<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『空の散歩道』

●思い出のグライダー
 グランディッツ・ソートのところに、レベッカがゴーレムグライダーを借りにくる事はしばしばある。
 一度、昔使っていた愛機はどうしたのかと聞いてみたところ。
「え? あれはフリーウインド領に置いてきたよ。皆と旅をするのには必要なかったし、アミュートと違って実用価値もあるしね」
 との事であった。
 今はディアに預けているらしい。きっとホークのところで使われているのだろう。 
 この日も、山向こうの村にまで配達があるとかで、グランのところにやってきた。
(これは……チャンスだ!)
 グランは自分も今日は暇していると伝え、タンデムで飛行する事をさりげなく提案してみせた。
「いつも自分が操縦するばかりで、後ろに乗ることなんてなかっただろう。俺だってあれから腕を上げたつもりさ。たまには……そういうのもよくねぇか?」
「ふ〜ん……それじゃ、お言葉に甘えようかな。送っていってくれる?」 
 内心でガッツポーズをしながら、彼はレベッカを伴ってグライダーのところへと歩き始めた。


●山間の村にて
 村に辿り着くのに、それほどの時間はかからなかった。
 グラン自身が先にレベッカの仕事を終わらせてあげたいと思っていたからである。
 そのレベッカは、手紙を携えて受取人のところに行っている。
 ここにいるのは、グラン一人であった。
(何もねぇ村だなぁ……)
 見回してみて、つくづくとそう思った。
 しかし、どこか懐かしい感じがするのは何故だろうか。
(ああ、そうか……)
 生まれ故郷……いや、正確には拾われた村がここによく似ているのだった。
 何もないところが。
 それでも、あそこには優しさが満ち溢れていた。父さん、母さん、そして……兄さん。
 あの村を飛び出して、どれだけの月日が経っただろうか。
 グライダーにもたれかかる様にしながらグランは考えた。
 記憶の中にある家族たちは、もう何年も前のまま変わる事はない。もっとも、自分以外はエルフな訳だから、現実にもそれほど変化はないのだろうが。
(家族……か……)
 何も言わずに飛び出してから、連絡もろくにとってはいない。一度だけ手紙を書いた事があったが、それも返事が来ないことが怖くて、すぐに別の土地へ移動してしまった。 
 一人で旅をしている間は、他人は誰一人信用できなかった。一緒に仕事を請け負った仲間でさえ、いつ裏切られてもいいように、親しくはしなかったのだ。
 自分の中に作られた、強固な心の壁。
 それが少しずつ無くなっっていったのは、フリーウインドに入ってからであった。
(そう言やあ、初めの頃はソードの事だって、甘い奴だって毛嫌いしてたもんなぁ……)
 あの頃の自分に教えてやりたかった。
 その甘い奴に、お前は想いを寄せる事になるのだと……。
「ごめーん。待ったよね? お客さんにお茶を勧められちゃってさぁ。あ、これ。グランの分のお菓子」
 振り返ると、肩までの髪をなびかせて、レベッカが小走りに駆け寄ってくるところであった。結構、仕事先で人気がある様だとレッドが話していたのを思い出す。
 男装していた頃に比べると、当然だが彼女の表情は柔らかくなった。
 こんなによく笑うようになったのは、バジュナ攻略戦が終わり、旅立ちを決めてからだった様に記憶しているが。
「待たせたついでに、ジュースでも買ってくるよ。乗せてもらったお礼も兼ねてね」
 お菓子をグランの手に押し付けると、少女は軽やかな足取りで駆けていった。
 ひるがえす身のこなしが風を思わせて、彼の心を捉えて放さない。
 気がつくと、花畑を手入れしている少女が(しかも、なかなか可愛い)、彼のことを怪しい者を見る様な目つきで見ていた。
 緩みそうになる頬を意識して引き締める。
 強引に、別の事に思いを巡らせることにした。
(バジュナか……何もかも皆懐かしいな……)
 とにかく苦しい戦いだった。あの戦いで死んだグライダー乗りも数知れない。
 それでも、過ぎ去った記憶は幾つかの思い出となって、彼の心に残されている。
(あの時の魔法……)
 混戦の中、敵側の騎士と切り結んでいたグランを助けてくれた水の魔法弾があった。射手は誰かも判らない。だが、グランは確信している。
(俺を助けてくれたのは……兄さんだった)
 証拠はどこにもない。
 感傷にふけっていられたのも、ほんの一瞬でしかなかった。
 それでも、彼にははっきりと感じられたのだ。なぜなら……家族なのだから。
 あの戦いの後、グランが他人の家族を見る視線も優しいものへと変わった。心境の変化というものだろうか。いずれ自分も結婚する時が来たら、嫁さんを連れて一度は故郷に帰ろうとも思うようになった。
(嫁さん……?)
 脳裏に浮かぶのは、ウェディングドレスを着たレベッカの姿。
 それはホークとディアの結婚式のイメージと被さっているのだが、のぼせ上がった彼が気がつくことはなかった。
「はい、グラン……どうしたの? 顔が真っ赤だよ。日射病かな」
 ジュースを持ってきてくれたレベッカが、顔を覗きこむ。白い手が額に押し当てられて、彼は耳が熱くなる自分を感じとった。
「あ、ありがとう……」
 差し出されたジュースを一息に飲み干し、ついでにお菓子もふた口で食べてしまう。
「どうしたの? 変なグラン……?」
 レベッカの顔をまっすぐに見ることが出来ず、彼はそそくさとグライダーに飛び乗ったのであった。


●空で語る想い
 帰り道は急ぐ必要がない。
 グランはグライダーを風に乗せ、滑空しながら空のデートを楽しんでいた。
「でも、グランも操縦上手くなったよね〜。今なら、僕よりも上手いんじゃないかな?」
 どうやら後部座席の彼女からも合格点を頂けたようである。
 他愛のない話や、思い出話に花を咲かせた後で、彼はずっと気になっていた事を聞いた。
「レベッカは……これからどうするつもりなんだ? フリーウインド領に戻るつもりとか……あるのか?」
 返答には少しの時間がかかった。
 その間も、二人の間には風が流れ続けていく。
「しばらくはここにいて……それからはどうしよっかな。一年に一回はお姉ちゃんのところに顔を出すつもりだけど……あの大陸には長居したくないしね」
 冗談めかせて笑うレベッカ。
 ふと、グランは自分が後ろに乗せている人物が誰なのかを思い知らされた。
 ロード・ガイの血筋。今やアトランティスでも3人しかいない、ルイド王家の血を受け継ぐ者。
 ヒスタ大陸に戻れば、嫌でも政争に巻き込まれる事になるだろう。
「まぁ、ラムに帰ったリンのところに押しかけてもいいしね。この街の生活が飽きてから考えるよ」
 その言葉に偽りはないのだろう。
 それでも、帰る場所を失った者の寂しさを、グランは感じとらずにはいられなかった。
「俺、これからもレベッカと一緒に冒険を続けていきたい。できれば、ずうっとな」
 口をついて出た言葉は、紛れもなく本心であった。
 今はまだ、想いを伝える事は出来ない。
 それでも、今のこの気持ちを、言葉にして伝えておきたかったのだ。
「きゃっ」
 返答を聞かず、グランは機首をジェントスの街へと向けた。そのまま、一気に急降下していく。
 強くしがみついてくる、レベッカの細い体。服越しに伝わるその暖かさを、かけがえのないものに感じつつ、彼は鮮やかなテクニックでグライダーを駆っていった。
 蒼穹と白い雲だけが、そんな二人を見守っていた。



                                                                             了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3108/グランディッツ・ソート/男/14歳/竜騎士見習い

【NPC】
 レベッカ・エクストワ/女/22歳/冒険者

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 体調を崩してしまい、がっつりと遅れてしまって申し訳ありません。
 本編の続きについても、近々再開する予定ではありますので、またよろしくお願いします。

 それから、竜騎士見習いの件についてですが、乗騎を得ることが出来れば、見習いではなくなります。個別ページであればドラグーンの1騎や2騎はどうにでもなります。一応、準備はしていますので、期待していてください。
 それでは〜。