<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜降り立ちし黒き翼



 聖都エルザード。
 平和の象徴とも取れるこの国も、夜になればその姿を一新させる。
 例えば歓楽街であるベルファ通りなどは夜中に子供がうろつくには危ないと言われている。
 それでもサクリファイスは先を急ぐためにこの路地へと入り込み、そして乱暴な男の声に耳を止めた。
「何とか言ったらどうなんだ、あ?」
 身長からして男性だと思われるフードを被った人物を、数人の男達が取り囲み、その肩を小突いたり罵倒を浴びせかけている。
 しかし人物は、止めろとも口にせず、ただ無言のまま男達の為すがままになっていた。
 怯えから喉が凍ってしまったとは思い難いが、サクリファイスは見かねて振り上げた男の手をつかんだ。
「何だてめぇは!」
「……私は、詳しい事情はわからない。通りすがっただけだから」
 ギリギリと小さな音を立ててサクリファイスの手が男の腕に食い込んでいく。
 一見そうとは見えなくとも、サクリファイスには戦乙女としてそれ相応の力を持ち合わせている。
 この程度の男達など捻るなど簡単な事。
「しかし、話し合いというには、穏やかではないな?」
「小娘が生意気に割り込むんじゃねぇ!」
「心外な言葉だ」
 サクリファイスは背後から剣を振り上げて走りこんできた男を振り返ることなくするりと避ける。標的を失った剣先は振り下ろした反動でそのまま男ごと地面へと転がっていく。
「『話し合い』ならば見守ろうと思っていたが、『荒事』ならば見過ごすわけにはいかない」
 サクリファイスは掴んでいた男の手を凪ぐように放す。
 男は苦悶に悶え、地面にもんどりうった。
「これ以上狼藉を続けるなら、私が相手になるぞ?」
 その言葉を待っていたかのように、動ける残りの男達がそれぞれの得物を構える。
「あなたは下がっていていくれ」
 声をかけたサクリファイスに反応するように人物が顔を上げる。その拍子に、まるで今の夜空をそのまま髪に映し込んだかのような髪を持った青年の顔がフードの下から現れた。
 そして、青年を―――自分を庇うようにして立つサクリファイスをじっと見つめる。
「うおぉおお!」
 意味のない咆哮を揚げて男は剣を振り回す。
 ただのごろつき程度が扱う剣でも、一般市民にしてみれば大きな危険となるだろう。
 しかし、サクリファイスはただの一般市民ではない。
 優雅とも見える身のこなしで男の剣を身を翻すようにして避ける。
 標的を失った男は、剣の切っ先の重さに足を取られ踏鞴を踏む。
「何事も暴力で解決すればいいというものではないが」
 致し方ない。と、サクリファイスはその瞳を鋭くする。
 その様子をただじっと見つめる青年。
「何をぶつぶつ言っていやがる!」
 自分達が襲っている側であるのに、どこか蚊帳の外に追いやられたような雰囲気に男達が怒りを露にして襲い来る。
 先ほどまでは避けるだけであったサクリファイスも、争いを止める気が一切感じられない男達にとうとう反撃した。
「うぐっ!」
 反撃を開始したサクリファイスから、事が収まるまでは早かった。
 あれほどまでに威勢が良かった男たちも、たった一人の女性の手によって苦汁を飲まされた。
 それぞれが苦悶の表情を浮かべ地面に転がる様を見下ろして、サクリファイスはゆっくりと息を吐き振り返る。
「……大丈夫か?」
 しかし問いかけた青年なただサクリファイスを見つめるだけで、その顔はどこか気だるそうだ。
 たぶんこの無表情と無感動の反応が先ほどの男達の勘に触ったのだろ。
「…っちくしょ!!」
 咆哮に、まだ懲りないのかと振り返ったサクリファイスの横を男が倒れていく。
「!?」
 カランと剣が地面に落ちる音がして、サクリファイスは振り返った視線を戻す。
 転がる男の腹に食い込むようにして残る靴の後。
 どうやら青年の蹴りの一撃が男を沈黙させたようだった。
 それを見て青年がそれなりの戦闘力を持ち合わせている事が分かった。ならばなぜ絡まれた時にその力を発揮して現状を打破しようとしなかったのか。疑問は尽きないけれど、
「……助かった」
 サクリファイスは最後に襲い掛かって来た男を撃沈させた青年に、笑顔を浮かべて声をかける。
 本当は助けたのではなく、ただ男の顔が癪に障っただけ――という理由なのだが、そんな事サクリファイスは知らない。
「助けるつもりが、助けられてしまったな」
 それは最後の一撃のみだったけれど、
 しかし一度笑顔を浮かべたサクリファイスであったが、すぐさま真剣な眼差しを青年に向け、
「聖都でも、こういった路地にはああいう輩もいる」
 この場を離れよう。と、サクリファイスはソールを促し、路地から多少人の多い通りへと出る。
 素直についてきた事もなぜだか驚きだったが、サクリファイスは安全を確認するや言葉を続けた。
「夜に一人で歩かない方がいい。危険な場所には近づかないことも、身を守る術だ」
 あそこも稀にという言葉でくくられてしまうほどに、あんな男達に絡まれるなどあまりないのだけれど。
 そこで初めて青年はサクリファイスに薄く口を開いた。
「おまえも」
 突然の切り返しに驚き、一瞬瞳を見開きその後ふっと笑う。
「……確かにな」
 そして一度瞳を伏せ、ゆっくりと開いた真剣な眼差しを青年に向け、そっとその腕に巻きついているような銀色の毛皮に視線を移動させる。
「だが、あなたは、あなたの腕の中にいる子のためにも、気をつけてやってほしい」
 サクリファイスの声に、銀色の毛皮が顔を上げる。
 それは、小さな銀の仔狼だった。
「……と、話してばかりで、名も聞いていなかったっけ」
 じっと見つめるガラス球の様な瞳にしばし和んでいたサクリファイスは、はっと思い出したように顔を上げ青年を見る。
「私はサクリファイス。あなた―――」
「おまえ、物好きだな」
 は? と、問おうとした声を遮るように青年が言葉を挟む。
 絡まれていたのは、完全なる弱者ではない。
 確かに情けない男という者もいるが、青年は為すがままにはなっていたが、恐怖に震えたり悲鳴を上げたわけではなかった。
 ただ、対応する事も、そういった反応をする事さえも億劫だっただけ。
 しかし、サクリファイスは何を言われているのか分からずに首をかしげる。
「とりあえず、面倒くさいと思っていた。礼を言う」
 ありがとう。と、抑揚のない声で伝えられ。あまりの無感情さに、ついおざなりな返事が口からこぼれる。
 青年はしばし考えるように口元に手を当て、
「ソールだ」
 と、答える。
 余りに突然の名乗りに、一瞬本当に名乗られたのか目をぱちくりとさせる。
 しかしそれがきっとこのソールの独特の時間の間合いなのかもしれないと悟り、
「よろしく―――」
 と、手を差し出しかけたが、ソールの視線がもうその時にはサクリファイスから外れ、腕の中を覗き込んでいた事に手を引っ込めた。
「どうしたハティ」
 そんなソールの腕の中で、仔狼が急かすようにその服を小さな口で引っ張る。
 ソールはただ立つ尽くすサクリファイスを一瞬視界に入れ、そのまま仔狼の意に従うように通りから去っていく。
「……不思議な人だ」
 その場に残されたサクリファイスはふっと息を吐き、またあんな不貞の輩に襲われないよう願いながら、その場を立ち去った。










☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2470】
サクリファイス(22歳・女性)
狂騎士

【NPC】
ソール・ムンディルファリ(17歳・男性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 今回は両名とも初対面なのでかなりよそよそしいというか、空回りしているようにも見えなくもないです。すいませんこんなNPCで……
 基本的には恋愛モードで行かせていただきたいと思いますが、今後のプレイングにての判断了承しました。
 それではまた、サクリファイス様に出会える事を祈って……