<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【銀華工房】よろず修理・製作承ります

 ニグレードの大通りぞいに店を構える、【銀華工房】。そこには、特殊な武器やアクセサリーを作ることを生業とする、魔装具技師がいる。
 そんな噂を聞きつけた湖泉・遼介(こいずみ・りょうすけ)は、目当ての店の前に息も絶え絶えといったていでたどり着いた。
 ニグレードを取り巻く森は深く、背中に負った愛剣を振るうことになったのも、一度や二度ではすまなかった。
 保ってくれてよかった……。
 そんなことを心の底から思う。
 幾多の冒険をともにしてきた愛剣は、かなり痛んで来ていた。今にも折れてしまうのではないかと心配しながらの戦いでは、遼介の本分を発揮しきれない。
 早く修理しなければならないということもわかってはいたのだが、自分の分身ともいえる剣である。たとえ愛剣が、普通に市井で手に入れられるものだとしても、遼介にとっては心の底から信頼できる相棒なのだ。
 だから、信頼できるだけの腕の技師に託したい。そのような信念の元に、今までダマしダマし剣を振るい続けてきた。
 けど、それももう終わりだ。よく今まで頑張ってくれた。ありがとうな。
 遼介は背中の愛剣に、心の中で語りかける。応えるはずはないのだが、背負われた剣が、うれしそうに震えたような気がする。
 鎚が金属をうちつけるにぎやかな音が、店の外まで聞こえてくる。
 遼介の目の前の扉には、明るい色の扉が立ち塞がっていた。歳月とともに刻まれた傷に覆われた扉には、遼介の目線よりわずか上に、工房の名が彫金された銀のプレートが打ち付けられている。つややかなプレートの下に下げられた看板には、『よろず修理・製作承ります』と記されている。
 扉に手を添えると、優しいぬくもりを感じる。
 そっと押すと扉は、その古さにみあった大きな軋みをたてて開かれる。思いもがけず大きく響いた音で、奥の炉で鎚をふるっていた者が顔を上げる。
「やぁ、いらっしゃい」
 明るい声が、遼介を迎える。
 緩く波打つ銀の髪を頭頂で結び、大きな銀の瞳で見つめてくる少年が、ニグレードで名高い魔装具技師なのだろうか。白い肌はそばかすの一つもなく、かわいらしいというのが相応しい容姿をしている。
 年のころは、遼介とあまり変わらなく見える。
「ようこそ、銀華工房へ。……なんていうと、照れちゃうんだけどね。何か欲しいものはある? あったら、遠慮なくボクに言ってね」
 彼は前掛けで手を拭きながら立ち上がり、遼介に向けて満面の笑みを浮かべた。


 店の中はそれほど広くない。奥が作業場で、手前が販売所兼設計室という、二間続きの作りになっているようだ。
 奥に作り付けられた大きな棚を彩るのは、様々な金属や石だ。遼介が見たこともない、妙な色合いの金属や石もある。
 手前の販売所の白木の壁には、出来上がった商品たちがかけられている。
 細く繊細なラインをもつレイピア。華麗な装飾が施されたパルチザン。あくまで実用的な無骨さが戦士の心を惹くバルディチェ。そして、魔装具技師の技術の粋を集めたとおぼしき無数の剣たち。
 それら全てが、依頼主たちが引き取りにくるのを待つ、魔剣や聖剣なのだろう。それらには法外な値段が付けられているため、ハンター以外にはほとんど用がないものだという話も聞いていた。
「俺の剣の、修理を頼みたいんだけど」
 背中の剣の存在を知らせるように、剣帯を引く。
 魔装具技師は、目を見開き小首をかしげる。
「ちょっと、見せてもらっていいかな」
 少し高めの遼介の声より、魔装具技師の声は高い。少女のものというには少し低めの声は、柔らかく響く。
「いいぜ」
 遼介は、その声に促されるように剣を引き抜き、彼に柄を向けて剣を渡した。彼は恭しく、両手で捧げ持つようにして剣を受け取る。
「ふうん……。クレイモアタイプの両刃剣だね。これって、結構重いはずだけど……」
「ああ……、それが俺が振れる限界の重さだから、それ以上重くならないようにしてほしいんだ」
「そうか……、ボクとキミはあんまり体格も変わらないみたいだし……。これを振り回すのには、技量の他に腕力も必要だよね……」
 剣をつぶさに眺めながら、遼介の言葉に魔装具技師は答える。
 真剣なまなざしに、それ以上言葉を続けることができず、店内を見回す。武器の展示場といっていいほど、いろいろな商品がある。その中の一つ、遼介の近場の小卓に置かれた、小振りの投げナイフの値札を見て固まってしまう。
 嘘だろ……。
 思わず値札の桁を数え直すが、遼介の感覚からすると確実に一桁多い。
 これじゃ……、修理にいくらとられるか……。
 依頼用にそれなりのものは用意してきたが、少し心配になってくる。
「……見終わったよ」
 魔装具技師の声に、遼介は振り返る。
「結構痛んでるね。折れてないのが不思議なぐらいだよ。それで、修理の仕方だけど……、特殊能力を付加して修理する方法と、通常の修理方法があるけど、……どっちにする?」
「特殊能力って……?」
「……うん、剣に自己治癒能力をつけるのが、人気の能力かな。浅い傷だったら、ある程度なおるからね。後は、魔法耐性とか、特定攻撃への耐性や増幅効果とかを持たせるとか。……通常武器だと、あんまり複数の能力は付加できないし、つけるほど高くなるからね。で……、どうする?」
 やっぱり、高くなるのか。
 いろいろ魅力ある能力ばかりだが、遼介には剣術以外にも、体術、そしてヴィジョン使いの能力がある。その能力で聖獣カードを使い、戦うこともできるのだ。だから──。
「いいや。俺には聖獣カードもあるしさ」
「へぇ……、キミってヴィジョン使いなんだね。わかったよ。じゃ、依頼は剣の修理。そして、重くしないでくれっていうことでいいんだね」
「ああ」
「じゃ、今から修理にはいるけど、しばらく待っててくれるかな」
「え……?」
 修理というと剣を打ち直すのだろうと思い、すっかり町に泊まるつもりでいた遼介は、驚いて目の前の魔装具技師を凝視する。彼は目の前で、にっこりと笑っている。
「普通の修理だと、半刻ぐらいでできるんだ」
「そんなに早いのか?」
「まあね、特殊能力もいらないってことだし。店の中で待っててもいいし、なんなら外に行って町を見ててもいいよ。ちょうど昼時だし……」
 確かに、窓の外に覗く空の中程に日がかかっている。はす向かいの食堂では、掻き入れ時を狙って外にテーブルと椅子を出し始めている。
「……ここで待たせてもらうよ」
「そう。じゃあ、剣を預からせてもらうね」
 彼は大事そうに剣を抱え、奥の作業場に姿を消した。


 しばらく間を置いて、扉の前に立った時と同じ、鎚が金属を打つリズミカルな音が聞こえてくる。
 半刻というと、地球時間では1時間ほど。
 普通なら飽きてしまうが、店の品物を眺めているだけでも結構な時間をつぶせそうだ。
「なぁ……。ここら辺の商品に、触ってみてもいいか?」
 作業場に声をかけると、鎚を打つ音が途絶え、いいよという返事が聞こえてくる。
 その言葉に後押しもされ、店に入った時から気になっていた剣に手をかける。
 柄には革が巻かれ、緩やかにそった刃と美しい波紋をもつ片刃刀。遼介の故郷ではよく見かけたものだが、こちらではあまり見ない形でもある。
 架けられた鉤から、剣を外す。
 遼介には少し重いが、握りといい、形といい、見慣れた形の剣であるだけにしっくりくる。
「やっぱり、日本刀にそっくりだよなぁ」
 銀の高浮き彫りが施された柄には、笄に似た小刀までが添えてある。見れば見るほど、そのものにしか見えない。
 二、三度振ってみる。
 空を薙ぐ音とともに振られる剣が、窓から差し込む明かりをはじき、白い軌跡を描く。
「うーん、やっぱり日本刀はいいよなぁ。俺の血が騒ぐぜ」
 厳密にいえば『日本』刀ではないのだろうが、遼介は嬉しくてたまらない。遠い故郷の思い出の欠片を見つけ出し、手にしているような、そんな嬉しさだ。
「これって、いくらぐらいなんだろう」
「……それは、高いよ。一応魔剣だからね」
 夢中になって見惚れていた背後から声がかけられ、思わず剣を取り落としそうになる。
 危ない、危ない……。
 額に吹き出した汗を手の甲で拭う。噂の魔剣を落として傷をつけてしまっても、買い取るだけの持ち合わせなどもっていないのだから。
「ひょっとして、もう……出来たのか?」
「うん。飾る必要もないだろうし、シンプルに仕上げたからね」
 魔装具技師は、白い布に包まれた剣を遼介に差し出す。
 するりと滑らかな手触りの布をはぐと、そこには白く輝く刀身を持つ自分の剣があった。表に無数に刻まれていた細かな傷や欠けなどは、一つもない。
「おお、凄い軽くなってる」
 片手で持っても、重さが気にならないほどの仕上がりに驚く。
「鉄の含有量を減らして、カーボンの含有比率を上げてみたんだ。それだと脆くもなるから、強度を下げないために、アダマス砿を混ぜたんだよ」
「アダマス……って、何だ?」
 今まで、聞いたことがない砿物名だ。ここでは、遼介のいた世界と似たものが、全く別の名前で呼ばれていたりする。
「キミって、異界人だよね」
「そうだけど」
「アダマス砿っていうのは、異界の言葉でいうと、金剛石とか、ダイヤなんたらとかいう石のことらしいんだ」
 非常に遼介の記憶層を刺激するフレーズが、聞こえて来たような気がする。
 金剛石とか、ダイヤなんたらとかっていうのは……。
「えっ……、ひょっとして、ダイヤモンドとかいうのか!?」
「それそれ、そんな名前」
「そんなの使われたって、俺、金払えねえよ!!」
 思ったことを衝動的に叫んでしまい、不思議そうに見つめてくる魔装具技師の視線にばつが悪くなる。
 だってあれだろ、ダイヤって。小さくてもすげー高いんだよなぁ……。
 強度補強のために剣に使うというなら、半端な量ではすまないだろう。立派に甦った剣を手にして喜んでいた気持ちが、暗くしぼんでいく。
「高い? アダマス砿は、強度補強効果がある砿石の中では、一番固い上に、一番安いんだけど。だから修理費は、こんな額だよ……」
 さらさらと紙にペンを走らせた彼は、遼介にそれを手渡す。おそるおそる紙を覗き込み目にした金額に、先ほどとは違った意味の衝撃を受ける。
 十分払えるどころか、持ってきた金でおつりがくる。そんなことは絶対あり得ないはずだ。遼介の常識では。
「そこらへんにごろごろ転がってるし、ついてる色も薄いから、アクセサリー用にも人気ないんだよね」
 ここって、この世界って……。
 あまりのカルチャーショックに、頭痛がしてくる。
「それで、どう? ……気に入った?」
 差し込む光が、彼の髪を遼介が手にする剣のように輝かせる。
「振ってみても、いいかな」
「もちろん」
 両手で柄を握りこみ、剣を振る。振るたびに、含まれるダイヤに光が複雑に反射するのか、星のような輝きを生む。
 柄を握った感触は変わらない。けれど、重さが前より軽くなっているのが、振ってみるとより実感として感じられる。
 これだけ軽くなれば、どんな冒険もこなせそうだ。
 同年代よりは鍛え、体力があっても、成人男性には劣ることもある。常に背負っているおもりが軽くなれば、それだけ体力の消耗も軽減されるだろう。
「あんた、俺とほとんど年も変わらないのに、すげー腕だな」
 それは、心の底からの褒め言葉だ。
 けれど彼の方を見ていなかったため、その言葉を聞いた彼が複雑そうな表情を浮かべたのには気づかなかった。この世界には、見た目と実際の年齢が違う種族が多く、彼もそれに類する存在だとは知らなかったからなのだが──。
 剣を鞘に納め向き直った時、それは彼の面から消えていた。
「また、来てもいいか?」
「もちろん、いつでも大歓迎だよ。でも今度は、剣がこんなになる前に来てくれれば嬉しいな」
 彼は無邪気に笑う。それにつられて遼介も、太陽よりも明るい笑みを浮かべた。


 ─Fin─


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【1856/湖泉・遼介(こいずみ・りょうすけ)/男性/15歳/ヴィジョン使い・武道家】

【NPC/クローネ・アージェント】

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■         ライター通信          ■
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 湖泉遼介様
 はじめまして。ソーン初の受注、誠にありがとうございます。
 ライターの縞させらです。
 今回の話は、私の方も楽しんで書かせていただきました。
 遼介様が元気なキャラクターなので、とても動かしやすかったです。
 地球人ということでしたので、それをエピソードにも盛り込ませていただきました。ちなみに剣は、ダイヤ入りになりました。
 お楽しみいただけましたら、幸いです。
 また機会がありましたら、宜しくお願い致します。