<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


夜と昼の双子 〜穏やかなる微笑



 山本建一は思ったよりも時間をかけてしまった昼食の食器を片付け、愛用の竪琴を手にして家を出た。
 走るほどではないが、天使の広場へと向って近道となる路地を歩く。
 聖都エルザード。冒険者が集まるこの都には、勘違いした力量の冒険者も少なくなく。手に入れた力を冒険としてではなく別の方向へと向ける者もいる。
(おや、ならず者ですか……)
 そんな奴らが今建一が差し掛かった路地に屯していた。
「何とか言ったらどうなんだ、あ?」
 ならず者達の中心で俯くフードの人物。
 背丈は彼らよりも頭1個分ほど小さい。丸みを帯びた輪郭やその背丈からフードの人物が女性だと見て取れた。
(放っておくわけにはいきませんね)
 目の前で起こっている荒事を見過ごすような建一ではない。
「女性相手に何をしているんです」
 建一の声にはあきれたような色が聞き取れ、言葉には出しては居ないが、その瞳さえもならず者達の行動を情けないと語る。
 そして、その声に反応するよう少女が顔を上げる。
 フードの中で光る太陽のような瞳と、濃い青のような色合いの髪。
 鋭く尖る様な視線を放つ金色の瞳は、フードの下から突然現れた建一を見据えていた。
「関係ない奴は引っ込んでてもらおうか」
 ならず者達は建一に向けて腰の剣を抜き放つ。
「おや怖いですね」
 にっこりとその顔に穏やかな笑顔を浮かべて建一はわざとらしく竪琴を支えていない手を挙げる。
「見たところ吟遊詩人か…」
 それほど対した力も持ち合わせていないだろうとならず者達は推測したのか、負けるはずがないという無駄な自信に卑下た笑いを浮かべる。
「お聞きになりますか?」
 建一はすっと同意を求めるように一同を見る。
 その動作は相手の力量を測るために行った前ふり。
 しかし、それも演技などとならず者達は思わない。
 ならず者達はそんな建一に向けて各々が何やら要求やら罵倒のようなものを始めているが、そんなものは耳に入らない。
(このレベルが相手でしたら素手で充分ですね)
「聞いてんのか、こら!」
「申し訳ありません。聞いていませんでした」
 にっこりと微笑んで悪びれもせずそう口にした建一に、ならず者は怒りの沸点が頂点にでも達したのか、頭から煙でも出しそうなほど顔を高潮させて建一に向けて剣を振り上げる。
「うがぁああ!!」
 しかし、もんどりを売ったのはならず者の方。
「人を見かけで判断するとは甘いですね」
 流れる水のような緩やかな動作で建一はならず者をねじ伏せる。
「うらぁあ!!」
 一瞬の沈黙が辺りを襲い、誰の合図もないのにまるで示し合わせたかのように一斉にならず者達は建一を標的にして襲い掛かって来た。
 建一はならず者を制しつつ、視界の端で少女を探す。
 少女は、建一とならず者達のやり取りをただ見つめていた。
 怖くて動けない? いや、あの瞳は恐れなど含んでいない。
 ならば―――
(とはいえ)
 建一は襲い来るならず者達をいとも容易く組み手にて伏せていくが、逃げない少女にならず者達が気がつくのも時間の問題だろうと思われた。
(人質にとられると厄介ですね)
 恐怖にその場で動けなくなってしまったわけではない。自らの意思でこの場に残った少女。
 建一は唇に短い詠唱を乗せながら、ならず者達の攻撃を受け流す。
 そして受け流したならず者に、もれなく唱える束縛の魔法。
 自らの体が動かない事にいつ気がつくか。
(気に入りませんね…)
 弱者と見るや食い物にしようとするその下劣な行動。
 そして、冒険者としてこの都に暮らしながら、追剥と変わらないその行動。
 それもこんな誰かの往来がありそうな真昼間の路地で。
 全てが建一にとって許せなかった。
 太陽の光が強く、詠唱によって淡く銀色に光る建一に誰も気がつかない。
 それが、このならず者達の力量か。
「こいつ魔法使いか!」
 動けない仲間達を見て、やっと気がついた。
 だがその時にはもう遅い。
「シャドウバインディング!」
 発動させた最後の束縛魔法に――建一に挑むまでもなく――絡め取られる。
「くそっ!!」
 ならず者達の怒声だけが路地に木霊する。
 建一はその声を涼しい顔で無視を決め込んで、少女の前へと足を進めた。
 一定の距離を置いてまるで対峙するかのように立ち尽くす、二人。
「大丈夫ですか?」
 沈黙を破ったのは建一だった。
 少女は答えない。ただ建一を見上げる。
 その角度からフードが重力に沿ってはらりと落ちた。
 濃い青と思っていたのはフードが陰になっていたから。その下にあったのは今二人を照らす太陽が輝く青空をそのまま写し取ったかのような青。
 建一が行使した月魔法を見て、少女の口元が薄く開く。
「今のは……」
 しかし、すぐさまはっと視線を外すと「いや、いい」と、言葉を噤んだ
 その様子を見て取り、建一は軽く首をかしげて問いかける。
「興味がありますか?」
 だが、視線を外した少女は、そのまま口を閉ざしてしまった。
 建一はため息の変わりに一度仕切りなおしの意味もこめて一度ゆっくりと瞬きをする。
「あの束縛の魔法にも有効時間が存在します」
 建一の攻防から魔法が解けて動けるような者が何人いるか分からないが、もしまだ動ける者が何人かいたら面倒くさい事になるのは必死。
 建一は、この場を離れましょう。と、少女を促して路地から通りへと出る。
 人通りがあれば、さすがのならず者も手出しは出来ない。
 一息ついたところで、建一に少女に向き直った。
「僕は、山本建一と申します。名を―――」
「余計なお世話だ」
 建一の言葉を遮るようにして、先ほどまで視線をそらせていた少女が、今は言葉と共にその刃のような視線で建一を射抜く。
 だが、当の建一は少女の口から発せられた言葉に瞳を丸くする。
「あなたのようなお人好しは長生きしないだろうな」
 一切の格好を崩すことなく発せられた言葉に、建一は小さく肩をすくめるようにして苦笑した。
「そう、かもしれませんね」
 だけれど、数々の冒険に身を投じながらも自分はまだ生きている。
 それ以後また建一から視線を外してしまった少女に向けて、先ほど遮られた問いを投げかける。
「名をお聞きしてもよろしいですか?」
「マーニ」
「マーニさん、ですか」
 建一は確認の意味もこめてその名を呼ぶ。
 瞬間、顔を上げたマーニが呼びかけに答えたのかと思ったが、その視線は建一を通り越し、その先を見つめる。
「スコール!」
 遠き言葉では雨という意味を含んだその言葉を放ち、マーニは建一の前から駆け出していく。
 建一もその背中を追いかけるように視線を向ければ、逆光の中でも鋭く光る二つの双眸とかち合った。
「どうやらお迎えが来たようですね」
 その言葉に、スコールと呼んだ銀色の狼に抱きつくようにしがみ付いていたマーニが顔を上げる。
「では僕も演奏に行きますか」
 今度は、うずくまる様にして抱きついていたマーニが立ち上がり、その横を通り過ぎていく建一の背を見つめる。
 建一には、今ここで彼女と分かれてもきっとまた会うような、そんな予感が胸の中にあった。








☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【0929】
山本建一――ヤマモトケンイチ(19歳・男性)
アトランティス帰り(天界、芸能)

【NPC】
マーニ・ムンディルファリ(17歳・女性)
旅人


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夜と昼の双子にご参加くださりありがとうございます。ライターの紺碧 乃空です。
 最初の出会いですが、かなりよそよそしいような感じです。せっかくの建一様の優しさが素通りしそうな感じです。
 気に入らないとありましたので、気に入らない理由を勝手に捏造してしまいました。申し訳ありません。PC様のイメージからかけ離れていたら…と、少しびくびくしています。
 魔法の効果はAFOの資料より抜粋させていただきました。
 それではまた、建一様の出会える事を祈って……