<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


悲しみの白い翼

「あれ……」
 黒妖はふと、立ち止まった。
「ここ、どこだろう……?」
 いつの間にか街外れまでやってきてしまったらしい。倉庫群が林立している。
 ふらり、ふらりと黒妖は足を動かした。いつの間に迷子になってしまったのだろう。
 昼間だというのにどこか暗い倉庫群は、見る者に圧迫感を与える。
 ガタン
 倉庫のひとつが開いた。
 そして、そこから二人の人物が姿を現した。
「どうも、ありがとっす!」
 くせっ毛で赤い茶の髪をした少年が元気よく挨拶をする。もうひとりの人物はかっぷくのいい女性で、一目で上流階級と分かる人物だ。
 その婦人が、満足そうな笑みをたたえて、赤毛の少年に礼をした。
「素敵な『クオレ』だったわ。満足していると、そう伝えてちょうだい」
「はい、こちらこそありがとうございました!」
 またクオレを取り出しにいつでもいらしてください――と、赤毛の少年は言った。
「くおれ……?」
 黒妖の記憶にそんな単語はない。いったい何のことだろう。
 しばらく経つと、婦人を迎えに来たらしい馬車がやってきた。婦人はそれに乗りこみ、赤毛の少年に手を振った。
 赤毛の少年が手を振り返し、馬車の扉が閉まる。
 ――そのまま、馬車は何事もなかったかのように行ってしまった。
「さあーって!」
 赤毛の少年はうんと伸びをした。
 そして――
 ふと、黒妖のほうを見た。
「あれ? お前何してんの?」
 黒妖は見た目が十四歳ほどだ。赤毛の少年はそれよりいくつか歳上だろうか。
 黒妖にとってはそんなことはどうでもよかった。ただ気になることを口にする。
「くおれって、なんですか?」
「あ、知らないで来たのか? もしかして迷子?」
「くおれってなんですか?」
 まともに返答が得られなかったので、少しムキになってもう一度問う。
 赤毛の少年は驚いたように目を見開き、それから頭に手をやって苦笑いをした。
「悪い悪い。えっとな、クオレってのは記憶から作り出す――ええと――なんだ?」
「記憶から?」
「そうそう、うちの連れは記憶覗きができてさ、人の過去の記憶から物を作り出すんだ。それがクオレ」
「記憶――覗き――」
 黒妖の緑の瞳がきらりと光った。
 少し踏みこむように赤毛の少年に迫って、
「だったらもうひとりの僕の記憶を見てくれませんか?」
 と強い口調で言う。
「もうひとりの……自分?」
 赤毛の少年が目をぱちくりさせる。
「僕にはもうひとつの人格があります。その自分の記憶を覗いてくれませんか?」
「ええっと……」
「――無理だ」
 傍らから、新しい声。
 黒妖がはっと振り向くと、そこには黒髪黒目の少年が立っていた。
 歳の頃、黒妖と同じくらいだろうか――
 黒い瞳が、吸い込まれそうなくらい美しいのが印象的だった。
 黒瞳の少年は倉庫の入口で腕を組んで、
「もうひとりの人格の記憶を見たいなら、そっちの人格で来てもらわなきゃ無理だ。諦めろ」
「あれ、そういうもんなの?」
 と尋ねたのは、赤毛の少年のほうだった。
 黒髪の少年はこめかみに指をやって、はあと大きくため息をつき、
「お前、何年クオレ作りを見てきてるんだ……ルガート」
「だって多重人格者のクオレなんか見たことねえもん」
 ルガートと呼ばれた赤毛の少年は口をとがらせる。
 黒髪の少年は目を細めて黒妖を見、
「クオレに興味があるからって、簡単に記憶を覗くのはいいものじゃない。帰ったほうがいい」
「――僕の記憶を見てください!」
 思わず黒妖の語気が強くなった。
「記憶覗きって、過去を見るってことですよね? お願いします。僕の過去を見てください……!」
「………。大抵の人間は、過去を思い出せば苦しい思いをする。それでもか?」
「構いません……!」
 黒妖に、何か思い出したいことがあったつもりはない。
 けれど確信していたのだ。自分の過去に触れなくてはいけない気がする――と。
 黒髪の少年は、ずいぶんと長い間黒妖をまっすぐ見つめていた。
 その黒い視線の鋭さに、負けじと黒妖はにらみつけるように相手を見た。
 やがて――
「……分かった」
 黒髪の少年は腕組みを解いた。
「記憶覗きをやってやる。ついてこい」
「え、まじかフィグ!?」
 ルガートが驚いた顔をする。
 何がそんなに驚くことなんだろうと黒妖がルガートを見ると、
「あのフィグが一回仕事した直後にもう一回仕事するなんて、前代未聞だ!」
 ……そういうことらしい。
「置いていくぞ」
 フィグ、と呼ばれた黒髪の少年が、背中ごしに声をかけてくる。
 黒妖は慌ててあとをついていった。
 連れていかれた場所は、倉庫の地下、暗い暗い部屋……

「汚くて悪いな、フィグはものぐさなんだよ」
 ルガートが客用の椅子を持ってきて、黒妖を座らせながら言った。
「これでも大分綺麗なほうなんだぜ。俺が昨日掃除したから」
「うるさいルガート、だまれ」
「ほら、親友に対してもこの態度。礼ぐらいあってもいいよなあ」
「………」
 黒妖は無言を通した。
 たしかにこの部屋は信じられないほど汚い。だがそんなことより気になることが黒妖にはありすぎた。
 座った椅子の、不思議な心地。なんだか、体が吸いつくような――
 フィグが傍らに立つ。
 その黒い視線を感じて、黒妖はごくりと唾を飲みこんだ。
 フィグの片手が黒妖の頭に置かれる。
「――目を閉じて……」
 不思議な響きの声が、耳をくすぐって誘う。
 黒妖の瞼が、自然におりてくる。
「いいと言うまで、目を開けるな」
 命令口調なのに、それさえも優しげで。
 めくるめく過去の世界に、黒妖は落とされた。

     **********

 死に神、と呼ばれる種族がいた。仕事はその名の通り、死を誘うこと。
 その死に神の子として――黒妖は生まれた。

 ――死に神になど近づいてはいけません!

 己たちの子供を叱りつける親たちの声がする。

 ――死に神に近づけば、どれほどの不幸に襲われるか……!

 どうしてそんなことを言うのだろう。黒妖は寂しさの中でそう思う。
 どうして、分かりもしないことを言うのだろう。実際に死に神に近づいたところで、何が起こるわけでもないのに。
 死に神の仕事はあくまで――死に近い者に近づき、その魂を狩るだけ。
 それだけなのに。

 黒妖には友達がいなかった。
 ――死に神の子として生まれた以上、作れるはずがなかったのだ。
 だから――
 奇跡だったと、思う。

 あの子と、出会えたことは。

 ――ねえ、あっちへ行こう?

 彼女が手を引いて、きれいな花畑の中を連れて行ってくれる。
 花畑は彼女の好きな場所だった。

 ――だって、きれいでしょう?

 彼女の言葉に、深くうなずいた。
 一番きれいなのはきみだよなんて、恥ずかしくて言えなかったけれど。

 彼女の一番好きな花は、タンポポだった。
 鮮烈に鮮やかな黄色を持つその花が、彼女の心を強く奪っていた。

 ――タンポポってね、踏まれたら踏まれた分だけ強くなるの。
 ――ねえ、すてきでしょう?

 そうして彼女はタンポポでかんむりを作り、黒妖の頭にのせてくれた。
 これはきみがしていたほうがいい。そのきれいな髪にのせていたほうがいい。
 そう言いたかったけれど、

 ――ねえ、あなたの髪の色もとてもきれい。
 ――ほら、やっぱりタンポポの黄色がよく似合う。

 彼女は黒妖の銀髪を何度も褒めた。花々と同じくらい好きだと何度も言った。
 きみのほうがきれいだよと、何度も言いたかったけれど。
 彼女の笑顔は、いつも黒妖の言葉を封じていた。
 彼女が笑顔でいるのなら、それでいいのかもしれない、と黒妖は思った。
 そう、笑顔でいてくれるのなら。
 そして彼女が、自分とともにいてくれるのなら。

 ――なぜ、自分は死に神なのだろう。
 そう思った瞬間があった。死に神は、突然死を与える種族ではなかったはずなのに。

 争いがあった。ある争いが、黒妖のすべてを狂わせた。
 目の前で――
 鮮烈だったあの黄色いタンポポさえも凌駕する鮮烈な紅が散った。
 彼女の――
 彼女の――紅い――色――

 呼吸を感じない、冷たくなった彼女。
 そして、己の背中にいつの間にか生えた、あるはずのなかったもの。

 白い、白い翼。

 皮肉にも、何色にでも染まれる白。
 美しいはずの白。
 けれど、何よりも重い白。

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。
 こんな紅も白も、自分はいらなかったのに――
 ほしかったのはたったひとつ、彼女の笑顔に似合う黄色、だけだったのに――

     **********

 ――もう、いいよ
 穏やかな声で瞼が開いた。
 黒妖はしばらくぼんやりしてから、やがて傍らから光がもれてくるのに気づきはっと振り向いた。
 フィグがいた。その両手で包むように、何かを持っていて。
 光は、その両手の隙間からこぼれおちていて。
「何が……」
 黒妖はじっとフィグを見た。
 フィグはそっと手を開いた。

 そこにあったのは、光輝く一輪のタンポポ――

「あ……」
 黒妖は思わず声をもらし、胸の底から何かがこみあげてくるような気がして言葉をつまらせた。
「これが、記憶の中からできた『クオレ』」
 フィグがそっと、黒妖の耳に口を寄せて言う。
「これを細工するのが、『クオレ細工師』。それが俺だ」
「クオレ……」
 目頭が熱い。何でこんなにも胸がつまるんだろう。
 目の前の宝石のような花は、世界にこれ以上ないほど美しいというのに。
「できあがったクオレは細工して、希望するなら記憶の持ち主に返すことにしてる。……これがいるか?」
 尋ねられ、黒妖はフィグを見た。
 フィグはその黒い魅力的な瞳を、温和に輝かせていた。
 言葉が、出てこない。
 けれど、心は伝わったらしい。
「三日待て。クオレの細工には三日かかる。必要ならこの倉庫に泊まっていけばいい」
 黒妖は何も言えずただ何度もうなずいた。
「倉庫の管理は俺の仕事だからなー何でも言えよ!」
 ルガートが横から口を出してきた。
 その明るい声音が、黒妖の体から力をぬけさせた。
「細工……してくれるんですか?」
 黒妖はフィグを見た。
 フィグは苦笑するような表情になった。
「このままじゃ、持ち歩きに不便だからな」


 三日間、黒妖は倉庫に泊まった。ルガートの世話になりながら。
 地下室のフィグの部屋には立ち入り禁止だった。何でもクオレの細工に入ると彼は不眠不休となるらしい。邪魔をすれば、クオレを破壊してしまうこともあるそうだ。
 三日間、黒妖は待った。
 あの美しい色の一輪のタンポポが、どうなっているのか――

 フィグが部屋にこもって四日目。ようやく地下室の扉が開いた。
 寝不足の目をこすりながら、黒髪の少年は地下室から出てきた。
「フィグさん……」
 倉庫の整理の手伝いをしていた黒妖は、思わず荷物を放り出してフィグの元へ走った。
「お待たせ……」
 ふわあ、と大あくびをしながら、フィグは片手に持っていたものを黒妖の手に握らせた。
 黒妖は自分の掌をそっと開いた。こみあげてくる色々なものが、同時に開くような気がしながら。
 一輪のタンポポは――
 茎の部分が裂かれ、その先を結ばれて、子供が遊びで作る指環状になっていた。
「それなら指にはめていられるだろう」
 フィグの言葉に、黒妖は大きくうなずく。
 フィグは、あくびをとめてもう一度訊いてきた。
「本当に、それを持っていくんだな?」
「はい」
 黒妖は迷うことなくうなずいた。
「……きっと、もうひとりの自分にとっても救いになりますから……」
 フィグが目を細める。穏やかに。
 ルガートが、よかったなと自分のことのように喜ぶ。
 黒妖は自分の指に指環をはめてみた。
 ぴったりと吸いつくように、指環ははまった。

 ――これからは、ずっと一緒だ。

 そう思ったら、また何かがこみあげてきた。
 必死でそれを押しとどめ、顔に浮かべる表情はひとつ。
 笑顔。
「これで、いいんだ……」
 倉庫から出ると、太陽が中天に昇っていた。
 太陽に指環をかざすと、タンポポが美しく輝いた。

 ――あなたによく似合う色ね。

 彼女の声が、聞こえた気がした。


 ―Fin―


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3322/黒妖/男/14歳(実年齢90歳)/妖精使い】

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■         ライター通信          ■
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黒妖様
初めまして、笠城夢斗と申します。
このたびはゲームノベルへのご参加、ありがとうございました。納品を大幅に遅らせてしまい、申し訳ございません。
少女とのエピソードや出来上がったクオレはすべてこちらで決めさせていただいたものでしたが、いかがでしたでしょうか。喜んでいただけますと幸いです。
よろしければ、またお会いできますよう……