<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


お師匠様にごめんなさい!


「ルディアさぁああ〜ん……」
白山羊亭にふらふらとこの世の終わりと言わんばかりの表情で一人の男が駆け込んできた。
「あら、リアンさんの所の……えっと…………えー……っと」
人差し指を口の横に当てあれやこれやと脳内に記憶されている名前を思い起こすルディア。
なかなか自分の名前が出てこない事に、男は元々低かったテンションを更に下げた。
「…………ベルスターです……」
「あっ、そうそう!ベルスター君!」
ルディアは笑顔でごまかしつつ、ベルスターをカウンターの席に案内した。
カウンター席に腰掛けたベルスターは深いため息を吐き机に突っ伏してしまう。
「どうしたの?すごく深いため息よね……」
そう言ったルディアに、ベルスターは勢い良く顔を持ち上げくわっと目を見開き叫んだ。
「俺っ!!どうしたらいいんでしょう!?師匠を怒らせちまったんです!!」
「えっ!!あの、リアンさんを!?」
「いじるなと言われた魔法書をつい興味本位で見てしまって……」
「あら……」
「それ、魔法書じゃなくてリー師匠の秘密の日記だったんですよ」
「…………そっ、それは大変ね……」
温かいミルクを差し出しながらルディアは困った様に笑った。
いつも熱血漢で前向きなベルスターだが、今回の落ち込み様は尋常ではない。
それもそうであろう、あのリアンを怒らせてしまったのだから。
おそらく帰る事も出来ず、街を彷徨っていたのだろう。
「謝ってはみたの?」
「最大級の誠意を込めて大声で謝りましたよ!……でも、駄目でした」
「……そうねぇ、謝り方を変えてみたらどうかしら?」
ウィンクを決めるルディアにベルスターは頭を傾げる。
「協力者を募集してみましょう?何かいい案を教えてくれるかもしれないわ」

「大声で謝るだけじゃ駄目だろ。誠意ってやつを見せて、全裸で土下座とかしたらウケていいんじゃね?」
「いや、ただ全身全霊を込めて謝るだけじゃ気持ちは伝わらねぇ」

"協力者を募集してみましょう"と言ったルディアの後につづいた誰か二人の声。
あまりにナチュラルに入り込んで来たので、ルディアもベルスターも目が点だ。
「あぁ?何言ってんだよ。誠意見せて、ウケ狙って全裸土下座だろ」
「人ってぇのは心と心が繋がってこそのモンだ。ただ謝るだけじゃ繋がりは戻らねぇぜ」
当事者であるベルスターを放置して二人の言い合いは白熱しだす。
その様子をベルスターは相変わらず目を点にして観察している。
「あ、えっと……虎王丸君とオーマ・シュヴァルツさんよ」
いち早く目の点を解除したルディアがベルスターに二人を紹介した。
「どうも、初めまして……ベルスター=ライアンです」
取り合えず挨拶からと思ったベルスターは自分の名を名乗ったが、二人はお互いの言い合いに夢中だった。
「だ・か・らっ!この身全てをかけて謝るって事で全裸で土下座がベストだろっ!?」
「ただ謝るだけなら猿にも出来るんだぜ?もっと頭を使ってだなぁ……」
「……あの、お二人さん?」
さすがにベルスターが可愛そうだと思ったのか、ルディアが助け舟を出す様に二人の言い合いに割り込む。
やっと落ち着いて話を聞いてくれるのかと思ったルディアとベルスターだったが、そうでは無かった。
「おいっ、お前はどっちの案に乗るんだよっ!?当然この俺の案だろっ!?」
「落ち着いて考えてみろって。既に気持ちを込めて謝るのは実践済みなんだろ?ただ、謝るだけじゃ相手の怒りは治まらねぇよ」
「えっ……あ……いや……」
ろくに挨拶も……もとい、挨拶なんてすっ飛ばしての会話内容。
ベルスターは二人の気迫に押され、助けを求めてルディアを振り返った。
が、ルディアは既にその場には居なく新しい客へ接客していた。
(ル……ルディアさん……)
「何処見てんだよっ!なぁ、俺の案がいいと思うだろっ?お前の誤り方じゃ誠意とウケが足らねぇんだよ」
「誠意って言葉は簡単だが、意味を穿き違えちまったら意味がねぇ。だいたい、謝るのにウケは不必要だろ」
二人に押されっぱなしのベルスターだが、どうやら強力(?)な助っ人が名乗りを上げてくれたようだ。





しばしの討論。
結局、大人の意見であるオーマの作戦に乗る事にしたベルスター。
虎王丸は"結末が気になるからな"っとゆう事で助っ人の助っ人っとして協力する事で話はまとまった様である。
「兎に角、だた謝るだけじゃ駄目だ。……何故だか分かるか?」
オーマの言葉にベルスターはしばらく考え、左右に振った。
「お前はお師匠さんが"怒ったから"謝った、そうだな?」
コクリとベルスターは頷く。
「じゃぁ、次だ。お師匠さんは何故怒ったのか。お前がいじるなと言われた物をいじって見ちまったからだ」
「しかも、それが秘密の日記ときたもんだ。そりゃー怒って当然だよな」
茶化す様に虎王丸が言葉を割り込ませる。
「だが、恐らくそれだけじゃない。人の怒りってのは割りと複雑なもんでな、怒りとは別の感情が含まれてたりするもんだ」
「別の感情……ですか?」
不器用で真っ直ぐにしか考えられないベルスターはオーマの言葉に頭を抱えてしまう。
約束を破ったうえに、見てしまった物はリアンの秘密の日記。
だからリアンは激怒した。――そう、物事を見たままに感じたままにしか考えられないベルスター。
「怒るというのは親が子を叱る様に、行為其の物に対して、お前の身を案じて、間違った方へ心進ませぬ為の想いも篭められている物だ」
視線をベルスターに向け、諭す様にオーマは言った。
ベルスターの隣で飲み物を飲んでいた虎王丸は、小難しい話に顔を歪ませている。
「いいか、怒りを受け止めろ。そして、その怒りの中にある相手の様々な想いを受止めろ」
「…………はい」
真剣なオーマの言葉にベルスターも真剣な言葉で返す。
そして、その場の空気が重くなり三人の会話も無くなり……無言になった瞬間豪快にオーマが笑い出した。
「って、ちょっとばかし言葉が重すぎたか?あっはっは、悪かったな、ベルスター!」
「えっ、わっ!」
わしゃわしゃと急にオーマはベルスターの頭を激しく撫で回した。
元々綺麗に整えられていた訳ではないが、ベルスターの髪型はものの見事に崩れていく。
「おいおい、あんまりやり過ぎると慰謝料請求されんぞ」
真剣な表情から一変して陽気に変わったオーマに虎王丸がやれやれとため息を吐いた。
「おっと、そりゃ困るな」
慌てて撫で回していた手を引っ込めまたも豪快に笑うオーマ。
ベルスターの最終的髪型を見て大爆笑する虎王丸。
二人の笑い声につられ、笑い出すベルスター。
「その調子だ!しみったれた雰囲気じゃぁ上手くいくもんも上手くいかねぇ」
「はいっ!」
すっかり元気を取り戻したベルスターにオーマはトンッと机の上に一輪の花を置いた。
見たことも無い綺麗な花に、虎王丸もベルスターも笑いを止め見入る。
「ルベリアの花」
オーマは酒を喉に流しながら、ふっと笑った。
「お前にやるよ」
「俺に……ですか?」
「普通男に花はやらねぇだろ……」
虎王丸の引いた表情を見てベルスターの表情も引き始める。
何やら二人の考えている事は同じ様だ。
「待てマテまて。変な勘違いすんじゃねぇ。この花はゼノビアに咲くそれはもうありがたい花なんだぜ」
「別にただの花にしか見えねぇな」
ひょいっと机に置かれた花を虎王丸が手に取る。
その瞬間、花がふっと怪しいピンク色に輝き始めた。
「ピッ、ピンク色に光ってる……?」
「なっ、俺別に何もしてねぇぞ!?」
一瞬にして起きた花の変化に二人は目を白黒させ驚いている。
その様子を見てオーマは更に豪快に笑った。
「どうやら虎王丸は今、恋愛的な事を考えてるみてぇだな。……ベルスターのお師匠さんをナンパしよう……ってトコか」
「!!」
「なっ!虎王丸っ!お前っ、本当かっ!?」
「べっ、別に俺はっ……」
「……在りしの想い映し見て偏光輝き、贈った者と永久の証絆で結ばれるルべリアの花……っても友情関係も含むけどな」
虎王丸の手から花を取ると、改めてそれをベルスターに手渡す。
それを遠慮気味にベルスターは受け取った。
「……お前の真剣な想いがあれば花もお師匠さんも応えてくれるさ」





協力してくれた二人に深くお礼を伝えベルスターはリー魔法教育協会へと戻っていった。
ベルスターの姿が見えなくなるまで見送った二人。
……そして、二人してこっそりベルスターの後を追ったのだった。
謝り方の意見は違っていた二人だが、こうゆう部分ではしっかりと気が合うのだった。


「リー師匠っ!」
協会の花庭でベルスターの師匠であるリアン=リーは優雅にお茶を楽しんでいた。
が、ベルスターの登場でその優雅な雰囲気は壊れた様だ。
明らかにリアンの表情は不機嫌さを表している。
「……なんだい、人が午後の一時を楽しんでるのが分からないのか」
手に持っていた紅茶をソーサーに戻し、ギラリとその瞳を持ち上げた。
「あのっ、俺もう一度ちゃんと謝ろうと思って」
リアンの鋭い視線にベルスターの緊張は一気に高まり、前に進ませるべき足が軽くあとずさっている。
しかし、もう後には引けない事を理解しているベルスターは鉛の様に重くなった足を前へ前へと動かす。
その手にはオーマから受け取ったルベリアの花がしっかりと握られてた。
「何度謝ったって同じさ。お前は分かっちゃいない」
「俺、本当に反省してます!……何をどう反省してるとか……色々考えて色々思ってますけど、上手く言葉に出来ないんです」
「…………」


「上手く言葉にしなくてどうすんだよ、バカじゃねぇの?あいつ」(小声)
「静かにしろ!見つかったらどうするんだ。……大丈夫だろ……多分な」(小声)
草陰から事の顛末をこっそり見守っているオーマと虎王丸。
草と草の間からそれぞれ目だけを覗かせ息を殺して見守っている。
協会の外を歩く人々から不審な目で見られているが二人は全く気付いていない。


「だから……俺……ただ、一言でしか伝えられません。でも、その一言に全て詰め込んでます」


「一言に詰め込んでるって……。結局は、あまりオーマの助言役に立ってなくね?」(小声)
「まぁ……上手く言葉に出来なくとも心で理解出来ていれば伝わるだろう……多分な」(小声)


「リー師匠、本当にすみませんでしたっ!!」
思い切り深く頭を下げ、手に持っていたルベリアの花をリアンに差し出した。
ベルスターの想いを映し見てルベリアの花は輝きを放っていた。
上手い具合にベルスターの体に隠れ、草陰にいる二人には花の輝きの色が見えない。
「……なんだい?この花は……」
「この花はルベリアの花と言って「――黒く輝いているが」
「えっ」


「黒っ!?今、黒って言ったよな!?」(あくまで小声)
「黒……誠に残念な結果だが、恐らく謝罪の気持ちよりもお師匠さんを恐れる気持ちが勝っちまったみたいだな」(あくまで小声)
「ぶっ!!ちょっ、まずくねぇか?」(あくまで小声)
「これ以上俺にはどうしようもないが……しかし、黒とは……」(あくまで小声)


ベルスターとしては、明るく謝罪の気持ちを込めてオレンジとか黄色とか、純白な気持ちで白とかを想像していたのだが結果は黒。
自分で何度も確認し、気持ちを変えてみたりなんだりするが黒は黒。
「……そうかい。私に似合うのは黒い輝きの花かい」
リアンの長い髪が風に吹かれ、龍の様に空中に舞う。
それはまるで怒りの炎に見え、ベルスターは本気であとずさり両手を前に突き出して必死に弁解する。
「いえ、別にっ……そうゆう意味じゃないですよっ!これは何かの間違いで……」
ずんずんと勢い良くリアンはベルスターに近づく。
何かお仕置きをされると思ったベルスターは手を顔の前に掲げ自らの身を守ろうとする。
「……なにやってんだい」
「え?」
リアンはベルスターからルベリアの花を受け取るとニヤリと笑った。
「お前さん、この花は誰からもらったんだい?」
「えっ、それは……」


「おっ、みどり色になった!オーマ、みどりはどんな意味なんだよ?」(もう小声じゃない)
「人それぞれの解釈だが、ベルスターの気持ちが伝わった……と取って間違いはないと思うぜ」(もう小声じゃない)
最初は隠れている手前小声を守っていた二人だが、いつの間にか気が緩み普通の会話になっていた。
だが、相変わらず二人は全く気付いていない。


「気持ちの代弁、ご苦労さん」
「「!!」」
ガサリと草を掻き分ける音。
二人の目の前にあった草が無くなり、現れたのはリアンのドアップ顔。
「オーマさんっ!虎王丸っ!」
驚いた顔でベルスターが二人の名を呼び、二人の逃げ道は無くなった。
リアンは仁王立ちで二人の前に立ちふさがり、見下ろす様に睨み付けた。
「お前さん達かい。うちの犬に余計な知識を与えた奴は」
「犬……」
「ベルスターが下僕主夫予備軍だったとは……俺の予想通りってトコか」
「犬って、リー師匠!そんな表現はひどいですよっ!」
まさに犬の様に飛びつくベルスターをリアンはピシャリと押さえ込む。
飼い主と犬の関係がそこには確かにあった。いや、もとい本来は師匠と弟子なのだが……。
「お前さんはだまってお茶と茶菓子の用意をしてきな」
「なんでお茶の用意なんですかっ!?」
「……どこまでも言葉を真っ直ぐにしか取れない子だねぇ」
呆れた様に笑うリアンに、言葉の意味を理解しているオーマと虎王丸も一緒に笑った。
一人意味が理解出来ないベルスターは不機嫌そうに不貞腐れている。
「よし、ここは一流下僕主夫であるオーマ・シュヴァルツ様が直々に指南してやる。俺の教えは厳しいから、しっかりついてこいよ」
「えっ!?下僕主夫っ!?」
「おーし、ほら、来いっ」
オーマに引きずられる様にベルスターは台所へと連れて行かれてしまう。
上手くその場に残った虎王丸は、チャンスとばかりにリアンに話しかけようとしたが……。
「何やってんだ、虎王丸。お前も来いっ、ほらっ!」
「なっ!こらっ、離せよっ、オーマ!俺はリアンさんと話をっ……!」
「ついでにお前もベルスターと一緒に立派な下僕主夫に鍛え上げてやるからよ」
「「やめてくれぇぇぇえええっ!!!」」


その日、夜遅くまで協会のあちらこちらから厳しいオーマの指導声が響いていたとゆう――



―fin―



*******登場人物(この物語に登場した人物の一覧)*******

【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1953/オーマ・シュヴァルツ/男性/39歳(実年齢999歳)/医者兼ヴァンサー(ガンナー)腹黒副業有り】
【1070/虎王丸/男性/16歳/火炎剣士】

NPC
【ベルスター=ライアン】
【リアン=リー】


*******ライター通信*******

オーマ・シュヴァルツ様

初めまして、ライターの水凪十夜と申します。
この度はベルスターに優しく手を差し伸べて下さってありがとうございました。
おかげ様でベルスターはリアンの許しをもらえた様です。

オーマ様が下さったルベリアの花ですが、協会入り口に飾られ日々人々の目を楽しませております。
素敵なお花でしたのでめいっぱい話に活かさせて頂きました。
また、夜遅くまでベルスターに素晴らしい下僕主夫指南をして頂きまして……。
オーマ様の教えはしっかりとベルスターの体に刻まれております。それはもう、本当にしっかりと。(笑)
リアンに代わって深く御礼申し上げます。(相当色々と役立つ様になったみたいですよ)

オーマ様へ納品した物と虎王丸様へ納品した物は、オープニング以降全くの別話となっております。
別話バージョンの方も見て頂ければまた違ったお話が楽しんで頂けるかと思います。
誤字脱字がございましたら申し訳ございません。それでは、楽しんで頂ける事を願って……。