<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


祠の奥 + 紅蓮の炎 +



◇★◇


 暗い穴の中で一人ぼっち。
 今が昼なのか、夜なのか、そんな事は分からない。
 あの日以来、幾千の月が流れたのか・・・それすらも、朧に霞む。
 ふっと照らせば穴の中、むき出しの壁が冷たく悲しい。

「寂しい・・・な・・・」


◆☆◆


 ボンヤリとした視線を窓の外に向けていて、その視界の中に見知った顔を見つけた瞬間、リンク エルフィアは音をたてて立ち上がり、ティクルアの扉を勢い良く押し開けると彼らの元に走り寄った。
「凪さんに、虎王丸さん!!」
 手を振りながら走ってくる1人の少年に気がついたのは、それほど遅くはなかった。
 ふっと声のするほうを向けば、つい最近会ったばかりの彼の姿。
「おう、リンクじゃねぇか!」
 虎王丸がリンクに向かって手を上げ、蒼柳 凪もペコリと頭を下げる。
 全速力で走ってきたリンクは、2人の前でハタと止まると、そのまま胸を押さえて数度苦しそうに息を吐いた。
「大丈夫か?」
「あ・・・大丈夫です。ちょっと・・・嬉しくて・・・」
 嬉しくての言葉に顔を見合わせる虎王丸と凪。
 こんなに嬉しがるほどに、熱烈歓迎をされる理由など思い当たるはずもなく、何が彼をコレほどまでに興奮させているのか、虎王丸と凪は困惑の表情を浮かべてリンクの言葉を待つ。
「あの、虎王丸さんと、凪さんって・・・」
「ずっと前から言おうと思ってたんだけど、俺の事は呼び捨てにしてくれて良いですから」
「えぇっと・・・凪・・・??」
「はい」
 凪の申し出に、心なしか恥ずかしそうに名前を呼ぶリンク。
 彼はティクルアで働いている関係上、同じ年頃の友達があまり多くないのだ。
 つまりは、祠の依頼云々もそうだが、虎王丸と凪と言う、歳の近い少年達と知り合いになれたことがそれなりに嬉しいのだった。
「凪も、敬語とか良いから。だって俺、15だし」
 にっこり―――――
 笑顔のリンクだが、その顔はどう見ても17、8くらいだ。
 実年齢よりも少しばかり大人っぽいリンクの顔を見詰めながら、同い年だったのかと、凪は苦笑を洩らす。
「んで?どうして俺と凪に会って嬉しかったんだ?」
「あ、はい・・・それなんですけど、凪と虎王丸さんって・・・強い、ですか?」
 遠慮がちに紡がれた言葉に、虎王丸と凪は再び視線を合わせた。
 この、華奢な喫茶店のウェイターの口から、強いですか?などと聞くとは思わなかった・・・。
 それはまるで、冒険に行くための護衛を探しているかの口調だったのだ。
「あぁ、俺は強いぜ!」
 虎王丸が自信ありと言った口調でそう言って腕まくりをする。
 凪が困ったように虎王丸を見詰めながらも「役に立たないと言う事はないと思う」と、曖昧に言葉を濁した。
「それなら、ちょっとウチによって行きませんか?」
 そう言って指差すのは勿論ティクルアだ。
 遠めにも分かる穏やかな雰囲気はどこか和やかで、立ち並ぶ緑の木々に囲まれているそこは、どこか御伽噺的だった。


◇★◇


 リンクから祠の話を聞き終わると、虎王丸が真っ先に口を開いた。
「ふぅん、ま、そう言うことならしょうがねぇなぁ。協力してやらないこともない」
「本当ですか!?」
「・・・が」
「が???」
「もしお宝が無かったら、2ヶ月くらいタダ飯食らわせろよ?」
 そう言ってリンクに詰め寄る虎王丸。
「なーぎー!!」
 リンクが世にも情けない声を出して凪に手を伸ばし、必死に助けを求める。
「虎王丸・・・」
 なんて食い意地が張っているんだと言うように、凪が頭に手を当てて虎王丸に席に着くように視線だけで指示を出す。
「あのですねぇ、虎王丸さん!ここの店長は俺じゃなくて・・・」
「私です。あら?リンクのお友達かしら??」
 不意に遠くから聞こえた声に、虎王丸と凪は顔を上げた。
 トントンと、軽快な靴音を立てながら階上から下りて来る1人の女性。
 年の頃は17、8だろうか・・・??
 金色の長く細い髪を背に垂らし、手すりを掴む手は小さく白い。
 膝下のスカートから覗く脚は細く・・・大きなリボンで締められた腰は繊細だ。
「初めましてですね?私はここの喫茶店の店長をしております、リタ ツヴァイと申します」
 丁寧に頭を下げれば、肩から髪がハラハラと流れ落ちる。
 凪は慌てて立ち上がると、自分と・・・虎王丸の分まで挨拶をして深々と頭を下げた。
「リンク・・・依頼が、あったのですよね?」
「そうなんだ。それで、凪と虎王丸さんに協力をお願いしようと思って・・・」
「2ヶ月分のティクルアのご飯くらいで、引き受けてくださるんですか?」
「・・・あ・・・えっと・・・」
 先ほどまでの威勢はどこへやら、虎王丸はたじたじと言った様子で口を閉ざしている。
 清楚な美人といったリタの容姿に、それなりに打撃を受けているらしい。
 穏やかな笑顔と良い、優雅な物腰と良い、どこかの令嬢のようだと思いつつ、凪は出来る限り丁寧な言葉を選んでリタの問いに答えた。
「2ヶ月分なんて、とんでもないです。喜んで引き受けたいと思います。な?」
「お・・・おぅ・・・」
「危険が伴うお仕事なんですもの。ティクルアのご飯2ヶ月分なんて、安いですよね、リンク?」
「え!?知らないよ・・・だって、ここの店長はリタだし・・・」
 オロオロとするリンクに笑顔を向けた後で「何か食べるものを作ってきますね」と言って、リタはキッチンの方へと引っ込んで行ってしまった。
「随分と綺麗な店長さんじゃねぇか」
「・・・え?そうですか?」
 虎王丸の言葉に、リンクが不思議そうに首を傾げ、すぐにはっと何かを思い出した様子で地図を取り出した。
 薄ピンク色の地図の中央には、赤い丸印が入っており、そこには“祠”と書かれている。
「この祠は上下に別れているんです。すなわち―――

     “水天使に逢うは地、炎龍に逢うは天”
                          なんです」
「ふぅん、水天使(すいてんし)に炎龍(えんりゅう)ねぇ」
「水天使はまぁ良いとして、炎龍なんて、ちょっと危険ですよ!」
「そうだなぁ・・・“水天使”には俺の炎を消されそうだが“炎龍”なら親近感が涌くお宝が出そうだな」
「・・・???」
「っつーわけで、上を目指すぜ!」
「えぇぇぇぇぇっ!!!炎龍ですかぁぁぁぁっ!!!!??」
「おう!」
「だ・・・だっ・・・ちょっ・・・それ、危ないじゃないですか!」
「おいおい、何のための護衛だっつの」
「でも・・・俺、本当使えないですよ!?全然戦うなんて無理です!無理ですよ!?」
「だぁらぁっ!お前に戦闘は頼んでねぇっつの!お前は調査すんだろ??」
「そうですけど・・・」
「リンクは俺が守るから、心配しなくて大丈夫だ」
 凪がそう言って、リンクに柔らかい笑顔を向ける。
 虎王丸が椅子にふんぞり返りながら「そうそう、護衛系は凪が得意なんだ」と言って、頷いている。
 そんな他力本願なぁ・・・と、リンクは心の底では思ったが、口には出さなかった。
「ふふ、行き先はお決まりですか?」
 リタがそう言って、コツンと大皿をテーブルの上に置いた。
 色取り取りの・・・ハムやチーズやレタスが挟まれた、美味しそうなサンドイッチだった。
「良いんですか?」
「えぇ。戦の前に、お腹が空いていたらダメですもの」
 凪の言葉にふわりとリタがそう返し、虎王丸が少々遠慮がちに手を伸ばした。
「いただきます・・・」
「お口に合えば宜しいんですけれども」
 心配そうに言うリタだったが、その心配は無用と言うものだった。
 美味しいと、誰に聞かれても言える味は優しく・・・この喫茶店に流れる時は、外よりも幾分緩やかだった。


◆☆◆


 ティクルアから出て、竜樹(りゅじゅ)の鳥に乗って山を一つ越えた場所、人里離れたその村の中心部にある祠の中。
「もー!!こんなの、怖いじゃないですかぁ〜!」
「つったって、なぁ?」
「どうして炎龍なんて・・・!もー・・・俺、イヤですよぉ〜!」
 世にも情けない声を出しながら、祠の中を突き進むリンク。
 そして、その後に続く虎王丸と凪。
 もうだめですー!帰りましょうよー!絶対罰当たりますよー!とか言いつつ、しっかりと先陣を務めている辺り、その言葉はかなり薄っぺらいモノになりつつある。
 第一、祠の前に着いたときに彼の取った行動は、祠の中に入ることよりも罰当たりな気がしてならない。
『ここが祠ですー!虎王丸さんの言ったとおり、上に進みますね』
 そう言って、ゲシっと祠を蹴っ飛ばしたのだ。
 そうする事によって祠が傾き、通路の中へと入れるようになっているのだが・・・それにしたって、手で押しても良い気がする。
 流石の虎王丸もコレには唖然としていた。
「しかも、お宝が見つからなかったら虎王丸さん、2ヶ月ティクルアに来てご飯食べるって脅すし・・・」
 クスンと鼻をすする音が、むき出しになった岩の壁に反響する。
「だぁぁっ!!仕方ねぇだろ!だってよぅ、それはリ・・・」
「虎王丸!」
 何かを言おうとした虎王丸の言葉を遮って、凪が視線で合図をする。
 そうだったと口の中で呟く虎王丸に頷き・・・2人のそんな様子に、リンクが不思議そうな視線を向ける。
 此処に来る前、リンクが竜樹の鳥を呼びに言っている間、虎王丸と凪はリタに呼ばれていたのだ。
『リンクは、ずっと此処で働いているんです。ですから、同じ年頃のお友達が出来ないんです。それで・・・もし宜しければ、お2人とも・・・ちょくちょく遊びに来てくださいませんか?勿論、ご飯は私のおごりで・・・』
 ダメでしょうか?と言って首を傾げるリタに、ダメです!などと言えるはずもない。
 出来る限り来ますと言って、とりあえず2ヶ月はこの仕事の報酬と言う事で約束をしたのだが・・・。
 リンクはそのことを知らない。
 だからこそ、こうやってブーブーと文句を言っているのだ。
 ・・・恐らく、心の中では喜んでいるであろうが、心と言葉は裏腹のようだ。
「虎王丸、何度も言うようだが・・・」
「何だ?」
 文句を言いつつもズカズカ先に進むリンクの背を見ながら、凪が虎王丸の服の裾を引っ張った。
「大切な調査だから、勝手に仕掛けを弄ったりするなよ?」
「わぁってるよ」
「あと、先へどんどん進まない事」
「・・・それはリンクにも言えよ」
 虎王丸の最もな反論にあい、凪は思わず苦笑する。
 ある意味虎王丸よりも手のかかるリンクに、凪はタジタジだった。
 大人っぽい外見をしているものの、中身は凪と同じ歳の少年だ。
 好奇心には購えないのだろう・・・。
 数歩先を進んでいたリンクが「あっ」と声を上げ、その声に慌ててソチラに駆け寄る。
 そこは先ほどまでの狭い通路とは違い、随分と開けた場所だった。
 天井へと伸びる1本の柱の周囲には、なにやら奇怪な文字が羅列されており、その近くには小さな台座が置かれている。
 台座の上には四角い穴が数個開いており、その下には柱に刻まれたものと同じ文字が書かれたブロックが数個落ちている。
「この穴にブロックをはめ込めば良いんですね、きっと・・・」
「あぁ。でも・・・適当に入れてはいけないんだろう?」
「恐らくそうだと思います。穴の数は5つ・・・ブロックの数は30・・・」
「柱の文字を解読しない事にはどうしようもないってことか?」
「・・・この柱の文字は・・・なかなか古いですね。この辺りで古来使われていた文字です。・・・面白いですね。1行目と2行目は使われている文字が違います。1行目と3行目に使われている文字が同じで、2行目と4行目が同じです」
「偶数行と奇数行で使われている文字が違うと、そう言う事なのか?」
「えぇ。恐らくは、どちらかを読まなければ正解はでないんでしょう」
「読めるのか?」
「えぇ。読めます。ただ・・・どちらを読めば良いのかは分かりません」
 リンクと凪が真剣な話し合いをしている間、虎王丸は詰まらなさそうに周囲をジロジロと見渡していた。
 戦闘ではかなりの戦力になる虎王丸だったが、このような頭脳戦はあまり得意ではないのだ。
 リンクの言う“文字”とやらも、ただの記号の羅列にしか見えない。
 せいぜい遠めで見て、5行目の右から3番目の文字と10行目の右から1番目の文字が同じだとか、その程度にしか認識が出来ない。
「なぁんか、メンドイなー」
「ウルサイぞ、虎王丸」
「どちらを読めば正解なんでしょう・・・」
「奇数行だとなんて書いてあるんだ?」
「古より伝わりし秘宝を抱き、長く眠るは幼き少女。紅蓮の炎に身を任せ、聖巫女を守る聖なる獣の名を刻め」
「偶数行は?」
「神々に祝福されし、蒼の妖精。かの者たちの話を聞く時、閉ざされし歴史が再び開く。かの者たちの名を刻め」
 リンクの言葉を聞いたあとで、虎王丸がすかさず口を挟んだ。
「んじゃぁ、奇数じゃねぇ?紅蓮の炎とか言ってるし・・・」
「俺もそう思うな。おそらく、偶数の方は地下のキーワードなんだろう」
「・・・でも、聖なる獣の名って・・・なんでしょう・・・」
「炎龍じゃないのか?」「炎龍じゃねぇ?」
 凪と虎王丸の言葉が合わさり、リンクが指を折って文字を数える。
「あっ・・・!“えんりゅう”も“すいてんし”もどっちも5文字ですね!」
 だから5文字の穴だけで大丈夫なんですね〜と嬉しそうに言って、リンクが散らばったブロックを1つ1つ見ていく。
 これもちがう、これもちがう・・・そう言いながら、5つのブロックを手に取るとパチパチと四角い穴に順番に入れていった。
 ―――――パチリ
 最後のブロックが入った瞬間、柱がゆっくりと回転し、真ん中からパッカリと2つに裂けて行った。
「すっげー・・・」
「凄い技術だな・・・」
 あまりの迫力にポカンとしている3人の目の前で、柱の中心に階上へと続く階段が現れた。
 階上から下りて来る、熱気を含んだ風・・・
 虎王丸がキっと表情を変えた。
「ここから先は、虎王丸さんの出番です」
 リンクが全て心得ていると言うように微笑むと、すっと道を空けた。
 虎王丸が一応の確認をしてから石の階段に足をかける・・・。
 トントンと、上れば上るほど感じる凄まじい熱気に、虎王丸も凪も表情が固くならざるを得なかった。


◇★◇


 普通、ダンジョンと言うものにはラスボス前には雑魚キャラが大量発生している。
 例えば、ラスボスが10階に居るとするならば、その前の1階から9階までには中ボスクラスの敵が各階に鎮座しており、そこにたどり着く前にはさらに多くの弱い敵が徘徊している。
 つまりは、普通のダンジョンは一番強い敵の前に練習が数度あるのだ。
 “お約束”通りに行くならば、1階の雑魚キャラが一番弱く、1階中ボスキャラを倒した後に2階へと上がり、先ほどの雑魚キャラよりも少しだけ強くなった雑魚キャラを倒し、1階の中ボスよりも強い2階の中ボスを倒し・・・と、ラスボスにたどり着くまで繰り返すのだ。
 途中には休憩所や謎なんかがあって、中々最後まで辿りつけないようになっている。
 複雑に入り組んだダンジョンの中、行き倒れの白骨なんかを見つけてしまい、妙に複雑な気持ちになったり、見るだけでも毒持ってるよなーと言うようなモンスターに囲まれて大変な事になったり、洞窟なんかだとどこから酸素を取り入れているのだろうかなど、余計な詮索をしてみたり・・・。
 とにもかくにも、そう言う“色々”がダンジョンには必ずあるものなのだ。
 しかし、時にはその“お約束”とも言うべきモノがガラリと根底から崩れてしまう時がある。
 即ち、練習もなにもなくいきなりラスボスに直行するのだ・・・!
 少し冷静になって考えてみれば分かるが、はっきり言って自殺志願だとしか思えない。
 練習はまったく皆無だ。
 レベル1を、ラスボスと戦えるレベル30くらいにする段階がバッサリと取られてしまっているのだ。
 つまり、レベル30でやっと倒せる敵を、レベル1で倒せと・・・そう言っているようなものなのだ。
 ―――――さて、長々と語ってしまったが・・・
「うわー!!うわーーーっ!!ちょっ・・・!!コレ、無理ですよーーー!!!」
 リンクは必死になって戦っている虎王丸と凪に対して、よくわけのわからない解説を馬鹿丁寧に入れていた。
 勿論、2人にはそんな事は聞こえていない。
 ・・・いや、実は薄っすらとは耳に入ってはいたのだが、そんな事を長々と語られてしまってもどうしようもない。
 現に今、目の前には“炎龍”が真っ赤に燃え盛る炎を吐いている。
 しかも、退路はない・・・。
 見れば3人が上ってきた階段は、壁の向こうに取り込まれてしまっているのだ。
 つまりは、凄く簡単に言ってしまえば・・・・・・・
 倒すか死ぬか、それだけしか選択肢はないのだ。
 大人しく龍に丸焼きにされて、すっきりとその胃袋に収まるか、それとも抵抗して逆に龍をさばいてみるか・・・。
「あの火力で焼かれたら、炭になりますよ・・・」
 恐らく、龍にとってもあまり利益は出ないと思われる前者を切り捨てて考えた場合、残るは後者しかない。
 リンクは凪の結界によって守られている分、結構気楽に言いたい事を言ってしまっているが・・・
 そもそも、龍の注意は虎王丸に向いている。そのため、リンクは半分シカト状態になっている。
 白焔を放出する虎王丸に対抗するかのように、炎龍が火力を上げる。
 ・・・虎王丸の白焔はあまり利いていないようだ。
 流石に、同属性は力同士を打ち消す力があるようだ。
 すかさず攻撃方針を剣術のみに切り返る・・・。
 凪が後方から“氷砕波”を龍に絡みつかせ、吹雪が龍の視界を悪くしているのだが・・・どうにも、龍は視界だけで虎王丸たちを認識しているわけではないらしく、舞っている凪も、ずっと同じところにとどまってはいられない。
 ジリジリと吹雪は龍の体力を削っているのだろうが・・・まったくと言って良いほど龍にその影響はみられない。
 どうやら敵は相当の力があるようだが・・・
 それにしても――――と、虎王丸は1つ気になった事があった。
 龍の炎の行方はいつも明確で、大げさなアクションをしながら炎を吹く。
 それはまるで、そちらに炎を吹くと言う事をアピールしているようにさえ見えた。
 そして・・・龍は確実に手加減をしている・・・。
 先ほどから何度も、虎王丸も凪も炎の中に放り込む機会はあったはずだ。
 虎王丸が体制を崩した時、凪の反応が一瞬遅れた時・・・最初は偶然かと思ったのだが、はたしてそんな“幸運”が何度も続くだろうか?
 少し考えた後で、虎王丸はある賭けに出る事にした。
 このまま続けても、ラチがあかないイタチゴッコはもうやめようと、そう考えたのだ。
 一か八かの大勝負・・・に、なってしまうのは、ハイリスク・ハイリターンの関係でこの際目を瞑ることにする。
 虎王丸の動きがほんの微かにだが、遅くなる・・・。
 “空薙常世之太刀”の使用を考えていた凪の視界に、虎王丸の奇妙な行動が映る。
 それは、長く一緒に居ないと分からないほどの些細な変化で・・・それでも、凪は見逃さなかった。
 一体何をするのだろうか・・・?
 龍がオーバーアクションで上を向き、息を吸い込んだ後でゆっくりと炎を虎王丸の方に吐く。
 ―――――それは、刹那の出来事に過ぎなかったのかもしれない。
 実際に、起こった事を言葉にしてしまえば何の事はない、ただの一行で終わる事だった。
 しかし、それは見るものにとっては長い長い“刹那”だった。
 スローモーションのように、目の前の光景はゆっくりと動いていたのだ。
 炎が虎王丸の身体を撫ぜようとして・・・先ほどまでと同じように回避を試みる・・・が、体がバランスを失い、よろける。
 止まった身体を覆い隠そうと炎が広がり、どこか遠くで、少女の叫び声が聞こえる。
「ダメぇぇぇぇぇぇっ!!!!!」
 甲高い、それは壁にあたって跳ね返り、何度も何度も空間を往復する。
 ・・・と、炎に包まれた中から虎王丸が白焔を背から噴射して飛び出し・・・ゴロゴロと床を転がると壁に背を叩きつけた。
「虎王丸!」
「虎王丸さん!」
 凪が、リンクが、虎王丸に走りよりその無事を確かめる。
「いってぇ・・・!やっぱ、流石に要練習ってトコだな」
「練習って・・・こんな切羽詰った戦闘の途中に、新技開発なんて悠長にしてないでくださいよ!そんなことしてる間に、炎龍が・・・」
 そこまで言って、リンクは恐る恐るといった様子で炎龍を見上げた。
 考えてみれば、今こそ絶好のチャンスなのだ。
 3人まとまっているし、足元に居るし・・・油断しまくりの背中に向かって、ちょっと炎調節をすれば美味しい人間×3の出来上がりだ。
 お好みでソースやマヨネーズをつけてくれても構わないが、ケチャップだけは生々しいので勘弁だ。
「・・・大丈夫だよ、ソイツは、鼻から俺たちを殺そうなんて思ってねぇ」
 見上げたそこでは炎龍が大人しく3人を見詰めていた。
 そして、その足元には1人の少女が涙目になりながら立ち尽くしていた―――――


◆☆◆


「ばかばかばかぁっ!!本当に死んじゃったらどうしようかと思ったのよぉっ!?」
「だっ!わぁったって!ちょっ・・・殴んなって!!」
「アンタたちも!何で止めなかったのよぉっ!!成功したから良かったものの、失敗してたら大変な事になってたのよ!?」
「・・・すまない・・・」
 長い髪を背に垂らした幼い―――それこそ、12歳くらいの少女は、虎王丸の事をポカスカ叩いた後に凪のことも叩いた。
 どうしたら良いのか分からずに、とりあえず謝罪の言葉を述べる凪。
 自分よりもはるかに小さな少女の繰り出す猫パンチは、なかなかに痛い・・・。
「あの、それで・・・説明してくれないかな?」
「説明?って、なんの??」
「まず、君は??」
「あたしは、紅蓮(こうれん)って言うの。あの子は炎龍。炎龍は宝を守ってるのよ」
「で!?その宝って!?」
 紅蓮の前に顔を突き出したのは虎王丸だ。
 その勢いの良さにか、紅蓮が怖がって凪の背後に隠れてしまう。
「アンタたち、下で謎を解いてきたんじゃないの??」
「・・・謎と言うほど難しいものではなかったが・・・」
「そこに全部書いてあったでしょう??」
「“古より伝わりし秘宝を抱き、長く眠るは幼き少女。紅蓮の炎に身を任せ、聖巫女を守る聖なる獣の名を刻め”ってアレ?」
 リンクの言葉に紅蓮がコクコクと頷き、自分を指差して言った。
「古より伝わりし秘宝を抱いて、長く眠ってた少女」
 そして、すっと炎龍を指差すと、にっこりと・・・実に無邪気な笑顔を浮かべた。
「紅蓮(こうれん)の炎に身を任せ、聖巫女を守る獣が炎龍」
「はぁ!?ちょっ・・・紅蓮の炎って・・・!?」
「そ、あたしが炎を司る聖巫女よ?」
「“ぐれん”じゃなかったのか・・・」
 つまりは、炎龍の纏っていた炎は紅蓮の炎・・・即ち、紅蓮が授け与えた炎だと言うのだ。
「凄く久々のお客さんで、驚いたわ。炎龍の“本心”を見破ったのもアンタたちが初めて」
「あの龍は・・・」
「死なないの。あたしの炎の加護がある限り、切っても突いても魔法をかけてもダメ」
「んで?俺らも殺さないってか?」
「そうよ。だから驚いたの・・・」
「でもよ、殺さないに死なないんじゃぁ、決着がつかねぇじゃねぇか」
「・・・そのうち疲れちゃうでしょ?その時に、ちょーっと気絶させて、後は外にポイってすれば大丈夫」
 元気良く親指を突き立てる紅蓮に、少々の頭痛を感じる。
「お宝を狙う人は多いの。あたしは暴力は大嫌い・・・でも、宝を、悪い人に渡しちゃいけないから・・・」
 紅蓮はそう言うと、そっと両手を胸の前で組むと、目を閉じて祈った。
 淡い光が紅蓮の身体を包み込み、ポワっと・・・明るく光った次の瞬間、その小さな手には丸い玉が握られていた。
 透明な玉の内部では、燃え盛る炎が揺らめいている・・・・・・・・
「コレがお宝。紅蓮の炎・・・その、真の姿」
 紅蓮はそう言うと、ポイっとそれを虎王丸に差し出した。
「う・・・わっ!?」
「炎龍を倒し勇者に、紅蓮の炎を授ける。そなたは紅蓮の力を持って世界を・・・」
「おい待った!」
「なに??」
「これ、俺が貰って・・・おまえはどーなんだよ?」
 虎王丸の言葉に、紅蓮は分けが分からないといった表情をした後に、ゆっくりと言葉を紡いだ。
「さぁ・・・暫くしたら消滅するんじゃないかしら。紅蓮の炎はあたしの命の炎だもの。離れていれば、繋がりは薄くなってやがてあたしは消えるの。その時は、炎龍も一緒に・・・ね」
「んじゃぁいらねぇよ」
「はぁ!?」
 虎王丸はそう言うと、ポイっと玉を紅蓮に突き返した。
「な・・・ちょっ・・・!!」
「あ〜ぁ、宝ってコレだけかよー!んじゃぁ、とうとう2ヶ月ティクルアでただ飯だな」
「そんなぁ〜!」
 リンクが情けない声で虎王丸の肩を掴み、前後に揺さぶる。
「お宝はあったじゃないですかぁ〜!!」
「手に入んねぇんだから、ないも一緒だろー!?」
「ちょっ・・・!!なんなのよ!!そんなに紅蓮の炎じゃ不満なの!?」
「それは違うよ」
 凪が紅蓮の肩にポンと手を置き、優しく語りかける・・・。
「モノには、持つべき人がいる。紅蓮の炎は、虎王丸じゃなく、紅蓮・・・さんが持つべきだよ」
 外見年齢こそは小学生程度だったが、聖巫女で紅蓮の炎使いと言う彼女の実年齢は何歳なのか分かったものではない。
 そこを配慮してか、凪はあえて紅蓮に“さん”をつけた。
「まったく、アンタたち、何なのよ!あたし、もう何千年も生きてるけど・・・アンタたちみたいなの、初めてよ!」
 紅蓮はそう言うと、ポケットの中から赤く輝く小さな鍵を取り出し、虎王丸に差し出した。
「なんだよこれ?」
「ここに来る、鍵。祠の脇にね、ソレを差し込む穴があるから、差し込めば・・・直でここに来れるわ」
「ここに・・・?」
「そう。もし・・・また、あたしや炎龍に会いたくなったらソレ使って来なさいよ。暇つぶし程度に、構ってあげても良いわ」
 ツンと、すましたように言う紅蓮だったが・・・
 凪が苦笑しながら「また来ます」と言って紅蓮の肩を叩いた。
 虎王丸も渋々ながらも頷き・・・リンクが、そっと・・・持っていたノートに全てを書き記した。

   『祠の奥、炎龍の傍には紅蓮の少女』



○あの場に残るは謎


 祠からの帰り道、竜樹の鳥の背で、3人はのんびりと寛いでいた。
 なかなかに乗り心地の良い背は柔らかく、夢現の空の旅だった。
「それにしても・・・」
 ふっと、口を開いたのはリンクだった。
 報告書に何かを書きながら、困ったように眉根を寄せている。
「どうした?」
「あの子、どうしてあそこから出ないんでしょうね??」
「どう言う事だ?」
「紅蓮の炎を隠すなら、もっと良い場所がありそうなものじゃないですか」
 そう言って、暫く宙を見詰めながら、リンクは1つの仮説を口にした。
「あの場所に、なにか隠してるんでしょうか・・・?」
「はぁ!?」
「ですから、あの場所から離れられない・・・その理由があるんじゃないかなぁって。封印なんてモノ、されてないんですし、自分で何処にでも行けるじゃないですか。それなのに、俺たちを呼ぶんですよ?」
「呼ぶってことは、寂しいから・・・だろうな」
「だから俺、あそこから離れられない理由があるんじゃないかなぁって。・・・それに、チラっと見えたんですけど、あの奥に・・・扉みたいなのがあったんですよ。アレ、何なんでしょうね??」
「・・・・・・」
「・・・・・・」


―――――あの場所に眠るものは何なのか・・・



             その謎はポツリ、扉の向こうに――――――



               ≪ E N D ≫



 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  1070 / 虎王丸  / 男性 / 16歳 / 火炎剣士


  2303 / 蒼柳 凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『祠の奥 + 紅蓮の炎 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、続きましてのご参加まことに有難う御座います(ペコリ)
 ちょっと生意気な少女(実年齢は計り知れないですが)紅蓮が初登場いたしました!
 あの祠の奥で何かを守っているようですが・・・何を守っているのでしょうか(苦笑
 2ヶ月間はティクルアで飲み食いを自由に出来ます!
 破産させる勢いでどんどん食べて、飲んでくださいね(笑


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。