<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


守護者はかく語りき

 「あら?」
 戸を開けて入ってきた人物に、エスメラルダは思わずそう呟く。
 およそ黒山羊亭には似つかわしくない風貌。
 というよりも、商売女や冒険者、踊り子や歌姫、吟遊詩人でもなければ、黒山羊亭に女性が入ってくること自体少ないだろう。
 エスメラルダの目の前にいるのは何とも清楚可憐な、乙女と言っていいほどの美少女。
 大人といえる外見ではまずない。
「ごめんなさいね、お子様相手の商売はしてないのよ」
「わかっています。門前払いを承知で、伺わせていただきましたので…」
 何処ぞの世間知らずのお嬢様…といったところか。
「で?そんな覚悟で何の為に来たのかしら。誰かお探し?」
「………護衛のご依頼をしたいと、思いまして…」
 確かに、腕っ節に自信のある者も割とここに顔を出す。
 とは言うものの、ここは仲介業者でもなんでもないのだが…
「道中の警護ね。それならその辺の連中に聞いてみなさい」
「私の警護ではないのです。自分の身は自分で守れますので…警護してほしいのは私の守護者を、なのです」
 意味がわからない。
 守護者が自分を守ってくれているから、護衛が必要ないのだろうに。
 自分の身は自分で守れるから、守護者の方を警護してくれとはどういう意味だろう。
 エスメラルダが首をかしげる様を見て、その反応を予想していたのだろうか。
 少女は苦笑する。
「――守護者…といっても…聖獣とは多少異なりますが、それ相応の力を持った魔獣であることには変わりありません。ただ…」
「ただ?」
「……彼の種族はもはや絶滅寸前で…今はもう、数える程しか生存していないのです。代々続いてきたお役目ですが…神官を守る為に種が一つ消え去っていい道理ありません。ですから、私たちは彼を一族のところへ帰そうと決めたのです」
「…それで、万が一守護者が道中で命を落とすことがないよう、護衛がほしいってわけか…」
 エスメラルダの言葉に、少女はこくりと頷く。
「―――――…誰が手を貸してくれるかはわからないからね?」
 そう言ってエスメラルダは店内の冒険者たちに声をかける。
「――手空きの人がいれば、ちょっとこの子の話聞いてあげてくれない?」


===============================================================

■若き陰陽師と訳あり乙女

 「守護者を守護する……何て言うか、面白いね。今、守護者の方は貴方を守護できない状態なのか、力を貯めている状態なのか…どちらにせよ面白そうだし、参加するよ」
 その場に居合わせた榊 遠夜(さかき とおや)は、大筋の話を聞いてこの一件に興味を持ったようだ。
「名前は榊遠夜。宜しくね」
「宜しくお願いいたします。榊さま」
 深々とお辞儀をすると、少女は遠夜を連れて黒山羊亭を後にした。

「――騎士の服装だけど残念ながら騎士じゃない。僕が得意とするのは術力の方で…」
「わかっております。御腰の物はあまりお使いになられていないことは、剣がまとうオーラでわかりますわ」
 遠夜の言葉を遮り、振り向きざまににっこりと微笑む少女。
 花街の酒場に単身乗り込んできたことといい、なかなか鋭い上に肝の据わった少女だと、遠夜は苦笑する。
「なら話は早い。守護に関しては…そうだね、申し訳ないけれど周囲に結界を張らせて貰うね。守護者には息苦しいかもしれないけれど、安全の為だから我慢して貰えたら幸い、かな。攻撃に関しても出来うる限りするつもり」
「守護者が…息苦しくということは諸刃の術なのですか?」
 心配そうな顔をする少女に遠夜は慌てて補足する。
「いや、一般的には結界は守護する物だし、守護する対象に害を与えるなんてことはないんだけれど、さっき黒山羊亭で『魔獣』って言っていただろう?だからだよ。陰陽の術は魔を祓う力があるから」
「オンミョーの術…ですか?」
 聞きなれない言葉に首をかしげる少女。
 陰陽師とは簡単に言えば天文学者であり、占星術を用いて吉兆を占うのが本来の姿だが、遠夜の場合は道呪系の流れを組んでいる為か符呪の扱いに長けている。
 ここで用いる陰陽の術とはその符術の一つである結界符を示す。
 本来魔を退ける力を持つ結界の中に魔獣を入れるのだから、結界に触れはせずとも多少なりとも息苦しさを伴うであろう。
 結界の力に押しつぶされる可能性もないとは言い切れない。
「詳しいことはわかりませんが…要は聖属性の力を持つ術ということでしょうか?」
「この場合はそうだね」
 厳密に言えば違うのだが、ここはそれでよしとしよう。
「ところで…君の名前は?」
 最初の遠夜の名乗りで、続いて少女も名乗るだろうと思っていたのだが、そのままずるずるときてしまっていた。
 君とかでは多少なりとも不便が生じる。
 遠夜の問いにハッとした少女は慌てて遠夜にお辞儀する。
「申し遅れました。わたくしはシェンドラと申します」
 本当にうっかりしていたと言わんばかりの慌てた態度に、先ほどの搨キけた才女は何処へやら。
 よほど緊張していたのだろうか。
「えーと、じゃあシェンドラさん。その守護者とやらに会わせてもらえるかな?」


■守護者

  ベルファ通りの外れ、花街のはずれというものは何かと治安も宜しくない。
 こんな場所を、見るからにか弱い世間知らずのお嬢様の風貌をしたシェンドラが一人で出歩くこと自体無謀だ。
 よく無事だったものだと、遠夜は前を歩くシェンドラの背中を見つめる。
「つきましたわ、この宿の二階で待たせてあります」
 外見的に目立つゆえ、あえて同行させなかったという守護者。
 いったいどんな姿をしているというのだろうか。
「ただいま戻りました。調子は如何?アルゴ」
 薄暗がりの部屋で、月明かりの中、のそりと起き上がる大きな影。
 月光を受けて白銀に輝くその艶やかな毛並み。
「…確かに、つれて歩くには目立つね」
 ぽつりと感想を述べる遠夜。
 魔獣というには禍々しさの欠片もない、美しい姿だ。
『―――神官の警護するというのはお前か?』
「え?」
「あ、アルゴ。こちらは榊遠夜さま。道中の警護を引き受けてくださった方ですの。仲良くしてくださいましね。榊さま、別室に宿をお取りしましたので今宵はそちらでお休み下さいませ。今ご案内しますわ」
「え、あ、はい…」
 守護者の警護依頼をしてきたのはシェンドラだ。
 しかしその守護者の言っていることは彼女の話と異なる。
 妙な依頼だとは思ったが、やはり裏があったようだ。
「こちらですわ」
 彼女が取った部屋は一番彼女たちの部屋から遠い部屋。
 なるほど、相手が魔獣ゆえ五感が発達しているからか。
「お入り下さいませ」
 遠夜を先に押し込め、自分も一緒に部屋に入るとシェンドラはまず遠夜の前に膝をついた。
「お許し下さい榊さま。依頼に関して嘘は申しておりません。ですが…アルゴの前では、アルゴが言ったようにわたくしを守護するフリをしていただきたいのです」
 小声で話すシェンドラに合わせ、遠夜も小声で返事を返した。
「――話は、大体見えたから。そんな風に跪いたりしないで。ね?」
 詳しい経緯を話してくれれば、ちゃんと協力するから。
 遠夜はシェンドラにそう言って微笑んだ。
「…あまり長く空けているとアルゴが怪しむので、手短にご説明します」
 不明瞭な点などは道中、守護者の様子を伺いながら話していくという。
 まぁ、それほど複雑な物ではないと思うが…
「アルゴ…我ら神官を排出する為にある一族の初代が、魔獣の一族を救ったことから、彼らは代々一族の神官を守護するという契約を交わしました……神の声を聞き、勇気ある者には祝福を与え、魔法力の増幅をすることができるわたくし達の力は常に狙われ、そのたびに魔獣一族は命がけで戦い護ってくれました…しかし」
「あまりにも犠牲が出すぎた…?」
 遠夜の言葉にシェンドラは浅くうなづく。
「常に圧勝する訳ではありません…時には命と引き換えに相討ちとなることも…」
 そしてそんな事があるたびに、魔獣一族から新たな若者がやってくる。
 それを使命と、天命と信じて疑わず。
 シェンドラの瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれる。
「やがて…何百代目かもわからないほどの犠牲を背負い、アルゴが…一族最強と謳われる彼がやってきたのです。彼が来てから既に三百年以上経っています」
「強いんだね」
「…ですが、度重なる戦や襲撃をたったひとりで撃破してきた彼の体は既にボロボロです……本来であれば千年の命を持つといわれる一族なのに……」
 シェンドラや他の者たちの前では、足元がふらつくこともなく、変わることなき勇猛果敢な守護者に徹している。
 先ほど起き上がってきた時も、かなりしんどかったはずだ。
「もう過去の制約に縛られてほしくないのです…たかが神官の為に彼らが命がけで戦う必要などないのです…」
 アルゴを頼らなくていいように。
 アルゴの負担にならないように。
 シェンドラはこっそりと修行をした。
 モンクとまではいかないにしろ、いっぱしの冒険者としてやっていけるだけの技量は身につけた。
「守護者の契約を永久に終わらせるにしても…今ここで終わるわけにはいかないのです」
「…使命だと思っているからこそ、彼は生きていられる…まさにそんな状況なんだろうね」
 三百年以上仕えた。
 その年月は神官一族にとっても、魔獣一族にとっても短くはない。
「生き甲斐を失わせてしまったら…彼はもう立てなくなってしまうかもしれません…ですからせめて…故郷の、仲間のもとで…」
「なるほどね。状況はわかった。まぁ、君達の言い分のわからないことはないけれど……彼自身の考えも聞く必要はあるね」
「!榊さま…」
 シェンドラの顔が一気に青ざめる。
 勿論、今すぐにという訳ではないことを遠夜は説明する。
「――良くも悪くも契約終了の理由は彼の衰えだ。命がかかっているとしても、そう簡単に、ハイそうですかとはいかないよ。彼にも三百年仕えてきたというプライドがあるからね」
 心優しい少女の気持ちもわからなくはないが、男としては使命をまっとうしようとするその意志を尊重したい。
「君ら一族との契約に関して、彼の本音が聞ければね。まずはそこから」
「わかりました…よろしくお願いいたします」
 そういって深々とお辞儀をし、シェンドラは部屋へ戻っていった。
 あてがわれた部屋で一人遠夜はため息づいてベッドに身を沈める。
「―――さて、どうするかな…」


■戦士の意志

  翌朝、シェンドラとアルゴと共に宿を出発した遠夜は結局ろくに眠れず、道中小さな欠伸を連発していた。
『そんな調子で護衛が勤まるのか?』
 アルゴの言葉に遠夜は苦笑し、低血圧なものでね、などと嘯く。
 心配そうに見つめるシェンドラの視線は、いつしか遠夜に向けら、一体いつ昨夜の話を切り出すのかと気が気でない様子だ。
 そんなシェンドラに遠夜も気づいていた。
 今はまだ、その時ではない。
 遠夜は彼女に視線でそう告げる。
「――――エルザードを出てさっそくか…」
 遠夜が懐の符に手を伸ばす。
 周囲の茂みから人の気配して、こちらの様子を伺っている。
 明らかな殺意を込めて。
『……十三人…すべて人だ。武装しているがただの盗賊だろう。お手並み拝見といったところか』
「ご期待に沿えるよう、尽力しましょう――神火清明 神水清明 神風清明」
 鋭刃符を取り出し、賊が潜んでいる茂みめがけて投げつける。
 威力と速度を上げる為に五行に則り、大気を操ってその流れに乗せた。
 突如巻き起こった突風に、茂みは荒れ、人影を眼前に晒す。
 舌打ちが複数聞こえたかと思えば、リーダーらしき者の掛け声と共に、街道へと姿を現す賊共。
 鋭刃符をまともに受け、深く傷を負った者もちらほら混じっている。
『神官を狙ってきた連中とは違うようだが、われらの道を遮る者は何人たりとも容赦はしない!』
 白銀の疾風が駆け抜ける。
 何とか目で追えたと思えば、既に最初の立ち位置に戻ってきているアルゴ。
 それを視認した直後、目の前の賊が数名バタバタと倒れていく。
 アルゴの様子を伺っても、息切れ一つしていない。
 さすがは守護者といったところか。
 しかし、シェンドラにも遠夜にも、その気の流れの変化は目に見えていた。
 周囲を一定の量で取り巻いていた気が、今はゆらゆらと揺れて不安定になっている。
 先ほどの一閃はかなり彼を消耗させたようだ。
「――戦士のプライド…ですね」
 ポツリと呟いた遠夜は、矢を放とうとしている賊の存在に気づき、すかさず結界呪符を発動させた。
 勿論、シェンドラに貼るつもりでその範囲の中に自分やアルゴがいた、という素振りで。
『お前は神官を頼む、私は賊をなぎ払う!』
「結界は離れても維持できるので加勢しますよ」
 アルゴの言葉をあえて聞かず、遠夜は再び鋭刃符を発動させた。
 攻撃範囲を広げることで、下手にアルゴが撃ってでないように。
「チッ!分が悪い、引き上げるぞ!」
 そんな掛け声が聞こえたかと思うと、負傷した足を引きずって逃走する賊共。
「有難う御座います、榊さま。お疲れ様、アルゴ…」
 遠夜の結界が解かれ、アルゴに駆け寄るシェンドラ。
『お前…』
「どうかしましたか?」
 アルゴの視線が遠夜を射抜く。
 しかし生来のボケ属性というか、柔らかな気質の為か、すっ呆けたような返答をする遠夜。
 その後、アルゴの視線は遠夜に向けられ、その様子を心配そうに見つけるシェンドラといた構図が暫く続いた。
 そして、エルザードをたってからが丸二日が経った頃。
 街道沿いの宿場の店で食事を取っていた時のことだった。
「次の峠を越えれば目的地はすぐそこです」
「目的を果たせば、あとは帰りの道中だけですね。思ったよりキツイ事もなくてよかった」
『……』
 アルゴの表情は暗い。
 この旅の目的が何なのか、既に理解しているのだろうか。
「どうされました?アルゴさん」
『…いや、何でもない。ところで峠越えに当たってお前に相談しておきたいことがある。神官にはここで待機してもらう』
「それでしたら、今日はもう遅いですし…宿の手配をしておきますわね。用が済んだらもう一度この店の前に集合でいいですか?」
「じゃあ、よろしくお願いしますね。シェンドラさん」
 にこやかに微笑む遠夜。
 しかし、シェンドラの表情は微妙だ。
 遠夜や自分の行動に疑問を抱き続けてきたのだろう。
 ついにその時が来たのだと、シェンドラの笑顔が引きつる。

 宿場の片隅で一人と一頭。
 端から見れば魔獣に遭遇して襲われそうになっていると見られても仕方ないほどの、緊迫した雰囲気。
「で、相談って?」
 しれっとした様子で尋ねる遠夜。
 アルゴは唸るような、苛立ちをはらんだ声で遠夜に問いかけた。
『神官の護衛依頼を受けたのだろう?ならば神官を守るのが最優先の筈…私の前衛を妨げるとはどういう了見か』
「―――別に邪魔してるつもりはないですよ。ただ、貴方に無茶をしてほしくないだけ…彼女も心配している」
 そういった途端、アルゴの瞳は更に陰りを帯びた。
 無茶とか心配とか、そういう言葉が出てきた時点でこちらの意図も、彼女がどんな風に依頼をしたのかも悟ったようだった。
 威嚇の体制を解き、腰を下ろして伏せをする形になる。
「大丈夫ですか?」
『…無茶をするなというから楽にしたんだろうが……まったく、老いぼれ扱いしおってからに』
 ため息混じりに恨み言を言うアルゴに、遠夜は僅かながら苦笑した。
 視線を下げ、アルゴの前に座る。
「―――騙したようで申し訳ありませんが…シェンドラさんは本当に貴方の事を心配していますよ」
『わかっている……彼女は生まれながらに力の強い神官だ。相手の持つオーラを見ただけで健康状態や精神状態まで把握する。それでなくても一度ふらついた所を見られたようだしな』
 シェンドラが目撃してしまった、アルゴの最初の不調。
 見られたことにアルゴも気づいていたようだ。
「……言い出せない?」
『……御役御免を言い渡されるほど惨めなものはないだろう…自ら申し出ることも考えている。…が、正直に言えば、戦いで果てたい…』
 これが最後の勤め。
 戦士は最期のその時まで戦士でありたい。
『一族にもはや戦士はおらぬ。私が最後のひとり…何にせよ、守護の契約は私の代で終わりなのだ』
 彼が一族最強の戦士であったからこそ、三百年も仕えられた。
 しかし、三百年の間に一族から全く連絡がなかったわけでもない。
 神官一族を間に挟んだ正式な連絡は一度も取っていないだけで、アルゴとその一族のやりとりは静かに続けられていた。
『―――皆、戦いの牙を折り…一族を守る為の盾を得る事を選んだ。今の我が一族にあるのは平穏だけ…今更戦いの牙を得るなど不可能なのだ』
「…そう、だったんですか…」
 そのことをシェンドラに、神官一族に話そうかと思ったが、シェンドラたちが今のこの代で契約のすべてを破棄しようと考えている事を知り、今まで黙ってきた。
 最後のその時まで。
 その時が来れば自分からきり出せるように。
『お前…いや、榊。私の最期の頼みを聞いてくれるか?』
「僕で勤まるものならば」


■別れの刻

 「この峠を越えれば、目的地の神殿まですぐですわ」
 その途中に、魔獣一族の集落がある。
 ここまでくれば、そろそろ彼女の口から言うべきところなのだが、アルゴはそれを望まない。
 去る時は自らの意志で。
 言おう言おうとしているシェンドラを、遠夜はギリギリまで待てと止める。
 男の身から言わせて貰えば、遠夜は依頼人であるシェンドラの想いよりも、戦士として生きるアルゴの想いを尊重したい。
 依頼を違えた訳ではないのだから、そこを決定するのは自らの意思だ。
 幸いにも、峠に差し掛かるまで大した魔物も賊もおらず、殆どの事態には遠夜の呪符で対応できた。
 いつの間にか遠夜が前衛、アルゴが後衛になっている事に、シェンドラは気づいていなかった。
「―――さて、思ったよりも楽にここまで来れたね」
『…そうだな、手のかかる敵が出てこなかったのは幸いだ。まぁ、帰り着くまで油断はできんだろうが』
「―――アルゴ…」
 シェンドラがきり出したと同時に、アルゴも彼女を振り返り真っ先に告げた。
『そろそろお別れだ、神官』
「…え……?」
『守護魔獣の一族は今より、神官の一族との契約を終了する。だが次はない。我ら一族にはもはや戦士と呼べる者は存在しない。この役目は私で最後だ』
「………」
 遠夜は黙っていた。
 アルゴの口上を黙って聞いてる。
「アルゴ……知って……?」
 今にも泣き出しそうなほど瞳に涙をためたシェンドラが遠夜を振り返る。
 すべては依頼の範囲内。
 遠夜は依頼を反故にしてはいない。
 ただ、それぞれの意志を尊重したに過ぎない。
『―――榊、私の二つ目の頼みを、しっかりと全うしてくれ』
「それはもとより…最後までキチンと勤めてみせますよ」
「榊さま…アルゴ…これはどういうことなのです?」
 アルゴの頼み。
 二つ目の頼み。
 一つ目は、依頼を反故する事になるので聞けないと言った。
「―――一つ目は…彼を戦士として終わらせてやる事。でもそれはシェンドラさんの依頼に反することになるから、断らせてもらった」
『二つ目の頼みは、峠を越えた先の神殿まで神官を無事に送り届けること。そして帰りの警護も勤めること』
「……そんな…それじゃ…端から…」
 シェンドラはその場にへたり込む。
 端から自分の、一族の意図に気づいていたアルゴへの、言葉に表しようのない罪悪感。
『私が決めたことだ――神官のせいではない』
 へたり込んだシェンドラの傍へ寄り、アルゴは頬を摺り寄せる。
『さよならだ、シェンドラ――…』
 彼女が生まれてから一度も呼んだことのない彼女の名。
 最後だから。
 最後だからこそ、名を呼んでやりたかった。
『後を頼む、榊』
「了解しました。お疲れ様です、アルゴ」
 アルゴはきびすを返す。
 そして峠の茂みの奥へ駆けていった。
 一度も振り返ることなく。
 その白銀の姿が完全に見えなくなって、少し経った時、アルゴが消えた方向から猛々しい雄叫びが響いた。
「守護者の最後の挨拶だね…」
「アルゴ……ごめんなさい…ごめんなさいッ」
 泣きじゃくりながら呟くシェンドラの言葉は、謝罪ではなくまるで贖罪のように思えた。
「―――行こう。守護者の魔を祓う遠吠えがすべての魔を退けてくれる」
 差し伸べられた手をとり、シェンドラは立ち上がった。
「――今まで、有難う…アルゴ…」



 守護者としてのプライド。
 男としてのプライド。
 戦士としてのプライド。


 シェンドラにも気づかれないような、小さな声で遠夜は呟く。
「…本当は、一つ目の望みを叶えてあげたかったけど…」
 それはアルゴの戦士としてのプライド。
 戦いの中で果てたいという、心からの望み。
 しかし依頼を反故にはできない。
 相反する望みを両方叶えることは出来ない。
 ゆえに遠夜は守護者としての頼みを選んだ。


「―――なかなかどうして、難しいものだね」
 




 峠を吹き抜ける風が、守護者の声を遠くまで響かせる――




―了―
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0277 / 榊 遠夜 / 男性 / 18歳 / 陰陽師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

 こんにちは、鴉です。
初めまして榊さま、このたびは『守護者はかく語りき』に参加下さいましてありがとうございます。
榊さまの特徴を活かしきれたかどうか、聊か不安もありますが、お気に召しましたなら幸いです。

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくどうぞ。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。