<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【ハンターギルド】1日体験

 ニグレードの最奥に聳える、黒石作りの建物。それが、ニグレードの中枢ともいえるハンターギルドの本部である。重厚な作りで訪れたものに威圧感を与える入り口には、退魔の力を持つといわれる刺草(いらくさ)が金糸で刺繍された、一枚の旗が掲げられている。
 山本健一(やまもと・けんいち)はその旗を見上げ、身が引き締まるのを感じる。
 この建物の中には、凄まじいまでの対魔戦闘能力を持つ、名高いハンターたちが詰めているという。
 入り口をくぐり抜けると、すぐ正面に依頼受付カウンターがある。そのカウンターの中では、金髪碧眼の似通った雰囲気を持つ少女たちが、訪れる依頼主たちににこやかに対応しているのが見えた。
 数日前、その少女の1人に案内され、ハンター活動体験コースに応募した時のことが思い出される。
 今もカウンターの隅には、『君も、1日ハンターになれる』という大仰な見出しが付けられたポスターが張り出されている。
 数日前、物見遊山がてらにギルドを訪れた健一は、そのあおりに惹かれ、体験活動に申し込み、用意を万端整え、再びここを訪れたのだ。
「いらっしゃいませ。山本健一様」
 肩の上でふわふわ踊る金の髪を揺らしながら、1人の受付嬢が健一の元に近づいてくる。
「担当ハンターが待機しておりますので、こちらにおいで下さい」
 ほっそりした少女は、健一の答えを待たずに背を向ける。見かけより足の速い少女の後ろをついていくと、広く開けた場所に通された。
 緩い楕円を描く広場には黒い敷石が敷かれ、それはそのまま木立の奥に続く道となっている。
 その広場の中ほどに、あの彼がいた。赤いコートを纏い、美麗な細工の細身の長剣を背負った美貌の青年。活動説明の折に会った彼を目の前にし、健一は僅かに緊張する。
「よく来たな。コースAに申し込んだのは、健一だけだった。だが……、クロコッタレベルの魔獣だったら、それほど苦労せずに倒せるだろう。……森の奥までいかねばならないから馬を用意したのだが、乗れるか?」
 彼の傍らには、葦毛の馬が二頭、鞍をつけて用意されている。轡をとりながら見つめてくる紫の瞳。それを見つめ返しながら、
「大丈夫です。乗れます」
と答える。
「そうか。なら……、ついてこい」
 ひらりと身軽に馬上の人となった彼は、その傍らに鞍をつけない裸馬を一頭ひいている。
「それは、何に使うのでしょうか?」
「ついてみれば、わかる」
 短く一言を告げると、彼は強く馬の脇腹を蹴った。


 薄暗い森は視界が悪く、馬を駆るのにも苦労する。彼から目をそらさず、必死に後をついていくと、彼はある場所で馬を止めた。
 馬に乗ったまま周囲を見回すと、辺りの木の幹に鋭い爪で引き裂いたような痕が印されているのが目に入った。ささくれた木肌からは、新しい木の匂いが漂ってくる。
「これは……」
「クロコッタの爪痕だ。縄張りの印だな。……犬や狼の性質が強いため、彼らは非常に縄張り意識が強い。これが、その印というわけだ。まだ木肌が乾ききっていない所から見ても、新しいものだ。この近くにいるだろう」
「犬や狼ということは、群れるのですか?」
「通常はそうだ。だが、繁殖期の雄は、群れから抜けて縄張りを広げ、そこに雌を迎える準備をする。そうして、新たな群れを作るのだ。今は丁度、その繁殖期にあたる」
「そうなのですか」
 単体行動をしている魔獣なら、健一でも倒すことができるだろう。
 彼に以前説明を受けたことを心の中で復唱しながら気持ちを落ち着かせ、馬から下りる。
 降り立った地には、柔らかな下草が生い茂っている。重い荷を背から降ろした馬たちは、ゆったりとそれを食んでいる。
「今回の狩りの対象は、その雄ということなのでしょうか?」
「ああ……、そうだ。群れる生き物は、一匹で狩りをすることが不得手なものもいる。今回のものが、そうだったのだろうな。……隊商を襲ったため、狩りの依頼が来たのだ。最も、今の時期は繁殖期なため、人里近くまで現れるクロコッタの狩猟依頼が多いのだが」
 そう説明しながら彼は、生い茂った木々の狭間、倒木に囲まれ僅かに開けた所まで、連れてきた裸馬を曳いてくる。
 それをどうするのかと見ている健一の前で、彼は顔色一つ変えずに馬の喉を短剣で引き裂いた。馬は哀れな声をあげ、地に勢い良く倒れふす。弱くいななき、もがくたびに、傷から溢れる赤い血潮が大地を染める。
「何を……?」
「飢えのために、人を襲ったのだ。美味い獲物が縄張りの中にあれば、追い立てずとも現れる。後は、健一次第だ。俺は、馬とともに離れた所から見ている」
 彼は再び馬に跨がると、健一が乗ってきた馬の手綱を曳き、木立の奥に姿を消す。
 それを見送ると、健一は目を閉じ、全身の神経を集中する。そうして、柔らかく吹く風が揺らす木擦れの音や傷ついた馬の弱々しい鼓動にまぎれ、聞き慣れない音が聞こえないかと耳を澄ました。


 緩やかに消えいく鼓動。それに重なる自分の鼓動。それらと不協和音を奏でる、もう一つの鼓動を耳にし、健一は目を開ける。
 すらりと、腰だめに構えた日本刀を抜き放つ。
 弱い木漏れ日に輝く刀身は、美しい文様で彩られていた。その切っ先を向けた先から、荒い息を吐きながら駆けてくる、乱れた鼓動を感じる。
 がさり。
 薮から駆け出してきたのは、巨大な犬形の獣だった。狼とも、犬ともとれる姿の獣からは、饐えた血の匂いが強く漂ってくる。
 傷ついた馬と健一を見た獣は、口角から泡状になった涎を垂らし、口を大きく開いた。牙が連なるべき口蓋には、ギロチンのような一続きの歯が備わっている。
 全ての条件から、この獣が魔獣クロコッタであることがわかる。
 それに噛まれたら容易く腕など落ちてしまいそうな鋭い歯をむき出し、血に濡れた馬ではなく、健一めがけて魔獣は飛びかかってきた。ロバほどの大きさの魔獣は、一飛びで健一の数メートル先に着地し、その勢いのまま地を駆り、歯を鳴らしながら首を延ばしてくる。
 人を、容易い獲物としか見ていないが故の、何の警戒心もない動作。健一は後ろに一歩下がると、日本刀で獣の首元を斬りつけた。
「ぎゃんっ」
 まさに犬そのものの悲鳴を上げ、魔獣は後ろに吹き飛ぶ。
 鼻を鳴らしながら立ち上がった魔獣の首もとは、鋭く斬りつけられた刀傷が口を開いている。獣は警戒しながら後退り、背後の薮に姿を隠す。
「失敗しましたね」
 健一は、今の一太刀で首を落とせたと思っていたのだ。だが、魔獣の首元を厚く覆う、獲物の血脂に塗れた毛皮が、それを防いだようだった。
「今度は油断しませんよ」
 低く呟き、血に濡れた刀を振る。それによって刀身を濡らす水滴が、刀を汚す血脂とともに霧のように散る。
「こっちだ。おまえの横だ」
 低い男の声が響いたことで健一は、左右の薮に素早く視線を送る。
「そっちではない。こっちだ」
 右手に視線を送った時、また声が響く。
 あのハンターの声かと思った。よく似ている。だが、違う。
 囁き続ける声からは、人の声の複雑な響きや感情が感じられない。今森に響くものは、機械の声のように、表面だけをまねした平坦な声だった。
「……それで、だまされると思ったのですか?」
 そう問いかけながら、健一は背後の薮に、逆手に持った刀を突き入れた。
 何か柔らかなものに突き刺さる感触が、柄を握る手に響く。それとともに響き渡る、凄まじい悲鳴。悲鳴は、人のものと獣のものだった。おそらく、魔獣の歯牙にかかったものたちが今際の際に漏らした叫びであるのだろう。
 それらの声で叫びながら刀から逃れようとする獣を逃すまいと、健一は振り返り、さらに深く突き入れた刀を斜めに切り下ろした。


「素晴らしい腕だな」
 ハンターは、クロコッタの半ば断ち切られた体を見下ろしながら呟く。
「いえ、私だけではないです。この刀がなければ、出来ないことでした」
 健一は、短い賛辞の言葉に照れながら、鞘に納まった剣をなでる。あのように乱暴な使い方をしたにもかかわらず、その歯には一つの刃こぼれもなかった。
 獣の骨までを断てば、それなりに痛むものだ。だが艶やかな刀は、その刀身を濡らす水滴によって全ての血脂を流され、鞘の中でしばしの眠りについている。
「だが、クロコッタの声を聞き分けたのは、文句なしに素晴らしい。あれは、俺の声に似ていたのだが、よく聞き分けたな」
「はい。これでも私は、吟遊詩人ですので……」
 その言葉に彼は、端麗な面に微笑みを浮かべる。
「体験活動コースを優秀な成績で攻略したものには、これが手渡される。健一には、相応しいだろう」
 無造作にコートのポケットから出されたものは、細い銀ぐさりに繋がれた細工物のようだった。
 それを受け取り、鎖の先端につけられた飾りに目を落とした健一は、はじかれるように眼前の紫の瞳を見つめる。
「これを示せば、各地のギルド支部で情報を手にし、魔物を狩ることが出来る。もちろん、それに付随する報酬も受け取れることになる」
 彼は、あくまでも事務的に言葉を紡ぐ。
 だが、手の中のものの正体を知った健一は、それどころではなかった。
 鎖の先端で揺れる丸い銀の周囲を飾るのは、細かな刺草の文様。鏡のような銀には、それ以外の文様はない。けれど、これは……。
 目の前のハンターの胸元で輝く銀のメダルは、同じ文様で周囲を飾られ、中央に獅子の横顔が彫り込まれている。
 それと同じ体裁をとる、手の中のもの。まさにこれは、ハンターの証。最下級のものではあるが、確かにそのものであった。
「本当に、よろしいのですか?」
「ああ。もちろんだ。……任務をこなし、技能試験に合格すれば、次の位階にあがることもできる。楽しみにしているぞ」
「私も、です……」
 震える声で答え、再び健一は手の中のメダルに視線を落とす。
 メダルは森を照らす光の中で、淡く輝いている。それはまるで、これからの行く末を祝福するような、密やかな輝きであった。

 ─Fin─

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0929/山本建一(やまもとけんいち)/男性/19歳(実年齢25歳)/アトランティス帰り(天界、芸能)】

【NPC/シエル・セレスティアル】

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■         ライター通信          ■
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 山本健一様
 三たびのご依頼、ありがとうございます。ライターの縞させらです。
 ギルドのイベントへのご参加、ありがとうございます。かなりの手だれとお見受けしましたので、クロコッタとは1人で戦っていただきました。お気に召していただけましたら幸いです。
 また機会がありましたら、宜しくお願い致します。