<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


決意のキオク

 リュウ・アルフィーユは走っていた。
 走って走って走っていた。
「う、わーーーーー!!」
 背後には猛スピードで追いかけてくる犬と猫。
 何で追いかけられているかはよく覚えていない。リュウはとにかく、犬やら猫やらに追いかけられやすい体質だった。
 全力で走るには背中の翼が邪魔だ。
 ……翼で飛ぶ、ということまで考えが及ばない。
「うわぁーーーー! どいてーーーー!」
 飛ぶ気になれなかったのは、あたりが人ごみだったからかもしれない。
 ばしばしばしばし人とぶつかりながら、リュウはそれでも走っていた。
 人ごみをぬける。人通りの少ない場所まで走る。
 やがて街はずれまで、リュウはやってきた。
 倉庫が見えた。あそこへ逃げこもう。即座にそう考えた。
 倉庫の扉が――
 なぜか、開いた。
「わあーーーーーー!」
 どっかん
 猛烈な勢いで誰かとぶつかる。
「うおっ!?」
 リュウの勢いが激しすぎて、ぶつかった人間ともども床を転がり――
 そして、地下室にまで転がりこんだ。
 地下室に完全に落ちきってから、リュウたちの動きはようやく止まった。
「いたたた……」
 背中に鈍痛を感じる。正しく言えば、翼のつけねに。
 翼をいためたらしい。
「いってー……」
 ぶつかった相手ものっそりと起き上がっていた。
「あっ」
 リュウは慌てて、「ご、ごめんなさい」
 と謝った。
「いや……俺はいーけどさ」
「俺は?」
「……俺は許さない、と」
 背後から静かな声が聞こえてきた。
 不思議なトーンの声で、リュウはびくっと震えた。
「よくも人の安眠を妨害したな……」
 おそるおそる振り向くと――
 そこには、リュウより少し歳下そうな少年が、腕組みをして立っていた。
 目が細められている。――目がすわっている、と言ってもいいかもしれない。
 リュウは焦って立ち上がり、
「ご、ごめんなさい!」
 深く頭をさげた。
 頭をさげた瞬間に、なんだかじんわりと目のあたりが熱くなった。
 ――何をやっているんだろう、僕は。
 目の前の少年はうるさそうに手を振って、
「ルガート。お前は無駄に無傷だな」
「無駄にってお前そりゃないだろ」
 ルガートと呼ばれた、リュウとともに地下室に転がり落ちた少年は文句を言った。
 しかしもうひとりの少年は聞きもしない。
「そっちのの怪我治療してやって、追い出せ」
「んあ?」
 ルガートがリュウのほうを見る。
「怪我してんの?」
「あ……」
 翼をいためていることを、どうして彼は分かったんだろう。
「その……ちょっと翼を……」
「そりゃ痛いだろ。待ってろ応急処置セットを上から持ってくる」
 ルガートは元気に階段をのぼっていく。
「―――」
 リュウは改めて、残った少年を見つめた。
 暗がりの地下室。それでもはっきり分かるほど、闇の色の黒髪、黒水晶のように輝く不思議な瞳。
 じっとその瞳を見つめていたら、吸い込まれてしまいそうだった。
 けれど、
「まったく……。俺は寝る」
 相手は大あくびをした。
 リュウは我に返った。
「あ、ごめん――」
「詫びは面倒くさいからいい。怪我の処置をしたら出ていってくださいよ」
「………」
 リュウはしょんぼりとした。
 少年は、足の踏み場もないようなガラクタ置き場を越えていき、その中央で寝っころがった。
 これ以上口は利いてもらえそうになかった。
(……また、やっちゃった……)
 背中に背負っていた剣をはずし、それを見下ろしながらリュウはつぶやいた。
「やっぱり、僕は冒険者には向かないのかなぁ……」
 返事はない。剣から返事が返ってくるはずがない。
 頑張っているつもりなのに。頑張っているつもりなのに、いつも空回り。
 自信なんて、いつまで経ってもつきやしない。
「冒険者、か……」
 リュウはつぶやく。
 埃っぽい地下室は何だか不思議な居心地で、リュウはうっすらと眠くなってきた。
 半分意識を手放した状態で、彼は記憶を思い返す――

     **********

 あれはいつのことだったろう――
 そうだ、五年前だ。僕もまだまだ子供で、誘われるままに友達と一緒に、森の外で遊んでいた。
 ――森の外は人さらいが出て危ないと、聞かされていたのに。
 友達と遊ぶことが楽しくて、そんな大人たちの忠告なんか忘れてしまっていたんだ。
 数人の友達と、手をつないで遊んだ。追いかけっこをして遊んだ。
 翼でどこまで飛べるか競争したりもした。
 やがて――
 気づいたら、もう日が暮れるところだった。
「わ、こんな時間まで森の外にいたら怒られる!」
 僕は慌てて、友達に言った。
 親にそう言い聞かされているのは、何も僕だけじゃない。友達も僕もしょぼんとした。
 もっと遊んでいたくて。
 もっと一緒にいたくて。
 しばらく、そのままでいた。
 そのとき――

 唐突に、僕たちの前に現れた大人たち――

 翼を持たない人間たちだった。当然知らない顔だ。
 だれ――
 僕の問いには、応えてくれなかった。ただ、ひそひそと話し合っている。
 こちらを見るやつらの目が、ひどく気味悪かった。
 女がいいな――
 やつらの声が、聞こえた。
 そして、
 僕の友達のひとり、女の子がやつらに抱きかかえられた。
「やめろ!」
 僕は反射的に怒鳴った。このままじゃ危険だ。そう感覚が訴えていたから。
 僕は蹴り飛ばされた。
 砂場に転がって、僕の翼が痛んだ。
 僕は負けじと立ち上がった。やつらは抱えた女の子に猿ぐつわをかませている。他の友達は僕同様、蹴り飛ばされていた。
「やめろ!」
 もう一度叫んだ。
 しかしやつらは女の子を抱えたまま、僕のほうなんか見向きもせずに走り出した。
 ――森の外では人さらいが出るよ。
 親の声が今になって強く響く。
 人さらい。あれは人さらいだ。
 彼女を連れていかれてたまるか――
 僕は森の木の枝を一本折り取った。
 そして痛む翼を無理やりはためかせ、人さらいたちを追った。
 地を走る人間の速さなんてたかが知れている。僕はすぐに追いついた。追いついたけれど――
 追いかけてきた僕の姿を見て、人さらいは眉をひそめた。
 邪魔だな。
 そう、聞こえた。
 そして、きらりと光る何かを取り出した。
 剣――
 うーうーと、猿ぐつわをかまされた女の子が泣きながらうめいている。それは、逃げてと言っているようにも見えた。
 逃げるもんか。僕は木の枝を構えた。
 でも……
 木の枝を構える僕の姿に、やつらはあざけるような笑みを向ける。
 そして、僕を馬鹿にするかのように、まず木の枝をあっさりと剣で切った。
「―――!」
 短く二本になってしまった木の枝。でも僕は負けずにそれを二刀流のように持った。
 やつらは大声で笑った。そして、僕の腹を蹴った。
 僕は体を折る。その瞬間に、後頭部に鈍痛。――硬いもので殴られた。
 たまらず地面に倒れこんだ。
 もう一度足が飛んでくる。腹を蹴り飛ばされる。
 呼吸が乱れて苦しい。地面の砂を吸い込んでしまった。気持ちが悪い。吐きそうだ。
 何度も何度も蹴飛ばされた。
 口の中に、苦い鉄の味が広がった。
 ――僕、死ぬのかな。
 漠然とそう思ったとき、ふと耳に聞こえたのは猿ぐつわをかまされたままうめいている友達の声。
 顔を必死であげた。
 彼女と目が合った。
 ――負けて、たまるか。
 そう思って立ち上がろうと体を起こすと、すかさずブーツが飛んでくる。
 僕は起き上がることさえ許されなかった。
 ――負けない、負けない、負けない!
 何度心に願っても――
 やがて、猿ぐつわをかまされながらもうめき続けていた友達がうるさくなったのか、やつらは彼女の首筋を打った。
 かくん、と彼女の首から力がぬける。
 心が冷えた。
「彼女に……何をした!」
 僕は吼えた。ガラガラ声で怒鳴った。
 やつらは応えずに、蹴りをくれた。
 頑丈なやつだ。そんな言葉が聞こえた。
 僕の手が砂をつかむ。
 いや――
 木の枝を、つかんだ。
「―――!」
 思い切り、木の枝をやつらに投げつけた。
 やつらの顔をかすめた。男は激昂した。
 剣がキラリと光った。僕を狙って振り下ろされる――

 その刹那に。

 矢が飛んできた。幾本もの矢が。
 人さらいたちの肩をつらぬき、腕をつらぬき、男たちは悲鳴をあげる。
 ばさり、と聞き覚えのある翼のはためきが聞こえた。
 僕の森の大人たち――
 大人たちはあっという間に人さらいたちをしばりあげた。
 気絶していた女の子を優しく抱き上げ、そして僕には応急処置をほどこす。
 やがて僕も、父に抱き上げられた。
 ぼんやりと、今にも消えそうな意識の中で、僕は悔しい思いで今にも泣きそうだった。

 ――助けられなかった。
 僕も男なのに、何もできなかった。
 助けられなかった、助けられなかった、助けられなかった――
 自分を抱え上げている父の腕が、ひどく強く思えた。

     **********

「あの日から……僕は冒険者になることを決めたんだ……」
 手の上の剣を見下ろしたまま、リュウはつぶやいた。
「強くなりたかった……」
 悔しかったあの日。助けたかった友達。
 ひどく頼もしく――羨ましく思えた父の両腕。
「でも……無理かな……。いまだに犬や猫に追いかけられてるんじゃ……」
「まあ情けない冒険者なのはたしかですね」
 声がした。
 驚いて顔をあげると、さっき寝たはずの黒髪の少年が目の前にいた。不機嫌そうな顔で。
 少年は腕を組んで、いらいらと言った。
「あんたの記憶の再生が強すぎるせいで、勝手にクオレが出来てしまったじゃないですか」
「クオレ……?」
 リュウは聞き返した。そんな単語聞いたことがない。
 黒髪の少年は無言で組んでいた腕を解き、掌を開く。
 そこに――
 黒ずんだ小さな木の枝が、あった。
「クオレっていうのは、人の記憶から取り出す宝石のようなものです。あなたの場合はこれが精製された」
「木の枝が……?」
 リュウは泣きそうな気分になった。あんなに悔しい日の記憶から出来上がったものが、木の枝?
「これは……そうだな」
 黒髪の少年は少し考えてから、
「さながら、あなたの勇気の象徴というところですか」
「―――!」
 勇気、とリュウはつぶやいた。
 面倒くさそうに少年はうなずいた。
「木の枝一本で人さらいに向かって、折られても向かって、しかも命からがら投げつけて。すべてあなたの勇気のたまものでしょう」
「僕の……勇気」
 リュウはおそるおそる黒髪の少年の手の上の枝に手を伸ばす。
 軽くて、頼りない枝だった。そう僕は、この枝一本で友達を助けようと戦ったんだ――
 黒髪の少年が――
「あなたは、いい冒険者ですよ」
 初めて、優しげな声を出した。
「頼りなくてもいい。必要なときに勇気をしぼりだせる人間はそうそういません」
「………」
 勇気。
 リュウは思い返す。
 あの日ほどの勇気を今、僕は抱えているだろうか――
「その枝……くれませんか」
 リュウは少年に頼んだ。
 あの日の勇気の象徴を、ずっと手にしていたかった。
「もとよりクオレは、持ち主のために作られるんです。ただし細工してからね」
 と少年は言った。「このままじゃ持って歩くにも不便でしょう。その剣の尻にでもぶらさげられるようにストラップ状にしておきますよ」
「ありがとう……!」
 ぱっと笑顔になって礼を言ったリュウは、初めてそこで自己紹介をしていないことに気づいた。
「あ、ええと、僕はリュウ・アルフィーユ。リュアルって呼んで――」
「記憶を見たから知ってます」
「……あの、あなたの名前は?」
「フィグ」
 つっけんどんな返事だったけれど、彼は無視をすることはなかった。
「フィグ。ありがとう」
 リュウはもう一度礼を言った。

 数日後フィグを訪ねると、木の枝がストラップ状になって完成していた。
 フィグは大あくびをしながら、
「予定外の仕事だったんでね……寝ます」
 とすぐに引っ込んでしまった。
「あ……」
 リュウはその背中を呼び止めようとして、ルガートに制された。
「すんませんねお客さん。あいつ一度仕事に入ると連日徹夜なんスよ。眠らせてやってください」
「あっ。そうなんですか」
 リュウは恐縮して肩をすくめ、ルガートに挨拶をしてから倉庫の外に出た。
 完成した木の枝を見下ろす。
 勇気。
 木の枝にこめられた、あの日の大きな勇気。
 ……決して忘れない。
「僕は二度と勇気を忘れない……」
 リュウは空を仰いだ。
 ぬけるような快晴の空が、リュウを包み込んでいた。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3117/リュウ・アルフィーユ/男/17歳/風喚師】

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■         ライター通信          ■
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リュウ・アルフィーユ様
こんにちは、笠城夢斗です。
今回はゲームノベルへのご参加ありがとうございました。悔しい記憶からできあがったものはあんな感じになりましたが、いかがだったでしょうか?
よろしければまたお会いできますよう……