<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【銀華工房】水竜の刀

 この前に立つのは、二度目だ。
 山本建一(やまもとけんいち)は、古びた扉の前でそう思う。
「こんにちは……」
 挨拶とともに扉を押すと、
「あっ……あ、危ないっ!! よけてっ!!」
という叫び声とともに、何かが開きかけた扉に勢いよくあたったのを感じる。ノブを握る健一の手にも、その振動が伝わってくる。
 いったい何が……。
 不思議に思いながら、物があたったと思われる扉の内側を覗き込む。
 それを確認した健一の額に、汗が滲む。落ち着こうと、乾いた喉を湿らせるために唾を飲み込む音が、やけに耳に響く。
 厚い板戸には、鋭い刃を持つプロードソードが突き立っていた。剣は勢いよく刺さったせいか、左右に揺れながら光をはじいている。
「ごめん、大丈夫だった。って、あれ……、キミって、健一だよね?」
 取り落とした、というか投げ飛ばした剣を止めようとしたのだろう。脚立の上で、扉の方に手を延ばしていた少年が、首を傾げる。その動きで銀の髪が、肩からさらさらとこぼれ落ちる。
「はい。お久しぶりです」
 健一は笑顔で答えながら、額ににじんだ冷や汗を拭う。もう少しタイミングがずれていたら、切れ味鋭そうな剣が、自分の頭に突き刺さることになっていたかもしれない。
 ちょうど頭の高さに突き刺さった剣。それをひきぬき、脚立の上の、この店の主である少年に渡す。
「ありがとう。ここに掛けようとしてたんだけど……。ほんとに、大丈夫だった?」
 少年も、かなり驚いたのだろう。慎重に剣を抱え、鉤にブロードソードを掛ける。そして、やけにぐらつく脚立からそろそろと降り、健一の目の前に立つ。
「脚立がぐらついてて、危ないとは思ってたんだけど、ちょっとだからと思ったのがまずかったんだよね。ほんとごめんね。で、今日は、どうしたの?」
「こちらに伺ったついでにお茶でもと思いまして。これ、お土産です」
 その言葉とともに、少年に小さな包みを手渡す。受け取った少年は、顔を輝かせる。
「ありがとう。でも、用事はこれだけじゃないんでしょ?」
 少年は銀の瞳で、健一の瞳を覗き込んでくる。
「ええ。実は、緊急に武器を使う必要におわれまして。刀の加工と、……刀が戦闘に耐えられそうか、見ていただきたいのです。自分でも研いでいるのですが、手入れに不安な部分もあるので……」
 健一は、そう答えながら日本刀を取り出す。
 鞘からすらりと抜かれたことで、美しい銀光をたたえた刀身が目の前に姿を現す。
「この刀です。修理が必要なようでしたら、併せてそれもお願いします」
 少年は、刀を受け取り、しばらく刀身を指先でなぞりながら眺めていたが、
「業物ではあるみたいだけど、普通の刀だね。手入れは悪くないよ。普通の戦闘だったら、十分大丈夫だけど。……他に、どんな武器を使っているのかな?」
と問いかけてきた。
 その質問に戸惑いながら、健一は自分の戦闘スタイルを述べる。
「魔法戦闘には、精霊杖を使っています。肉弾戦は、オーラを使った戦闘スタイルで、通常戦闘には刀も使いますね」
「へぇ……精霊杖を使うんだ。見せてもらっていい?」
「もちろんですよ」
 微笑みながら健一は、青く凍った水から切り出したような、美しい造作の杖を取り出す。杖には一匹の竜があしらわれ、その掲げた爪に七つの宝玉を持っている姿をとっている。
 美しい杖は、水の精霊杖である。水の精霊杖ではあるが、竜が握る宝玉に、水以外の六つの精霊が封印されている。
「水の精霊杖だね。でも、他の精霊の力も感じる。変わった杖だね」
 一言も言っていないのに、一目で属性を見抜いた少年の力に、健一は舌を巻く。
「刀の加工っていうことは、聖剣や魔剣への加工ということでいいの? たしか、竪琴も、水竜の琴だったよね。そうだったら、健一が使い慣れてる、水属性を付与するけど」
 その言葉に、健一は嬉しくなる。
 一度しか見せず、一度しか奏でたことがなかった琴のことまで、彼が覚えていたからだ。
「はい、そうですね。私も、水属性が使い慣れていますし。できれば、その方が良いです」
「健一は、運がいいよ」
 健一の答えに、少年は満面の笑みを浮かべる。
「水竜の鱗が、ちょっと前に手に入ったばかりだったんだ。何に使おうか悩んでた所だったんだけど、健一が来るのがわかってたのかもね。まだ、手つかずで放ってあるんだよ」
「水竜の鱗というと……、竜鱗ですか」
「うん。それを使うと、ちょっと値段が通常の加工料金より高めになるけど、良いかな? さっき危ない目に遭わせた分を差し引いて、ちょっとおまけするけど」
 竜鱗は、竜を倒すことが困難な上、竜の個体数が少ないため、非常に高価な加工素材の一つである。竜鱗の武器や防具には、竜が持つ精霊力が付与された上、非常に耐久性に優れているという。そのため竜鱗を使った防具や武具は、冒険者たちの間では垂涎の的である。
 健一も、まだ数度しか実物を目にしたことがない。その数度で、とても手が出せるものではないと半ばあきらめていたのだ。
「いくらになるのですか?」
 大会で手に入れたお金をおろしてくるなどして、資金をふんだんに用意したとはいえ、竜鱗を使うという言葉に不安がよぎる。
 そのため、あまりにもストレートに不安を口にしてしまい、健一は慌てる。直裁に聞きすぎて、少年が気分を害さないかと思ったのだ。
 だが少年は気にする様子もなく、羽ペンでさらさらとメモに書き記した値段を健一に示した。
 示された値段を見て、ほっと胸を撫で下ろす。この値段なら余裕で間に合う、どころか、竜鱗がこんな値段で買えていいのだろうかという疑問を抱くほどの値段だ。
「なんか、よそでは竜鱗を使った物って、高めに設定してあるけど、ここにはハンターギルドがあるから。そのおかげで、通常入手困難な魔獣アイテムとかが、他より手に入りやすいんだよ。だから、他より安くできるんだ」
 種明かしをされれば、なるほどと納得する。
 彼がギルドの依頼を受けて魔剣や精錬を作っているということもあり、普通より安く卸してくれるのかもしれない。
 しかもハンターが、魔獣討伐の依頼を受けた先で加工用アイテムを仕入れれば良いだけなのだから、確かに他より手に入りやすいだろう。
「じゃ、使っても大丈夫だね?」
「はい。お願いします」
 その答えに、少年は満面の笑みを浮かべた。


 少年が奥にこもると、すぐに鎚をふるう音が響き始める。
 ただ待っているのも何か手持ち無沙汰に思えて、室内を見回した視界に脚立が映る。
 そういえば、ぐらついているとか言っていましたね。
 脚立に触れると、確かにかなりぐらぐらする。
 ぐらつく脚立の脇には、薄い木片が転がっている。どうやら、この木片を短い足の下にかませて、応急処置的に使用していたようだ。
 武器が飾られている壁面は、かなり高い所まで鉤が打たれている。そこまで武器を持ち上げて飾ることを思うと、脚立は必要不可欠だろう。それなのにこのままだと、第二、第三の自分が現れないとも限らない。
 直してみますか……。
 脚立は木製なので、ぐらぐらする所に合わせ、他の足を少しずつ詰めれば良いだろう。
 健一は、鞄の中から使えそうな道具を取り出す。ナイフや紐、筆記具、ヤスリなどなど。脚立をたたみ、短い足の長さを紐で測り、他の足に筆記具で印を付ける。そこに合わせ、ナイフで少しずつ削り、ヤスリをかけていく。脚立をたてて具合を見ながら、地道な作業をこつこつと続け、やっと満足するできばえにしあがる。
 少年よりしっかりした体格の自分が力をかけても、微塵の揺るぎもなく脚立はたっている。
「できたよ……、あれ、それ直してくれたの?」
「あっ……、すみません。待っている間、暇だったもので……」
「ううん、ありがとう。ボク、金属とか、石の加工は職業柄得意なんだけど、こういうのを直すのは苦手なんだ……。直さないで使ってたから、さっきは、あんなことをしちゃうし。そろそろ、新しいのを買わなくちゃならないかと思ってたんだよ」
 少年は本当に嬉しそうに、直った脚立を見つめている。その様子に、健一まで嬉しくなる。
「ああ、そうそう……、これが健一の刀だよ。ボクも、かなり満足するできにしあがったんだ。気に入ってくれると良いんだけど、見てくれるかな?」
 恭しげに手渡された剣は、真っ白い布に包まれている。
 高鳴る鼓動をおさえつつ、そっと布をはぐと、見慣れた柄が目に入る。だが、陽光を滑らかにはじく刀身は、今までとはまったく姿を異にしていた。
「これは……」
 健一は、現れた刀身に目を奪われ、うっとりしながら呟く。
「竜鱗の水属性を強めるために、他にブルーコランダム砿を使ったんだ。だから、かなり強い水の精霊を宿した、聖剣になったよ。もともと竜鱗を使った武器とか防具は、物理、魔法攻撃耐性と弱い物理、魔法攻撃反射能力を持つから、刀にそれも付与されることになったね。結果として、かなり攻撃、守備ともにバランスがとれた刀になったから、使い勝手が良いと思うけど……。どう? 気に入った?」
「はい」
 答える健一の目は、刀に吸い寄せられたように動かない。
 受け取った刀の棟から刃文にかけて、以前にはなかった華麗な細工が施されている。
 銀の刃の上に描かれた、光をはじく鱗状の模様とそれを覆うように咲く青石の蔦模様。それらが、目にも文な彩りを添えている。
 美しい飾りは、元からあったもののように、継ぎ目もなく刃に溶けこんでいる。刃に指を滑らせても、細工が指の腹にひっかかることはない。かろうじて触れたことで、その細工が彫りでも象眼でもないということを悟らせるが、いったいどのような手法によるものなのだろうか。
 そして、刃文は以前より美しく、刀の鋭い切れ味を感じさせる仕上がりとなっている。
「もちろん、満足です」
 感嘆のため息とともに、健一は答えた。
「よかった。……じゃあ、健一が持ってきてくれたお土産で、お茶でも呑む? 時間は空いてるかな?」
「大丈夫ですよ。実は、私も楽しみにしていたのです」
 お土産は何かななどと言いながら、少年はお土産の包みを手に、楽しげ中庭に向かう。
 そんな彼の様子を見ながら、健一は美しく生まれ変わった剣を鞘に納める。澄んだ音をたてて収まった剣を振るう時が、今から楽しみでならない。
 愛刀の柄頭を優しくなで、健一は少年の後を追ったのだった。

 ─Fin─

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

【0929/山本建一(やまもとけんいち)/男性/19歳(実年齢25歳)/アトランティス帰り(天界、芸能)】

【NPC/クローネ・アージェント】

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■         ライター通信          ■
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 山本健一様
 再びのご依頼、ありがとうございます。ライターの縞させらです。
 ギルドのイベントに参加するための武器強化という依頼でしたので、いろいろ属性をつけさせていただきました。お楽しみいただけましたら、幸いです。
 また機会がありましたら、宜しくお願い致します。