<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


+ ダイスde訓練 +



 聖都エルザードから少し離れた草原の上。張り紙を見たウィノナ・ライプニッツはここへ訓練をするために訪れた。
 郵便鞄を軽々と回しながら相手を見つめ、様子をうかがう。一方、対戦相手は緊張した面持ちで、回ったり、跳ねたり、転がったり……
「キミから来な」
「む、むにゅー/訳:こうなったら」
 球体の体にふやけた表情の生きたゴム鞠。ヴィンセント・フィネスは、たった一人での戦闘は何年もしていない。訓練といっても実際の武器を使うので油断はできない。色んな方法が浮かんでは消え……決心した。
 ヴィンセントの体から歪んだ闇が現れ、一つの丸い塊になったかと思うと、それは蒼いシルクハットになった。ヴィンセントはシルクハットを掴むとクルッと一回転し、グンと身長が伸び、
「こんにちは、お嬢さん」
 水色の短髪にシルクハットをのせ、藍を基調とする色合いの服をなびかせながら宙に浮かんでいた。ウィノナと目があうと一礼した。
「な、なんなの…キミ。さっきのゴム鞠は……」
「ボクはヴィンセント・フィネス。こっちが本当の姿さ。ウィノナ君の容姿にひかれて、元にもどってしまった」
「は?」
「お手柔らかに、ね」
 ヴィンセントが指笛を吹くと、どこからか何かが走ってくる音が響き、やがて砂埃をあげながらヤギの大群が姿を現した。ヤギの大群はまっすぐこっちへ向かってくる。
「ボクの友だちです。ギャラリーが多いほうが燃えるでしょ?」
「そうだけど、よりにもよってヤギな、んて…?!」
 ヤギの大群はウィノナの周りを囲んだ。ヴィンセントはヤギの頭を撫でながら、ヤギの様子に苦笑する。
「う…あ、あっち行け、邪魔だよ、邪魔っ」
「ウィノナ君はよっぽどヤギに好かれているんだねぇ」

【逃げようにも数が多すぎて逃げられない!】

「まぁまぁ、ヤギ君たち。そのへんにしないとウィノナ君がかわいそうだよ。さぁ、訓練のために道をあけておくれ」
 ヤギを急かしながら道あけるが、ヤギは隙を見つけて襲う気満々である。その様子に怯えながら振り回していた鞄を下ろしたウィノナは銀狼刀を握り締めた。


「さぁ、はじめよう。楽しい訓練を」


 ウィノナは風が通るのと同時に地を蹴り、風が服を揺らすのと同時に飛び掛った。
「ッ! でも甘いよ」
 突き出した短剣は服を切り裂いたが、素早く体制を変えられ、蹴りを入れられる。後ろへ吹き飛んだウィノナはヤギにぶつかりそうになったが、銀狼刀を地面に刺して、なんとか止まった。
「ふぅ……やるね」
 息を整えながら短剣を構える。今のウィノナは聖獣フェンリルと心を通わせフェンリルの化身となっていた。睨む目も一段と殺気立つ。
「ふふ、まるで可愛い子ねずみ君みたいだ。可愛すぎて頭から食べちゃいたいくらいですよ」
「そんなになめてたら、かみつくよ?」
 短剣を振るが風を切る。死角に入られるがウィノナの爪がヴィンセントを襲う。フェンリルは狼だ。爪は長く、牙は鋭く、身のこなしは素早い。爪に驚いたヴィンセントには隙ができた。それをウィノナは見逃さない。
「ハァッ!」
 ヴィンセントの腹に一撃をくらわす。見事に入った拳の衝撃で、ヴィンセントは腹を抱え後ろへ引き、膝をついて体を草に埋める。その様子にウィノナはニヤリ。
「ッ……本当にかみつかれちゃったなぁ」
 苦笑しながらヴィンセントは俯いていた目線をウィノナに向ける。ウィノナは満足そうに笑いながら、
「もうそろそろやめたら? さっきの、けっこう効いたでしょ」
「…優しいね。でも、ここでやめたくないよ。もう少し……そう、これを交わせるかな?」
 草で隠していた腕に力を入れ、目を瞑り、素早く呪文を唱えると、手に持っていた小型ナイフを上へ投げた。すると、投げられたナイフは上にあがりながら分裂し、二本、四本、十六本と増えていった。
「えっ、ちょっと待って」
 予想外の行動に、遮蔽物に隠れられない、逃げるにもヤギに囲まれているこの空間で、ウィノナの身を守るものは鞄だけであった。
 ウィノナを指差すと、一斉に突っ込んできた。
 ナイフは、ウィノナの鞄、腕、肩……手加減をしたのか当たった割には痛みはないものの流血している。素早くヴィンセントが近寄るとウィノナは鞄を投げつけたが、それでも近づき傷口を消毒し、包帯を巻いた。
 唖然としているウィノナを尻目に、手早く所々破れた鞄を縫ってゆく。やがて縫い終わると、依然とわからぬ姿でウィノナの元へ返ってきた。ヴィンセントはゆっくり鞄を肩にかけてやる。
 すると、ウィノナの表情はみるみる和らいでゆき、
「ありがとうっ。キミって意外と優しいんだね」
 ニコッと笑うウィノナの表情に、先ほどの殺気立った眼力はなく、女の子らしい愛くるしい笑顔があった。ウィノナは、郵便鞄を肩にかけると、まるで人が変わったかのように明るく振舞う郵便屋になるのだ。
 その変わりようにヴィンセントは驚いた。何も知らないヴィンセントは、ただただ驚いた。いったい、何が起こったのだろうかと、目を見開いていた。
「もう大丈夫だよ。訓練を再開しよっ!」
 服についた砂埃をはらいながら帽子を被りなおした。
 やる気満々のウィノナに対して、ヴィンセントは拍子抜けした表情を隠せずナイフは地に落ちたままだ。
「いっくよー!」
 ウィノナは走り出した。


 やる気満々の少女と、拍子抜けした青年と、どちらが強いだろうか。
「やぁっ! とお!」
 ウィノナの蹴りをまともに受けてしまったヴィンセントは、地に手をつけ、足をつけ、乱れた息をそのままに、言葉を出そうにも後ろからヤギに服を食べられそうになっていた。
「だ、大丈夫? ちょっと休んだほうが……」
 手を差し伸べるウィノナ。苦笑しながらヴィンセントは目を合わせ、
「お嬢さんに心配されては鈍ったものだな。大丈夫だよ。一人で立てますから」
 立とうとするヴィンセントを見たウィノナはにっこり笑い、
「よかった」
 間隔をとるためにクルッと勢いよく半回転し、歩こうとしていた時、鞄が何かに思い切りぶつかった。
 嫌な予感がし、恐る恐る後ろを振り返ってみると、
「え…えーっとぉ……ヴィンセントさーん?」
 不意打ちをくらったヴィンセントは地面に倒れ、気を失っていた。体を揺すっても起きず、ヤギが近づいてきたので逃げる。
「えーっとぉ……勝ったの、かな?」

【ウィノナ・ライプニッツの勝利!】

「でも……来ないでぇ! ヤギ来ないでぇー!!」
 今まで我慢していた恐怖が一気に爆発した。力いっぱいジャンプして木のてっぺんに登る。
 しかし、無情にもヤギはそんな様子のウィノナに興味を持ち、木まで近づいてくる。
「いやぁー……こっち来ないでぇ……」
 ウィノナは訓練での疲労があったが、できるだけ手紙の入った鞄を頭の上に乗せ、手紙を守る。しかし、ヤギは前足を木にぶつけ、木を揺らす。
「うわぁー! 誰か助けてぇーっ!!」
 ウィノナが叫ぶと、ヤギの群れの中央から指笛が響いた。ヤギはその音を聞くと、何事もなかったかのように元来た道を歩いていった。
 やがて、ヤギが一匹残らず去ると、砂と千切れた草まみれのヴィンセントが立ち上がり、
「ウィノナ君! もう降りてきても大丈夫だよ!」
 笑顔で手を振りながら呼びかけた。
「もうヤギを呼んでこないでくださいよぉーっ!!」
 用心しながらウィノナは木を降りた。
「ボクも……この一件で懲りたよ。さっきヤギに体中を踏まれてしまってね。やっとの思いで指笛を吹いたのだが節々が痛いよ……」
 くすくす笑いながらウィノナは鞄をかけなおし、
「じゃあ、もう訓練は終わりにしませんか? 最後に一枚、配達していないお手紙もありますし」
「それは大変だ。どこだい? 道がわからないのならボクが案内しよう」
 ウィノナはにっこり笑い、
「そうですね。じゃあ一緒に行きましょうぉー! 道はわかってますーっ」

 聖都エルザードから少し離れた草原で、ウィノナはヴィンセントをひっぱりながらエルザードへの道を歩いていく。通りすがりの人々に挨拶しながら橋を渡り、町へ入り、天使の広場でカレンの歌声を聞きながら、アルマ通りへ入った。
「えーっとぉ……あ、ここだ」
 そこはヴィンセントにとって、とても見覚えのある二階建ての建物であった。表情がひきつるヴィンセントに対して、ウィノナは住所を何回も確認しながら手紙のある部分を見て冷や汗が出たが……。
 見た目とは裏腹に綺麗に掃除された階段をのぼり、二階の扉を開けた。
「郵便でーっす。晴々なんでも屋さんに、お手紙を届けに来ましたーっ!!」
 ここは、晴々なんでも屋。ヴィンセントが居候している店である。
「ごくろう様〜。あれ? あなた……そういえば今日、ヴィンと訓練した子よね?」
 扉を開けて、すぐに出てきた赤毛の女の子は、晴々なんでも屋の主人、晴々なる子。ウィノナの様子を見て、ある事に気がついた。
「ヴィンは? ねぇ、ヴィンはどこにいったの? それと、その手紙……」
「えっと、そのぉ……手紙はまた、あとでヴィンセントさんに聞いてください。ヴィンセントさーんって……あれ?」
「むにゅー! /訳:ここだよ」
 ウィノナの手に握られていた人型のヴィンセントは消え、代わりにふやけた表情のゴム鞠が足元で転がっていた。
 そのヴィンセントをなる子は拾い上げると、赤ん坊を抱くかのように抱っこした。
「あ、あのぉ……ヴィンセントさんって、身長の高い人じゃなかったんですか?」
 思わずしてしまった質問に、なる子は驚いた表情で答えた。
「えっ?? ヴィンは人じゃないよ?! 誰かと見間違えたんじゃないの? それと……聞きにくいんだけど、その手紙……」
 ウィノナが晴々なんでも屋に届けた手紙は、ヴィンセントとの訓練のときに、砂で汚れ、端っこがナイフで切れてしまっていた。
「ごめんなさいっ! 訓練のときに、ボクの不注意で……ごめんなさいっ!!」
 必死で頭を下げて謝るウィノナに、なる子は笑顔で、
「謝らなくていいよ。頑張って訓練してきたのに、誰が怒るのよ。それに、これは大家からだから、どうせロクなこと書いてないって。気にしないで、早く家に帰ってお風呂は入って寝てね」
「あ、ありがとうございますっ!」
「あらぁ、可愛い子。このクッキーをあげるわ」
 ウィノナとなる子の間に割り込んで、綺麗に包装されたクッキーを手渡した黒いドレスを着た女性。この行動が頭にきたのか、なる子は怒鳴った後、
「もう、遅くなるから早く帰りなよ。またね、ウィノナちゃん。今度は晴々なんでも屋に遊びに来てね!」
 なにやら、ドタバタしてきたところで、ウィノナが唖然としていると、耳元で、誰かが囁いた。
「早く帰らないと、魔女にゴム鞠になれちゃうよ。ウィノナ君」
「ヴィンセントさん?!」
 ふりかえるが、夜風が頬を撫でただけ。

 エルザードは、いつの間にか夜になっていた。




◆――――◆登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◆――――◆

【3368/ウィノナ・ライプニッツ/女性/14歳/郵便屋】

NPC
【ヴィンセント・フィネス】
【晴々なる子】
【ココ】


◆――――――――――――◆ライター通信◆――――――――――――◆

 はじめまして、「ダイスde訓練」を発注していただき、まことにありがとう御座いました。
 ライターの田村鈴楼です。

 今回、ウィノナさん、初のノベルということで、文中の呼び方から悩んでしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
 初っ端からヴィンセントが人化してしまい、何が起こるかわからなくなっていたのですが、両者防御が出ずに、ヴィンセントの意味のない行動ばかりが出ましたので、ウィノナさんの勝利となりました。おめでとうございます!

 最後の一言は、何を意味しているのか、それはヴィンセントの設定を見れば、わかるかもしれません。
 それでは、失礼致します。