<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


祠の奥 + 紅蓮の扉 +



◇★◇


 炎龍と2人、冷たい穴の中で目を閉じる。
 自らが望んだことではなかった。けれど、自らが志願したことではあった。
 この扉の守役を出来るのは、自分しかいないと思ったから・・・志願した。
 ふっと息を吐けば炎龍が慰めるように顔を摺り寄せ、紅蓮の頬を撫ぜる。

「大丈夫よ。だって、明日にはきっとあの子達が来てくれるから・・・」


◆☆◆


 凛とした、威厳すらも感じさせるほどに高い空を見上げ、蒼柳 凪は目を細めた。
 太陽の輪郭が網膜に焼きつき、黒い残像となって目の前でチラチラと踊っている。
 目にかかる前髪を払い、チクリとした感覚に一瞬だけ目を閉じ・・・ゆっくりと目を開けると、薄いガラスのショーウィンドー越しに見知った姿を見つけ、思わず店内へと通じる扉に手をかけた。
 カランと言う軽快な鈴の音が店内に響き渡る。
「いらっしゃいませー」
 普段よりはオクターブ高いと思われる声の出所へと視線を向ければ、白いブラウスにピンク色のエプロンを着た若い女性が2人立っていた。裾には繊細なレースが施されており、店内は甘ったるい香りに包まれている。
 ・・・ガラスケースの中、ライトアップされた可愛らしく繊細な作りのケーキたちと目が合う。
「あれ?凪?」
「リンク・・・久しぶり」
「うん、久しぶりー!・・・凪もお買い物?」
「いや、そうじゃなく・・・リンクが見えたから入ったんだ」
「あ、そうなんだ?」
 ちょっと待っててくれる?と言うリンクの言葉に頷くと、凪は所在無さ気に陳列されている洋菓子を眺めた。
 ふわふわとした生クリームでコーティングされたスポンジの上に、ちょこんと苺が乗っている。
 赤い苺はよく熟しているようで、表面は磨かれたように皇かだ。
「どうしたの凪、なにか欲しいものでもあるの?」
 両手にビニール袋をぶら提げ、大切そうに白い箱を抱えながらリンク エルフィアが凪の顔を覗き込む。
「いや、そう言うんじゃないよ」
「そうなんだ?」
 ケーキから視線を上げ、リンクが持っている重そうな荷物を半分持ってあげる。
「随分凄い量だけど・・・」
「喫茶店だからね、色々材料が必要なんだ」
 苦笑しながらリンクがそう言い、店員の甲高い声を背に店から出る。
 カランと言う鈴の音は、扉を閉めれば直ぐに町の雑踏へと変わる。
「それで、これは敵情視察ってわけ」
 リンクが手に持った白い箱を目の高さに上げ、にっこりと・・・無邪気な笑顔を見せる。
「美味しいって評判だったからね、リタと食べたいねって言ってたんだ」
「そうなのか」
「それに、虎王丸さんもね・・・」
 ふっとリンクが発した名前に、凪はピタリと足を止めた。
 その様子を不思議そうにリンクが見詰め・・・
「虎王丸が来ているのか?」
「へ?うん。結構来てくれてるけど・・・?」
 その言葉は、予想していなかったわけではなかった。
 虎王丸が毎日でもティクルアに行きたいと思っていることは、凪にはよく分かっていた。
 けれど食べ放題だからと言ってあまり食べに行くのも失礼だろう。
 凪はそう思い、事実虎王丸にそう注意を向けたのも確かだった。
 ・・・それなのに・・・
 軽く溜息をつき、すぐに仕方がないかと言う思いに取って代わる。
「凪もティクルア、来るでしょう?」
「・・・もってことは、虎王丸はもういるのか?」
「うん。今朝早くにね。なんか、リタと盛り上がってたよ」
 凪の脳裏に、あの細い女性の姿が描かれる。
 優しそうな表情で、おっとりとした丁寧な言葉遣いで喋るリタ ツヴァイは、周囲を和ませる何かがあった。
 きっとそれは、リタの天性の才なのだろう・・・。
「そう言えば、この間の祠のことだけど・・・」
「うん、紅蓮ちゃんと炎龍がいた祠だよね?」
「あぁ。その話を持ってきたのって」
「うーんっと、どう言えば良いかなぁ・・・」
 少し困ったような表情を覗かせるリンクに、言い辛いなら話さなくて大丈夫だからと告げる。
「ううん、別に変な組織とかじゃないんだけど、説明が難しいから、うーん」
 言葉を探すように視線を宙に泳がせていたリンクが、考えながらゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「この世界にはね、まだまだ色々な遺跡や謎があるんだよ」
 唐突な言葉に一瞬だけ言葉を失うが、すぐにコクリと頷くとリンクの次の言葉を待った。
「そう言う、まだ発見されていない遺跡や謎を見つけて、それを1つ1つ紐解いていくのが俺が所属している組織の一番の活動内容なんだ」
「大変そうだな」
「うーん、発見する方は大変かも知れないね。でも、俺が所属している部署は、遺跡や謎の発見じゃなくて、それの解明が主な活動なんだ」
「解明・・・」
「そう。部署の中にもね、もっと細かい役割分担があって・・・今現在の俺の主な仕事は・・・」
 ふっと言葉を閉ざすと、リンクはなんとも言いようのない不思議な笑顔を浮かべた。
「聞きたい?」
「いや・・・」
 少し口篭りながら首を振ると、凪は新たな話題を見つけようと視線を足元に下げた。
 どこか妖しいその瞳の奥に隠されたものを聞き出す勇気は、凪にはまだなかった。
「あぁ、そうだ。ライルは最近どうしてる?」
「ライル・・・あー・・・」
 言い辛そうな表情を浮かべると凪の瞳から視線をそらし、高い空に向けて軽く目を閉じた。
「元気は元気なんだ。でも、さ、色々・・・大変みたいだね、あいつも」
「・・・そうか・・・」
 リンクがすっと視線を戻し、道の先を真っ直ぐに見詰める。
 その視線を追えば、御伽噺の中から出てきたかのように可愛らしい外観の喫茶店・ティクルアが緑の森をバックにちょこんと建っているのが見えた。


◇★◇


 思えば、声もかけずに中に入ったのがいけなかったのかも知れない。
 いくらティクルアの扉には鈴がついていると言っても、話に熱中している人の耳にはさほど気にするような音の大きさではないのだ。
 しかし・・・
「まぁったく、凪はよぅ、細かすぎんだよ、いちいちいちいち!リタもそう思わねぇか?」
「凪さんは几帳面なんですね・・・あら・・・?」
 大きな落ち着いた色の木のテーブルには真っ白なお皿が何枚も並び、その上には美味しそうな料理が並んでいた。
 仄かに湯気を上げる料理からは良い香りが漂っており・・・
「リンクに・・・」
「おう、リンク、帰ったか!」
 リタが言いかけるのを遮るかのように虎王丸が元気良くこちらを振り返り ―――――
「凪さんも、いらっしゃいませ」
 凪と視線が合うとピタリと固まった。
「お久しぶりです」
「えぇ・・・あ、何か直ぐにお作りしますね?」
「あ、いえ・・・お気になさらず」
 右手を軽く振ってリタの申し出をやんわりと断るが、リタはパタパタと音を立てて厨房へと引っ込んで行ってしまった。
「さて、虎王丸」
 先ほどまでリタに向けていた柔らかい笑みを凍りつかせ、虎王丸の方へゆっくりと視線を向ける。
「いや、その・・・」
「まぁまぁ、凪も虎王丸さんも、落ち着いてください!」
 一触即発の雰囲気を察してか、リンクがすかさず2人の間に割って入る。
 深呼吸でもして、ね!?落ち着いて、座ってください、ほら!と言いながら、リンクが凪の肩に手をかけ、虎王丸の向かい側に半ば強制的に座らせる。
 勿論、喫茶店で虎王丸と一悶着起そうなどと考えていないないが・・・これほどまでにオロオロとするリンクはなんだか見ていて面白いものがあった。
「ほら、そろそろ飲み物でも出来てくる頃でしょうし・・・」
 リンクがそう言った丁度その時、トテトテと危なっかしい足取りで1人の少女が歩いてきた。
 ピンク色の髪を頭の高い位置で結び、レースやフリルがたくさんついたドレスのようなワンピースを身に纏っている。腰の部分では大きなリボンが揺れており、リンクがその姿を見つけると小さな手に乗っていたトレーを取った。
「あ!」
「シャリアー!危ないじゃないか」
「危なくないもん!シャリー、“うぇいとれす”さんだもん!運べるもん!」
「そう言って何度転んだ?何度お皿を割った?」
「だって、リタが持って行ってねって、言ったんだもん!」
 まだ10かそこらくらいの外見の少女とリンクを交互に見比べる。
 ・・・妹・・・なのだろうか・・・?
「リンク、その子は?」
「あぁ、この子は・・・」
「シャリーはね、シャリアーって言うの!ここの喫茶店の“じゅーぎょーいん”さんなの!」
 ピシっと右手を高く上げ、まるで宣誓をするようにシャリアーはそう言うと、チョコリと頭を下げた。
「お客様、いらっしゃいませなの。んっと、ごゆっくりしていってくださいなの!」
「有難う」
 シャリアーに優しい笑顔を向ける。
 嬉しそうな表情を一瞬だけ覗かせたシャリアーが、パタパタと来た道を戻っていく・・・
「リンクの妹かなんかか?」
「いえ、俺もリタも、シャリアーと血の繋がりはないですよ」
「随分しっかりした子だな」
 凪の言葉に、リンクが苦笑しながら首を振る。
 シャリアーがトレーに乗せて持ってきたのは、空のグラス3つだった。
「シャリアーが何かお手伝いしたいって言うものだから、グラスを運んでもらったのよ」
 リタがそう言って、サンドイッチと赤紫色をした液体の入った瓶をテーブルの上に乗せた。
「これは?」
「ぶどうジュースですよ。この喫茶店の裏で採れたものなんですよ」
 リンクが手馴れた様子で凪と虎王丸のコップにジュースを注ぐ。
「お、美味そうだな!」
 虎王丸がサンドイッチの乗ったお皿を見て目を輝かせると、手を伸ばした。
「さっきまで食べてたんじゃないのか?」
「あれは朝飯だ」
 ・・・とんだ胃袋だ。
 もともと小食の凪は、ジュースの入ったコップにだけ口をつけた。
 仄かな甘酸っぱさが口の中に広がり、太陽の匂いを吸収した葡萄は文句なしに美味しかった。
 ゆっくりと味わうように飲んでいた凪とは違い、虎王丸はゴクゴクとまるで水のように飲み干していく。
 虎王丸にとっては質より量が重要なのだろう。
 それにしても、いつ見ても虎王丸の食べっぷりは見ていて気持ちの良いものがある。


「・・・俺、提案があるんだけどさ」
 無心になって食べていた虎王丸がそう言って顔を上げたのは、サンドイッチを粗方食べ尽くしてからの事だった。リンクが差し出したナプキンで口を拭い、一息ついた後で再び口を開く。
「この前行った祠、もっかい行かねぇ?折角鍵も手に入ったんだしさ」
「良いですね」
「ほら、リンクが見たっつー扉も気になるし、それに・・・さ」
 虎王丸はそう言うと、口篭った。
「紅蓮さんの事が気になるのか?」
 直ぐにピンと来た凪が言葉を付け足す。
「いや、そんなんじゃねぇけどよ・・・」
「あら?どこかへ行かれるんですか?」
 食器を下げに来たリタがそう言って、小首を傾げる。
 さらさらとした金色の髪がお皿にかかりそうで、慌てて凪はその髪を払った。
「あ、すみません」
「いえ・・・」
「そうだ、リタ。どうせだからさ、弁当作ってくれねぇか?」
「・・・山登りでもするんですか?」
 キョトンとした表情のリタに、リンクが首を振る。
「前回行った祠にまた行ってみようって話になって・・・」
「調査の続きですか?」
「うーん、そうとも言うかな」
「虎王丸、祠の中でも何か食べようとしてるのか?」
「ち・・・違っ!そんなんじゃねぇよ。ただ・・・紅蓮が何か喰うかも知れないなって・・・」
 暗い祠の奥で炎龍と一緒に長い年月を過ごしてきた少女に、何か感じるものがあったのだろう。
 照れ臭そうに窓の外を眺める虎王丸の横顔に苦笑を向けると、リタに頭を下げた。
「お願いできますか?」
「お安い御用ですよ。すぐにお作りしますね」
 空になった皿を下げ、代わりに温かい紅茶を3人の前に置くと、リタは再び厨房に入って行った。
 リタが鼻歌交じりに何かを一生懸命作っている音が微かに聞こえて来る。
 虎王丸もリンクも、何も喋らずにただ目の前に出された紅茶を啜っている。
 優しく穏やかな雰囲気が流れるこの喫茶店は、嫌いではなかった。


◆☆◆


 リタが張り切って作ってくれたお重を持って、竜樹の鳥に乗って山を越える。
 1度来た事のある場所なので迷うこともなくすんなりと祠のある場所まで着くと、リンクが祠を調べ、ポケットから鍵を取り出した。
 ゆっくりと鍵を穴へと差し込んで行き・・・
 祠の丁度隣の部分の地面が地響きを伴って開き、暗い穴の中に石の階段が続いているのが見えた。
 お重を持った虎王丸がまず最初に階段を下りて行き、リンクと凪がソレに続く。
 凪が数段階段を下りた時、微かな揺れとともに頭上の光が掻き消えた。
 地面が再び閉じてしまったらしい。暗闇に没する視界の中、階段の下の方で1つの光が灯った。
 柔らかいその光は石の壁に吸い込まれて淡く滲んでいる。
「やっぱり来たのね」
「紅蓮!」
 光の中心に黒い影が見え、気丈な強さを含んだ透明な声が響く。
 虎王丸が慎重に階段を下りていくのに続く。階段の終わりで出迎えてくれた紅蓮の表情が、心なしか嬉しそうに見え、来て良かったと言う気持ちにさせる。
「久しぶりだな」
「虎王丸は相変わらず元気そうね」
「まぁな」
「凪はちゃんと食べてるのー?細っこいわよ?」
 明らかに華奢な身体つきをした紅蓮に言われたくはないと思いつつも、凪は苦笑いで何とか誤魔化した。
「お、そうだ。ほい、お土産」
「お土産?」
「弁当」
「弁当ー!?」
 虎王丸から受け取ったお重にヨロリと一瞬よろめきながら、紅蓮はなんとかその場にしゃがむとお重を包んでいた綺麗な色をした風呂敷を解いて黒塗りの蓋を脇に置いた。
「うわ・・・豪華・・・」
「つかお前、食べれるのか?」
「失礼ね、食べれるわよ。食事は必要ないけれど、食べようと思えば食べれるの。味覚もちゃんとあるんだからね?味音痴なんかじゃないんだからね?」
 リンクが差し出した箸を受け取り、パチンと手を合わせて「いただきます」と呟くとお重の片隅で小さくなっていた煮物へと箸を伸ばす。
 コロコロとしたサトイモをつまみ、ポイと口に放り込む。
「うん、美味しい!これ、虎王丸が作ったの?」
「ちげぇよ、リタだよ」
「・・・リタァ?」
「俺が働いてる喫茶店の店長さんだよ」
「そうなの?ふぅん、それじゃぁ、帰ったらぜーったいにそのリタさん?に、美味しかったって言ってたって伝えてよ?絶対だからね!?」
「随分律儀なんだな」
「あったりまえっしょー!久しぶりの食事だもん、感謝してもしきれないわ」
 寂しそうに俯く紅蓮の頭を撫ぜたのは虎王丸だった。
 何だかんだ言って、虎王丸は随分と紅蓮に優しいようだった。
「ほら!あんたたちも食べなさいよ!私だけじゃこんなに食べれないし・・・」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
 虎王丸がそう言って、リンクから箸を受け取るとお重の中のものをつまんでいく。
「ほらほら!凪も!食べないと大きくなれないのよー!?」
 凪よりも大分小さい紅蓮に言われてもなんら説得力のない言葉だったが、凪は素直に頷くとふわふわのだし巻き卵に箸を伸ばし、パクリと一口で口の中に入れた。
「・・・こんな大勢で食事するなんて、本当に久しぶりね」
 しみじみとした口調で紅蓮はそう言うと、炊き込みご飯のおにぎりを炎龍に放り投げた。
 上手くおにぎりをキャッチした炎龍が、ゴクリと音を立てておにぎりを飲み下す。
 目を細めて唇をペロリと舐め、嬉しそうに尻尾を少しだけ動かす。
「炎龍も食べれるのか?」
「少しくらいならね」
 虎王丸がおにぎりを1つ掴んで炎龍の傍に行き、じゃれ合い始める。
「虎王丸さんは元気ですねぇー」
 縁側でお茶でも飲みながら孫を見詰めているご隠居のような言葉に紅蓮がプっと吹きだし、凪もつられて口元を緩める。
「・・・あぁ、そうだ・・・紅蓮さんにききたいことがあるんですけど・・・」
「なによ、別に敬語じゃなくて良いわよ。あと、さんもいらないわ。実年齢は乙女の秘密ってことで言わないけれど、見た目はどう見てもあたしのが年下だしね」
「そうか。それじゃぁ紅蓮」
「うん、それで良いわ。それで、聞きたいことって?」
 チラリとリンクに視線を向ける。
 前回ここを訪れた時、リンクの調査であったにも関わらずあまり詳しい由来等は分からなかっただろうから・・・あらためて今日、紅蓮に話を聞きたいと思ったのだ。
「炎龍って名前はあるのか?」
「・・・初めて聞かれて質問ね。炎龍は、名前が“炎龍”で正式名称は“炎司劫火龍”って言うなっがーい、しかもぜんっぜん可愛くない名称なの。あたしが略して可愛らしく炎龍って呼んであげてるの」
「“えんしごうかりゅう”?」
「劫火の炎を司りし龍」
「でも、炎龍は紅蓮の炎を宿しているんじゃ・・・?」
「そこのところね、ちょこっと難しいのよ。もともと炎龍は炎司劫火龍って種類の龍なの。炎司劫火龍は炎龍だけじゃなくて他にもたくさんいるわ。ただ、紅蓮の炎を宿した龍は炎龍だけ。そうね、炎司劫火龍って種類の龍があたしの紅蓮の炎を宿したって考えれば早いかしら」
「つまり、炎司劫火龍よりも炎龍の方が力は上ってことなのか?」
「断然上ね。お話にもならないほどに実力は違うわ」
「分かった。次はこの祠のことだけど・・・」
「あたしにも詳しいことはわからないわ。祠自体は、さほど意味のあるものじゃないの。祠が抱いている力が、意味があるってそれだけ。別に祠じゃなくても神殿でも変わりはないわ」
「そうか・・・。あと、この間貰いそうになった宝珠のことだけど、由来や効果は?」
「・・・この珠が、どうやって作られたのかは誰も分からない。紅蓮の炎が元はなんの力だったのか、一番最初に誰が持っていたのか、それはあまりにも遠い昔の事過ぎて誰にもわからないの。もしかしたら、凄い因縁がある炎なのかも知れないし、たまたま強力な炎の力を宿した人がその力をこの珠の中に閉じ込めたってただそれだけのものかも知れない。あたしは自ら志願してこの力を得た。この力を制御できるのはその時、あたしくらいしかいなかったから」
 遠い昔を懐かしむような表情をした後で、紅蓮はふっと自嘲気味な笑みを浮かべた。
「効果はたった1つ。強大な炎の力が手に入る、ただそれだけ。この珠に込められている力を最大限に引き出して使用したならば、それこそ世界を焼き尽くせるほどの威力がある。だからこそ、この珠は危険な人に渡してはいけないの。力に溺れるような人に渡してしまっては、世界が終わってしまうから」
「・・・俺たちなら、渡せると思ったのか?」
「えぇ。思ったわ」
「消滅するのに・・・か?」
「本来なら、あたしの寿命はとうの昔に終わっていたはずなの。それなのに、紅蓮の炎のおかげで今までこうして生きている」
 目の前に座っている紅蓮の手がすっと伸び、凪の頬に触れる。
 温かい掌は小さく、優しく触れる手の感触は何故か酷く懐かしい感じがした。
「でもね、永遠は長いの。長すぎるの」
 どうして紅蓮が炎龍を連れているのか、その時分かった気がした。
 1人は辛いから、悲しいから、心が折れてしまうから・・・
「紅蓮・・・」
 凪の頬から手を放すと、紅蓮はほんの刹那だけ、大人の表情を覗かせた。
 優しい瞳はまるで、母親が子供を見守っている時のような・・・穏やかな色を宿していた。


◇★◇


 凪は先ほど紅蓮が触れた頬に無意識のうちに手をやっていた。
 今は目の前で、虎王丸と炎龍と無邪気に遊んでいる少女・・・けれど、決して実年齢が幼いというわけではないのだ。確かに紅蓮は凪よりも何倍も何十倍も、生きてきている。
 チラリと紅蓮に視線を向ければ、その先にある扉へと視線が吸い寄せられた。
 木の扉は石造りのこの空間の中で浮いた存在感を発しており、金色に光るドアノブすらも何か異質なものに見える。
「紅蓮」
「なぁに?」
「・・・あの扉の奥には、なにがあるんだ?」
 凪の指先を視線で辿り、紅蓮が「あぁ」と小さな声を上げる。
「あれは・・・って、ちょっと待って。リンク、言ってないの?」
「ふぇ?」
 お腹もいっぱいになり、壁に寄りかかってうとうととしていたリンクに不意に話しの矛先が向き、間の抜けた声を出して首を傾げる。何の事を言われているのだろうかと考えをめぐらせ、ポンと1つ手をうつと頷いた。
「うん、全然。話してないよ?」
「リンク、あの扉の先に何があるのか知ってたのか?」
「だって、前回あんまり調査できなかったでしょ?だから、単身乗り込んで紅蓮ちゃんに色々話を聞かせてもらったんだー。俺としては話しても良かったんだけど、紅蓮ちゃんの方の都合がわからないから黙ってただけ」
「別に話しても良かったのよ?」
「それで、あの扉の向こうには何があんだよ?」
 先ほどまで炎龍とじゃれていた虎王丸が不意に話に入ってきて首を傾げる。
「今では滅びてしまった・・・時代」
「は?」
「え?」
「“ヴァルス”って帝国が繁栄していた時代。そこと、繋がっているの」
「・・・なんだって・・・?」
「本当だよ。あの扉の先はずっと昔に滅びてしまった時代に繋がってるんだ。ヴァルス時代に・・・ね」
 まただと、凪は心の底で思った。
 “また”あの不思議な笑顔を浮かべるリンク ―――――
「今現在の俺の仕事は、古へと繋がる扉の解明、調査なんだ」
 紅蓮が扉の前に立ち、そっと金色のドアノブを握る。
 音もなく開いたその先には、複雑な紋様が彫り込まれた巨大な扉があった。
 ノブの部分はライオンの頭を模っており、大きく口を開けたその姿は周囲を威嚇しているかのようだった。
「ヴァルスは戦乱の時代。血で血を拭う、そんな時代。常に争いが絶えない、人々が常に死と隣り合わせにいる、そんな時代なの。あたしは紅蓮の炎とこの時代を任された。紅蓮の炎を宿し、時の扉を守る聖巫女なの」
「戦乱の時代・・・」
「ヴァルス・・・」
「扉の中に行くのを、あたしは止めることが出来ない。ただ、覚えていてほしいのは・・・扉の中に入った場合、何か1つでも時代を変えるために行動を起こさなくてはならない」
 時代を変える・・・それは、どう言う事なのだろうか・・・?
「時代が辿る滅亡を止めるために、動かなくてはならない。けれど、それは決して易しいコトじゃない。流れは本来在るべき姿に向かって動き続けるもの。だから、歴史を変えることは容易ではないの」
「歴史って、1つ1つの小さな歯車全てが噛み合わさって1つの形になるんだ。だから、その小さな歯車の1つ1つを潰すことが出来たならばこっちに帰って来られるってわけ」
「勿論、少し覗いて帰ってくるっていうのもありよ。1つめの歯車を壊すことに成功したならば、強制的にこの場所に帰されるの。再び扉を開かないと言う選択も出来るわ」
「・・・その、歴史を変えるって、具体的にどうすれば良いんだよ?」
 虎王丸の声は少しだけ緊張していた。
 ・・・無理もない。1つの時代の流れを変える、それは、決して並大抵の人では出来ないことなのだ。
「時代が辿った歴史の流れをほんの少し変えれば良いの。大きなことは無理かも知れないわ。けれど、ほんの些細なことならば狂わせることが可能なはずなのだから・・・」
「ヴァルス時代が辿った最初の道、それは・・・レチピカ遠征なんだ」
 リンクはそう言うと、まるで歌うように言葉を紡ぎ始めた。

 『 南の帝国ヴァルス、その最初の力は東の帝国レチピカに勝利した事
   1回目の遠征ではレチピカを崩すことは出来なかったけれども、崩壊に導くことは出来た
   レチピカの守りの要であった聖巫女の“ネラー”の命を奪ったこと、それが大きかった
   聖なる水の守りを失ったレチピカの城壁はもはやただの壁でしかなく
   敵の侵入を容易に許してしまったのだ
   レチピカはヴァルスの2回目の遠征に些細な抵抗を見せただけでその力に屈し滅びてしまった 』


「この中の、なにか1つでも変えない限りは戻って来れないの。簡単なんて思っちゃダメ。歴史の力は強い。時代の流れは、無情なまでに強情に突き進もうとするものなのだから」
「俺にはそんな力ないの分かってるからね。1人で行ったら帰って来れないの目に見えてるから・・・」
「から?」
 凪の続きを促す言葉に、リンクは無邪気な笑顔を浮かべた。
「連れて行ってくれる人を待ってるだけ」
 随分と他力本願だと思いつつ、凪と虎王丸は視線を合わせた。


――――― 祠の奥には古の時代へと繋がる扉


                     滅びた時代が辿った道は、茨の道・・・・・・



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  2303 / 蒼柳 凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師


  1070 / 虎王丸  / 男性 / 16歳 / 火炎剣士


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『祠の奥 + 紅蓮の扉 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 細かい部分をいじって良いと仰ってくださいましたので、調子に乗ってシャリアーを出してみました。
 なんだか紅蓮とシャリアーが少しかぶっている気もしますが・・・
 紅蓮の方が断然大人な思考を持っております。
 さて、祠の奥には古の時代へと繋がる扉がありました。
 ヴァルス時代にレチピカ帝国に聖巫女ネラー・・・
 ・・・聖巫女が水属性ですので、恐らくレチピカ自体も水の支配下にある帝国かと・・・

 今回凪君は、冷静なカッコ良さを!と思いながら描きました。
 プレイングを拝見いたしまして、なんとなく優等生風のイメージがありましたもので・・・
 なんだか凪君は紅蓮にたじたじになってしまっておりますが(苦笑)
 少しでも凪君らしさが描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。