ……どっかで休んでいくか?」
「うん……そうだ、『堕ちた都市』に行ってみない? ここからなら遠くないし、あ
の街なら装備も揃えられるしさ。新しい刀が欲しいって言ってたじゃない」 
(そうだな……) 
 虎王丸はちらっと自分の刀に目を落とした。
 彼の戦闘スタイルは、発火能力である『白焔』を刀にのせて斬りつけるというもの。
魔物などには効果的な戦法ではあるが、いかんせん刀にかかる負担も大きい。
 出来れば今の刀に近いものを買いたい、と考えていたところであった。そういう意
味では、カグラの街の品揃えはいい。反対する理由はなかった。
「おまえ、結構あの街のこと気に入ってないか?」
 友の問いかけに、凪は微笑むだけで答えなかった。
 確かに、気に入っていた。
 あの街は、故郷の雰囲気を色濃く残している。
 今はまだ帰れない、遥かに遠い故郷に。
「せっかくだから、孫太行さんにもご挨拶していこう。いろいろとお世話になった事
だし。それに、今の僕らなら手伝える事もあるかもしれないしね」
「ん……ああ……そうだな」
 珍しく歯切れが悪いのは、彼が太行に対してライバル心を抱いている為である。
 太行の場合は、所持している槍自体が発火するという違いこそあれ、戦い方なども
似通っている部分が多いのだ。そんな彼の心を知ってか知らずか。凪は立ち上がり、
『堕ちた都市』への道を歩き始める。
 二人がカグラの街に辿り着いたのは、その二日後の事であった。


●久しぶりの再会
 『堕ちた都市』についた二人は、真っ先にカグラの街の冒険者ギルドへと足を運ん
だ。太行に挨拶をしたいということもあるが、前回来た時も長居しなかったので、そ
もそも店の情報自体がなかったからである。
「え〜と……あ、いたいた」
 太行はギルドの人物と何やら話しこんでいるところだった。もう一人、彼と同じく
らいの年齢に見える男が横にいて、両者の意見を取り持っている様に見える。
(深刻な話をしてるのかな……?) 
 凪は一瞬、声をかけるのを躊躇った。
 気さくに話しかけてもらったとはいえ、一度冒険に同行しただけである。忙しい様
なら、日を改めた方がいいかと思ったのだ。だが、虎王丸はそんな事はお構いなしと
ばかりに、大声を張り上げた。
「おーい、太行!」
 呼び声に気がつき、顔をこちらに向けた太行に大きく手を振った。首から下げられ
た鎖が大きな音を立てて、周囲に響きわたる。
 笑顔になった太行は、話し相手に二言三言何かを告げた後、こちらに歩いてきてく
れた。 
「よう、久しぶりだな。虎王丸……それに凪」
 どうやら名前を覚えていてくれたようだ。
 太行が新米の冒険者達に人望が厚いのは、腕が立つからだけではなく、一緒に冒険
をした者の名前をけして忘れないというところにもあったのだ。
「おう、そっちも元気そうじゃねぇか」 
「す、すいません……何か重要なお話の途中だったんじゃないんですか?」
 しきりと恐縮する凪に対して、太行は笑いながらひらひらと手を振ってみせた。 
「なに、頭の固い連中との話し合いがちょうど平行線を辿っていたところでね。お前
たちが声をかけてくれて助かったよ。あとは、将已の奴に任せておくさ」
 三人は場所を変え、近くの茶店の入り口に腰を下ろした。
 太行は酒好きであるが、甘い物もそれなりにいける口らしい。奥から出てきた娘さ
んにお茶と団子を三人分注文すると、凪の方に視線を戻した。
「それでどうしたんだ? 冒険の募集掲示板ではなく、俺のとこに顔を出したのは何
かあったからじゃないのか?」
「いえ、たまたま冒険の帰りに近くまできたものですからご挨拶を、と。あと、虎王
丸が新しい刀を探していたものですから、いい店を知っていたら教えていただきたく
て……」
 凪の言葉に、太行は笑みを返した。
 知っている店は幾つかある。品質のいい店を知りたいのか、特別な代物を求めてい
るのか、と。
 二人はしばらく相談した後に、せっかく冒険者の街に来たのだから、と後者の店に
足を運ぶことにしたのであった。


●妖刀と虎王丸
 太行が紹介してくれた店は、ギルド直轄の道具屋であった。ギルドの鑑定所に持ち
込まれたものの内、武器や防具に関するものを卸しているらしい。
 ここまで歩いてくる内に何件かの軒先を覘いてみたのだが、そこで見かけた東方風
のデザインの武具は、ここにはそれほど置いていなかった。やはり、『堕ちた都市』
内部の遺跡から持ち込まれたものが多いからなのだろう。
「さてと。刀を探すとなるとこの辺ってことになるんだが……」
 武器のコーナーの一角には、何本かの刀が無造作に置かれていた。虎王丸はそれら
を軽く振ってみたのだが、どれもしっくりこなかった。
「うーん……これといって出来のいい刀はないみたいだなぁ」
 太行も首を傾げている。店を紹介した以上、ある程度の品物はあると思っていたの
だろうが、刀の類は需要が多いわりに出物が少ないらしい。いいものであればなおさ
らだ。
「刀剣を製造している店もある。そっちを見にいってみるか?」
 太行が言いかけた時、虎王丸の瞳が店の片隅にかけられていた古刀に止まった。
 真紅の鞘に納められた刀身を抜いてみると、吸い込まれそうな刃紋に目を奪われる。
「これでいいや。柄の具合もしっくりくるし、鞘のデザインも炎を連想させて俺にち
ょうどいいぜ!」
 彼は一見して気に入ったのだが、太行と凪は顔を見合わせた。
(なぁ……あいつ気がついてないのか?)
(ええ、ここからでも感じ取れる妖気なんですけどね……もう魅入られたかな)
 一度気に入ると話が早いのが虎王丸の性格である。値段を見て、それほど高くない
事を確認するや、即座に店の主のところに向かった。
「親父、これ買わせてもらうぜ」
「え……お客さん……本当にこれでいいんですかい?」
 店の主の怪訝そうな顔にも気づかず、彼は金の入った袋を取り出そうとしていた。
さすがに太行が止めに入ろうかと一歩前に出た時であった。
「ほほぅ。それに目をつけるとは……若いのになかなかの腕前なんでしょうね」
「呉先生!?」
 ふらりと現れた男を見て、太行が目を丸くする。その男はギルドの鑑定所の長を
していると自己紹介をし、虎王丸と凪に挨拶した。
「いいんですか? 本人はいたく気に入っているようだが、変なのにとりつかれて
るんじゃないでしょうね」
「人聞きの悪い事を言わないでくださいよ。あれは確かに妖刀の類ですが、人に悪
さをするような低級なものは憑いてやしません」
 呉文明によると、その刀は東方で作られた破魔刀の一種であったらしい。だが、
切れすぎるその刀は次々と持ち主を変え、いつしか妖刀と呼ばれるようになったそ
うだ。
「刀匠の強い思いが残っているのですが……どうもプライドの高い人だったようで
すね。半端な腕の者に振るわれる事を良しとしない。それでいろいろと事件を引き
起こしてきたとの事です」
 持ち込んだ女性は鑑定人でも何でもないのだが、そこまで『見えた』らしい。そ
れを聞いた上でギルドは刀の買取を了承したのだという。
「あいつで……大丈夫なんでしょうか。そりゃあ、腕前の方は確かですけど……」
 相棒の事を気遣う凪に、文明はにっこりと微笑んだ。
「上手に『会話』する事が出来れば、あの刀は物凄い力を発揮するはずですよ。ま
ぁ、刀も女性も一緒……扱い方次第です」
 それを聞いた凪が顔をしかめたのは言うまでもない。
 刀の腕前ならともかく、女性の扱いについてなら、虎王丸の力量はあまりにも非
力すぎるといえるのだから……。


●戦いの予兆
 結局、虎王丸は件の妖刀を購入し、身につけることとなった。
 呉文明はなかなかの商売人でもあり、彼の口車に乗せられて凪も装束を買い換える
事になった。特殊な布を使っており、舞の動きを邪魔せず、それでいて鎧並みの防御
力があるらしい。この街でも仕立てる事が出来る人間は一人しかいないのだという。
「しばらくいる羽目になっちゃったなぁ……」
 デザインはあえて今着ているものと同じにしてもらう事にした。思い入れがあるか
らだが、縫製に多少の時間がかかるという。
「太行さん、何かあったら俺たちにも声をかけてくださいね。あれから経験も積みま
したし、今度はお力になれると思いますんで」
「ありがとよ。それじゃ、お礼に一つだけ忠告しておこう……しばらくはジェントス
の街に近づかない方がいい。冒険を受けるにしても、カグラ経由で受けておく事だ」
 太行の真剣な眼差しに、凪も、新しい刀を嬉しそうに眺めていた虎王丸でさえも息
を呑んだ。
「……何かあったんですか?」
「わからん。だが、何かが起こる予感がするのさ……」
 この時の太行の予言めいた言葉を、二人は後に思い出すことになる。
 だが、この時はまだ分かるはずもない。
 夕暮れ時、三人が酒場へ向かう足取りは軽く、その事を感じさせる事はなかった。



                                     了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1070/虎王丸/男/16/火炎剣士
2303/蒼柳凪/男/15/舞術師

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 遅ればせながら、二人の買い物風景をお届けします。
 最後で書いている通り、近々フォールン・シティでは大きな事件が起こりそうな気
配が漂っています。また、参加していただければ嬉しいですね。
 それでは今回はこの辺で。ありがとうございました。