<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ジェントス崩壊』

●戦場への路
 カグラの街にいた冒険者の内、80名強が孫太行の呼びかけに応じる事となり、馬車へと乗り込んでいく。
 年配の者、若すぎる者をこちらに残し、万一に備えて避難の準備をさせる手はずも整えていた。
 その中で馬車に乗り込んだ一人、湖泉遼介は最年少の一人であった。
「なぁ、ジェイク?」
「なんだ」 
 遼介が呼びかけたジェイク・バルザックは、今回参加した中でも古参の部類に入る冒険者であった。後続の男達と違って鎧は身に纏っていないが、これは彼がアミュートという特殊な魔法鎧の持ち主であるからだ。
 実は馬車に乗る前に、遼介もアミュートを装着してみた。興味があったので借りられないかと思ったのだが、一体型の全身鎧が性に合わず、断念したのであった。
「今回の作戦だけどさ。ゴーレムを全撃破して街を守るのが目的なのか、それとも街から人が全員逃げるまでゴーレムを食い止めるのが目的なのか、どっちなんだろう?」
 一緒に馬車に乗っている、レドリック・イーグレットやレベッカ・エクストワも顔を向ける。彼らは長年ジェイクと戦ってきた仲間であり、この街でもチームを組んでいた。
「そうだな……当面は住民の救助が最優先といえるだろう。先行してるギルドの連中から話を聞いてみて、詳しい事はそれからだな」
 彼にしても、街を襲っているというゴーレムが只者でないことは知っている。片っ端から撃破していける様ならいいが、それは難しいだろうと考えていた。
「市街戦か……あんまり大技も繰り出せないし、さりとて小技で倒せる相手でもない。苦しい戦いになりそうだな……」 
「大丈夫。僕らなら出来るよ。今までだって上手くやってきたんだし」
 レッドは向かいに座っているレベッカの顔を見つめた。
 小さくガッツポーズをしておどける顔は、仲間への信頼感に満ちていた。緊張していた心に安らぎの風が吹くのを感じる。
 彼はしばらく迷った後、思い切ってポケットから小さな箱を取り出して、レベッカに差し出した。
「なに?」
 小さな箱を受け取り、言われるままにそれを開ける。
 中に納まっていたのは、深い蒼と黒に彩られた指輪であった。
「雷鳴鉱という石らしい。武器に雷を付与する能力があるそうだ。困った時は指輪を使うといい。レベッカ、必ず君の力になるはずだ」
 それは別の冒険の時にレッドが手に入れた報酬であった。希少価値の高いものだが、彼女の精霊剣技に役立つだろうと持っていたものだ。
「こんな高そうなもの……」
「もしも、以前に話した俺の気持ちを受けてくれるなら、その指輪を左手の薬指につけて欲しい。この戦いが終わったらでいい、考えておいてくれ」
 嬉しさ半分、戸惑い半分といった感じのレベッカを前にして、彼はそう伝えた。 
 隣のジェイクも、レッドがこういった行動に出るとは思っていなかったのか、面白そうな表情で微笑みを浮かべていた。
「うーん……」
「なんだよ」
 小さく首を捻る遼介に、レッドが尋ねる。
 すると、少年はいたずらっぽく笑い、こう呟いた。
「でもさぁ……戦いの前にそういう事言い出す奴って、大抵死亡フラグ確定なんだよね〜♪」
「な……!」
 馬車の中に笑い声が響く。一歩間違えると嫌味な台詞であるが、茶目っ気たっぷりに言われたのでは、苦笑するしかなかった。
 緊張のほぐれた空気の中、馬車はジェントスに向けて進んでいった。 


●炎上する街並み
 一行の馬車がジェントスの街に着くと、そこはもう戦場であった。
 逃げ惑う人々が大挙して押し寄せており、市街地にまで入れない状態なのである。
「太行、どうする?」
「仕方あるまい。ここで馬車を降りて、市街地に進入する。全員、準備はいいか!」
 入れ替わりに避難民の荷物を乗せ、馬車はカグラへと引き返していく。
 一行は人並みを掻き分けるようにして、市街地を目指していった。
 と、グリム・クローネは避難民の中に見知った顔を発見して声をかけた。
「おかみさん!」 
「ああ、グリムちゃん。あんたも助けに来てくれたのかい?」
 グリムが頷く。パン屋のおかみさんは、背中に大荷物を抱えて逃げ惑う人並みの中にいた。周囲を見渡すが、息子のライスの姿は見当たらない。
「ねぇ、ライスくんは? まさか逃げ遅れているとか……?」
 傍らに立つ、ゼラ・ギゼル・ハーンの肩がぴくりと動く。
 彼女にとっては大事な『教え子』の一人なのだ。 
「ううん。あの子はうちの人と一緒さ。パン焼きの道具を荷車に載せてたからね。大通りから逃げたんだろう。あたしゃ、こまごました物を取りに帰ったので、はぐれちまったのさ」
 そう言うと、おかみさんは気丈にも笑ってみせた。
 グリムはそんな彼女の手をぎゅっと握り締め、馬車の方に連れて行った。
「……グリム、急ぐわよ」 
「はい!」
 再び走り出す二人。
 街のいたるところから黒煙があがっており、グリムの心は締め付けられるように痛んだ。
 そんな彼女を見て、カイ・ザーシェンがそっと頭を撫でた。
「まだ、間に合うはずさ……そうだろ?」
 男の気遣いに感謝し、なおも彼女は走り続けていった。


「将已!」
 街の中心部に通じる大通り。その入り口付近で避難民に指示を飛ばしていたのは、ギルドの陳将已であった。
 親友の姿を見つけて、太行が近づいていく。
「……どうだ? 状況は?」
「思わしくはないな……」
 苦い顔で呟く。よく見れば、彼も全身に手傷を負っているようだ。
「街の北側、東側については避難はほぼ完了している。だが、南側と西側は混乱もあって遅れている。自警隊が体をはって食い止めてくれたおかげで、住民の被害は最小限で済んだが……」
 首を小さく振る。
「その彼らは、殆ど生き残れなかったよ……。俺と一緒に来た連中も、半数以上がそんな状態だ。魔法に高い抵抗力があって、雷系くらいしかまともに効かないのがきついな」
 将已自身もゴーレム相手に奮戦したものの、武器を破損して撤退を余儀なくされたらしい。元々彼は弓使いであり、剣の方はそこそこの魔法剣しか持っていなかった。
 何か戦闘のアドバイスはあるかと聞いた太行に、彼は簡潔に答えた。
「あいつらは、連携というものを殆どとらない。数で押されはしたが、一体ずつ分断して各個撃破していけば、何とかなりそうだ。時間はかかるがな」
 そして、こちらは三人一組(スリーマンセル)以上で戦うようにと付け加えた。 
 時間はかかっても、それが最小限の被害で片付けるコツだと。
 太行は頷き、仲間達に指示を徹底した。そして、自身も近くにいたLANCE(ランス)、イルディライらとチームを組んで、戦火に身を投じたのであった。


●夕闇の激闘
 街の路地裏で、一体のゴーレムが暴れていた。道路から路地裏に続く道には、何人もの住民が倒れており、鮮血が壁を染め上げている。
「ちっ、間に合わなかったか……いくぞ! ランス! イルディライ!」
 悔しそうに顔を歪めた太行が、それでも火炎槍を構えた。
 その背中からは、ここから一歩も敵を進ませないという気迫に満ち溢れている。
「わ、わかったぜ……!」
「食材には……ならぬか……」
 ランスは武者震いと共に、イルディライは冷静に呟きながら、それぞれの武器を構える。ランスは魔法の武器を持っていなかったこともあり、ブーメランのような魔法具を借り出していた。
 そしてイルディライも巨大な包丁を取り出し、
「雪の精霊よ……素材を切り出す氷の刃となれ……!」
 精霊を付与する事によって、魔法の剣と同等の効果をもたらしたのであった。
 ゴーレムは無機質な顔をこちらに向け、早足に近づいてくる。
「でぇぇぇいっ……!」
 渾身の力を込めて投擲したブーメランが、ゴーレムの肩口に当たり、金属同士が擦れあう火花を残して、ランスの手元に返っていく。ただのブーメランなら、その場に落ちているところだ。
 しかし、装甲版には細い傷がいくつかついたくらいで、ダメージにすらなっていないようだ。
「ランス! 狙うなら関節部だ!」
 繰り出される手刀をかわしながら、太行が叫ぶ。
 ポジションを入れ替え、イルディライが前衛に立ったところで再度ブーメランが投擲される。
ガキィィ!
 右肩の付け根に刺さり、腕の稼動範囲が狭まる。
「もらった! 奥義! 『百炎槍』!!」
 一瞬の隙を突き、太行の多段突きが炸裂する。左肩の付け根の一点に正確に叩き込まれた連撃により、関節部がひしゃげていき、ついにへし折られた。
 イルディライは両腕の機能を失ったゴーレムを慎重に攻めたて、少しずつ動きを止めていった。
 すると、ゴーレムの胸の部分が開き、ノズルのようなものをこちらに向け始めた。
(……いかん!)
 首筋に走る危険の兆候を感知して、ランスの脳裏に火花が走る。
キン!
 彼を中心に発動した不可視の力場の影響を受け、ゴーレムの動きが鈍った。
 そこへ、太行とイルディライの渾身の一撃が胸元と首筋を捉え、ゴーレムは糸の切れたマリオネットの様にその場に座り込んで動きを止めた。
 頭部に設置された縦型のスロットから光が消えるのを見て、太行がようやく息を吐いた。
「ふぅ……止まったか」
「最後に何かを仕掛けようとしていた様だが……?」
 イルディライが小首を傾げた。
「ああ、こいつらの中には内蔵火器とやらを積んでるタイプもあるからな。一体ごとに微妙に異なるんだが……」 
「このゴーレムとやらは、どこかで量産されていたんじゃねーのか? そんなにバラけてちゃ作る方も大変だろうに」
 太行の返答に、ブーメランを回収したランスが呆れたように言った。
「呉先生の話によれば、『カオス因子』とやらを付与する過程で勝手に変質するらしいぜ。同一化しない特性がどーしたとか言ってたような気がするが……難しすぎてよく解らん。ただ言えるのは、次に戦う奴も同じ装備だとは限らないってこった」
 火炎槍を構えなおした彼は、次の獲物を探しながらうんざりしたような表情で吐き捨てた。
「どっちにしても面倒な話さ」
 そして3人は、また走り始めた。


 逃げ惑う人々の群れに、容赦なく降り注がれる火炎弾。
 親とはぐれた幼き兄妹にも、ゴーレムの魔の手が迫る。
「お兄ちゃ〜ん……!」
「メイ! しっかりしろ! 今、お兄ちゃんが助けに行くからな!」
 巨大な鎌が振り上げられ、まさに振り下ろされようとした瞬間、疾風が傍らを駆け抜けた。
「大丈夫か!?」
 両脇に幼い兄妹を抱え上げ、遼介はゴーレムの前に立つ。だが、いかに俊敏な彼とはいえ、この状態で逃げ切れるものではない。
 肩口に増設されたポッドから、容赦なく降り注がれる火炎弾を懸命に回避する遼介。その彼の前に、淡い橙色の壁が発生し、3人をカバーした。
「ジェイク!」
「『水晶結』で足を止める。その隙に子供たちを安全なところに!」
 アミュートを纏ったジェイクが拳を壁に叩きつけ、そこから繰り出された無数の水晶片がゴーレムの足元で結晶化していく。
「急げ! 所詮、時間稼ぎにしかならん!」
 本来であれば敵の全身をすっぽりと包み込む技なのだが、魔法に高い抵抗力を持つゴーレムに対しては効果が薄い。
 頷いて、遼介は子供たちを抱えて走り出していった。
 だが、その背中に向かってゴーレムは三度ポッドを向ける。
「させるかぁぁっ!」
 そこへ、真紅のアミュートを輝かせたレッドが突っ込んでいく。両手持ちの大剣を振りかざし、防御を無視して斬りかかる。
 その一撃は肩口を捉え、ポッドを破壊した。
「レベッカ! 頼む!」
 返しの刃で鎌を弾いたレッドが、下がりながら上空に声をかけた。『風の翼』で舞い上がったレベッカが、雷を付与した剣を手に舞い降りる。
「ええいっ!」 
 急降下からの一撃は彼女の十八番だ。それは絶対的に劣る筋力を補う為に、彼女が選んだ道だからだ。
 振り回される鎌をかい潜り、装甲の隙間にエクセラを差し込む。それは剣というよりもエストックに近い使い方だった。
 付与された雷が、ゴーレムの体内でスパークする。その動きが見た目にもはっきりと鈍った。
 上段から振り下ろされた一撃をがっしりと受け止め、ジェイクはレッドに呼びかける。
「今だ!」
「もらったぁっ!」
 オーラの残光をひるがえしてレッドが駆ける。体ごとぶつかるようにして繰り出された大剣が、ゴーレムの中心線を撃ち貫く。
 串刺しになったまま、それでもゴーレムは手足をばたつかせていたが、やがてゆっくりと動きを止めたのであった。
「やれやれ……3人がかりでようやく一体か……」
 小さく呟くジェイク。まだまだ先は長い。今から全力を出し切るわけにもいかなかった。
 そこへ、遼介が戻ってきた。
「あの子達は、大通りの方で避難民に預けて……おい!」
 後ろを指差され、3人が振り向く。
 すると、小路の方からゴーレムが一体、また一体と集まってくるのが見えた。
「遼介、本隊はまだ来ていないのか?」
「大通りには避難民しかいなかったぜ……」
 ギルドから借り出した魔法剣を構える遼介。その全身から、気迫が漲っている。
 ゆっくりと振り向くジェイク。レッド、そしてレベッカもエクセラを構えなおした。
「いいか、何としてもここで食い止めるぞ!」
「おぅ!」
 4人はまた、ゴーレムの群れの中へと飛び込んでいった。


「よし、この建物はOKだ。次!」
 延焼を続ける建物を崩し、カイは声を張り上げた。
 住民達の避難を手助けする一方、グリムの提案によって火災の拡大を防ぐ作業も行っていた。これには自警隊の生き残りも協力してくれている。
 無論、ゴーレムが襲い掛かってきた場合には、彼女らが対処する事になる。
「くうっ!」
 そのグリムは、ゴーレムを相手に苦戦を強いられていた。森での遭遇とは違い、今回はジュエルアミュートに加えてエクセラも装備している。だが、彼女の武器はシミターだ。全身が鋼に覆われている相手には効果が薄い。
 魔法耐性の強いゴーレムにはムーンアローも効果が薄い。彼女は今、魔法戦士としての技量を試されていた。
「グリム。ジルの様に相手を正面から受けるのではなく、動きに合わせて逸らす。共に踊る様に、水が流れる様に」
 横でサポートをしながら、ゼラが戦い方を教えている。
 グリムの友人であるジル・ハウは2m近い巨躯の戦士だ。同じくアミュートを纏う身であるが、鎧の一番厚いところで攻撃を受け止め、少々の怪我は気にしない。攻撃についても、その膂力を持って装甲の上からでも致命傷を与える事が出来る。
 だが、それと同じ戦い方をすることなど、もちろん出来ない。二人の共通の師たるゼラもまた、その様な指導はしなかった。
「あなた舞い手だったわね。目で見るのではなく、舞う様に耳で音を聞いて、空気で相手の動きを読んで」
 観念的な指導であるが、『心』のエキスパートであるグリムにはそれが理解できた。
「すり足も、間合いも、見切りも。どれも舞にも武にも通じる言葉よ。貴女には貴女の闘い方がある筈だわ。柔らかに……繊細に」 
 大きく体ごと避けていた攻撃に、最小限の動きで対処できるようになっていく。硬く直線的な動きから、柔らかい曲線的な動きへと変わりつつあった。
 それでもまだ、攻撃はゴーレムの関節を破壊するには至らない。
「いいわよ……貴女の剣舞は『力』ではなく『速さ』。それも緩急のついた、ね」
 速さが無ければ、鉄は斬れない。
 『斬鉄』が出来るようになった時、グリムの剣技は一段上へと進化するとゼラは告げた。
 ゴーレムが振り下ろす剣を、円の動きでかわしていくグリム。
 緩やかな弧を描くシミターを模したエクセラで、受け止めるのではなく『受け流す』。小柄な体が暴風の様に荒れ狂うゴーレムの攻撃をかわし続ける。
 その中で、彼女のアミュートが月光の輝きを放ち始めた。
(この感覚……これは……!)
 かつて死線をくぐり抜けたバジュナ攻城戦。あの時以来となる精霊力の高鳴りであった。
 エクセラの軌跡は流れるように弧を描き、柔らかな月光の煌きを放ち始める。握り締めた手の感覚が、切っ先まで伸びたかの様な錯覚。
(今なら……!)
 攻撃が最高の威力を出すように、カウンターのタイミングを計るグリム。煌くエクセラが三度ゴーレムの攻撃を退けた時、それは頂点に達した。
「クレッセント……!」
 振りかざされた敵の大剣が振り下ろさせるよりも早く、エクセラが一閃する。
「……ムーンブレード!」
 後の先をとり、グリムの一撃が振り下ろされる。
 肩口から送られた精霊力はエクセラの先端まで加速され、三日月状の衝撃波として解き放たれた。
 その一撃はゴーレムの腕を断ち切り、大地に爪痕を残していったのであった。片腕を失ったゴーレムはそれでもなお、グリムを襲おうとしていたが、ゼラによって止めをさされた。
 ゴーレムの頭部から光が失われ、動きが止まる寸前、グリムは白い閃光が上空に昇るのを見た気がした。
(え?)
 しかし、気を取られたのはほんの一瞬であった。ゼラが剣を納めながら声をかける。
「大技を放った後の動きに難はあるけど……まぁ及第点といったところかしら?」 
「ありがとうございます!」
 グリムは大きく頭を下げた。だが、ゼラの腑に落ちないような表情を見て、問いかけた。
「あの……どうかしましたか?」
「いえ……今の一撃は確かに素晴らしかったわ。速さも、込められた精霊力もね。ただ……」
 小さく首を捻る。
「それ故におかしいのよ。普通、あれだけの開放をすればもっと威力があってもいいはずなの。貴女、かなり疲労しているでしょ?」
 確かにかなり疲れていた。だが、それはレッドやレベッカにしても同じはずだ。
「そうね。私は精霊魔法は四大しか心得ていないから『月』の事は専門外だしね。気にしないで」
 そうこうする内に、カイも駆け寄ってきた。
「こっちはあらかた片付いたようだぜ。もう少し南側に移動するか?」
 グリムは頷き、踵を返した。
 前を行く二人を追いながら、ゼラは内心で呟く。
(『陽』の司るものは光と熱……『月』もまたそれに倣うとはいえ、威力は遠く及ばないはず。ならば……?)
 先はまだありそうであった。


●補給
 激戦が続く中、太行たちは多くの民間人を救出していた。
 街のあちこちから火の手が上がっている為か、熱風に近いものが吹く時がある。水分を取りながら連戦を続けていた彼らの水袋も、そろそろ空になろうとしていた。
「おい、太行よ。どっかで水を補給しとかねぇと、敵より先にこっちがぶっ倒れちまうぜ」
 額の汗を拭いながら、ランスがぼやく。本当は空腹も限界なのだが、さすがにそこまでは言わない。
「さっきの広場まで戻ろう。確か水場があったはずだ」
 イルディライが頷いた。口には出してないものの、彼とて連戦の疲労は隠せなかった。
 街の何箇所かには、飲食店用の水場が設置されている。
 別に噴水の水でも飲もうと思えば飲めるのだが、どうせなら清潔な方がいい。
 一般人には公開されていないのだが、その水場の在り処をイルディライは掴んでいた。
「ふぃ〜、生き返るぜ〜……」
 口をつけて飲むランスの姿に、太行の口元にも笑みが浮かぶ。
 既に10体近いゴーレムを破壊しているのだ。ただでさえ、緊張を伴う相手との戦いだ。休み無しでの戦闘はさすがにきつかった。
「そうだな……ここで飯にするか。腹が減っては戦は出来ぬって言うしな」
 その言葉に敏感に反応したのは、やはりイルディライであった。
 バックパックから素早く何かを取り出し、火にかける。
 しばらくすると、辺りに香ばしい香りが漂ってきた。
「ほう……焼きお握りか」
 一応、ギルドを出る時に握り飯の支給は受けていたのだが、彼のそれは自前らしい。太行やランスの分まであるようだった。
 焦げ目のついたそれらには、醤油や味噌が塗られていたらしい。冷え切った米の飯を食うよりも、こちらの方が何倍も体にはありがたかった。
 差し出されたそれを、礼を言って受け取る太行。ランスも寄って来て、さっそくかぶりついた。
「……うめぇ! こんな美味い飯は久しぶりだぜ……!」
 誇張抜きに、ランスは声を張り上げた。何しろ、ここのところファイトマネーを切り崩す一方だったものだから、ろくな物を口にしていなかったのだ。
 もちろん、それを抜きにしてもイルディライの料理は美味かったのだが。
「くんくん……何か美味そうな匂いがしてんなぁ……」
 匂いにつられるように、一人の男が姿を見せた。
 カイ・ザーシェンと名乗ったその男に、太行は見覚えがあった。ジェイクの仲間の一人であり、最近ではカグラギルドの内偵役もしている男だ。
 イルディライは無言のまま、彼にも焼きお握りを差し出した。その男の顔には見覚えがあった。確か、新年祭の時に自分の屋台で買ってくれた客だ。
 男は礼を言いながら受け取ったが、図々しくも仲間の分まで要求してきた。多めに作っていたとはいえ、あっという間にお握りが消えてしまう。
「で? お握りを奪うためにここに立ち寄ったのか?」
「んにゃ。将已からの伝言だ。住人の避難はもう少しで完了するってよ。西側にまだゴーレムが残っているが、そっちは橋を落とす事で対処するそうだ。南側を俺達と太行に頼むとさ」
 カイが手早くバックパックにお握りをしまっていく。
 それを肩にかけ、太行の顔をもう一度見る。
「俺のツレが気になる事を言っている。高台に、ゴーレムに指示をしている者がいるんじゃないかってな」
 その言葉を聞き、太行がちらっと高台の方角に目をやる。残念ながら、ここからは影になって見えなかったのだが。
「イルディライ……ランス……」 
「む?」
「なんだ?」
 二人は顔を上げた。彼らに向かって、太行はにやりと笑みを見せた。
「まだいけるな?」
 頷く二人を見て、太行はカイに告げた。
「南側は俺達だけでも大丈夫だ。お前らは、その高台に向かってくれ」
「分かった。後は任せるぜ」
 風の様に去っていく背中を見送って、三人は腰を上げた。既に準備も済んでいる。
「行くか……残党整理だ」
 そして、彼らは再び最前線へと舞い戻っていった。


●芽生える疑問
 強敵とはいえ、3対1。加えて、ゴーレムとの戦いに慣れてきた事もあって、街の南側での戦闘は比較的スムーズに進んでいた。
 もちろん、一歩間違えば命を落とす事は言うまでもない。しかし、それでも十数体目に取り掛かる頃には、多少の余裕も出来ていた。
「へへっ……大分こいつの扱いにも慣れてきたぜ」
 基本的に、敵の注意を惹きつけるのは太行の役目である。経験もあったし、一番重装備だからだ。
 ゴーレムに飛び道具がない場合であれば、そのままランスのブーメランによる攻撃が入る。彼は死角に入り込むのが上手かったし、投擲のコツも見る見る間に覚えていった。
 中には火炎弾で武装したタイプもいたが、その手の扱いはイルディライに一任している。『どんなものであれ、炎の扱いには慣れている』と言うだけあって、雪の精霊を付与した鍋で受け止めていくのだ。
「必中……! 突貫!」
 オーラを纏った全身で、槍ごとぶつかる様に太行が駆け抜け、関節部から背後へと刺し貫かれたゴーレムの動きが弱々しくなっていき、やがて止まった。
 それを確認し、イルディライは煤で汚れた顔を拭きながら、太行に近づいた。
「太行殿……」
「ん? どうかしたか?」
 珍しく向こうから声をかけてきた。太行は火炎槍を引き抜きながら振り返った。
「このゴーレムたちは、何故この街で暴れているのでしょう?」
「……」
 その問いかけに、太行は考え込んだ。
 自分達がジェントス郊外の洞窟で見かけたものは、このゴーレムたちの工房であった。それは西のギルドマスターが秘密裏に建設していたものであり、一部の者の報告で明らかになったものだ。
 それを偵察に行き、交戦となった。そして撤退する中で彼らの侵攻先を確認したところ、ジェントスの方角だったという事だ。
 何故、ゴーレムたちが襲ってくるのはカグラの街ではないだろうか。
 言われるまで考えもしなかったが、確かにおかしい。西のギルドマスターには、この街を蹂躙する必要があったという事になる。
「そんなの、暴れられればどこでも良かったんじゃねえの?」
 ランスが言った何食わぬ一言が、太行の脳裏を走る。
「それだ! 奴らの目的はジェントスの破壊や占領じゃない。ここでゴーレムの何割かを失っても、しなければいけなかったことがあるんだ!」
 突然、太行が走り始めた。
 慌てて二人が後をついていくが、その走りは大通りに出た所で止まった。
「遅かったか……」
 三人の目に映ったのは、廃墟と化した南側居住区から整然と引き上げていくゴーレムの群れであった。かなり破壊されたはずであったが、相当数が残っている。
「どういうことだよ?」 
 横からランスが太行の肩を掴む。
「連中の目的はここじゃない。本命は……恐らくシティの中にある」
「どういう……事だ?」
 イルディライも訝しげに首を捻る。
「さっきランスが言ったように、カグラでなくともよかったのさ。『戦う事が出来れば』な。近かったって事もあるだろうし、俺たちが来る事も見越していたんだろう」
「つまり?」
 背中を伝う嫌な汗を意識しながら、それでもランスは問いたださずにはいられなかった。
「ここで得た経験をもとに、奴らはさらに強くなる。本命の場所を守るための……必要な儀式だったんだ」
 二人は息を飲んだ。ただでさえゴーレムは厄介な相手だというのに、さらに強くなるというのだろうか。
(本命は水竜王の神殿か……? いや、別にあるはずだ……!)
 冒険者の勘が、太行に危機を訴えていた。
 何かは判らない。しかし、何かが起こる気がすると。
「一度戻って将已と合流しよう。火災の始末はその後だ」 
 その言葉に頷いて、一行は素早く引き返した。
 街の入り口にいるであろう、ギルドのメンバーの下へと。


●戦いの序章
 イルディライらはギルドの幹部に報告をした後、救助活動を再開した。
 ジェントスの街はその4割近い家屋を失い、死者の数も相当数に上った。中でも、自警隊の被害は尋常ではなかったという。
 復興の目処は、未だついていない。
 水竜王の神殿に向かった者たちから非常事態が告げられたのは、それから5日後の事であった。




                                
                                                   了





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0811/イルディライ/男/32/料理人
1856/湖泉遼介/男/15/ヴィジョン使い
2366/ゼラ・ギゼル・ハーン/女/28/魔導師
3098/レドリック・イーグレット/男/29/精霊騎士
3127/グリム・クローネ/女/17/旅芸人(踊り子)
3159/LANCE/男/34/賞金稼ぎ

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 遅れて申し訳ありません。ジェントス崩壊編、全てをアップできました。
 今後の予定は未定ですが、なんとか体調の方も回復してきたので、それほどお待たせせずに済むかと思います。
 それではまた、次回もよろしくお願いします。


>イルディライ
 さすらいの料理人は今回も健在w なんとなくチーズおかかのお握りをかじりながら書きましたw

>LANCE
 飛び道具という事でかなり悩みましたが、ブーメランにしました。弓とかでは芸がないし、当たっても手元に戻るという事で、魔法の武器らしいかと。そのまま持っていていただいて結構ですよ。