<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


祠の奥 + 紅蓮の扉 +



◇★◇


 炎龍と2人、冷たい穴の中で目を閉じる。
 自らが望んだことではなかった。けれど、自らが志願したことではあった。
 この扉の守役を出来るのは、自分しかいないと思ったから・・・志願した。
 ふっと息を吐けば炎龍が慰めるように顔を摺り寄せ、紅蓮の頬を撫ぜる。

「大丈夫よ。だって、明日にはきっとあの子達が来てくれるから・・・」


◆☆◆


 薄いガラス越しに太陽の光が斜めに差し込み、重厚な木のテーブルに熱を溜め込む。
 ティクルアの中で一番良い席に案内された虎王丸は、愛想良く注文を取りに来たリタ ツヴァイにあれこれと料理を頼むとふっと窓の外に視線を向けた。
 緑に囲まれたこの場所は、外から見ても御伽噺的だっがた、中から見ても随分と絵本的な風景だった。
 凛と澄んだ青い空には綿菓子のような雲が点々と浮かんでおり、右から左へと流れて行く。
「あれ?虎王丸さん来てたんですか?」
 トントンと階段を下りてきたリンク エルフィアに虎王丸は片手を上げて挨拶をした。
「リンクは・・・これからどっか出かけるのか?」
「えぇ、リタにお買い物を頼まれたんです」
「そうか」
「直ぐに帰ってきますから」
「おう」
 いそいそと出かけて行くリンクの後姿を見送っていると、リタが銀色のトレーに沢山のお皿を乗せて現れた。虎王丸の目の前に、美味しそうに湯気を立てる料理を並べて行く。
 蒼柳 凪には内緒でこっそりと来ているティクルア。
 見つかったならばそれなりに何かを言われるだろうが、そのリスクを犯してでもここの料理は食べたいと思わせるほどに美味しかった。
「さぁ、どうぞ、お召し上がりください」
「おう、いっただきまーす」
 出されたものを順々に食べる虎王丸。
 その様子をリタが微笑みながら見詰めている。
 華奢な身体つきをしたリタはどこか安らげる雰囲気がある。
 おっとりとした丁寧な話し方と良い、優しい視線と良い、年齢不相応の“母親的”なオーラを放っていた。
「虎王丸さんの食べている姿を見ていると、喫茶店をやっていて良かったなぁってつくづく思います」
「そうか?」
「元気に食べていただけると、作り手としては嬉しいものですよ?」
 ガツガツと料理を放り込む虎王丸の姿をもし凪が見たとしたならば、それこそ溜息をついて額に手を当てるくらいの事はやりそうな気がする。視線だけで、もっと落ち着いて食べろよと言ってくるのだ。
 今度そう言われたならば、反論すれば良い。
 作り手は、元気に食べられるのが嬉しいんだと・・・
 その作り手が凪である場合にはその説が通じるかどうかはまた違った問題になるのだが。
「そう言えば、凪さんはお元気ですか?」
「ん?あぁ、元気元気」
「最近あまりお顔を拝見していなくて・・・」
「あぁ、なんかよぅ、いくらタダだっつってもあんま行くのは迷惑だとかっつってんだよ」
「そうなんですか?そんな、お気になさらないでも宜しいですのに・・・」
 リタが困惑気味の表情を浮かべる。
 金色の髪がさらりと腰で揺れ、外から入ってくる光にキラキラと輝く。
 角度によって髪に当たった光が七色に変化し、まるで小さな虹を見ているようだと思わず惹きつけられる。
 何かリタに言葉をかけようとして、口を開き ―――――
 その時カランと、ティクルアの扉が開いた音がした。
 しかし虎王丸はその音にさほど気を向けずに、言おうと思っていた言葉を紡いだ。


◇★◇


 思えば、もう少しくらい用心しても良かったかも知れない。
 いくらティクルアの中には現在虎王丸とリタしかいないからと言って、ここは喫茶店だ。
 来客はきっとあるだろう。それが100%知らない人だとは限らない。そこにもっと早くに気付いていれば良かった。
 しかし・・・
「まぁったく、凪はよぅ、細かすぎんだよ、いちいちいちいち!リタもそう思わねぇか?」
「凪さんは几帳面なんですね・・・あら・・・?」
 リタが微笑みながらそう言い、扉の方に視線を向けると小さい声を上げた。
「リンクに・・・」
「おう、リンク、帰ったか!」
 リンクが帰って来たのかと、虎王丸は元気良く振り返った。
「凪さんも、いらっしゃいませ」
 凪と視線が合う。
 どうして凪が来たんだ・・・?一瞬そんな考えが浮かぶが、その手に持った袋を見て何となく事情を察する。
 リンクが買い物をしていて、道中で凪とばったり会ったのだ・・・
「お久しぶりです」
「えぇ・・・あ、何か直ぐにお作りしますね?」
「あ、いえ・・・お気になさらず」
 凪が右手を軽く振ってリタの申し出をやんわりと断るが、リタはパタパタと音を立てて厨房へと引っ込んで行ってしまった。
「さて、虎王丸」
 先ほどまでリタに向けていた柔らかい笑みを凍りつかせた凪が、ゆっくりとこちらに視線を向ける。
 あまりにも遅い動きは、尚更恐ろしい・・・
「いや、その・・・」
「まぁまぁ、凪も虎王丸さんも、落ち着いてください!」
 一触即発の雰囲気を察してか、リンクがすかさず2人の間に割って入る。
 深呼吸でもして、ね!?落ち着いて、座ってください、ほら!と言いながら、リンクが凪の肩に手をかけ、虎王丸の向かい側に半ば強制的に座らせる。
 勿論、喫茶店で一悶着起そうなどと虎王丸も・・・そしてきっと凪も、考えてはいないないが・・・これほどまでにオロオロとするリンクはなんだか見ていて面白いものがあった。
「ほら、そろそろ飲み物でも出来てくる頃でしょうし・・・」
 リンクがそう言った丁度その時、トテトテと危なっかしい足取りで1人の少女が歩いてきた。
 ピンク色の髪を頭の高い位置で結び、レースやフリルがたくさんついたドレスのようなワンピースを身に纏っている。腰の部分では大きなリボンが揺れており、リンクがその姿を見つけると小さな手に乗っていたトレーを取った。
「あ!」
「シャリアー!危ないじゃないか」
「危なくないもん!シャリー、“うぇいとれす”さんだもん!運べるもん!」
「そう言って何度転んだ?何度お皿を割った?」
「だって、リタが持って行ってねって、言ったんだもん!」
 まだ10かそこらくらいの外見の少女とリンクを交互に見比べる。
 ・・・妹・・・なのだろうか・・・?
「リンク、その子は?」
「あぁ、この子は・・・」
「シャリーはね、シャリアーって言うの!ここの喫茶店の“じゅーぎょーいん”さんなの!」
 ピシっと右手を高く上げ、まるで宣誓をするようにシャリアーはそう言うと、チョコリと頭を下げた。
「お客様、いらっしゃいませなの。んっと、ごゆっくりしていってくださいなの!」
「有難う」
 凪がシャリアーに優しい笑顔を向ける。
 嬉しそうな表情を一瞬だけ覗かせたシャリアーが、パタパタと来た道を戻っていく・・・
「リンクの妹かなんかか?」
「いえ、俺もリタも、シャリアーと血の繋がりはないですよ」
「随分しっかりした子だな」
 凪の言葉に、リンクが苦笑しながら首を振る。
 シャリアーがトレーに乗せて持ってきたのは、空のグラス3つだった。
「シャリアーが何かお手伝いしたいって言うものだから、グラスを運んでもらったのよ」
 リタがそう言って、サンドイッチと赤紫色をした液体の入った瓶をテーブルの上に乗せた。
「これは?」
「ぶどうジュースですよ。この喫茶店の裏で採れたものなんですよ」
 リンクが手馴れた様子で虎王丸と凪のコップにジュースを注ぐ。
「お、美味そうだな!」
 目の前に置かれたサンドイッチのお皿に目を輝かせると、手を伸ばす。
「さっきまで食べてたんじゃないのか?」
「あれは朝飯だ」
 何の事はないと言う風に言ってのけた虎王丸に、凪が妙な視線を寄越す。
 大方、呆れてでもいるのだろう。・・・でも、まぁ良い。
 ガツガツとサンドイッチを口に運ぶ虎王丸の前では、もともと小食の凪がジュースにだけ口をつけている。
 こんなに美味しいサンドイッチに手を伸ばさないとは、凪の小食ぶりにも困ったものだ。
 今度一度、大食い対決でもした鍛えてやるか。
 虎王丸はそんな事を考えると、喉に詰まったサンドイッチを流すためにジュースを一気に飲み干した。


「・・・俺、提案があるんだけどさ」
 サンドイッチを粗方食べつくしてから、虎王丸はそう呟いた。
 リンクがナプキンを差し出し、それを受け取ると口を拭う。
 コップに注がれていたジュースを一口飲み、一息つくと再び口を開く。
「この前行った祠、もっかい行かねぇ?折角鍵も手に入ったんだしさ」
「良いですね」
「ほら、リンクが見たっつー扉も気になるし、それに・・・さ」
 あの祠の奥にひっそりと住んでいる小さな少女の言葉頭に浮かぶ。
「紅蓮さんの事が気になるのか?」
 流石と言うべきか、凪がズバリと核心を突く。
「いや、そんなんじゃねぇけどよ・・・」
「あら?どこかへ行かれるんですか?」
 慌てて反論しようとした虎王丸の言葉を遮るかのように、食器を下げに来たリタがそう言って小首を傾げる。
 さらさらとした金色の髪がお皿にかかりそうで、慌てて凪がその髪を払った。
「あ、すみません」
「いえ・・・」
「そうだ、リタ。どうせだからさ、弁当作ってくれねぇか?」
「・・・山登りでもするんですか?」
 キョトンとした表情のリタに、リンクが首を振る。
「前回行った祠にまた行ってみようって話になって・・・」
「調査の続きですか?」
「うーん、そうとも言うかな」
「虎王丸、祠の中でも何か食べようとしてるのか?」
「ち・・・違っ!そんなんじゃねぇよ。ただ・・・紅蓮が何か喰うかも知れないなって・・・」
 暗い祠の奥で炎龍と一緒に長い年月を過ごしてきたあの少女に・・・リタの料理を食べさせたいと思ったのは、彼女の姿に何かを感じたからなのかも知れない。
 それが自分でも何なのかは分からないけれども・・・
 なんだか照れ臭くなって、窓の外へと視線を向ける。
 相変わらずののどかな風景に、目を瞑って胸いっぱいに空気を吸い込むとゆっくりと吐いた。
「お願いできますか?」
「お安い御用ですよ。すぐにお作りしますね」
 空になった皿を下げ、代わりに温かい紅茶を3人の前に置くと、リタは再び厨房に入って行った。
 リタが鼻歌交じりに何かを一生懸命作っている音が微かに聞こえて来る。
 凪もリンクも、何も喋らずにただ目の前に出された紅茶を啜っている。
 優しく穏やかな雰囲気が流れるこの喫茶店は、嫌いではなかった。


◆☆◆


 リタが張り切って作ってくれたお重を持って、竜樹の鳥に乗って山を越える。
 1度来た事のある場所なので迷うこともなくすんなりと祠のある場所まで着くと、リンクが祠を調べ、ポケットから鍵を取り出した。
 ゆっくりと鍵を穴へと差し込んで行き・・・
 祠の丁度隣の部分の地面が地響きを伴って開き、暗い穴の中に石の階段が続いているのが見えた。
 お重を持った虎王丸がまず最初に階段を下りて行き、リンクと凪がソレに続く。
 凪が数段階段を下りた時、微かな揺れとともに頭上の光が掻き消えた。
 地面が再び閉じてしまったらしい。暗闇に没する視界の中、階段の下の方で1つの光が灯った。
 柔らかいその光は石の壁に吸い込まれて淡く滲んでいる。
「やっぱり来たのね」
「紅蓮!」
 光の中心に黒い影が見え、気丈な強さを含んだ透明な声が響く。
 慎重に階段を下りていく。階段の終わりで出迎えてくれた紅蓮の表情が、心なしか嬉しそうに見え、来て良かったと言う気持ちにさせる。
「久しぶりだな」
「虎王丸は相変わらず元気そうね」
「まぁな」
 無邪気な笑顔で言われ、虎王丸は元気な笑顔を返した。
「凪はちゃんと食べてるのー?細っこいわよ?」
 その言葉に、凪が苦笑いを浮かべる。
 自分よりも細い紅蓮に言われたくはないとでも思っているのだろう。
「お、そうだ。ほい、お土産」
「お土産?」
「弁当」
「弁当ー!?」
 虎王丸から受け取ったお重にヨロリと一瞬よろめきながら、紅蓮はなんとかその場にしゃがむとお重を包んでいた綺麗な色をした風呂敷を解いて黒塗りの蓋を脇に置いた。
「うわ・・・豪華・・・」
「つかお前、食べれるのか?」
「失礼ね、食べれるわよ。食事は必要ないけれど、食べようと思えば食べれるの。味覚もちゃんとあるんだからね?味音痴なんかじゃないんだからね?」
 リンクが差し出した箸を受け取り、パチンと手を合わせて「いただきます」と呟くとお重の片隅で小さくなっていた煮物へと箸を伸ばす。
 コロコロとしたサトイモをつまみ、ポイと口に放り込む。
「うん、美味しい!これ、虎王丸が作ったの?」
「ちげぇよ、リタだよ」
「・・・リタァ?」
「俺が働いてる喫茶店の店長さんだよ」
「そうなの?ふぅん、それじゃぁ、帰ったらぜーったいにそのリタさん?に、美味しかったって言ってたって伝えてよ?絶対だからね!?」
「随分律儀なんだな」
「あったりまえっしょー!久しぶりの食事だもん、感謝してもしきれないわ」
 寂しそうに俯く紅蓮の頭を虎王丸は無意識のうちに撫ぜていた。
 小さな頭は片手で掴めてしまえるほどしかない。
「ほら!あんたたちも食べなさいよ!私だけじゃこんなに食べれないし・・・」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
 虎王丸はそう言うと、リンクから箸を受け取ってお重の中のものをつまんでいく。
「ほらほら!凪も!食べないと大きくなれないのよー!?」
 凪よりも大分ちいさい紅蓮の言葉に、思わず虎王丸は吹きだしそうになったが、なんとか踏ん張ると黙々とお重の中のものを胃袋の中に放り込んでいく。
「・・・こんな大勢で食事するなんて、本当に久しぶりね」
 しみじみとした口調で紅蓮はそう言うと、炊き込みご飯のおにぎりを炎龍に放り投げた。
 上手くおにぎりをキャッチした炎龍が、ゴクリと音を立てておにぎりを飲み下す。
 目を細めて唇をペロリと舐め、嬉しそうに尻尾を少しだけ動かす。
「炎龍も食べれるのか?」
「少しくらいならね」
 虎王丸はおにぎりを1つ掴んで炎龍の傍に行くと、炎龍の赤い鱗を撫ぜた。
「虎王丸さんは元気ですねぇー」
 背後から、そんなジジくさい言葉が聞こえ、虎王丸は思わず苦笑した。
 リンクだって前回の時は随分と元気だったじゃねぇかと心の中で呟く。
「・・・あぁ、そうだ・・・紅蓮さんにききたいことがあるんですけど・・・」
 虎王丸が炎龍とじゃれている背後では、凪と紅蓮が何かを話し合っていた。
 炎龍に寄りかかりながら、虎王丸は2人の話に耳を傾けることにした・・・。 
「炎龍って名前はあるのか?」
「・・・初めて聞かれて質問ね。炎龍は、名前が“炎龍”で正式名称は“炎司劫火龍”って言うなっがーい、しかもぜんっぜん可愛くない名称なの。あたしが略して可愛らしく炎龍って呼んであげてるの」
「“えんしごうかりゅう”?」
「劫火の炎を司りし龍」
「でも、炎龍は紅蓮の炎を宿しているんじゃ・・・?」
「そこのところね、ちょこっと難しいのよ。もともと炎龍は炎司劫火龍って種類の龍なの。炎司劫火龍は炎龍だけじゃなくて他にもたくさんいるわ。ただ、紅蓮の炎を宿した龍は炎龍だけ。そうね、炎司劫火龍って種類の龍があたしの紅蓮の炎を宿したって考えれば早いかしら」
「つまり、炎司劫火龍よりも炎龍の方が力は上ってことなのか?」
「断然上ね。お話にもならないほどに実力は違うわ」
「分かった。次はこの祠のことだけど・・・」
「あたしにも詳しいことはわからないわ。祠自体は、さほど意味のあるものじゃないの。祠が抱いている力が、意味があるってそれだけ。別に祠じゃなくても神殿でも変わりはないわ」
「そうか・・・。あと、この間貰いそうになった宝珠のことだけど、由来や効果は?」
「・・・この珠が、どうやって作られたのかは誰も分からない。紅蓮の炎が元はなんの力だったのか、一番最初に誰が持っていたのか、それはあまりにも遠い昔の事過ぎて誰にもわからないの。もしかしたら、凄い因縁がある炎なのかも知れないし、たまたま強力な炎の力を宿した人がその力をこの珠の中に閉じ込めたってただそれだけのものかも知れない。あたしは自ら志願してこの力を得た。この力を制御できるのはその時、あたしくらいしかいなかったから」
 遠い昔を懐かしむような表情をした後で、紅蓮はふっと自嘲気味な笑みを浮かべた。
「効果はたった1つ。強大な炎の力が手に入る、ただそれだけ。この珠に込められている力を最大限に引き出して使用したならば、それこそ世界を焼き尽くせるほどの威力がある。だからこそ、この珠は危険な人に渡してはいけないの。力に溺れるような人に渡してしまっては、世界が終わってしまうから」
「・・・俺たちなら、渡せると思ったのか?」
「えぇ。思ったわ」
「消滅するのに・・・か?」
「本来なら、あたしの寿命はとうの昔に終わっていたはずなの。それなのに、紅蓮の炎のおかげで今までこうして生きている」
 紅蓮の手がすっと伸び、凪の頬に触れる。
「でもね、永遠は長いの。長すぎるの」
 どうして紅蓮が炎龍を連れているのか、その時分かった気がした。
 1人は辛いから、悲しいから、心が折れてしまうから・・・
「紅蓮・・・」
 凪の頬から手を放すと、紅蓮はほんの刹那だけ、大人の表情を覗かせた。
 優しい瞳はまるで、母親が子供を見守っている時のような・・・穏やかな色を宿していた。


◇★◇


 虎王丸は炎龍とじゃれあいながら、隣で同じようにじゃれている紅蓮に視線を向けた。
 先ほど遠めに見たあの時の表情が、頭から離れない・・・。
 今はこんなに無邪気な笑顔を浮かべている。けれど、虎王丸は改めて感じてしまった。
 紅蓮は、決して実年齢が幼いというわけではないのだ。確かに紅蓮は虎王丸よりも何倍も何十倍も生きてきている。
 その時間の長さに思いを巡らせることは、あまりにも大変なこと過ぎて・・・
「紅蓮」
「なぁに?」
 凪が不意に紅蓮に声をかけ、すっと細い指先で何かを指し示す。
「・・・あの扉の奥には、なにがあるんだ?」
 その指先を辿れば1つの木の扉が目に入った。
 石造りのこの空間の中で浮いた存在感を発しているその扉のドアノブは金色に光っていた。
「あぁ、あれは・・・って、ちょっと待って。リンク、言ってないの?」
「ふぇ?」
 お腹もいっぱいになり、壁に寄りかかってうとうととしていたリンクに不意に話しの矛先が向き、間の抜けた声を出して首を傾げる。何の事を言われているのだろうかと考えをめぐらせ、ポンと1つ手をうつと頷いた。
「うん、全然。話してないよ?」
「リンク、あの扉の先に何があるのか知ってたのか?」
「だって、前回あんまり調査できなかったでしょ?だから、単身乗り込んで紅蓮ちゃんに色々話を聞かせてもらったんだー。俺としては話しても良かったんだけど、紅蓮ちゃんの方の都合がわからないから黙ってただけ」
「別に話しても良かったのよ?」
「それで、あの扉の向こうには何があんだよ?」
「今では滅びてしまった・・・時代」
「は?」
「え?」
「“ヴァルス”って帝国が繁栄していた時代。そこと、繋がっているの」
「・・・なんだって・・・?」
「本当だよ。あの扉の先はずっと昔に滅びてしまった時代に繋がってるんだ。ヴァルス時代に・・・ね」
 リンクが不思議な笑顔を浮かべる。
 その笑顔は何かを裏に隠しているようで・・・ゾクリと背筋に何かがはしった。
「今現在の俺の仕事は、古へと繋がる扉の解明、調査なんだ」
 紅蓮が扉の前に立ち、そっと金色のドアノブを握る。
 音もなく開いたその先には、複雑な紋様が彫り込まれた巨大な扉があった。
 ノブの部分はライオンの頭を模っており、大きく口を開けたその姿は周囲を威嚇しているかのようだった。
「ヴァルスは戦乱の時代。血で血を拭う、そんな時代。常に争いが絶えない、人々が常に死と隣り合わせにいる、そんな時代なの。あたしは紅蓮の炎とこの時代を任された。紅蓮の炎を宿し、時の扉を守る聖巫女なの」
「戦乱の時代・・・」
「ヴァルス・・・」
「扉の中に行くのを、あたしは止めることが出来ない。ただ、覚えていてほしいのは・・・扉の中に入った場合、何か1つでも時代を変えるために行動を起こさなくてはならない」
 時代を変える・・・それは、どう言う事なのだろうか・・・?
「時代が辿る滅亡を止めるために、動かなくてはならない。けれど、それは決して易しいコトじゃない。流れは本来在るべき姿に向かって動き続けるもの。だから、歴史を変えることは容易ではないの」
「歴史って、1つ1つの小さな歯車全てが噛み合わさって1つの形になるんだ。だから、その小さな歯車の1つ1つを潰すことが出来たならばこっちに帰って来られるってわけ」
「勿論、少し覗いて帰ってくるっていうのもありよ。1つめの歯車を壊すことに成功したならば、強制的にこの場所に帰されるの。再び扉を開かないと言う選択も出来るわ」
「・・・その、歴史を変えるって、具体的にどうすれば良いんだよ?」
 虎王丸は少しだけ緊張していた。それは声にも表れており、どこかたどたどしい言葉は自分で聞いていてもおかしなものだったけれど・・・無理もない。1つの時代の流れを変える、それは、決して並大抵の人では出来ないことなのだ。
「時代が辿った歴史の流れをほんの少し変えれば良いの。大きなことは無理かも知れないわ。けれど、ほんの些細なことならば狂わせることが可能なはずなのだから・・・」
「ヴァルス時代が辿った最初の道、それは・・・レチピカ遠征なんだ」
 リンクはそう言うと、まるで歌うように言葉を紡ぎ始めた。

 『 南の帝国ヴァルス、その最初の力は東の帝国レチピカに勝利した事
   1回目の遠征ではレチピカを崩すことは出来なかったけれども、崩壊に導くことは出来た
   レチピカの守りの要であった聖巫女の“ネラー”の命を奪ったこと、それが大きかった
   聖なる水の守りを失ったレチピカの城壁はもはやただの壁でしかなく
   敵の侵入を容易に許してしまったのだ
   レチピカはヴァルスの2回目の遠征に些細な抵抗を見せただけでその力に屈し滅びてしまった 』


「この中の、なにか1つでも変えない限りは戻って来れないの。簡単なんて思っちゃダメ。歴史の力は強い。時代の流れは、無情なまでに強情に突き進もうとするものなのだから」
「俺にはそんな力ないの分かってるからね。1人で行ったら帰って来れないの目に見えてるから・・・」
「から?」
 凪の続きを促す言葉に、リンクは無邪気な笑顔を浮かべた。
「連れて行ってくれる人を待ってるだけ」
 随分と他力本願だと思いつつ、虎王丸と凪は視線を合わせた。


――――― 祠の奥には古の時代へと繋がる扉


                     滅びた時代が辿った道は、茨の道・・・・・・



               ≪ E N D ≫


 
 ◇★◇★◇★  登場人物  ★◇★◇★◇

 【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


  2303 / 蒼柳 凪 / 男性 / 15歳 / 舞術師


  1070 / 虎王丸  / 男性 / 16歳 / 火炎剣士


 ◆☆◆☆◆☆  ライター通信  ☆◆☆◆☆◆

 この度は『祠の奥 + 紅蓮の扉 +』にご参加いただきましてまことに有難う御座いました。
 そして、いつもいつもお世話になっております。(ペコリ)
 細かい部分をいじって良いと仰ってくださいましたので、調子に乗ってシャリアーを出してみました。
 なんだか紅蓮とシャリアーが少しかぶっている気もしますが・・・
 紅蓮の方が断然大人な思考を持っております。
 さて、祠の奥には古の時代へと繋がる扉がありました。
 ヴァルス時代にレチピカ帝国に聖巫女ネラー・・・
 ・・・聖巫女が水属性ですので、恐らくレチピカ自体も水の支配下にある帝国かと・・・

 今回虎王丸さんは優しく、優しくーと思いながら描きました。
 お弁当など、紅蓮に優しい印象がありましたもので・・・
 少しでも虎王丸さんらしさが描けていればと思います。


  それでは、またどこかでお逢いいたしました時はよろしくお願いいたします。