<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


略奪の赤、真実の青


「ふ〜〜〜〜ぅん?」
 朝からシェルは唸りっぱなし。
 理由はシンプル。
 宿代も食事代も払えなかった行商人が、代わりにと置いていったブレスレットについて悩んでいるのだ。
「インクルージョンがホンのすこーしあるだけだから、価値としては結構なシロモノ……な筈〜…で〜〜もなんかおっかしいのよね〜」
 くるりとその外見を見ても、ギメルリングのように二連になっているわけではなさそうだ。
 ただ二つの細いブレスレットががっちりと重なっているだけ。
 金と銀のブレスレットの台座に、一センチほどの大きさにもなるであろう、赤と蒼のダブル・ローズ・カットの石がそれぞれはまっている。
 恐らくルビーとサファイアだ。
「――もしかして…これ外れる…?」
 シェルは台座の部分を力いっぱい左右に引っ張った。

カチンッ

 絡み合った細工部分が外れ、ブレスレットは二つに分かれた。
「お!?やっ…たぁ―……ぁあああ!!?」
「シェル!どうした!?」
 シェルの命令で屋根の修理をしていた臥龍が慌てて飛び降り、出入り口を開け放った。
 ところが。
 悲鳴元であるシェルの姿がどこにもない。
「シェル!どこだ!?」
『ここよ、ここ!臥龍!』
 微かに聞こえるシェルの声。
「―――シェル…?」
 契約マスターの気配は何処にいてもわかる。
 視線を落とす臥龍。
 その先に見たものは、金の台座に納まった赤い石の中に映るシェルの姿。
「シェル!」
 すぐさまブレスレットを拾い上げ、石を覗き込む。
『臥龍、あの行商人を探して。何か知ってるかもしれない』
「――わかった」
 行商人が宿を出立したのは昼少し前。
 まだそんなに遠くへは行っていないはず。
「…人手がいるな…」


  その頃、アルマ通りでいろいろと物色していた行商人は臥龍亭の方向を振り返り、したり顔で呟いた。
「宿屋のお嬢ちゃん、そろそろ気づいたかねぇ……物はいいんだがねぇ。略奪の赤と真実の蒼…そうそうお目にかかれない魔道具だからねぇ…しかし別々につかえないのはいけない。互いが互いの封印さ。解いたが最後―――ケッケッケッ」
 面倒な魔道具の処分ができたと一人ぶつくさ呟く行商人は、そのまま通りの人ごみに紛れて見えなくなった。


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 「…人手がいるな…」
 そうは言ってもシェルをこのままおいておくのもどうだろう。
 マスターを一人放っておくのは下僕としてのプログラムが許さない。
 しかし人を吸い込んでしまった宝石だ。シェレスティナが赤い石に取り込まれてしまったのだ。青い石の方をそのままにしておくのも危険だろうし、かといって行商人を探す上で人ごみは避けられない。
 下手をすればまた別の誰かを吸い込みかねない。
 自分は人ではないゆえ、宝石が人しか取り込まないのか、それとも一人しか取り込めないのか判断がつかない。
「〜〜〜〜くそっ…!」
 だが、いつまでも悩んでいても仕方がない。
 このままシェルの入った宝石を持って探しに行くしかない。
 臥龍はそう判断し、腕輪を掴んで表に駆け出そうとした矢先だ。
「きゃっ!」
「おっと、すまない」
 店の戸口のところで女とぶつかりそうになり、臥龍は一歩引いた。
「こちらこそ。お急ぎのところ道を遮ってしまって申し訳ありません………その外装……噂に聞くこの宿の用心棒さんですか?」
「――そんなもんだ」
 女は臥龍の背後を覗き込み、宿の中に誰もいないのを見て首をかしげる。
 確か一階は食堂か何かになっていたはず。
 誰も来ていないにしても、他に人の気配もない。
「お店…というかお宿は今日休業ですの?何かトラブルでも?」
「――…アンタ、協力してくれるか?」
 質問に対して質問で返され、はて?と思った女だが、臥龍の様子がおかしいことに気づく。
 これは何かトラブルがあったのだろう。しかも、急を要するような。
「私で宜しければ。ところで店主のシェルちゃんは今日は不在ですの?」
「そのシェルを助ける為に、何かを知っているであろう行商人を探す為に、人手が必要なんだ」
 そう言って臥龍は持っていた腕輪を見せた。
 これで更に引き込まれたら…とも思ったが、口で説明するよりまず状況を見せた方が早い。
「なんてこと…!腕利きと評判のシェルちゃんに会いに来たら、初っ端からシェルちゃん宝石に入ってしまってますわ!」
『――こういう状況なので…臥龍と一緒にこれを置いていった行商人を探してほしいんです。何か知ってるかもしれない』
「わかりました。ご協力しましょう。でも…行商人がシェルちゃんを出す方法を知っているかどうか、ちょっと疑問ですわ。もしもの場合は私なりに救出方法を考えてみましょう」
『宜しくお願いします…えっと…』
 シェルが言葉に詰まった理由が即座にわかった女は、にっこりと微笑んで自己紹介する。
「申し遅れまして。私は有翼人のベーレン・アウスレーゼと申します。職業はフードファイターですわ」
『宜しくお願いします、ベーレンさん』




 「行商の方ならアルマ通りあたりから探してみた方がいいですわね」
 そう言ってベーレンは翼を広げ、臥龍には天使の広場から入って行くよう指示し、自分は先に反対側へ向かって飛んだ。
 特徴は聞いた。これだけ人が多ければ姿も隠しやすいだろうが、上空から見れば不審な行動を取っている人物はすぐにわかる。
 低めに飛びながらまずはじっくり通りを抜けようとしている人を観察していく。
「宿代の代わりにあんな危険な物をおいていくなんて言語道断ですわ〜とっちめてやらなくちゃ!」
 せっかくシェルの料理の評判を聞きつけて足を運んだのに。
 このままでは美味しい料理が食べられない。
 フードファイターたる者、如何な障害でも乗り越えて美味しい物を手にしなければ。
 その為なら人助けもどんとこいである。
「がんばりますわよ〜☆」
 ちらりと後方を見やると、まだ入り口付近でもたついている臥龍が見える。
 これだけ往来の激しい中であの図体では進みにくかろうと、ベーレンはつい苦笑してしまった。
 通りの端まで飛んできたベーレンは、上空に静止し、通りを見下ろし左右を確認する。
 臥龍やシェルの言っていた外装の男は見当たらない。
 小柄の痩せ型で大きな行商の荷物に、目深にかぶったフードつきの外套。手足に布を巻いているとは聞いたものの、似たような人物は言っちゃ悪いが腐るほどいる。
「…誰も彼も決め手に欠けますわねぇ……」
 行商人というものは大抵が風貌からして一癖も二癖もありそうな、胡散臭い雰囲気が何処かしらにある場合が多い。
 それゆえ誰を見ても怪しく見えるのだが、イマイチ決定打に欠ける。
 声をかけて人違いだったら。
 ただの尋ね人ならそれでもいいが、その現場を当人に目撃されて身を隠されればこっちは終わりである。
 見つけ出して詰問しなければならない。
 シェルを宝石から出す方法を知らなくても、せめて入手経路ぐらいは話せるだろう。
 それで何かしらのヒントに繋げられる可能性も無きにしも非ずだ。
「――――…」
「…?」
 一人の行商人と目が合った。
 一瞬だが、表情がこわばったように見えた。
「!あの人ですわね!?」
 それは直感。
 あちらも同じ。
 探されるであろう自覚があるからこそ、周囲の目を気にしている。
「お待ちなさい!」
「うひぃ!」
 男は大荷物にも関わらず人ごみをするりするりと進んでいく。
 それもベーレンの手が僅かに届かない微妙な隙間や人の影に隠れこみながら、どんどん歩みを進めていく。
「んもぅ!まどろっこしい……あ!」
 前方からはようやく追いついてきた臥龍が見える。
「臥龍さん!そこ!今右の路地に入りましたわ!!」
 自分から見て右、臥龍からみて左。
 慌てて指先で方向を示し、臥龍に叫ぶ。
「……チッ…これじゃあ追いつかん」
 そういうなり臥龍は左腕を路地の入り口に構えた。
「いけッ!」
 臥龍の腕から何本もの鋭いカギ爪を持った触手のようなものが伸び、路地の奥へ進んでいく。
 その様子を上空から見ていたベーレンは、その禍々しい姿に少しばかり眉をひそめる。
 しかし、能力はともかく臥龍自身は悪漢ではない。そうだと思う。
「刺さないように気をつけてくださいね〜!」
 ちょろちょろと路地裏を走る行商人のすぐ後ろに、臥龍から伸びる触手は近づいている。
「ひぃ…!何だぃありゃぁ!?冗談じゃあないね!」
 あれで八つ裂きにされるのかもしれない。
 窒息するまで締め上げられるのかもしれない。
 男は死に物狂いで路地裏を走る。
 しかしもともとそんなに若くもない上に、背負っている商品の重量。
 長く走れるような状態ではない。
 男はとうとう触手に足を引っ掛けられ、そのまま前のめりに転倒する。
 あがきはしたが、それも空しく体は宙に舞う。
「なっなんだ!?」
 何本もあった触手が一本になり、そこから更に網のように先を広げ、男を荷物ごと包んだ。
「たっ!助けてくれぇ!!」
「だったらシェルをあの宝石から出す方法を言え!」
 変形した触手の檻の中で命乞いする男に、臥龍は怒気をはらんだ声で命令する。
「お見事ですわ。見た目はちょっと不気味ですけど、用途は様々ですのね。万能バサミみたい」
 男が捕まり、上空から道を示す必要もなくなった為、降りてきたベーレンが臥龍から伸びるそれをまじまじと見つめながらそうのたまう。
「別にこちらの要求に応えて下されば、殺すだなんてそんな非効率的なことしませんわ。もし方法をご存知なのでしたらどうか教えて下さいな。シェルちゃんをあの中から出す方法を」
「略奪の赤と真実の蒼…それがあれの、あの魔道具の名だよ。互いが互いの封印でねぇ…解いたが最後、略奪の赤を納得させるか、真実の蒼に説得させるかしか方法はないのさ。だが……」
 そこで男はチラリと臥龍が持つシェルの入った腕輪を見やる。
「略奪の赤はその名のごとく略奪愛の象徴だ。そう簡単には納得しやしない」
「じゃあ納得させる方法は!」
 臥龍の問いに男は肩をすくめ、知るもんか、と呟いた。
「―――やはり決定的な方法はご存知ではないのですね」
 ため息一つつきつつ、ベーレンは臥龍に耳打ちする。
「このままここで尋問しても埒が明きませんわ。とりあえずこの人を連れて宿屋に戻りましょう」
 ベーレンの提案はもっともな話だ。
 臥龍はわかった、とだけ言って触手を元に戻し、地面に落ちてしりもちついた男を、懐に忍ばせていた細いワイヤーで縛り、逃げられないようにしてから宿屋までの道を歩かせた。



 「俺ぁホントに解除する方法なんざ知らないんだって」
 男は半ば苛立ったような口調で二人に言い放つ。
 本当に方法を知らないにしても、こんな危険なものを宿代代わりにおいていったことが腹立たしくて仕方がない。
 しかも自分ではなくマスターであるシェルに被害を与えている時点で八つ裂きにしてやりたい。
 臥龍は黙ったまま男を睨みつけていた。
「まぁまぁ、落ち着いてくださいな臥龍さん。先ほど行商人さんが『納得させる』とか『説得させる』っておっしゃってましたわよね?と、いうことはそれぞれに自我があり、疎通が可能であると言うこと。勿論、理解できるからといって納得してくれるかという問題ではないのですけどね」
「ヒントになりうるような話もない。来歴もうろ覚え。現状打つ手がないな…」
 戦闘において臥龍の脳細胞は大いに活性化し、戦略などお手の物だが、こと遺跡解明・呪われた物品の解呪となるとその頭脳はてんで役に立たない。
 そういうことに臨機応変に対処できるような構造になっていないのだ。
 その為、ベーレンの機転に頼らざるを得ない。だが。
「略奪の赤にはシェルちゃんが入ってますし…ここは真実の蒼がポイントではないでしょうか。両方に精霊さんが宿っているようですし……そうだ。臥龍さん行商人さん、ちょっと耳を塞いでおいてくださいな。出力を押さえた音波で精霊さんを揺さぶり起こしてみましょう。え?大丈夫壊したりしませんわ」
 臥龍が止める間もなく、ベーレンは大きく息を吸った。次の瞬間、店内に音の波が溢れる。
「「うわっ!?」」
『きゃあ!?』
 ベーレンの後方にいるとはいえ、行商人は激しい頭痛と嘔吐感に苛まれその場で気絶してしまう。
 宝石の中は外部と状況が違うのだろうか、はまたま宝石自体がシールドの役割になっているのだろうか。シェルは耳鳴りがする程度でその他に以上はないという。
 人と僅かに構造の異なる臥龍も、軽い頭痛程度で済んでいた。
 蒼い宝石に向かって出力を絞った音波兵器、フォノン・メーザーを発生させるベーレン。
 対象以外の者にも多大な害を与えてしまう為に、人の多いところでは使えないのが難点だが、それでも剣によるガチで宝石を叩き割ろうとするよりははるかにマシであろう。
「―――!」
「あら?」
 蒼い宝石が、宝石のはまった腕輪がテーブルの上でカタカタと動き出した。
 途端、深いくすんだ蒼だった宝石の色が、まるで目覚めたかのように澄んだ青へと変化する。
「まぁ…」
 なんて美しい、そう感嘆のため息をついたベーレン。
 青く輝く宝石のまわりを、青い光が包む。

<――――まったく……目覚めの音楽にしては最悪だな…>

「!」
「お休みのところ申し訳ありません。何しろ急を要することでして……真実の蒼の精霊さんですか?」
 蒼い髪と眼をした美しい青年が、真実の蒼をとりまく光の中から現れた。
 青年はベーレンの問いに浅く頷く。

<…略奪の赤…か?>

「お察しの通りですわ」
 自分だけが起こされるということはありえない。
 起こされるという事は、略奪の赤が何かしでかした時だけだ。
 青年はそれをわかっているからこそ、ベーレンに一言だけ尋ねたのだ。
「今、略奪の赤の中にシェルちゃんが…あなた方が封印されていた腕輪を二分してしまい、中に閉じ込められてしまっているのです。どうやったら略奪の赤の中からシェルちゃんを出してあげられますか?」
 方法などないと、そう言われる確率の方が高い。
 ましてや相手は精霊だ。
 人と同じ尺度でものを考えられるかどうかなどわからない。
 最悪の場合、宝石を壊してみるしか方法はないだろう。
 真実の蒼の精霊の回答を、ベーレンと臥龍は固唾を呑んで見守る。
 返ってきたのは意外な答えだった。

<………出す方法など知れている。誰か代わりの娘を連れてくるがいい。それが一番の近道だ。時間が経てばその娘が次の略奪の赤となろう>

「何だと!?」
「そんな…ッ」
 シェルの異変に気づいた時、宿屋の周囲には誰もいなかった。
 入れ替わりに抜け出たと言うなら、シェルの前に中に入っていた娘がいるはずだ。

<条件はただの人…人の娘。その条件を満たしていたからこそ、先代の赤と入れ替わったのだろう> 

「…でも、それが唯一つの道と言うわけではないのでしょう?だって『一番の近道』と仰いましたもの」
 にっこりと蒼の精霊に微笑みかけるベーレン。
 精霊はベーレンの言葉に苦笑する。

<―――言葉の端々から道を見つけだす……女の身ながら大したものだ。大抵の者は助け出したい者の代わりに他の娘を差し出すというのに……いいだろう。もう一つの道を教えてやる>

「もう一つの道…?」
 鸚鵡返しにそう呟くベーレンに、精霊は自嘲気味に答えた。
 真実の蒼と共に略奪の赤を破壊しろ、と。
「そんなことをして、中のシェルは大丈夫なのか?」
 破壊しろと言うからには、真実の蒼自身が宿るべき媒体が失われるということ。
 つまりはシェルを助けたいなら両方を破壊すればその効力を失うということだろう。

<…時が経てば両方破壊したとしてもその娘は助からない。我と同様に塵芥と化すだろう。だが…入れ替わって一日も経っていないのであれば、その娘はまだ人の身だ。現時点では宝石とは別の個の存在。それゆえ宝石を破壊しても共にくだけるのは我のみ>

「それならば、略奪の赤だけを破壊するということは出来ませんの?」
 ベーレンの問いはもっともだ。
 が、しかし、精霊はそれはできないと首を横に振る。
 相克ゆえに、どちらか片方の消滅というのは不可能だと。
 互いが互いの封印であるように、片方に危険が迫ればもう片方がそれを守り補うように出来ていると。

<土台無理な話だったのだ。精霊と擬似精霊を用いて反発する力を利用した魔道兵器など。だからこうして矛盾が生じている>

 真実の蒼は真実の愛を確かめる為に用いられ、略奪の赤は愛を奪う為の力を与える為に用いられ、本をただせばホンの僅かな物質の差で生じる色だけで二つに分類されている。
 表裏一体であるにも関わらず、本当の精霊が宿っているのは真実の蒼のみ。

<――どうしても略奪の赤に宿る精霊を見つけられなかった…いや、人が扱える程度の力を持った精霊がいなかった…というところか……ゆえに擬似精霊を用いることで魔道具として成立させようとした>

「…ですが、本当につりあった力でない為に、どうしても略奪の赤の方に無理が生じ、メカニズムが狂ってしまった…だから条件の合う少女がそれを手にすると中身が入れ替わるようになってしまった…そういうことでしょうか?」
 行商人がその効果を謳っていたからには、封印される前にそれが試されているということ。
 封印していなくても魔道具として使えていた時期があったということだ。
 ベーレンの言葉に蒼の精霊は頷く。

<共に封印されたとて精神構造が我と人では異なる……長き眠りに発狂寸前の相手を感じて何が楽しいものか。我はもう疲れた…>

「………自らも死にたいと…そうとっていいのか?」
 臥龍の問いに、精霊は柔らかに微笑む。

「わかった」
「臥龍さん!」
『臥龍!』
 ベーレンやシェルの言葉とほぼ同時。
 腕から伸びた二本のデーモンクローが腕輪の宝石に突き立てられる。
 脳内システムの制御によってシェルに直接当たるような攻撃はしていない。
 勿論、臥龍でなくても剣の腕が立つベーレンがやってもよかったとは思うが、剣では如何に早くても同時に破壊することは出来ないだろう。
 それに嫌な役回りでもある。
 手伝いを頼んだが、嫌な役回りまでさせるのは気が引けたのだ。

<――ようやく 眠れ る>

 まるでガラスのように宝石は砕け散り、台座の腕輪も宝石の魔力が消えた為だろうか。ボロボロと崩れ落ちた。
「シェル!」
「シェルちゃん!?」
 宝石が砕け散ったその後に、突如現れるシェレスティナ。
「…有難う御座います、ベーレンさん……御免ね、臥龍…」



 「お待ちどうさま!たんと召し上がれ♪」
 テーブルの上には次々に料理が並べられ、ベーレン好みのワインも添えられる。
 眩いばかりのテーブルに並べられた料理を見つめ、眼をキラキラさせながら感嘆のため息。
「まぁまぁまぁ!噂に名高いシェルちゃんのお料理の数々が♪」
「臥龍に協力してくれたお礼だもの。好きなだけ食べていってね」
 シェルがベーレンに料理を振舞っている間、臥龍は先ほどまで気絶していた行商人にデッキブラシなど掃除用具を持たせ、二階の客室全部の掃除をさせていた。
「ひぃ、ひぃ!なぁんでこんな重労働…」
「元はと言えば貴様があんなモノを代金代わりに置いていったのが悪いんだろうが。マスターや客人にまで後味の悪い思いさせやがって」
 宿代分の労働を終えるまで逃がさないと、睨みを利かせ、現場監督を続ける臥龍。
 そんなやり取りが一階の食堂にまで聞こえてきた。
「…ちょっとかわいそうかな……あんまり若くもないみたいだし」
「何を言ってるんですか!もうちょっとで魔道具の擬似精霊にされるところだったんですのよ?自分のしたことの責任は取らせなきゃ」
 そう言ってまた料理やワインに手を伸ばすベーレン。
「…まぁ、あの行商人はともかく…真実の蒼には、悪いことしちゃったな……」
「シェルちゃん…」
 封印が解かれるたびに、最低一回は入れ替わる略奪の赤。
 それを隣で見続けていた彼は、優しすぎたのだろう。
 自分と違う種族とはいえ傍で狂っていく様を、打ちひしがれ慟哭する少女の姿を、これ以上見ていたくなかったのだ。
 それゆえ破壊を望んだ。
「…半ば自暴自棄にも、見えましたけどね…」
 しゃくっと野菜につきたてられるフォーク。
 料理もワインもとても美味しいし、どこか懐かしい味。
 けれど、それとは別に気持ちの上の後味は悪い。
「何かを選ぶ時は何かを犠牲にしなければいけない…そう考えるとちょっと切ないですわね……ま、過ぎたことは仕方のないことですわ。今後宿代の代わりに品物を受け取る時は、よぉ〜く考えることと調べることですわね」
 肝に瞑しておきます。とシェルは微苦笑した。


―了―
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3342 / ベーレン・アウスレーゼ / 女性 / 20歳 / フードファイター】

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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、鴉です。
【略奪の赤、真実の蒼】に参加頂きまことに有難う御座います。
ベーレンさんらしさが出せたかどうか、聊か不安もありますが…

ともあれ、このノベルに関して何かご意見等ありましたら遠慮なくお報せいただけますと幸いです。
この度は当方に発注して頂きました事、重ねてお礼申し上げます。