<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『ジェントス崩壊〜水竜王の神殿〜』

●守りたいモノ
 ジェイクがギルドの外へと出ると、そこには銀の髪をしたエルフの少女が立っていた。
「……?」 
 ジェイクは彼女が自分を止めに来たのかと思ったらしい。何も言わない彼女をじっと見つめ返し、口を開いた。
「よくここだと分かったな……」 
「恋する乙女をなめるなよ」
 そう言って少しだけ笑うジェス。この街で再会してから初めて別々の冒険に出る事の恐怖が、彼女の心をとらえて離さない。それでも、男の心中を思いやって、ジェスは笑みを浮かべたのだ。
 自分の身を心配してくれるだろう。それは間違いない。だが、それでもジェイクはジェントスの街へ向かう事をやめないだろう。
(だって『騎士』だもんな……おまえ……)
 同じ部屋で過ごすようになって、ジェイクとはいろんな話をした。その中で、彼が今でもジェトの国を、騎士団の仲間達を守れなかったと悔やんでいる事はひしひしと感じ取っていた。
 自分との約束を忘れてはいなくとも、あの街から離れはしなかった。
 心のどこかにある負い目が、ジェイクにそれをさせなかったのだ。そんな彼を好きになった。だからこそ、重荷にはなりたくなかった。
「後悔したくないのは解ってる……だから守り通せ。神殿には俺が行く。お前の代わりにになれるかどうかは分からないけどな」
 すっと傍らに近づき、男と唇を重ねる。
「死ぬんじゃないぞ。必ず生きて又逢うんだからな」
「待っているさ……あの街の平和を取り戻してな」
 二人は軽く拳をぶつけあい、それぞれの戦場に向けて歩き始めていった。


●聖なる墓標
(奴らはあの洞窟にいた……もう一度あそこを探れば、奴らの目的が判るかもしれない) 
 グランディッツ・ソートは水竜王の神殿に向かうメンバーから外れ、一人でジェントス郊外の森を目指していた。
 少々のロスなら追いつけるはずだ。
 彼の乗るゴーレムグライダーであれば、それは可能なはずである。
(遭遇はしたくないが……危険を承知の上で行くしかないな)
 万一に備え、グライダーを近くに隠し、アミュートを装着する。左手には愛用の魔法剣、右手にはランプを掲げ持った。
 ひんやりとする洞窟内部を、一歩ずつ慎重に進んでいく。
 しばらく行くと、大きな空洞に通じている様であった。そこには明りがあるらしい。暗い洞窟内に光が差し込んでいるのを見て、グランはランプを隠した。
 ギルドから借り出したエクセラを右手に持ち替え、彼はゆっくりと光の方へと近づいていった。
 そっと中を覗き込んでみると、そこには漆黒の鎧に身を包んだ、一人の騎士が立っていた。
(ちっ……ここからじゃ、顔が見えないな……)
 グランは出来るだけ音を立てないように移動を開始した。
 事の始まりがここだというのであれば、あの男が何らかの秘密を握っている可能性が高いのだ。
「誰だ……?」 
 動きを止める。
 見つかるような音は立てていないはずであるが……。
「入り口で息を殺している奴だ。隠れているつもりだろうが、無駄だ」
 どうやら気づかれていたらしい。
 グランは覚悟を決めて洞窟内へと姿を現した。
「この洞窟にまだいるということは……ジェントスのギルドナイトだと思っていいのかい?」
 ゆっくりと間合いを測りながら、彼はそちらへと歩み寄っていく。
 すると、漆黒の騎士が振り返った。
 洞窟内は発光する石材で、人工的に整地されていたようだ。しかし、圧倒的に足りない光量の中、彼はその騎士の顔を正面から捉えた。
(……!?)
 振り返った顔を見て、過去の記憶を遡っていたグランの脳裏に、一つの名前が浮かびあがる。
「お、お前は……!」
 次の瞬間。
 紅の瞳に見据えられたかと思うと、グランの意識はゆっくりと暗黒の淵へと沈んでいった。
 漆黒の騎士は、そんな彼を一瞥すると、何事もなかったかのように出口に向かって歩き始めた。
 どこからともなく、声が周囲に響き渡る。
「どうした……その小僧の息の根を止めていくのではなかったのか……?」
「この場所は聖なる墓標だ。殺しはしない……ここではな」
 くっくっくと、押し殺したような笑い声。
 騎士以外に立つ者はなく、あたかもその影から聞こえてくるかのようであった。
「墓標とはな……誰のものかも思い出せぬというのにか? 人間とは愚かなものよな」
「口を慎め、『闇を統べるもの』よ。姿さえ維持できぬものが口にしても、説得力がないぞ」
 騎士の顔に感情はない。
 特別、やり込める意味で言ったのでもないだろうが、その声は静かになった。
「安心しろ。間もなく『門』が完成すれば、お前もかつての力を取り戻すだろう。それまでは付き合ってもらうぞ……愚かな人間、とやらにな」
 やがて、その漆黒の鎧姿は闇へと消えたいった。
 あとにはただ、死んだように眠るグランだけが残されたのであった。


●神殿までの道程
「右前方、反応4……いや5! 来るぞい!」
 ブレスセンサーを展開しているアレックス・サザランドが叫ぶと同時に、ワグネルが近くの瓦礫に駆け上がった。
 目を凝らして、そちらの方角を確認する。
「あれは……怪鳥タイプだな。どうやら、こっちに気がついたらしい。迎え撃つぞ!」
「僕の魔法で、翼を切り裂きます。あとは任せましたよ」
 山本建一が、取り出した杖に意識を集中し、呪文の発動に備えた。
 上空から、空気を切り裂く羽音が近づいてくる。一行が身構えたその先に、真紅の翼を持つ怪鳥が姿を現した。
 けたたましい鳴き声を上げながら、黒曜石の様に光る爪で引き裂こうと迫る。
 その上空で、建一の魔法が炸裂した。
 5体同時にアイスブリザードで包み込み、その翼をずたずたに切り裂いていく。
 この怪鳥は炎に耐性があり、翼に風を纏いつかせている為にウインドスラッシュ程度では弾かれてしまう。それを5体同時に叩き落す力量は、只者ではなかった。


「虎王丸!」
「おう!」
 赤い鞘から抜き放たれた刃に『白焔』をかけて、虎王丸は大きく跳躍した。
 瓦礫を足がかりにして宙に跳び、全身の体重を乗せて振り下ろす。厄介なクチバシを切り落とし、戦いを優位に運んでいく。
「へへっ、こいつも斬り応えのある相手で喜んでるぜ!」  
 先日、カグラで手に入れたばかりの刀である。『火之鬼』という銘を確認している。
 いろいろと曰くつきの刀らしいが、彼の能力とはめっぽう相性がよかった。
 その彼を、銃型神機でフォローしているのが相棒の蒼柳凪である。本来は舞術の使い手なのだが、神霊を憑依させる事でフルオートの銃を自在に操る術をも持ち合わせているのだ。 
 無数の銃弾が、その羽根をずたずたにしていく。
「これでぇっ……終わりだぁ!」
 突進した虎王丸が、下から突き上げるような一撃を見舞う。
 かわされれば、姿勢を崩しかねない程の一撃であるが、それは確実に怪鳥の心臓部にまで達した。
 内からの『白焔』に身を焦がし、ゆっくりと怪鳥は崩れ落ちていった。


 崩れ落ちる怪鳥の脇を、エトワール・ランダーは駆け抜けた。
 狭い空間にまとめて落ちてきた怪鳥達は、自由を取り戻そうとして暴れている。戦場をもう少し戦いやすくしなければならなかった。
「エランさん・・・・・・僕がバックアップします。そのまま飛び込んでください!」 
 怪鳥の翼から放たれた真空刃が周囲の大地を切り裂く。
 リュウ・アルフィーユは風を操作して、それらがエランの行く手を阻まないようにしたのだ。
 群の中心で、エランは練り上げたオーラを両の拳に込めて合わせた。
「受けなさい! オーラアルファーー!!」 
 彼女を中心として巨大な気が炸裂し、周囲に衝撃波となって放たれる。
 襲いかかろうとしていた怪鳥達はそれをまともにくらう形となり、四方に吹き飛ばされていった。
 その中の最も近くにいた一体に、エランは狙いを定めた。
「精霊剣技……フリーズブレード!!」
 蒼い光に包まれた精霊鎧からエクセラへと伝わった凍気が、5本の氷の矢に姿を変える。それらは怪鳥の翼や首筋を撃ち貫き、磔にしていった。
 
 
 ジェシカ・フォンランが風の精霊剣技に集中するのを横目でちらりと眺め、ワグネルは瞬時にフレイムジャベリンを構えた。 
(この連中とつるむ様になって随分経つからな……)  
 目の前の怪鳥は、確か風を打ち消す能力を持っていたはずだ。
 ジェスがいる方の翼が風を纏っているのを確認し、そちらに狙いを定める。前回の冒険で手に入れたこの武器は、威力は高いものの、連射性は低い。外せば次を撃つ間はなかった。
(いいぜぇ……この緊張感……!)
バシュウッ!
 両手で構えた筒から、炎の矢が迸った。その一矢は確実に翼を捉え、炎上させていく。
「でやぁっ!」 
 ジェスが放ったソニックブレードが、怪鳥の首筋を両断していった。
 上位の精霊剣技をマスターしてからというもの、こちらの威力自体も確実に上がっている。
 彼女はさらにその奥の個体に向け、続けざまに真空刃を繰り出した。
「ジル! 止めを!」
「任せなぁ!」
 地を這うように突き進む真空刃と並走して、ジル・ハウが大地を駆ける。
 しなやかに、そして力強く駆ける黒豹のごとき動きのまま、両手に構えた小剣が一閃した。ただの小剣ではない。その証拠に握り締めた拳から先端までは、火の精霊力によって巨大な鉈を思わせる姿に変貌しているのである。
 2メートル近い体を生かし、スピードと膂力に充ちた一撃は心臓と、そして脳髄を的確に捉えた。
「ふん……あたしゃやっぱ斬り結べる相手の方が性に合ってるねぇ……」 
 鮮血に染めあげられた両手をぺろりと舐め、ジルは崩れ落ちる怪鳥の体をつまらなそうに眺めていた。
 
 
 最後の一体を、アレックスと建一が片付けた頃には、周囲にも静けさが戻ろうとしていた。
「周囲に敵がいる様子は……ないようじゃな」
 ハルバードをゆっくりと引き抜きながら、アレックスが呟いた。
 今回の冒険では、小型のモンスターと遭遇する機会が殆どと言っていいほどなかった。出会うのは、大型に近いものばかりである。
「それにしても、なかなか使いどころのある魔法ですよね、ブレスセンサー。僕も研究してみようかな」
「そ、そうですね。僕も戦いを回避できる様な魔法は覚えておきたいかな……」
 建一とリュアルが口々に呟く。
 どちらも風の魔法を使える身ではあるが、ブレスセンサーはジュエル魔法独自のものであり、多少勝手が違うところがある。
 二人はいろいろとアレックスにコツのようなものを問いかけ始めた。
「おーい。そういう難しい話は後にしようぜぇ。騒ぎを起こしちまったんだ。場所を変えないと変なのが寄って来ちまうかもしんねーだろ」
 虎王丸がそう言わなければ、もうしばらく質問攻めは続いたかもしれない。
 とりあえず、一行はもう少し神殿の方角へと進み、廃墟の中で休む事にしたのであった。


●到達前夜
 廃墟の建物の一番奥、小さな窓しかない部屋で火は焚かれていた。
 もちろん、窓からは光が漏れないようになっている。普段の探索であれば、屋外でも焚き火くらいはしているのだが、今回は念には念を入れておく必要がありそうだった。
「それにしても……グランの奴どうしちまったんだろうな?」 
 エクセラを振っていたジェスが、誰に問うでもなく呟いた。
 隣で同じ様に素振りをしていたアレックスが、近くの瓦礫に腰を下ろして応じる。
「そうじゃのぅ。グライダーで後から追いつくと言ったままか……。滅多な事はないと思うが、大分中心部へ来ておるからのぅ……」
 精霊剣技の手ほどきを受けている間も、気にしてはいたのだろう。やや心配そうに眉をひそめる。
「まぁ、やばくなったら逃げるくらいの裁量は持ってるさ。そんなに心配する事もないだろ……案外、レベッカが街に残ったから、そっちに回ったのかもしれないしな」
 横たわっていたジルが体を起こした。
「そういや、あいつ竜騎士見習いになって恋愛禁止とか言われたんじゃなかったのか?」
「あ、それなら誤解だったらしいぜ。なぁ、エラン?」
 薬草スープを作っていたエランが、ジェスの言葉に顔を上げた。
「あれは『修行を怠けず早く一人前になれ』『騎士道を忘れるな』って意味。恋愛自体が修行になっているなら、問題ないですよ。怠けたり騎士道を蔑ろにしたら……どうなっても知りませんが」
 グランの師匠であるリディアは、彼女の身内である。
「彼にもそう伝えておきましたよ。恋も修行も両立させてみせると息巻いていましたが……」 
 エランは街がある方角へ、そっと目を向けた。
(どうしました、グラン……そんな事ではレッドには勝てませんよ……?)
 そして手際よく食器を並べ、夕飯の支度を整えていった。
 

「しかしよぉ……結局のところ、その水竜王とか火竜王とかっていうのは、どういう存在なんだ?」 
 炙った干し肉をかじりながら、虎王丸が問いかける。
 一応、孫太行から聞いたはずなのだが、頭に入っていなかったらしい。
「そうだな。一言で言えば、この街の守護神みたいなもの……だったらしい」
 壁にもたれかかったまま、ワグネルが答えた。
 東西南北にあって、四天の名を冠した守護者。それぞれに対応した精霊力を司り、絶大な力を誇る。
「そんな存在があって、どうしてこの街は滅んだのでしょうね……?」   
 建一も僅かに首を捻る。
 それに対して、ジェスやジル達が顔を見合わせた。 
 無論、火竜王の神殿で過去に起こった出来事を聞いた彼らは知っている。だが、それはまだギルドの上層部にしか伝えてはいなかった。
「人間と同じさ……。心は移り変わり、諍いが起こる。それはあいつらにしたって変わりゃしない」
 ワグネルはあっさりと切り捨てた。
「太行さんは、水竜王を開放する事が街を救う事に繋がるって言ってたけど……」 
「精霊力のバランスを回復させるためには、水竜王さまの復活が不可欠という事ですわ〜。それに私としても、残された秘術について尋ねたい事もありますし〜」
 ファルアビルドが凪に向かって微笑みかける。
 彼女も今回は依頼主としてではなく、冒険者の立場で参加している。もっとも、自身の都合もあって参加するのだから、と報酬は辞退したらしいが。
「明日には神殿に着きそうですし、このまま何事もなく済めばいいのですけれど……」 
 不安げに俯くファラ。
 その言葉に頷くかのように、部屋に沈黙がおりる。
 それぞれが焚き火の炎を見つめ、それ以上は語らなかった。
 誰もが気がついていたのだ。このまますんなりと終わるはずがないであろう事を。


●激突! ギルドナイト!
「え〜と、火竜王さまから聞いた限りでは、そろそろのはずですけど……」 
 ファラが周囲を見渡す。
 だが、この辺りは倒壊した建物が多く、視界が通らない。
 かつての水路らしきものの跡が残されている。倉庫のようなものだったのだろう。
「む! 皆、止まるんじゃ!」
 アレックスが緊張した声を上げる。全員の足が止まった。
 ジルがすっと隣に寄った。
「……待ち伏せかい?」
 彼女にもそれらしい気配は感じ取れない。だが、百戦錬磨の戦士の勘が、何かある事を伝えていた。
「うむ。前方にある建物……そう左右にある奴じゃ。二手に分かれておる。かなり数が多いの……20名以上はいそうじゃな」
 まだ距離は結構ある。
 一行は気づいていない振りをするため、ゆっくりと歩き出し、小声で会話を続けた。
「待ち伏せされてるという事は、見逃す気はねぇんだろうな。どうする……?」
「先手必勝といきましょう。建物までの距離が、魔法の射程圏内に入ったら、僕がファイヤーボムを打ち込みます。どうせ向こうだってウィザードがいるでしょうし」
 ジェスの問いかけに、建一が答えた。
 さりげなく、だが、しっかりと杖を握り締める。
 その様子を横目に見ながら、エランは一歩前に出た。
「このまま行くと、先に射程に入るのは左の建物ね。撃つと同時に、私が先行しますね。魔法の反撃が来ても、私なら最初の一撃は無効化できますし」 
 そう言って、そっと雷鳴の指輪をはめた。
 そのまま、防御力の高いアミュートを纏っている者達で先手をとるように伝える。
「俺の分、残しておいてくれよ?」
 にやりと笑う虎王丸に、エランは苦笑で答えたのであった。


「それでは行きますよ。カウント3、2、1……今です!」
 跳ね上げられたマントから姿を現すセブンフォースエレメンタラースタッフ。建一の呼びかけに応じて、ファイヤーボムを撃ち込んでいく。
 同時に、エランを先頭にして走り出す仲間達。アミュートを纏うコマンドワードが響き渡る。
「大海の荒波よ、我が元へ来たれ!」
 エランの体が蒼き光に包まれ、精霊鎧を装着する。
 建物の窓を突き破って着弾したファイヤーボムにより、建物が爆発した。その爆炎の中から、数体の影が飛び出す。
「レジストされましたか……。気をつけて! 敵は相当の手足れのようです!」
 反撃とばかりに、奥の建物からライトニングサンダーボルトが飛んでくる。それは一直線にエランに向かってくる。直撃した彼女は青白い光に包まれたが、その走りには少しの陰りも見られなかった。
「遅い! フリーズブレード!」
 逆に、撃ってきた窓へ氷の矢を飛ばす。この距離では牽制にしかならないだろうが、それで十分であった。
「よっしゃぁ、いくぜぇっ!」
 『風の翼』を発動させたジェスが大空に舞い上がった。完全に囮になるつもりでいるのだ。ウィザードたちの気を惹きつけようと、派手に飛び回る。
 地上では既に、エラン、ジル、アレックスが交戦状態に入っていた。
 確かに、それなりに腕の立つものが揃っているようだ。一撃で蹴散らすというところまではいかないでいる。
 だが、それも凪やリュアルらが追いついてくるまでの事。
 銃型神機で後衛から援護して戦う凪や、翼をはためかせて宙を舞うリュアルの魔法などの援護を受けて、彼らは第一陣を突破した。
「へへっ、追いついたぜぇ!」
 後方から追いついた虎王丸が、壁を蹴るようにして瓦礫を避けながら進む。
 その視界に、奥の建物から出てきた黒い鎧姿が映る。
(よしっ、まずはあいつから……!)
 白焔をまとった火之鬼をかざし、袈裟懸けに切りかかる。だが、体重の乗った一撃を、男はがっしりと受け止めた。
 その手ごたえに、虎王丸の体に緊張が走る。
(こいつ強ぇぇ……なに!?)
 次の瞬間、鍔迫り合いになって男の瞳を覗いた彼の体は、自分の意思を離れ立ち尽くした。その男の、真紅の瞳に魂を抜かれたかのように。
「虎王丸!?」
 男の剣が一閃する直前、凪の援護射撃が間に合った。だが、銃弾の殆どは黒い鎧に遮られ、手傷を負わせてはいないようだ。
 その様子を上空で見ていたジェスの顔に、驚きの色が浮かんだ。
「馬鹿な……なぜ……」
 一瞬、動きの止まった彼女に複数の風の刃が放たれる。
 だが、それらはことごとくアレックスの放ったウインドスラッシュによって相殺された。
「ジェス! 何を惚けておる!」
 しかし、その声すら今の彼女には届いていない様であった。
「なぜあんたがここにいる……! レグ・ニィーーーーっ!!」
 エクセラと銀狼刀を構え、ジェスは一直線に舞い降りていった。


●因縁、再び
「なぜあんたがここにいる……! レグ・ニィーーーーっ!!」
 上空から襲いかかるジェスを、オーラで強化された剣が迎え撃った。
 エクセラでそれを受け流し、姿勢を入れ替えたジェスの銀狼刀が男に迫る。だが次の瞬間、その刃は漆黒の鎧から生えた鉤爪によって遮られた。
「なにぃ!?」
 動揺を隠せないジェスの体に、男の蹴りが入る。
 アミュートの上からであり、ダメージにはならないものの、二人の距離が開いた。
「レグ・ニィ……それが俺の名か……?」
「はぁっ!? 何言ってやがる。忘れたとは言わせねえぞ! あんたの右手を斬ったあたしを……って?」
 レグの右手は健在だった。一瞬、他人の空似だったのかと顔を見直したが、かつて戦った男に間違いなかった。
(それに剣筋も変わっていねぇ……顔がそっくりだったとしても、戦い方までは似ねぇはずだ……)
「何をしている? レグ、早く片付けぬか」
「……気が変わった。この女、手足を斬ってでも連れて帰る。貴様の指図は受けんぞ、『闇を統べるもの』よ!」
 目の前で繰り広げられている会話に、ジェスが戸惑う。
(リビングメイルとかいう奴なのか? 鎧がしゃべってやがる……)
 考え事をしていられたのはそこまでだった。
 シルバーアミュートを纏っている彼女に劣らないスピードで、レグが斬りかかってくる。
 かつて一本取ったとはいえ、剣の腕前自体は彼の方が上手の様であった。
 また。
(くっ……なんだ? 戦いづれぇ!?)
 一流の剣士同士の戦いであれば、先読みで相手の動きを予想しながら戦うものだ。それは表情からであったり、筋肉の動きからであったり、剣技の知識からであったりするのだが、今のレグからはそれが読み取れない。
 無表情のまま重圧となって押してくるレグの前に、防戦一方になるジェス。剣筋自体はそれほど変わっていないから何とかなっているものの、初見だったら勝負はついていたかもしれない。エクセラをシールドソードに変えていたのも正解だったようだ。
「ちぃっ! ならばこれでぇっ!」
 『風の翼』を高速展開し、最大速力で背後に回りこむ。壁を足場として、ジェスがソニックブレードを放った。かつて、レグの右腕を断ち切ったコンビネーションである。
「……でぇぇいっ!!」
 振り向きざま、裂帛の気合と共にレグが繰り出したのは、彼女と同じソニックブレードであった。威力自体は彼女の方が上回ったのだが、激しく乱れた気流が、彼女の姿勢を崩した。
「くっ……なんでレグが……?」
 その時、ジェイクがかつて語っていた言葉が、彼女の脳裏を横切った。
『ソニックブレードは確かに風の精霊剣技の一つだが、熟達の騎士の中には、同様の技を使う者も少なくない』
 動揺が僅かに彼女の動きを鈍くした。
 いち早く姿勢を立て直したレグの剣が、彼女のエクセラを弾き飛ばした。
「しまった!」
 エクセラがなくては精霊剣技が使えない。
「そこまでだ。一緒に来てもらおうか」
「……そいつは困るねぇ。あたしと同じでがさつな女だが、待ってる男がいるんでね」
 レグの声に横槍を入れたのは、巨躯の女戦士だった。紅のアミュートを身につけたジルである。
「ジル!」 
「しっかりしな! こんな奴にさらわれたんじゃ、ジェイクの奴に顔向けできねぇ!」
 エクセラをジェスの方に蹴りながら、ジルは双剣をかざしてレグに襲い掛かった。彼女の闘志に応えるように、覆ってる火の精霊力が高まる。
 剣技ではレグに分があるようだが、力では圧倒的にジルが上回っていた。さらに『身体覚醒』で底上げされた能力が、スピードでもレグを凌駕していく。
 だが、ジルにしても余裕はなかった。彼の手の内を知りすぎている為、視線を合わせないように戦っているからだ。いかにジルとはいえ、その状態でいつもの様には戦えない。
「……退くぞ」
 レグが小さく舌打ちすると、間合いを広げた。視界の片隅で、ジェスが立ち直ったのが見えたからである。さすがに2対1で勝てるとは、彼も思ってはいないようだ。
 周囲一体を、突然の闇が覆いつくした。
 二人がとっさに防御姿勢をとる。ジルも夜目は利くほうだが、魔法の闇は見通せなかった。
 暗闇の中で、何発かの火炎弾が炸裂した。
 状況を確かめるべく、聴力に全神経を集中する二人。だが、どうやらレグは本当に撤退した様であった。
 魔法の圏外に出た二人は、ようやくお互いの顔を見て笑った。 
「あれ……レグ・ニィだったよな……?」
「そう見えたけどね。昔感じた、甘さみたいなもんが、まるで無かったな……」
 だが、彼女らにもそれ以上考えている余裕は無かった。まだ戦っている音が聞こえていたからである。
 二人は踵を返し、走り始めた。


●それぞれの戦い
 仲間達の戦っているのを尻目に、ワグネルは駆けていた。
 逃げているわけではない。廃墟に残っている魔術師に気がついていたからだ。
 自慢の快足を飛ばし、一気に階段を駆け上がる。
「……!」
 頭上に気配を察知したワグネルは、スライシングエアを放ち、階段から部屋に飛び込んだ。倒れこんだ背中を爆風の余韻がなめていく。ファイヤーボムを打ち込まれたらしいが、少なくとも術者には一矢報いたはずだ。
 焦げ臭い空気の漂う階段を、再び彼は駆け上がる。
 目的の階に辿り着くと、中からは剣戟の音が聞こえてきた。
 飛び込んだワグネルの目に、杖を手に戦う建一の姿が映った。どうやらリトルフライの呪文で窓から飛び込んだらしい。 
「邪魔すんじゃねぇ!」
 護衛役として残っていたのだろう。剣を手に近寄ってくる男を、ワグネルは背中から抜き放った大刀で迎え撃った。
 外の連中ほどではないにせよ、まず一流といっていい腕前だ。
 相手の剣を下がってかわしたワグネルは、横薙ぎの一撃を胴に放った。鋼の鎧を紙の様に切り裂いて、その男が倒れるより早く彼の右手が閃いた。窓際に下がっていた魔術師が、喉元を抑えて外に落ちていく。
 魔術師の最期を確認し、建一の方に目を向けると、ちょうど彼も自分の相手を倒したところであった。足元に、破壊された敵の武器が散らばっている。
「ほぅ……魔法だけだと思ったら、接近戦もこなせるとはな」
「ええ。武術も一通り学んでいますので」
 涼しげな顔で語る建一。
 だが、その眼下ではまだ戦いが続いていた。


「虎王丸!」
 銃型神機をかざす凪も、なかなか彼のもとに近づけずにいた。目前のコンビがなかなか厄介で、手が離せないのだ。
 そこへ、リュアルが駆け寄ってきた。
「凪! 俺が突っ込む。バックアップを頼む!」
「わ、分かった……(こいつこんな性格だったかな)」
 マリンソードを振りかざし、狂ったように斬りつけていく姿に、別の意味で危うさを感じ、凪は全力でサポートに入った。
 これでちょうど前衛対前衛。後衛対後衛というスタイルになる。
 一方、虎王丸は……。
(ち、ちくしょう……指一本動かせやしねぇ! このままじゃやられちまう……!)
(『ふむ……少しは見込みがあるかと思ぅたが……いやはや、間違えたかな』)
(だ、誰だ……!?)
 脳裏に響く言葉に、虎王丸が仰天する。だが、声の主は意に介さず、呟いた。
(不本意だが……死なれては困るしな。少しだけ力を貸してやるか)
 声と同時に、彼の首の鎖が砕けて落ちた。
 彼の視界が赤く染まり、意識が薄れていく。右手から刀が滑り落ち、彼の姿は白虎の霊獣人状態へと変化していった。
「グァァァァァッ!」
 全身から白焔を放ち、その両手の爪を敵に向け、虎王丸は飛びかかった。
「……!」
 前衛を務めていた敵が、リュアルと切り結んでいた背後から組み付かれ、首筋を半ば切り裂かれて絶命する。
「虎王丸……!」
 凪の見ている前で、その背中に敵の飛び道具が迫る。それを彼が銃型神機で弾き飛ばしたところで勝負はついた。
 白焔の筋をひき、爪が一閃する。硬いはずの鎧をやすやすと引き裂いて、敵を血の海に沈めた虎王丸であったが、その首筋に再び封印の鎖が蘇り、彼の姿はゆっくりと戻っていった。
「いかん、まだいやがるぞ!」
 凪が駆け寄ろうとするよりも、リュアルが声をあげる方が早かった。
「くそっ……!」
 銃型神機を構えなおそうとする凪。そこへ、上空から風を引き裂くような音が伝わってきた。
「これは……! 皆、敵から離れて伏せるんじゃ!」
 アレックスの指示に従い、横に飛ぶ二人。凪は虎王丸の体に覆いかぶさる。
 垂直に近い角度で突っ込んできたのは、グランのゴーレムグライダーであった。地上すれすれでエアブレーキを利かせ、滑る様に水平飛行に移る。その直前、左手から放たれたスライシングエアは、目にも止まらぬ速さで敵を切り裂いていった。
「遅れてすまねぇ! あとは任せろ……って、今のがラストか?」 
「派手に登場してもらってすまんがの。今のがラストじゃよ」  
 なんとなく納得のいかない顔つきで、溜息を一つつくグランであった。

 
「そうか……。それじゃ、洞窟で俺が見たのはやはりレグ・ニィだったんだな……」 
 遅れた経緯を皆に話すグラン。そしてジェスもまた、戦った相手の男の事を伝えた。
「ああ。それに昔の記憶が無いみたいな事を話してた。あの時、女魔術師と共にアイスコフィンに閉じ込められたあいつが、どうしてこんなところにいやがるのか……そこんとこは謎だけどな」 
 そこへ、敵の亡骸を検分していたワグネルと建一が帰ってきた。
「駄目だな……手がかりになりそうなものは何一つ持っちゃいない」 
「引き際も早かったですしね。こういう事を専門にしているのは間違いないでしょうが……」
 グランとリュアルの視線が交錯する。
「ジェントスのギルドナイトとみて、間違いはなさそうだな」
「ええ……」
 この場でそれ以上追求しても始まらない。
 一行は虎王丸の回復を待って、神殿へと出発したのであった。


●伝えられた危機
「これは……壮観ですね」
 初めて神殿を見る建一が感想をもらす。その正面入り口にそびえ立つ氷の扉と同様に、建物自体が時の流れから隔離されているかのようであった。
「ふん……こいつが氷の扉か……」
 おもむろに、白焔を一発放つ虎王丸。だが、その焔は氷を溶かす事無く消失した。
「ちっ、駄目か」 
「その為に太行さんが風使いを集めたんだろう? 体も本調子じゃないんだから、休んでなよ」
 いつもとは逆の台詞を相棒に言われ、虎王丸は肩を竦めて引き下がった。
「……では。打ち合わせどおりいきましょうか?」 
 そう言うと、凪は『四魂讃頌』を舞い始めた。これで周囲の風の精霊力を高め、力を込めた風刃の舞術で攻撃をするつもりなのだ。
 ワグネルが、ファラの指示する場所にマーキングを施す。
 彼女の『眼鏡』で、一番意思の残留している箇所を調べたのだ。
 そこに向かって凪、建一、リュアルの3人が風の刃をぶつけていく。建一が縦一文字、凪とリュアルで水平の一撃を加える事で、十文字の亀裂が氷の扉に刻まれた。
「さぁ、ぐずぐずしてると修復しちゃいますよ」
「OK!」
 エランの言葉にジェス、アレックス、グランの3人が頷いた。
 高々と振り上げたエクセラに、風の精霊力を集中する。まだ慣れない二人が若干手間取ったものの、割合すぐに準備が整ったようだ。
「いくぜ!」
「合体精霊剣技……!」
「「「ソニックストライク!!!」」」
 3人のエレメンタルブレードがひとつになり、十文字に傷つけられた扉に炸裂する。周囲に散らばった風の余波が収まると、地鳴りの様な振動音と共に、氷の扉は崩れ去っていった。
 氷の山を前にして一行がどうやって中に入ろうかと考えていると、不意にリュアルが顔を上げた。
「これは……」
「どうかしたの?」
 凪が声をかける。年も近い事もあり、大分打ち解けてきたようだ。
「いや、伝達の風が吹いたみたいだから……」
「?」
 それは風喚師であるリュアルにしか感じ取れないものであった。


 どうやら氷といっても自然のものとは造りが違うらしく、彼らが様子を見ているそばから次第に溶けていき、やがて階段から流れ落ちていった。  
「まだ、大分濡れていますわね〜……あら〜?」
 ファラが奥に視線を向ける。それにつられて、一行がそちらを見ると、深い蒼の鎧姿が立っていた。
「水竜王の騎士……ということか?」
 ワグネルの言葉に、それは頷いた。どことなく、女性らしいフォルムでもある。
「こちらへどうぞ。水竜王様がお会いになられます」
 少し固い言語に聞こえるが、意味は伝わった。
 一行は水竜王の騎士に案内され、大広間へと足を踏み入れていった。 
「……なんか拍子抜けだな。今まで、どこの神殿でも敵扱いだったからなぁ」
「多分、さっきリュアルが言っていた『伝達の風』というのは、風竜王からのものだったのでしょう。扉を破壊した事で水の精霊達が活性化し始めたのを感じ取り、便りを寄こしたのでは?」
 ジェスとエランの傍らで、建一も深く頷いた。
「ありえる話ですね。僕の杖も大分、力が回復してきたようですし」
「で、でも……そうだとすると、凄い力という事になりますね。ここから風竜王の神殿といったら、直線距離でもかなりありますよ?」
 改めて、リュアルは風竜王という存在について畏怖した。
 一行が通されたのは、やはり大広間の様であった。他の神殿と同様に、階段の向こうには巨大な扉が見える。
 また、ここの大広間の天井は開閉式になっているようである。透き通るような青空が覗いていた。 
 ゆっくりと、きしみ音ひとつ立てずに扉が開いていく。
 その向こうに、サファイヤを削りだしたかのような神像があった。
「よくぞ参った。遠き未来の民よ。妾の名はリルファメース……北天水竜王とも呼ばれておった」
 ファラが一歩前に出る。
「お会いできて嬉しく思いますわ。水竜王さまが眠りについてからの天空都市レクサリアについて……説明をお求めになりますか?」
「竜に連なる民の末裔よ……大体のところはシルファリウスからの風にて聞いておる。このような光景を見たくは無かったがな……。今は都市に生きていた者たちの、その後を知る術もないのだろう?」
「詳しくは。しかし、竜化の秘術が多く残されている事は、多くの者が生き残った事の証と言えるでしょう」 
 リルファメースは、静かに頷いた。
「妾のとった行動が、無意味ではなかったと信じたいものだな……」
 会話が途切れたところで、凪が一歩前に出た。
 彼としては、過去の話も結構だが、現在の事態についても考える必要があったからである。
「街の守護者であったという、水竜王の力をお借りしたいのですが……」 
 凪はジェントスに迫っている異形のゴーレムについて語り、街を守るための力を借りられないかと尋ねた。
 しかし、水竜王の返答はつれないものであった。
「残念ながら、天空都市の外にある街についてまで、妾の力は及ばぬわ。それが『システム』の限界とも言えるが……」
「汝らの友に迫る危機について、力になれぬことは申し訳ない。だが、それよりも遥かに大きな危険が迫っておるのだ」
 その言葉に、一行が反応する。
 街を襲うゴーレムよりも重要な危機とは一体……? 
「先程の風にて伝えられた事だが、この天空都市の中心に位置する『門』に異変が起きておる」
「『門』とは一体……?」
 リルファメースによると、『門』とは都市が天空にあった頃、地上との行き来に使用していた移送機関であるとの事であった。それが何者かによって改造され、まったく別の空間に繋がろうとしているらしい。
 今ひとつ要領を得ない表情で、虎王丸が首を捻る。
「繋がるって……どこにだよ?」
「こことは別の次元……聖獣王の力さえ及ばぬ混沌とした異界だ。もしも、その異界との結合に成功したならば、このソーンとて瞬く間に侵食されていくやもしれぬ」
 その言葉に、アミュートの戦士たち、それに建一の顔に緊張が走る。
「まさか……カオス界ですか?」
 その空間に穴がひとつ開いただけで、アトランティス全土を揺るがす戦となったのである。
 そんな危険な『門』を完成させるわけにはいかなかった。
「妾は精霊力のバランスを戻し、『四天結界』の効力を回復させるために神殿を離れる事は出来ぬ。少しでも『門』の完成を遅らせる為に、汝らの協力が必要といえる」
 一行は頷いた。
 友人達は、こうしてる間にも街を守るために戦っている。
 ならば、世界そのものを守るため、誰かが戦わなければいけないのだろう。
「いいでしょう。カオスと戦う事は我々にとっても重要な使命ですから」
 エランが代表して、リルファメースに思いを伝えた。
 水竜王はさらに、『門』の完全な破壊にはその周囲に分かれている4つの制御球を押さえなければならないだろうと伝えた。 
 それらを元の状態に戻す事で、危機は去るはずだと。
 くれぐれも、それらの制御球を破壊してはいけないと水竜王は警告した。
「分かりました。それでは我々は一度街に戻り、仲間達と合流して『門』へと向かいましょう」
 だがその前に……と、ファラが竜語魔法についていくつか水竜王と言葉をかわした。
「それでは『竜の翔破』だけは、ここにはないと?」
「うむ。移動に関する秘術については、シルファリウスの担当なのでな。時間があればあちらに赴くといい」
 ファラの表情が曇る。
 と、そこへ再び伝達の風が吹き抜けていった。
「……そのシルファリウスからであった。『門』に向かう者たちに必要になるかも知れぬと、伝えて寄こしたわ。大したものよの……あの風竜王に気にいられおったわ!」
 愉快そうに、水流王が語る。
 笑いの波動が、広間に溢れていった。


「それでは秘術を教えていただいたお礼……風竜王によろしくお伝え願えますか?」
「伝達の力は、妾にはないものだ。むしろ、そこの有翼人などが適任であろう」
 急に指名を受けたリュアルが目を丸くする。
「ぼ、僕がですか? でも、僕の力じゃ、あんな遠くまでは風を運べませんよ……?」
 尻込みする彼の背中を、仲間達が押してやる。
「俺たちが風の精霊力を高めるよ。一言でいいんだ。届けてくれないか?」
 凪の言葉に、全員が頷いた。
 それを見て、リュアルもおずおずとだが、しっかりと頷いた。
 軽く翼を羽ばたかせ、彼は天井のドームから空へと舞い上がる。
 眼下では、凪が舞術を始め、風のアミュートを纏った者達も精霊力を開放していく様子が窺えた。
 リュアルは精神を集中し、伝達の風を紡ぎ始めた。
 伝える言葉はひとつだ。
『ありがとうございました!』
 思いを風に乗せ、彼方へと運んでもらった。
 ゆっくりと広間に舞い降りたリュアルは、風竜王の神殿の方角を見て呟いた。
「届いたかな……僕の声?」
「ああ。届いたさ……きっとな」
「おうよ!」 
 凪と虎王丸が彼の肩を左右から叩く。そして彼らはジェントスの街へと向かった。
 仲間達のもとへ、大いなる危機を伝える為に。
 ソーン全体の命運をかけた戦いが始まろうとしていた。



                                       了





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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

0929/山本建一/男/19/アトランティス帰り
1070/虎王丸/男/16/火炎剣士
2303/蒼柳凪/男/15/舞術師
2361/ジル・ハウ/女/22/傭兵
2787/ワグネル/男/23/冒険者
3076/ジェシカ・フォンラン/女/20/アミュート使い
3216/アレックス・サザランド/男/43/ジュエルマジシャン
3108/グランディッツ・ソート/男/14/鎧騎士
3116/エトワール・ランダー/女/25/騎士
3117/リュウ・アルフィーユ/男/17/風喚師

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 大幅にお待たせしてしまって申し訳ありませんでした。
 上期決算と検査入院によるデスマーチ真っ只中の神城です。
 もう一本、ジェントス編を上げるまでは頑張りたいと思います(週末で書きあがるかな……?)。
 まぁ、今月を乗り切れば少しは楽になるはずなんですがね。
 予定では、次の連作『漂流都市』でこの物語にも一区切りつけるつもりです。
 遅刻に呆れていなければ、またお越しください。お待ちしております。
 それではまた。近々お会いしましょう。