<PCクエストノベル(2人)>


ミニ変化の洞窟〜ピクニックの珍客

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【冒険者一覧】 整理番号 / 名前 / クラス

 3322 / 黒妖 / 異界職
 3264 / 影李 / 水操師
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 記憶喪失のため見た目に反して幼い精神年齢を持つ少年、黒妖。彼には、憧れの女性がひとり居る。
 彼女の名は影李。背に竜の翼を持つ種族の生まれだ。

黒妖「……」

 黒妖にとって影李は憧れの女性であると同時に守るべき人。もっと言ってしまえば、いわゆる、好きな人――というやつなのだが、これを相手に言うのがなかなかに難しい。
 たった一言だけの単語が、のどの奥に重くのしかかって、伝えるべき言葉が声にならないのだ。

黒妖「影李さん」

 他愛ないおしゃべりをする時はそうでもないのに、こういう時は、名前一つ呼ぶだけでも大変な勇気がいる。

影李「はい」

 先ほど通りで買った紅茶を整理しながら、影李は穏やかな笑みで振り返る。
 途端。

黒妖「あの、どこかに出かけませんか?」

 好きだ、と。伝えようとしていた単語は出てこなくて、代わりにまったく違う言葉が口をついて出る。
 こんなことをもう、何回繰り返しただろう。今度こそと思いつつ、なかなか伝えられないのだ。

影李「そうですね……。今日は良いお天気だし、きっと気持ちもいいですよ」
黒妖「はい!」

 こくこくと頷く黒妖に返すように、影李もひとつ頷いて。影李は周辺地図を取り出した。

影李「どこにしましょうか……。行きたい場所はあります?」
黒妖「え? えっと……」

 本当に伝えようとしていたことは別のことなのだ。行きたい場所など考えているはずがない。しかも、黒妖はまだソーンの地理にはあまり詳しくないし……。

影李「それじゃ、ここはどうですか?」

 ざっと地図を見ていた影李が、ひとつの場所を指差した。

黒妖「ミニ変化の洞窟……?」
影李「はい。その先に湖があるそうです。湖の中心には小さな島もあるという話ですから、空を飛ぶ練習もかねて、この島に行ってみませんか?」

 黒妖に断る理由などない。すぐに行き先は決定し、二人は簡単な旅支度をして街を出た。


* * *


 洞窟を抜けた瞬間。
 二人は互いの姿を見つめて沈黙した。

黒妖「……えっと……」
影李「この姿でも、飛ぶ練習はできそうですね」

 黒妖の背中の白い翼を見て影李は困った様子もなくそう告げる。

黒妖「できそうですけど……」

 一方の黒妖は、自分の現状にまだついてこれないでいる。
 なにせ今、二人の姿はコロコロと可愛らしい三頭身になっているのだ。まあ、翼はいつも通りに動くから、影李の言うとおり飛ぶ練習に困ることはなさそうだが。

影李「とりあえず、島についたらお昼にしましょう」

 最初こそ一瞬沈黙したものの、たいして動揺していない影李は作ってきたお弁当――コレも何故か三頭身の体にちょうど良いサイズになっている――を手に、島を指差す。
 気にならないと言えば嘘になるが、気にしても仕方がないし……。いや、戻れなかったら困るが、影李はとりあえず気にしていないようだし。
 帰るときになっても戻らなかったらその時にまた考えようと思いなおして、黒妖は影李の提案に頷いた。


 三頭身で体重が軽くなっているせいだろうか?
 それとも小さい分バランスが取りやすいのだろうか?

 理由はよくわからないが、なにはともあれ黒妖がいつもよりもかなりスムーズに空を飛び、影李と共に島へと降りた。

影李「その辺りでお昼にしましょう」
黒妖「はい」

 湖がよく見える場所でお弁当を広げようとした時だった。
 ころりんっと、茂みの奥から何かが転げてきたのは。

黒妖「……卵?」
影李「巣から転がり出てしまったんでしょうか」

 ちょうど二人の方へと転がってきた卵を手に取り、二人はしばし顔を見合わせる。

黒妖「お父さんとお母さんを探しに行きましょう」

 知る人が誰も居ない不安を、黒妖は知っている。
 記憶を失って、見覚えのない、誰も自分を知らない――自分は誰も知らない……そんな世界にいつの間にか放り出されて。
 この子供も、このまま放っておいたらお母さんも兄弟もいないところで一人きりで生まれることになるのだ。
 そう思ったら、探そうとせずにはいられなかった。

影李「私も、それが良いと思います」

 影李も放っておけないと思っていてくれたのだろう。意見が重なったことがなんとなく嬉しくて。

黒妖「はい」

 黒妖は元気にそう答えて、卵を影李に預けて、まずは卵が転がり出てきた茂みの方を見に行くことにする。
 影李に背を向けて歩き出し、茂みの奥へ数歩足を踏み入れた時だった。

影李「あら……」

 少々驚いたような影李の声が聞こえて――影李は表情の変化が少なくて、慣れない人が聞くとものすごく冷静に聞こえるのだが――黒妖は慌てて影李の方へと踵を返す。
 そして。

黒妖「うわあ……」

 影李の腕の中にいる者に、黒妖は思わず感嘆の声をあげた。
 いつも影李の腕の中には小さな竜の人形が居るのだが、そこにもう一人、竜が増えていた。

黒妖「竜の卵だったんですね」

 竜自体は、ものすごく珍しいというものではない。
 どこでも見れるというものではないけれど、行くところに行けばいる者でもある。
 だけれど、竜の子供……それも生まれたての赤ん坊など、そうそう見れるものではないだろう。

影李「貴方、お父さんとお母さんのことは覚えていますか?」

 子竜に向かって、影李はごくごく真面目にそう声をかける。

黒妖「聞いてわかるものなんですか?」

 影李だって竜族と呼ばれる者だし、この世界の言葉を話す竜もいるだろう。
 けれど目の前のこの子竜は生まれたばかりだし、それに、明らかに獣の姿をしているこの子はソーンの言葉の発音などできるように見えない。

子竜「キュウ……」

 案の定。
 子竜は鳴き声をあげるだけで、意味のある言葉など発しなかった。
 だが。

影李「いえ、そうじゃなくて……。私は違うんです」

 影李の対応に、黒妖はこくんと首をかしげる。

黒妖「影李さん?」

 子竜が、またひとつ、鳴いた。

影李「貴方を生んだご両親のことを聞きたいんです。覚えてないですか?」

 たった今卵から生まれたばかりの子竜がそれを覚えているかはかなり微妙なところではあるが……。問題は、それとはまったく違うところにあるらしい。
 というか、影李は子竜の言っていることを理解しているのだろうか。
 子竜にギュッと抱きつかれて、影李はさっきと同じ――私は違うんだ、と――言葉を繰り返す。

黒妖「影李さん、どうしたんですか?」

 問いかけると、影李は困ったような笑みを浮かべた。
 あまり表情の動かない影李の笑みだから、ささやかな変化ではあるが。

影李「それが、どうも、私のことをお母さんだと思いこんでしまっているらしくて」
黒妖「え?」

 動物には比較的良くある現象――刷り込みというやつだろうが、竜もそうなのかと、ちょっと意外に思う。
 影李のほうは、最初こそ戸惑っていたようであるが、今はもういつも通りの顔をしていた。
 そうして何を思ったのか、ふいに黒妖の方へと顔を向ける。
 にこりと、穏やかな微笑で口を開く。

影李「今、ちょっと思ったのですけど……」

 同じ竜族だけに、なにか感じるところもあるのだろうか。
 愛おしそうに子竜を抱き直して、そうして、告げる。

影李「私がお母さんでしたら、黒妖さんはお父さんですね」
黒妖「ぼ、僕が!?」

 突然の予想外の台詞に、黒妖は顔どころか体中が真っ赤になったような気がした。
 憧れの相手にいきなりそんな夫婦宣言されたら……。
 普通、驚くもんだろう。相手に他意がないのをわかっていても。

影李「黒妖さん?」

 様子のおかしい黒妖に、影李が心配げに呼びかけたが、黒妖にはもう聞こえていなかった。
 赤くなるだけでは追いつかず、意識も飛んでしまっていたのだ。


* * *


黒妖「すみません、僕、情けないですね……」

 黒妖が気がついたのは、それから一時間も経ってからだった。

影李「いいえ。黒妖さん、体の調子が悪いなら無理はしないでくださいね」

 ちなみに、影李の腕に子竜はもういない。
 黒妖が倒れていた間に、子竜はたくましくも一人で森に戻っていった。もともとこの竜は、そう長く親と連れそうものでもないらしい。

黒妖「あ、はい。いえ、体の調子が悪いわけではないんですけど……」

 いろいろと情けないところを見せてしまったが。
 本人に他意がまったくないのはわかっているが。
 お父さんとお母さん、そんなふうに言ってもらえたのは嬉しくて。
 次の機会こそ、きちんと好きだと伝えよう、と。黒妖は決意も新たにそう思うのだった。